1997年6号

グローバリゼーションと経済システムの多様性

日本型経営 ―― 一時の過信から批判へと反転

 アメリカ人もそうだが、多くの日本人の思考も極端から極端へ走る。バブルの時期、日本人の大多数が、日本経済の将来はバラ色だと信じていた。「政治は三流、経済は一流」というキャッチフレーズに疑問を持つものもなく、日本型の経営こそが世界経済を変えるものだと思い込んでいた。他方、私の同僚の日本を代表するマクロ経済研究者でさえ、大きな財政赤字と貿易赤字を抱え、財政貯蓄組合(S&L)の不良債権の解決に苦慮していた米国経済に、将来はないと考えていた。

 あれから数年、国民の日本経済に対する信頼は失われ、経済システムに対しても悲観論が満ちている。護送船団行政をはじめとする伝統的な行政手法や官僚組織に対する批判はいうまでもない。不良債権処理に伴って株式持ち合いが崩れ始めるとともに、株主利益を軽視する日本型経営に対しても、経営規律の喪失という視点から批判が集まっている。そしてまた、東アジア諸国などの追い上げに伴う空洞化の恐怖の結果 、日本の伝統的雇用慣行こそ「悪」だという主張に支持が集まっている。米国流の能力主義に基づいた給与体系と昇進システムの採用が、また不況時には積極的な解雇を含むリストラこそが、日本経済再建のために必要だという訳である。

 日本人が最近持つに至ったこのような思考形式の根元には、グローバリゼーションに対する特定の、おそらく誤った見方が存在している。「急激に進む国際化のために、グローバル・スタンダードと異なるシステムは淘汰されるから、日本だけが別 の仕組みや慣行を維持することができない」という考え方である。もしこの見方が正しければ、現在のグローバル・スタンダードであるアングロ・アメリカン・システムと異なる仕組みは、すべて改革しなければならないことになる。

指摘される要改革点

 たしかに、日本の経営システムは様々な意味で制度疲労を起こしており、多面 的な見直しが必要なことはいうまでもない。また、利子や価格の国際的裁定が瞬時に行われ、世界標準と異なる仕組みでは対応できない分野も、金融のホールセール業務をはじめいくつかの分野に存在する。これらの分野では、グローバル・スタンダードにあった国際ルールを早急に導入することが必要である。また、参加者の機会均等を保証し情報の透明性が高まるほど市場の有効性が高まることを考えれば、国際取引に関する税制や法制度を国際基準に統一し、会計や財務情報を国際規格で公開することが望ましい。

はたして問題点のみだろうか?

 しかし何人かの識者が主張しているように、日本の経済システムに全面 的な改革が必要だろうか。例えば我が国の様々な労使慣行は、雇用の安定性と職場の協力を引きだすことで、品質の改善や生産費用の削減に大きく貢献してきた。高度成長期や80年代の日本経済国際化の原動力こそ、中小企業を含めた日本企業の従業員の高い生産性だったのである。これに対して米国のホワイトカラー労働者は、雇用の安定性を犠牲にしても、独創的な発想や革新的な努力に対して特別 の昇進や報酬で報いるという労使慣行を作ってきた。能力重視型のこのシステムがグローバル・スタンダードであり、日本が採用しなければならない仕組みだろうか。

大きい雇用安定のメリット

 雇用の安定は、日本製品の国際競争力を高めただけではない。新卒採用、内部昇進、年功賃金という体系は、不況になっても若年労働者を大切にし、人員整理をする場合でも高年労働者を優先してきた。このため、若年労働者の失業率は極めて低く、社会の安定性が保たれたのである。このことは、不況時に若年労働者から解雇する欧米社会を考えてみれば明白だろう。解雇された若年労働者は規律を失い、数年たって景気が回復しても職場に復帰する意欲を失ってしまう。また、最も必要な時期に仕事を通 じた熟練形成を行えないから、職場に戻っても生産性が向上しない。このため、欧米の若年労働者の失業率は極めて高く、これが社会不安を起こしている。

崩れる比較優位の原点――資源賦存

 同じことを別の角度から考えてみよう。よく知られているように、国際貿易は比較優位 の原則によって動いている。日本が比較優位を持っている財・サービスが輸出され、比較劣位 の財・サービスが輸入されるという原則である。比較優位を生み出す要因として、伝統的に資源賦存が強調されてきた。労働力が相対的に過大な途上国は労働集約的な財を、資本が過大な先進国は資本集約的な財を、そして技術水準が高い国は技術集約的な財を輸出するというわけである。しかしグローバリゼーションとは、資本移動だけでなく、外国人労働者をはじめとする労働移動を高め、技術の国際波及を早めるのではないだろうか。そうなら、資源賦存の各国間の相違に基づく貿易活動は今後減少していくことになるはずである。

比較優位の主たる要因は経済システムに

 しかし比較優位を生み出す要因は他にもある。そのもっとも大きなものが、経済システムの相違である。すでに述べたように、日本の労使慣行こそが、製造過程での品質やコスト改善に大きく貢献し、その結果 生まれた日本製品の品質やコスト競争力が、加工組立型産業の競争力を支えてきた。これに対して能力重視型の米国は、ハリウッドの映像産業やインテルのCPUをはじめとする、独創性と想像力を必要とする産業に比較優位 を持つことになった。この日米がもっている現在の比較優位は、資源賦存では説明できず、経済システムの違いに起因すると考えることがもっとも自然である。言い換えれば、現代の先進工業国間に存在する貿易利益の源泉は、資源や技術水準の違いより、異なる経済システムが生み出す比較優位 にあると考えるべきだろう。

多様なシステムの併存を主張しよう

 グローバリゼーションが進むからといって、日本固有のシステムがすべて淘汰されるとは考えられない。例えば、国境などそもそも存在しない米国社会の中でも、中国人社会やユダヤ人社会は、普通 の米国社会とは異なる慣習やシステムを持ち続けている。一元的に見える米国社会の中にも、多様な仕組みやシステムが存在するのであり、多様なシステムが相互に影響しあうことによって、新しいシステムが生まれる。野生の遺伝子をかけ合わせることによって生まれる新しい種が、農業や畜産業を活性化してきたように、多様なシステムや考え方の存在こそが、米国経済の活力の源泉である。だとすれば、世界の中で日本が生きる道も、国際社会の多様性を許容することを主張することであり、国際社会の利益のために他国と異なるシステムを積極的に生かすことではないだろうか。

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