2000年1号

中国のベンチャー育成政策

ベンチャー・ビジネスの発展は、今日世界的に重要なテーマとなりつつある。米国経済の90年代の復活は情報通 信産業の担い手としてのベンチャーの活躍が大きく寄与しているといわれており、また、日本でも先の臨時国会で中小・ベンチャー企業の振興策の充実・強化が図られた。そして、中国でもハイテク・ベンチャーの振興は国策として位 置づけられるようになっている。
  こうした中で、アジア太平洋フォーラム主催の「日中米ベンチャー・ビジネス・フォーラム」(中国国際投資公司、関西ニュービジネス協議会共催、在中国日本大使館、在中国米国大使館など後援)が、99年10月22日、北京で開かれた。中、日、米の三ヶ国から第一線の学者、専門家、企業経営者が講演や討論に出席し、日本からは日本ベンチャー学会会長の清成忠男法政大学総長、大阪商工会議所副会頭の小池俊二㈱サンリット産業会長らが出席した。本報告は、このフォーラムで明らかにされた中国のベンチャー・ビジネスの現状、育成政策、今後の課題について概要をまとめたものである。


1.高まるベンチャー育成熱の背景

 中国における私営企業(個人企業も含む)の評価は、今日大きく転換した。99年3月の憲法改正により、従来「社会主義公有制の補完」にすぎなかった私営企業は「社会主義市場経済の重要な構成部分」として明確に位 置づけられた。これを受け、私営企業の設立は許可制から届出制になるとともに、その活動を保護・育成する方向へ大きく方針転換した。同時に最近、朱鎔基首相が「ハイテク立国」を強調しているように、市場の力を利用したハイテク産の育成は今や中国の国策になっている。このため、ベンチャー企業の育成・発展は中国においても「必然的趨勢」になっており、とりわけハイテク・ベンチャー企業にとっては大きなチャンスの到来と見られている。

2.ベンチャー育成策のこれまでの経緯と問題点

小平氏の「科学技術は生産力である」という方針の下、中国では85年に科学技術の体制改革が決定され、科学技術の市場化に向けた活動が開始された。その一環として、ベンチャーによるハイテク開発を推進するため、大学・研究機関が保有するハイテク技術の企業化をねらいとして重点大学を中心にベンチャー投資会社が数多く設立された。しかし、一部の例外的な成功はあるものの、その多くは債務増大などで失敗している。90年代に入るとベンチャー・キャピタル投資方式が導入され、ハイテク産業開発区内でベンチャー向けの特別 の産業投資基金を設立するなどの育成策がとられてきたが、10年近く経ってもその成果 は充分上がっていない。

 その大きな理由として挙げられるのは、政府の政策環境の悪さである。政府規制が多か
ったし、政策も縦割りの中でやっており、資金援助も不充分だった。特に重大なのは、今改革が進められている金融市場の問題である。中国の企業金融は日本と同様に間接金融が主体であり、ベンチャー向けの投資資金も銀行融資や政府資金に頼らざるを得ない状況にある。然るに、資金配分は国営企業優先であるため、私営企業は融資を十分受けられず常に資金不足に陥る傾向にあった。リスクの大きいベンチャー企業の資金調達には直接金融が有効であることは中国でも認識されているが、資本市場が未発達なためこのルートによる資金供給も確立していない。

3.ベンチャー・キャピタルの現状と育成に向けた取組み

(現状)
 ベンチャー企業に株式参加の形で投資するベンチャー・キャピタル投資方式は、中国では90年代初めにハイテク産業育成のために導入された。中国のベンチャー・キャピタル(中国では「創業のための投資」と言い、中国語で「風険投資」と表す)の現状を見ると、幾つかの事例はあるが、小規模かつ未成熟であり、なおスタート段階に留まっている。しかし、先の私営企業に対する政策転換などもあり、その発展条件は整いつつある。中国の場合、特に留学帰りの人達がハイテク・ビジネスの主要な担い手になり、そこにベンチャー・キャピタルが投資するというケースが増えてきているようだ。

(金融・資本市場の改革)
 中国のベンチャー・キャピタル育成のために、今力を入れて取り組まなければならないのは、金融改革とりわけ資本市場の育成である。銀行融資に専ら依存する企業金融を改め、6兆元にのぼる国民貯蓄を有効に投資に転化する仕組みを構築しなければならない。そのためには、資本市場を育成し、直接金融の比重を高めて多様な投資主体を育成する必要がある。ベンチャー・キャピタルを通 じたベンチャー企業への投資は、それを通じてはじめて活性化することが期待できる。

(株式店頭市場の設立)
 次に問題となるのは、投資家が安心して投資を回収できるシステムの整備、すなわちベ
ンチャー投資に「出口」を与えることである。ベンチャー企業の株式上場は、そのチャンスを与える主要な手段となる。このため現在、政府部内で株式の「第二市場」、すなわち中国版ナスダックともいえる店頭株式市場づくりに向けた検討が進められている。現状は、海外市場の研究など理論研究の段階であり、実現の条件が整うのはまだ先の話であるが、中国政府の出席者からとりあえずテスト的な市場を立ち上げてみてはどうかとの個人的提案もあった。いずれにせよ、投資の「出口」づくりが今後のベンチャー・ビジネス確立の最大のポイントであるという点は、フォーラム出席者ほぼ全員のコンセンサスであったと言えよう。

(「投資基金法」の整備)
 ベンチャー育成に果たすべき政府の役割としては、優遇政策の確立、ハイテク産業開発
区など発展基盤整備、法制面の整備などが考えられている。このうち、法制面 の整備については、先の全人代常務委員会でベンチャー・キャピタルを始めとする投資ファンドのための「投資基金法」を起草することが決定されたのを受けて、98年5月にそのための組織が成立し現在作業が進められている。この法律には、証券投資基金、ベンチャー投資基金、産業投資基金の規範が含まれる予定であり、同時にこれらの基金に関する管理法の草稿も作成中とのことである。

 なお、海外のベンチャー投資資金の導入に関する中国側の考え方としては、一般 論として海外からの資金導入は優先的に支援する方針であり、ベンチャー投資基金の導入についてもそのための条件整備を進めるとしているが、証券投資基金についてはやや慎重な態度で臨むようである。

4.今後の課題

 以上は、主に中国政府サイドから明らかにされたベンチャー育成策のポイントであるが、これに対して日米の出席者や中国のビジネス関係者から様々な問題や今後取り組むべき課題が提起された。その主なところを紹介すれば以下のとおり。

  • 起業家の風土づくりの重要性。中国は「起業家の国」であり、中国人は元来ベンチャ
    ー精神の旺盛な民族である。また、科学技術の水準や潜在力は高いし、コンピューター・ソフトの天才的な開発能力をもった人材も大勢いる。これらの技術や人材を生かす精神風土を取り戻すとともに、起業家を積極的に養成していくことが大切である。

  • 産業クラスターの形成につながる起業家のコミュニティづくり。起業家の風土づくり
    とともに、インキュベーター(起業孵化器)の役割を果たすインフラの整備が重要である。中国にはハイテク科学技術振興のため「たいまつ計画」などの国家級の大計画があるが、「たいまつ計画」の中で進められているハイテク産業開発区はインキュベーター・インフラとしての役割が期待される。この中で起業家のコミュニティーが生み出され、このコミュニティーが幾つか連なることによって、シリコンバレーのような産業クラスターを形成していく芽を育てることが重要である。

  • ベンチャー市場に対する中国政府の介入のあり方。この点については、出席者間で意見の違いがあった。おおよそ米国側は原則政府の介入を否定したのに対し、中国側はベンチャー市場育成のための外部環境整備に加えベンチャー投資基金の設立や管理への関与など、政府の役割にも意を用いるべきと主張した。他方、日本側は規制緩和を通 じ政府の介入は極力排除すべきだが、ベンチャー企業に対する創業の初期段階や投資家に対する税制面 での優遇措置などは必要としている。また、逆に米国から政府規制の不備として、中国における知的所有権保護の問題が強く指摘された。

  • その他、外国のノウハウを活用したベンチャー・キャピタル経営管理能力の向上、ハ
    イテク研究開発投資拡大のための教育・研究面の産学協同の推進など、様々な課題が指摘された。

  • 最後に、清成忠男日本ベンチャー学会会長による締めくくりのコメントを紹介する。
    中国のベンチャー・ビジネスは日本の30年前の状況とよく似ている。日本のベンチャー・キャピタリストは20年以上かかって今ようやく育ってきた。米国のそれは戦後50年の歴史の中で形成されてきた。ベンチャーの支援人材がプロとして育つまでには時間がかかる。中国も焦らずに欧米や日本の経験を学びながら、じっくり時間をかけてベンチャーの育成に取り組むべきである。    

(照井義則)

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