1995年9号

キャスリン・ウォッシュバーン講演 -アメリカにおける最近の自然保護問題-

 本日は、今アメリカで議論が高まっている自然保護・保全に関する最近の話題をお話したいと思います。現在、私は内務省に所属しております。アメリカにおける内務省の役割は、日本の環境庁が持っている役割のある部分を行っていると考えていただいていいと思います。日本の環境庁は、アメリカでは内務省と別 組織の環境保護庁の役割を持ち合わせていますので、日本の環境庁の方が守備範囲は広いと言えるかもしれません。内務省には、国立公園局、ワイルドライフ局、鉱物局等いろいろな局がありますが、ほとんどの局が日本のカウンターパートと密にコンタクトを取っています。

 まず最初に申し上げたい事は、現在アメリカでは、環境問題に対する議論がたいへん高まっているという事です。これには、二つの理由があります。

 その一つは、議会と大統領が政府の役割について、全く見解を異にしているということです。クリントン大統領は、連邦政府が強い役割を果 たすべきだと考えている一方で、議会の方は政府の役割は限られた範囲内で行うべきだと考えています。とりわけ、環境問題については両者の立場は顕著な違いが見られ、これに関する問題が浮上するたびに対立の構図がみられます。

 二つ目の理由は、議会と大統領が二つの別 々の政党から選出されているため、両方の政党とも1996年の大統領選をかなり意識しているようで、従って環境に限らずいかなる分野においても、全ての立法が物議をかもしている訳です。

 私は、ワシントンの連邦政府で働くようになって25年になりますが、これほど意見が対立していることはかつて無かったと思います。従来は、大統領か議会のどちらかが環境問題に対してやや消極的な立場をとっていましたが、現在の状況は両者とも大変エネルギッシュであり、それぞれが自分達の立場を強く打ち出そうとしています。

 次に、最近環境問題に関して最も議論が高まっているテーマについて、三つ程挙げてみたいと思います。まず第一が水浄化法、二つ目が絶滅の危機に瀕している生物に関する法、そしてもう一つが、グリーンシザースという名前で呼ばれる連邦政府が行う一連の活動です。この緑のハサミ、グリーンシザースというのは、環境に害を与えうる事業活動に対して、連邦政府からの補助金を削減することです。従って、シザースというのは予算の削減を意味し、グリーンは環境の象徴といった意味合いです。

 何故、今、これらの問題に関する議論が高まっているかと申しますと、一つには再交付、再承認の時期に来ているということです。通 常環境立法というのは大体5年ぐらいの権限で制定され、期限が来ると議会で再検討され、議会で受け入れられると大統領が署名するという制度をとっています。これらの多くが1995年に期限がきます。

 まず最初の水浄化法ですが、ここでは大きなテーマが二つあります。一つは湿地保護の問題、もう一つは議会が意志決定権の多くを州政府、地方自治体に委ねるかということです。数週間前に下院で可決された立法について、大統領はもしそのままであれば拒否権を発動すると発表しました。湿地の問題はこの中でも大変複雑な問題です。最近アメリカでは湿地保全が重要であるとの認識が高まって来ましたが、建国以来すでに全湿地面 積の半分ぐらいが埋め立てられてしまいました。ここでの問題は、連邦政府が湿地に認定するとなると政府の担当官が民間所有の土地に行き、「ここではこれはやっていいけど、これはしてはいけない」と指示しなくてはならないという、大変複雑で難しい作業になるわけです。これはちょうど水質問題と似たような性質を持っています。河川についても70年代は汚染がかなり深刻な状況でしたが、その後数十億ドルを投じて下水処理プラント等を建設した結果 、目に見えるところの水質問題というのはなくなりました。しかし、今だに全国の河川の4割は泳げないような状況です。ただ、この程度の汚染だと目に見えない訳です。これはノーポイト・ポルージョンと言われていまして、汚染源がどこであるか特定できない種類の汚染なのです。そして、この様な汚染を浄化するのは極めて難しいわけで、これを実際行うとなると民間所有地に入っていって、やっていい事だめな事の指示をしなくてはならないわけです。

 従って20年前と較べると水質汚染に関しては、環境保護者達はかなり難しい立場にたっていると思います。なぜなら、簡単に市民の支持を集められるような問題はもはやなくなっていますし、また問題を過剰にアピールすれば穏健派からの信頼性を損なってしまうそういう状況にあると思います。

 次に、絶滅の危機に瀕した生物種の話ですが、この法律が可決された1973年のことで、当時のニクソン大統領が最終的に署名しました。これは、わが国のシンボルであるハゲタカやグリズリーベアなどを保護するという、素晴らしい法律であると当時は見なされた訳です。確かに、アメリカで絶滅に瀕している900種のうち、3割から4割ぐらいの保護には成功しましたが、法律があっても全ての種を保護するということは極めて難しいわけです。その一方で、この法律に影響を受けている多くの人達は、地元の選出議員に自分達の怒りを表現しております。例えば牧場主などは、保護されているグリズリーベアや灰色狼に自分のところの羊が殺されたと言って陳情していますし、また林業の人達も、まだらフクロウのために木を伐採することを禁じられて怒りをぶつけているわけです。これらの怒りは議会にも伝わってきます。しかし、政府としてもこれらの土地を全て買い上げて公園にするわけにもいきません。このような状況から、私の所属している当局もこの問題に関して最近何らかの対応策を取るべきと認識し始めまして、法の実施に関してはかなり柔軟に取り扱うようになりました。

 一例を挙げますと、5エーカー以下の土地所有者に対しては、この法の規則から免除されるということにしました。ただ問題は、我々の取り組みが遅すぎたのではないかということです。つまり、議会がこの法律を元から修正してしまうのではないかということが懸念されるわけです。

 今、最高裁でこの問題が争われており、7月末までには判断が下されると思います。その内容はこの問題の核心に触れるもので、この法律は果 してその土地の所有者に対して生物の棲息を維持し保護するために、これはやってはならないという権利があるかという事を判断するものであります。その結果 がどう出るかというのが注目を浴びているわけです。

 三番目のグリーンシザースの話ですが、アメリカは自由市場経済であることに誇りを持っています。しかし、全てが自由市場というわけではなく特定の業界には補助金を出しています。例えば、牧畜業とか林業、鉱業、農業の一部です。これらの業界は、税金免除、価格保護、貿易規制、あるいは市場価格以下でのリース料といったような形で助成策を受けています。したがって、グリーンシザース運動というのは、このような助成を止めることによって予算を削減する、支出を削減するということを訴える人達によって始められた運動です。彼らはこの運動が環境に資するものであると信じています。

 一つ事例を取り上げますと、連邦政府は全米の土地の3分の1を管理あるいは所有しています。そのほとんどが、西部もしくはアラスカです。これは全部公の土地で、完全に保護されている公園か、もしくは放牧、鉱物生産、林業のためにリースされている土地かのどちらかです。これらのリースプログラムが始まったのは100年前で、鉱業の振興、開発の促進という点では一定の役割を果 たしてきたと思いますが、現在のアメリカについては高い優先順位を与えられる問題ではなくなりました。しかし、一部西部選出の上院議員は、利害を共にする者が集まって効果 的にブロック投票することにより、大統領にとって優先順位の高い問題とトレードすることに成功しています。例えば、昨年大統領が医療改革に努力していた際に、医療改革を支持するかわりに鉱物採掘料あるいは放牧料を低い値段で維持するというネゴに成功しました。グリーンシザースの運動が始まったのは2ヶ月程前ですが、この運動により、予算削減に強い関心を抱いている上院議員もおり、西部選出の上院議員の意見も分かれることになると思います。その結果 がどうなるかはまだ明かではありません。これらの問題の解決の方向を見極めるのは時期尚早ですが、その方向を見る上で4つの要素に注目すべきだと思います。

 第一は、果してNGOが再びエネルギッシュになれるかという事です。つまり、1996年の選挙に於て十分に票集めができるという事を、議会もしくは大統領に示せるかという事です。70年代には彼らは票集めに成功しました。ただ最近の近況を見ますと、自分達の活動に自己満足を感じているようで、現在の状況で票集めの能力がどれほどあるかは不明です。彼らにも甘えがあって、ゴア副大統領のもと自分達は安全だという意識だったと思いますが、昨年の暮れあたりから、票集めの力をつけなければいけないという認識になりつつあります。ただ70年代と違って、環境問題は当時に較べてそう目立たないし単純でもないわけで、このような状況下で、どう一般 の人に分かる言葉で説明できるかという事が、NGO復活の鍵となると思います。

 二つ目が、私が所属しています連邦官庁の行動如何にかかっていると思います。今後とも連邦当局がこういうプログラムの実施面 において、柔軟性を示し続けることが必要だと思います。最近の最も面白い事例が、大気汚染の問題に対する対処の仕方だと思います。1975年以前に製造された自動車の排気量 は93年車の約50倍あります。この問題への対応として最も安上がりな方法は、政府が自らこれらの古い車を買い取ってしまうことです。この方法は、それに要する費用はより少なく今までには無かった方法です。このような柔軟性のある政策を継続することが今後とも必要です。

 三つ目の要素は、政府やNGOにとって、議会が攻撃の対象として容易い相手かどうかという事です。最近、ある上院議員が自分が提案した法案について、業界団体まかせで何も知らなかったという事が新聞に洩れ問題になりましたが、議会を構成する議員にターゲットとなる要素があれば、この勢力関係は変化する可能性があります。

 そして最後の要素が、上院議員あるいは下院議員のブロックが、大統領にとって優先順位 の高い問題と環境問題のトレードをするかどうかという事です。

 そして、今年の夏から秋にかけて、上で述べた4つの事が起こり得るわけで、その状況如何によっては、これらの立法が再度更新されるか、あるいは抜本的に変更されてしまうかが決まると思います。


 追記

 この講演はアメリカンセンターの協力により、平成7年6月5日(月)当研究所にて行われたものである。なお、講演者の略歴は以下の通 り。米国カルフォルニア大学卒業後、ジョージワシントン大学にて行政学修士号を取得。運輸省、環境保護庁、商務省などを経て現在米国内務省長官室、国際問題担当課長。沿岸地域管理、都市計画、史跡保護等の著述多数。

 

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