1997年7号

「アジア地域における環境技術移転研究委員会」 報告書より

 当研究所では、経済発展と環境保全との両立に悩むアジア地域の途上国への環境協力の一環として期待される環境技術移転に関して、具体的な政策へつながる提言を見いだす事を目的として、'96年4月より'97年3月まで「アジア地域における環境技術移転研究委員会」を開催した。

 前半の委員会では、民間企業、公的機関から講師を招き、環境技術移転の現状レビューと問題点についての議論を行った。後半の委員会では、環境技術移転の現状と問題点を整理し、今後の環境技術移転促進の方策につき議論を行い、報告書をとりまとめたので以下に概要を紹介する。

1.環境技術移転の現状

(1) 環境技術移転(注)の形態

 政府ベースによる協力と民間ベースによる海外直接投資に分かれる。政府ベース協力は政府開発援助(ODA)など、民間ベースでは民間資金(PF)である。政府ベースの協力形態は技術協力、資金協力、情報提供、政策支援など。(注:環境保全、省エネ分野で技術協力及び海外直接投資に伴う技術・資金移転等を通 じカウンターパートに対し国づくり・人づくりに必要な技術の吸収・定着を図ること。)

(2) 環境技術移転に関わる主要機関と政府援助

    1) 日本の主要機関:国際協力事業団(JICA)、日本輸出入銀行(JEXIM)、海外経済協力基金(OECF)、環境事業団、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)、国際環境技術移転研究センター(ICETT)、地球環境産業技術研究機構(RITE)、日本国際協力機構(JAIDO)、海外技術者研修協会(AOTS)、海外貿易開発協会(JODC)

    2) 海外の主要機関:日中友好環境保全センター(中国)、The UN-ESCAP Asian and Pacific Center for Transfer of Technology(APCTT、インド)

    3) 国際機関:世界銀行、国連開発計画(UNDP)、国連環境計画(UNEP)、アジア開発銀行(ADB)、地球環境ファシリティー(GEF)

    4) 政府援助事業:通産省・環境対策技術協力「グリーンエイドプラン」~アジア地域の発展途上国における発展と環境の両立を目的として、途上国及び民間企業の公害問題に対する認識を高め、環境対策の充実を図るため、日本の公害対策の経験や技術を踏まえたエネルギー環境技術の移転・普及等を行い、相手国のエネルギー環境問題に対する自助努力の支援を行う協力プログラム('92年~)。

2.環境技術移転に関わる情報と交流のあり方

(1) 環境技術移転における情報の役割

1) 平成8年度当研究委員会での情報に関する論点

 [1] 情報の発信・提供について

  • 情報を受ける側が有効利用できるコンテンツ不足。→技術のデモンストレーション、利用可能な技術に関する詳細情報、サクセス・ストーリーの例等に関する情報不足。

  • 環境装置に関しては最新の高性能技術よりむしろ基礎的な技術情報が不足。

  • 情報データベースのネットワーク化が依然として進まず。

  • 有効な情報発信のため、相手国のショウウィンドウ的プロジェクトに重点的支援を行う必要性。

  • 日本の進出企業は、一般的には現地基準より高い基準(先進国並レベル)で環境配慮を実行。モデルケースとしてよりアピールするべき。

  • 途上国でのパテント制度の未整備が懸念材料。

 [2] ニーズ情報について

  • 日本が入手、活用するべき情報の種類

    • 適地技術の育成には、現地の技術を知り最大限有効利用する事が重要。中でも相手国として重点を置くべき中国で現在使用されている環境技術に関する情報収集が必要。

    • 地方自治体及び地方企業が持つこれまでの技術移転ノウハウ情報。

    • 各企業が持つ具体的な技術ノウハウ情報。

  • 相手国が必要とする情報の種類

    • 生産効率向上、在庫管理技術、部品国産化技術等

    • 低コストな計測機器技術

2) 環境技術情報活用のあり方について

 国際的な環境技術移転情報ネットワークが有効に活用されるためには、想定される参加各国の環境技術情報に関するニーズを把握し、利用促進の要件の把握が必要。また、ニーズが高い情報の蓄積・交換を行うネットワークの仕組みの構築が求められる。

 これらの情報活用ニーズと上述の当研究委員会での論点を踏まえると、情報利用の観点から相手国との環境技術協力促進のための基本手順は上記の図の通 り。

(2) 環境情報データベースの現状分析

1) 日本国内の主要データベース

 APECバーチャルセンター:インターネット上に「APEC環境技術交流バーチャルセンター」ホームページを設置。関西の自治体、企業、環境関係機関等の持つ環境技術・知識・経験を発信、APEC域内の環境関連ホームページとリンクし、環境技術に関する情報交流の促進を目指す。'97年4月から本格運用開始。

2) 海外の主要データベース

 UNEP(国連環境計画)データベース:UNEP/IETC(国際環境技術センター)は大阪に設置されている国連機関の下部組織。世界の環境技術データベースとリンク。96年2月にホームページ開設。

(3) 情報と交流に関する課題

    1) 内容:プロジェクト資金の確保方策、プロジェクト成功例、推進のためのノウハウ情報等、企業が具体的に事業を推進するために必要な情報が不足。
    2) 機能:データベース利用者が必要とする情報にアクセスできるまでの検索機能が不十分。情報利用からプロジェクト化までをフォローアップするコンサルティング機能の不備。ニーズ/シーズのマッチング、プロジェクト推進支援などに専門的なコンサルティングが関与せず。途上国の情報ニーズ発掘、利用率向上のための措置が不足。

3.環境投資の資金調達メカニズム

(1) 資金供給の現状

1) 国際機関による資金供給

  1. 世界銀行:エネルギー関連案件に対する借款を拡大。('90-'95年の融資の内環境関連は約7%)。中国の発電インフラにおいて最大の貸し手。環境汚染のモニタリング調査、アクションプランの策定、技術移転、汚染防止のための貸付を実行。(貸付総額は約20億ドル)

  2. アジア開発銀行(ADB):'96年の融資承認額は約55億ドル(前年比+0.7%)、最貧国向けのアジア開発基金融資は同+14.5%。貧困脱出、環境保護、教育への融資シフト。また、ハイテク技術移転などの設備投資及びコンサルタント・フィーの支払いなどに対する融資も実行。先進国企業が環境保全分野で途上国に進出する際に有効利用可能。

  3. 国連開発機関(UNDP):アジェンダ21を途上国において実施するための資金援助プログラムである「キャパシティ21プログラム」を実施。

  4. 民間資金との新たな関係:民間資金の拡大が世界的な潮流。途上国に流れた民間資金は1700億ドル('95年)と世銀融資の約8倍。世銀を始めとする援助機関はMIGA (Multilateral Investment Guarantee Agency)の持つ「保険機能」を拡大、民間投資リスクの軽減を図ろうとしている。

2) 日本の公的機関による資金供給

  1. 環境分野ODA:'95年度実績は2,760億円とODA全体の約20%。その内約6割が円借款による有償資金協力分。2国間ODAの分野別 割合では産業公害対策比率は2割未満。

  2. 公的資金と民間資金:日本においても技術移転では民間資金が重要な役割を担い、民間部門による投融資は約230億ドル('95年)と政府による援助資金総額の約1.6倍。

  3. グリーンエイドプラン:途上国の産業公害、リサイクル、省エネ等のエネルギー問題についての取り組みを支援する通 産省による国際協力。'96年度予算額165億円。現在20社以上の日本企業による技術移転モデル事業を中心としたプロジェクトが実施中またはフォローアップ・評価の段階。

(2) 資金調達の現状

1) 途上国企業による資金調達

     途上国の企業が環境保全のための投資を行う場合、通 常、株式または債権の2つの方法により資金調達を実施。一般的に途上国において、企業が地元の金融機関から環境投資のような経済的便益が小さく担保設定が困難な場合が多いプロジェクトへ融資を受ける場合は市中金利に比較して大幅に金利が高い。このため、途上国政府は様々な優遇制度を環境保全プロジェクトに対して設定、投資促進を試みている。

2) 資金調達推進のための政府施策

  1. 直接的な資金援助:環境保全技術を導入した場合の税優遇や補助金・リースなどの特別 な資金メカニズム

  2. 情報のクリアリング:環境保全技術の便益やマーケットに関する情報提供

  3. 規制強化

  4. 取引のパッケージング:プロジェクト立ち上げまでの資金負担

  5. リスクシェアリング:直接または間接的なリスク負担

  6. EST (Environmentally Sound Technologies) Right Banks:政府(主に先進国政府)による知的所有権の買い上げ

3) 事例研究(フィリピンでのツーステップローン)

     ツーステップローン:OECFを通じた円借款などにより、途上国の中小企業において環境保全投資に必要な資金の調達を可能にするシステム。本プログラムは、フィリピン・マニラ地域の民間企業に対して、環境保全技術の導入を支援することを目的としたフィリピン開発銀行へのツーステップローンで、フィリピンでは初の本格的産業公害防止政策金融。日本からフィリピン大蔵省(DBP)へ年利2.5%、30年の条件で融資。DBPは現地の事業者へ年利11%、3~15年の現地通 貨建てで融資。同様なシステムは、タイ、インド、インドネシアなどでOECFが既に実施または計画中。
     ツーステップローンが成功するための最大のポイントは、資金需要の正確な見通 し、各アクター間の調整、金融セクターや法制度の整備、など。

(3) 資金メカニズム確立への提言

 現在、民活プロジェクトは発電や道路建設のような案件だけでなく、環境分野の範疇である上下水道インフラも対象となってきている。しかし、アジアにおいて環境保全分野及びインフラ整備分野での日本企業は欧米企業に比較して出遅れ感がある。この分野では、プロジェクト全体のリスクマネージメント能力が企業に要請されるものの、邦銀も含めて日本企業の経験は浅くキャパシティはそれほど大きくない。従って、政府による環境・エネルギー分野での日本企業支援は日本の公害・省エネ経験を伝える意味で、積極的に行う必要がある。特に途上国における「中小企業」は環境投資が困難であるため、日本を含む海外からの援助が望まれる。また、海外からの資金導入が小さく、経済発展のスピードが遅い「地方」における環境破壊も深刻な問題。これからの援助を考える場合、「中小企業」と「地方」はキーポイント。

4.提言とまとめ

(1) 環境技術移転への取り組みの基本的考え方

 国家、地域、世代を超えた地球環境問題に対して何らかの対応が求められている。先進国においては、冷戦終結後の世界秩序の維持改善の柱となる大きな問題としてグローバルなレベルでの社会生活の向上(環境、安全、衛生、福祉等)への貢献が重要であるとの認識が高まっている。持続的な発展を実現するためには、産業として成立し発展するシステムに組み込むことが必須条件であり、そこでの重要なアクターはまず企業である。しかしながら、この分野での市場が長期的には発展が見込めるものの、企業努力だけでは目的を達成することは困難である。従って、企業は長期的な戦略に基づき、途上国向けの適正技術の開発・移転に向けて詳細なマーケティングを行う一方、公的セクターも企業活動を側面 支援する具体的な施策を実行することが求められる。

(2) 環境情報活用に関する提言

1) 相手国側担当機関の決定:先進国との情報交換を活性化するため、情報インフラが整備されている組織を専門窓口として整備する必要がある。(例:中国では国家環境保護局(NEPA)や清華大学が中心となり環境技術データベースの整備を推進)

2) 情報内容の整備:既存の技術情報に加え、プロジェクト資金情報、LCA(ライフサイクルアセスメント)的なコストベネフィットに関する情報、内外でのプロジェクト成功例等の実証技術情報、現地化へのアドバイス等を整備していく必要がある。

3) コンサルティング機能の付与:ニーズ/シーズのマッチング、プロジェクト推進のためのコンサルティング機能を付与していくことが必要である。

4) 情報収集のキーワード規定:日本と中国の情報アクセス者が正確かつ迅速に必要な情報を入手し、同一基準で環境アセスメント、環境ビジネスを行っていくため、データ提供する専門機関がキーワードの定義やデータベース構造を基準化する必要がある。

5) 役割分担と協力:他のデータベースシステムとの連携・協力及び役割分担を明確化することが必要である。

(3) 資金調達に関する提言

 途上国における環境保全への投資を促す施策として、日本政府が検討するべきものは主として以下の2点。

    1) 環境保全援助分野でのジャパンマネー・「円」自体のより一層の魅力化及びその活用

     具体策としては、(1)無償化、貸出比率の再引き下げ、リース制度の活用などを含めたさらなる優遇措置のパッケージ化、(2)途上国の中小企業への資金流動を高める有効な手段であるツーステップローンやファンドの設立を、資金需要、ホスト国の環境行政、日本の公害融資などの詳細な分析を行いながら、途上国政府と協力してより積極的に実施する、(3)多国間や官民のリスク分担ネットワーク強化の一環として、アジア地域全体をカバーする環境保全ファンド、インフラ整備機関、仲介組織などを、日本独自または日本がイニシアチブをとりながらアジア各国の出資で設立することの検討、が必要。


    2) 企業の「取引コスト」削減支援

    (1)大使館やJETROが海外での技術展示会の企画・後援を行うシステムの構築や、日本の環境保全技術の宣伝広告を目的とした出版物の作成などによる、情報のクリアリングが必要、(2)長期的には、大学、公的研究機関、企業などでの途上国向け環境保全技術の研究開発に対して資金的な支援を行うことが、途上国でのローカルコストを押さえて日本企業の競争優位 性をもたらすことになる。(3)市場の創出および市場メカニズムの活性化の手段として、温暖化対策における「共同実施」や「排出権取引」などのスキームの活用に対しても、官民協力に基づいた積極的な取り組みが望まれる。

(4) まとめ

 アジアの開発途上国に対する環境技術移転の国際協力を推進する場合、市場メカニズムを踏まえ産業として発展させていくことがその普及に対して必須である。そのためには、企業は長期的なビジョンを持って辛抱強く、技術の開発・移転を進めることになる。一方、行政等の公的セクターの役割はそれをリードし、強力にサポートしていく事が求められ、地方自治体も含めた官と民との連携が重要な役割を果 たすものと考えられる。

 (以上は'97年6月発行の研究委員会報告書より、抜粋、要約したものである。文責:事務局 伊藤)

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