1997年9号

税制改革・秋の陣を占う

 私は政府税制調査会の最古参委員の一人である。そこで税の話をしたい。毎年秋口から年末にかけて税をめぐる論議が盛り上がる。年末に翌年の税制改正の内容を決めるのがわが国のしきたりだからだ。

 ところで内容を決める場が二つある。政府与党と政府の税制調査会がそれだ。同じ仕事を二つの税調がやるのはおかしいと思われるかも知れないが実は分業体制になっている。税制改正の論理を構築するのが政府税調で、党税調はそのロジックを踏まえて具体的な減税額を決める。同じゼイセイでも前者は税制であり後者は税政つまり、制と政の違いである。

 今年の最大のテーマは二年ごしの懸案である法人税減税論争を決着させることだ。民間企業の活力を復活させるには他の先進国並みの水準にまで法人税率を下げるべきだという点で両税調の意見は一致している。問題は減税財源をどこからひねり出すかにある。所得税や消費税の増減税の話ではないので、一般 納税者の関心は低い。燃えているのは民間経済界と通産省である。政府税調の基本スタンスは課税べ一スの適正化で財源を生み出すべし、ということで固まっている。恐らく10月末には1兆円内外の財源を用意し、法人税率を37.5%から35%に下げるという案をまとめるだろう。最後までもめるのは財源ひねり出しの方法だが、これも結局はまとまる。

 法人税のほかにもビックバンに関連して有価証券取引税の全廃ないし減税、土地有効活用にからむ地価税の軽減もホットな議論になるだろう。そのほかにも一般 国民には直接、関係がなくても関係業界にとっては重大な関心項目がいくつかある。

 しかし、長い税調委員としての経験からすると今秋の税政論議はそれほど気の重いものではない。消費税導入をめぐって中曽根、竹下両内閣が政治的苦境に立った時、私は読売新聞諭説委員として税調に加わり、消費税導入が福祉国家建設にとって避けては通 れない税政改革だと一貫して主張し続けた。この改革に対する国民の反発は強く、私のところにも山のように反対投書がとどいた。「貴殿は庶民の痛みを無視した冷血漢だ」「国民の暮らしを破壊する消費税導入に賛成し続けるなら読売新聞の不買運動をするぞ」「大企業優遇税制を是正し、徴税を強化すればたちどころに数兆円の税収増が実現する」………私は一向にこたえてなかったが、女房はそれなりに気にした。いまでもわが家には投書の部厚い束がある。筋を通 したことのアカシで、家宝と心得よと子供達には言ってある。当時、消費税導入論者は政界はもちろん言論界でも少数派であった。国家百年の計のためこの方針を貫いた二人の首相はえらかった。当時の誤解にもとづく感情的な反対世論のすさまじさに比べたら、橋本首相が自ら取り上げた6大改革への一部勢力の抵抗などモノの数ではない。少なくとも国民は総論として改革の方向を支持している。

 ところでこの地球研ニュース・レターに税制の話を書く気になったのは、炭素税あるいは環境税のことが念頭にあったからだ。税制は地球温暖化を阻止する有力な経済的手段の一つと位 置付けられている。北欧諸国で導入されており、わが国でも環境庁が提唱し環境重視派の学者、ジャーナリストの間では信奉者が多い。

 私の友人にも熱心かつ真剣な導入論者がいる。彼等は「政府税調はなぜこのテーマを取り上げないのか」と私に迫ってくる。逆に導入に反対ないし慎重な友人たちからは「まさか税調が導入の旗振りをすることはないだろうな」と念押しされる。

 板ばさみになって苦しいといいたいのではない。この種の経験は他の税目でいやというほど知っている。いちいち悩んでいたら税調委員などつとまるものではない。その都度友人たちにはこんな説明をしている。

 税制に幻想を持ってもらっては困る。高率の炭素税を、あたかもCO2対策の決め手であるかの如くに熱っぽく説く環境論者がいるが、この人達は国民の直接負担増になる改革の実現困難性について、恐ろしく政治的感度がにぶい。化石燃料の消費に大きな打撃を与えるほどの炭素税とはそもそもどの程度のものなのか。例えばかつてのエネルギー危機で電力料金は5割も高くなり、さすがに産業界の省エネは限界まで進んだ。同じことを税制でやれば今度は家庭の消費も抑制されるだろうが、百年後に海の水位 が5.60センチ高まるかも知れないという予測をべ一スに国民がいま直ちにこれだけの重税を甘受すると考えるのは全く甘い。これでは環境ファッショだ。国際競争からみて、やるのなら全世界で一斉にやらなければならないが、予想される限りにおいてとてもそんなことが起こるとは思えない。もう一つの提案は、極めて低い税率で導入し、それを財源に新エネ開発、省エネ推進を加速すべしとの主張だ。たしかに現実性はあるが、いまのところそこまでも議論は熱していない。

 いままでのところ政府税調の中では炭素税が論議のまともな対象になったことはない。有力委員の中には秘そかに導入を考えているむきもあるが、税調に正式に持ち込んではいない。

 この議諭の行方は今年、京都で開かれる気候変動枠組条約第3回条約国会議参加国がどのような対応策を一致して打ち出すかにかかっており、その内容次第で国内世論に変化が生まれるかも知れない。

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