1999年9号

インドネシア ――総選挙と今後の展望――


 去る7月5日に第5回「アジアの中の日本を考える」研究委員会(委員長:白石隆・京都大学東南アジア研究センター教授)が開催され、白石委員長より、「インドネシアの総選挙とこれからの展望」と題する報告があった。約2カ月間のインドネシア滞在中の面 談調査で得られた膨大な情報が解析・評価され、これからのインドネシアの行方が展望された。


総選挙の意味

 高級軍人、高級官僚が中枢を占めるスハルト政権が30年続いたが、今回の総選挙で、政党政治家という新人種が大挙して政治の表舞台に登場する。そうした政党政治家とは如何なる人種なのかを掴むことが今回の調査の主目的であった。
 今回の選挙には大きく3つの意味がある。
 第1に、公正な選挙が実施され、スハルト時代は終わり、新時代が始まるという区切りとしての重要性。
 第2に、選挙で国民の信託を得た政府がつくられる、その第一歩となるという本来の意味。
 第3に、その政府が、さまざまの社会的不満を処理し、社会を安定化させるという期待。
 第1のポイントについては、大きな選挙違反もなく公正に選挙が行われ、最初のハードルを越えた。
 2番目のポイント、安定政権ができるかという点については、難しいといわざるを得ない。
 今回の選挙で候補者を立てた政党は全部で48。
 選挙制度は州単位の比例代表制で、人口比はジャワ:非ジャワで6:4だが議席はほぼ等分となっている。そのため1票の重みは外島の方が重い。
 48の政党中、主な政党が5つほど挙げられる。
 メガワティの闘争民主党には名目上のイスラム教徒(あまり敬虔でないイスラム教徒)、キリスト教徒などの非イスラム教徒が多い。党には四つのグループがあり、スカルノ主義者、1970年代、80年代にゴルカルの主流を担い、ハビビの大統領就任後ゴルカルを飛び出したグループ、地方の企業家、そして各地でインフォーマルセクターを仕切るやくざのような人たちである。したがって、メガワティの闘争民主党は改革派で彼女が大統領になればこれからさらに民主化を進めるだろう、というのは見当違いである。
 民族覚醒党は、保守的なイスラムの教育団体、ナフダトール・ウラマを支持基盤とした政党で一般 的にはメガワティの闘争民主党と連立政権を組むと見られている。
 国民信託党は、イスラム改革派教育団体ムハマディアと、党首アミン・レースを改革派の旗手として支持する都市の中産階級の人々を支持基盤にしている。
 開発統一党はスハルト時代にあった唯一のイスラム系野党で、ナフダトール・ウラマ、ムハマディア等が抜けた後のイスラム勢力の集合体である。
 さらに政府与党ゴルカルは中央ではハビビ派、アクバル・タンジュンのグループ、そしてマルズキ・ダルスマンのグループが有力であるが、地方に行くと官僚、軍人上がりが多い。また1970年代、80年代に名目上のイスラム教徒、キリスト教徒が主流派をなしたのに対し、いまでは敬虔なイスラム教徒が中央で有力となっている。

ゴルカルへの「ノー」

 今回の選挙の得票率を眺めると、3点指摘できる。
 1番目は、ゴルカルは結局、全国平均得票率22%で投票者5人中4人がゴルカルにノーと言った。
 2番目は、メガワティの闘争民主党は第1党になったが、得票率は全体の三分の一強をとったにすぎない。
 3番目は、大統領選挙では国民信託党、国軍、地方代表、職能代表の動向が鍵を握る。
 ではどうしてこういう選挙結果になったのか。政党支持の有力要因として五つくらい考えられる。
 第1はスハルト体制と決別するか、それとも決別しないかという選択で、これについてインドネシア国民は、圧倒的にゴルカルに対し「ノー」という答えを出した。
 第2は、イスラムか非イスラムかという選択基準。 インドネシア人口の45%を占める敬けんなイスラム教徒は、イスラムを支持基盤とするかイスラムを原則とする政党に投票し、名目上のイスラム教徒及び非イスラム教徒は、民主党かゴルカルに投票した。
 第3は、選挙区に有力な輸出部門があるか否かが投票行動を左右するかと思ったが、結果 としては余り重要な要素ではなかった。
 第4に、ジャワ人か非ジャワ人かというファクターで、これは重要な投票基準だった。実際、ジャワ人地域でメガワティの闘争民主党とアブドラフン・ワヒッドの民族覚醒党が過半数を占め、他地域では、ゴルカル他の政党が結構健闘したことに表れている。
 第5の、都市か農村かという選択基準。ゴルカルは農村で強く、メガワティの闘争民主党は都市部で強いと一般 に予測されたが、必ずしもそうした結果にはならなかった。

大統領選挙の日程

 国権の最高機関である国民協議会が今後5年間に実行さるべき国策大綱を定め、その後、大統領、副大統領を選出し国民協議会が閉幕という政治日程であるが、現在のように民主党とゴルカルの2大勢力が拮抗していると、国策大綱の早期採択は難しい。したがって、大統領選挙は11月10日に予定されているが、遅れる可能性もある。
 大統領選挙の結果がどうなるか、現在は全く見通せない。メガワティになるかハビビになるか、或いはその両者以外の人物という3ケースのうち、両者以外の人物になった場合、長期的な政権維持は難しい。結局、メガワティかハビビいずれかになると思われる。
 大統領選挙は政党の再編成が進む過程で行われる。従って現時点の政党単位 で連立政権の形態を考えると、思わぬ読み違いをすることになる。

不安定状態は続く

 中長期的に5年ぐらい先までを考えてみよう。
 まず第1はいかなる新政権になるのか。インドネシア国民の圧倒的多数が選挙でゴルカルに対し「ノー」と言ったのに、ハビビが大統領に再選され、ゴルカルを基軸とする政権が成立すれば、政権の正当性に疑念が残る。その結果 、政府はやはり信頼は得られず、これまでと余り変わりない状態が続く。
 一方、メガワティを首班にした政権の場合、正当性にはあまり問題ないが、別 の問題が出てくる。
 メガワティはあまりにジャワ中心主義的で、そのため敬虔なイスラム教徒、外島の人たちの反発をかう可能性が高い。また大臣の異動は勿論、局長クラスまで相当大幅な人事異動が行われ、移行期に相当の混乱が予想される。
 第2は軍の問題である。軍は現在、領域管理機構の改革を実施しており、この結果 、地域軍管区が主要民族集団ごとに編成され、その土地、土地の主要民族集団の出身者が地域軍管区司令官に任命されようとしている。これは長期的にはきわめて危険な政策である。
 第3は経済政策の違いである。メガワティ政権となると、ジャワを支持基盤とすることもあり、いずれポピュリスト的な経済政策を採る可能性がある。またハビビ政権では輸出振興に重心をおくだろうが、政権の正当性に疑念がある。いずれの場合にも経済の順調な回復は考えられず、財政破綻から抜け出す途もない。
 中国人は新政権が成立してもすぐ新規投資で事業拡大を計画するといったことはまずありえない。社会秩序に対する不安が原因であり、それが軍待望論にも繋がっている。
 5番目に分離運動の動きが注目される。この1年、特にスマトラの最北端のアチェで分離運動が活発化した。政府はこうした分離運動の動きを地方自治の拡大によって封じ込めようとしてきたが、これが中長期的にうまくいく保証はない。むしろ国軍の抜本的改革が必要であるように思う。またこの問題についてはメガワティはきわめて現状維持的でアチェ、イリアンなどでまったく信用されていない。
 選挙は予想以上に公正、自由に行われた。その結果、あるいは総選挙で第一党となった闘争民主党を基軸にメガワティ政権ができるかもしれない。さてそれではこれで国民の信託を得た本格政権が成立し、その強力な指導の下にインドネシアは危機克服の途を着実に歩みはじめるだろうか。
 おそらくそうはならない。メガワティはインドネシアのコラソン・アキノではないか、という疑問がよく出されるが、アキノ政権ほどの実績を挙げることができれば大成功と考えた方がよい。むしろメガワティはインドネシアのベナジル・ブットーになる可能性の方が大きい。
 仮に政府に対する国民の信頼が回復しても、国家機構に対する国民の信頼のないところでそんなものは一、二年で失われてしまう。またその間に経済がめざましく回復する見込みは殆どない。バラ色の期待を抱かず、事態は現在より悪くなるかもしれないといった覚悟でインドネシアのこれからに対処した方がよい。

求められる支援政策バッケージ

 では日本は、これから少なくとも5年程度の中でどう考え、何をなすべきか?
 中期的には、いかなる政権下でも次の4つの動きは止まらないと予想される。
 1番目は、スハルト時代の中央集権的システムから、権力も利権も分散し、日本とインドネシアの関係に相当の混乱がもたらされる。
 2番目に、地方分権へという流れ。インドネシアの開発政策策定は、今後県レベルの企画局に相当程度委譲されるが、このレベルには企画立案能力はない。大学を強化し、大学と一緒に企画をつくるにしても自主的な人材育成政策では多分5年、10年を要する。
 日本政府はそこまで考慮して援助政策を考える必要がある。人材育成政策、計画立案能力と制度づくり、全部をパッケージで考えないと、何も進まない可能性がある。
 3番目の長期的な傾向は、インドネシアは30年前に比べ、全体としてはイスラム化が進行し、その最右翼にはイスラムファンダメンタリズムが出始めている。
 従って、日本としてはインドネシアのイスラム化に対応できるよう情報収集が必要となろう。
 第4にインドネシアの国家財政は破綻している。従って、公的債務をどうするかという問題は遠からず日本とインドネシアの懸案として出て来る。そのときに日本が悪者にされないよう、今までとは違う体制でもっと管理を強めなければならないかもしれない。
 日本にとっても、これから一、二年、対インドネシア外交、さらには対東南アジア外交の見直しが必要とされよう。


註)本稿は白石委員長講演の速記録に基づき、事務局が要旨としてまとめたもので、文責は委員会事務局にあることを付記する。

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