1996年12号

気候変動問題と目標設定の重要性

 1993年5月、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は気候変動問題に関する現象、機構、影響、対応策(適応、CO2削減)、実施政策などに関する最新の知識、知見のサーベイに着手し、気侯変動のメカニズムに関する科学的知見、その影響と対応策、その社会経済的影響と対応政策に関する3つの作業グループを発足させた。以後2年間に及ぶかなりハードな作業の後、1995年10月には順次、壮大な第2次評価報告書をまとめ、これを12月の総会で採択した。幸か不幸か筆者もCO2削減策の部のエネルギー供給サイドの章の執筆作業に参画する機会を与えられ、2年あまりの間、多様なCO2削減技術、特に最終的な解決策と期待される再生可能エネルギーを信奉するユニークな専門家達と交わる機会を得て、多様な見方による議論と幸辣なコメントに対する応答の仕方など有意義な勉強をさせていただいた。このように従来の規範で計りがたい状況に直面 すると、いろいろなアイディアや対策が沸いてきて、かなり楽観的なものもあるが一概に否定することも出来ない方策がいろいろと提案されてくる。実際どんな新技術、新システムでも常に楽観的に熱心に推進する人、頭から懐疑的に見る人、その時点の状況のみで判断する人など、かなり主観的に判断されることが多いが、CO2削減の様に既存の枠組みを前提とすると解決困難な問題に対しては、あまり先入観に囚われることなく、精確で信頼のおける基礎データ、知識に基づき、且つ考えられる限りの他の副次的側面 を見落とすことなく、客観的に判断する必要がある。その意味で、最近強調される対応技術・システムの(ライフサイクル的考慮による)効率、削減ポテンシヤル、経済性、CO2以外の地域・局所環境影響などにおよぶ客観的評価は極めて重要である。この際、地域毎の自然、社会、経済的諸条件の差を考慮した現実的で詳細な分析が重要であるが、同時に地域間、技術間、時間の推移の上で整合のとれた統合的な将来シナリオを検討することも大事である。精度、考え方に差はあるが、最近はそのような全世界的、超長期的(2100年対象)な分析が一般 的な道具として、認知されてきたのは喜ばしい限りである。

 そのような雄大な分析により、実現の施策は不明でも、技術的、物理的には再生可能エネルギーへの転換などで、2100年までには大規模なCO2排出抑制も不可能ではないといった計算も多く見られ、当然前提条件と将来の見通 しにもよるが、現状の類推では想像もつかない将来像も描かれている。但し、100年前のエネルギ一事情を考えれば現在の常識でl00年後を判断しようにも、正直なところよくわからないし、物理的に可能であればそうかもしれないという程度しか判断はつかない。問題はその気になって現在容易に安く入手できる化石燃料を脇に置いて、より手間がかかりコストもかかる自然エネルギーに転換できるかどうかであろう。

 この際問題となるのが、現在の評価基準、特に外部不経済を考えない経済性であり、仮に気候変動が起きなくても後悔しないというno regret policyがまず要求される。気候変動への対策を検討するときにno regret policyを議論するのは、いわぱ評価関数の異なる最適問題の解の優劣を論じるようなもので論理的な矛盾と思われるが、現実にCO2排出の危機感が存在しない一般 社会では、気候変動の不確定性という議論は避けられない。環境間題は一般 にこの外部性が当初よくわからない場合、わかっても原因発生者と被害者の問に空間的、組織的、経済的に距離がある場合に問題を起こすのが普通 で、相当遅れて経済勘定に繰り入れられることになる。気侯変動問題は、被害が現れる前に問題が指摘され、全世界的に熱心に対策までが議論されている希有な例であるが、いざ対応策の実施という段になると、被害もはっきりしないのになぜという疑問が起きてくる。特に過去の責任論など先進国と発展途上国の問の軋轢や、今後の経済成長、CO2排出増加傾向、現在の削減可能性やその効率の差といった地域、国ごとの利害がからんで、最適な削減策が素直に実施されるとは考えにくい状況にある。この中で、互いのメリットを足して2で割るような共同実施行動などはうまい方策であるが、これもベースラインの引き方などで現実には細かい実施上の問題が生ずると考えられる。

 一通りの対応策とそのコストがやや明確になってきた現在、やはり、環境間題解決の基本である被害額の解明がもっとも重要と考えられる。多くの努力が既になされてきたが、はっきりしない現象変化を前提に、データの少ない発展途上国迄を網羅した気侯変動の影響と、その経済、自然、或いは生体システムへの被害を特定するという、より議論の多い作業が必要とされる。2000年を目標とするIPCC第3次報告でもこの点は特に重要なポイントと認識されているようであるが、今後、気候変動の徴候の早期発見と、信頼のおける被害見積もりを一刻も早く把握することが、今まで主として議論されてきた対応策の実現にもっとも重要な課題と考えられる。

 影響と被害の推定は、LCA手法の枠組みでは、いわゆる影響分析に該当するもっとも困難で議論の多い分野である。すべての人が納得する明快、且つ客観性のある透明な方法で提示した上で、世界的にコンセンサスが得られれば、初めて付加的なコストのかかる、no regretでない対応策まで踏み込んだ議論が可能となる。現在検討中のISO14000シリーズの中のLCAでもまずGoal and Scope Definitionと呼ぱれる問題設定が最初にくる。これは今なにを問題とし、なにを解決しようかという目標の設定であり、極めて当たり前のことであるが、これがはっきりしないと以下の議論は無駄 となる。気候変動問題でもこれを明らかにして、問題の重要性を再認識することが不可欠であると思われる。

 

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