1996年7号

「GIIの行方と各国の対応」研究委員会から 北欧の情報化-フィンランドのネットワーク

 皆さんがフィンランドについて聞かれたとき、出てくる答えは「森と湖の国」あるいはもう少しメルヘンチックに「ムーミンの故郷」「サンタクロースの国」といったところであろうか。

 しかし、フィンランドがインターネットのサーバー(ホスト・コンピュータ)の普及率で世界一といったら、この国に対する認識が一変するのではないだろうか。1996年1月現在の数字で、フィンランドは人口1万人当たりのサーバー数が409台、アメリカが232台、フィンランドの隣国のスウェーテンが107台となっている。ちなみに、日本は一桁少ない21台である。北欧諸国の場合、全体の人工が少ないため率としては高い値が出るという特徴はあるものの、フィンランドのインターネット・サーバーの普及が、アメリカのほぼ倍という数字は我々の認識を越えるものがある。

 現地に行ってみると、既に国内の大学や研究機関を結ぶネットワークがきれいに整備されている。このネットワークはFUNETという名前で呼ばれ、これからのマルチメデイア化には必須といわれるATM(Asychronous Transfer Mode注1)環境下でなんら問題なく動いている。日本では一般 的に、ATMとインターネットのプロコトルTCP/IPは非常に相性が悪いと言われている。ATMは通 信屋さんが開発したプロコトルであり、TCP/IPはコンピュータ屋さんが作ったプロコトルであり、この両者はそれぞれ発想も哲学も違うため、ATM環境下でTCP/IPを走らせようとすると極端に効率が落ちる。特に通 信屋さんの側からTCP/IPを見ると、あんな質の悪いプロコトルということになるが、インターネットがこれだけ拡大すると通 信屋さんもTCP/IPを無視することはできなくなった。そのため、ATM環境下でインターネットを動かそうとすると、トラブルが多発することが予想されるため、日本の通 信業者は、ネットワークを構築する際、ATMとインターネットの組み合わせには逃げ腰で、できればやりたくないというのが本音である。この状況は世界の先進国とほぼ同じで、両方の調整をどう取ればいいのかというのが問題になっている。ところが、FUNETの関係者はこの問題に関して、コンピュータ側でバッハーを取れば問題ないといとも簡単に言う。今まで難しいという話を散々聞かされてきたので俄に信じがたい気もするが、フィンランドでATMの回線が都市間を結び問題なく運用されているとすれば、この国は画像を含めた情報伝送技術についてかなり高いものを持っていることになる。

 FUNETは、1984年にフィンランド国内の大学、研究機関のデータ交換サービスを行うために作られた。FUNETは、バックボーンとしてテレコム・フィンランドのATMネットワークを利用し、CSC(Center for Scientific Computing)という研究機関が運営を行っている。従って、ネットワークの技術的サポートはCSCが専用の職員を抱えて行っている。現在フィンランドにある総合大学、工科大学は全てこのFUNETで結ばれており、それに加えて研究機関、企業の研究所、国の図書館等にもこのネットワークは伸びている。また、各大学はそれぞれ大学内にLANを構築している。ネットワークのスピードは、都市の中が155 Mbps、都市間が24、34Mbpsとなっている。フィンランド国内のFUNETに対して、その上に北欧五ヵ国(デンマーク、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、アイスランド)を束ねる形で、NORDUNETというネットワークができている。ここから回線はアメリカ、ヨーロッパ中央へと伸びている。北欧諸国の間では、国境を越えてネットワークが整備されているところが素晴らしい。国の大きさの違いと見ることもできるが、日本はまだ国内でも充分にネットワークが整備されているとは言えない。ともかく、北欧諸国は我々が考えているよりもネットワーク整備は進んでいる。

 この点について調べてみると、高速ネットワーク技術のキーポイントはフィンランドにあるようだ。世界で初めてATMの商用回線をベルギーのブラッセルまで引いたのはテレコム・フィンランドである。この会社の資料によれば、ATM高速回線サービスを可能にしたのは高帯域SDH(Synchronous Digital Hierarchy 同期デジタル・ハイアラーキ注2)技術であるとなっており、テレコム・フィンランドはこの分野で高い技術力を持っている。またその後ろにはノキアがいる。ノキアは日本でも携帯電話のメーカーとして名前が知られてきたが、どうもSDHについても高い技術力を持っているようだ。ノキアのマニュアルレポートに以下のような記述がある。スウェーデンのエリクソン社へのSDH部品のOEM供給を終わりにしたというもので、今後エリクソン社はノキアとの技術契約に基づき自社でSDH部品を生産し、製品に組み込むことができるとなっている。ここからATM技術について、テレコム・フィンランドとノキアの関係というものが浮かび上がってくる。また、フィンランドを訪れて全体的に感じたことであるが、この国は研究開発の分野で、官庁、大学、企業の協調体制がうまく機能しているように見える。小さな国だからこそ可能なのかも知れない。

 我々はこれからの高度情報化について、アメリカが技術的優位 を背景にして世界を制覇するようなイメージを抱くが、冷戦構造が崩壊し軍師的な力によるプレゼンスが相対的に後退した現在のような状況では、本命の大国ではなく、案外、北欧諸国やシンガポールのようなある部分に特化した小国が、世界を股にかけて活躍するといった構図が現れるのかもしれない。フィンランドの動きはそれを予感させる。


    注1 ATM- 非同期転送モードと訳される。広帯域ISDNのように多様な情報、すなわち通 信速度が異なったり変化する情報を扱う場合、1つの呼に対して、最大通 信速度に併せた複数チャネルを割り当てる必要がある。これを回線交換方式というが、空きチャネルが多くなるため回線使用効率は悪くなる。これに対してバスケット交換は、可変長の情報とヘッダ(宛先)を単位 としてワンパックで情報を送るため、任意の転送速度に対応できるが、高速通 信には向かない。ATMはこの両方の長所を組み合わせた方式で、全ての情報を固定長のセルで扱う。

    注2 SDH-ITUが作成した高速中継速度体系で、この登場により様々な高速伝送を柔軟に多重化できるようになった。ATM多重データはSDHに従った伝送回線上を転送されることになる。

 

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