2000年5号

第10回GISPRIシンポジウム 「危機を超えて-アジアにおける日本の役割を考える-」 開催報告 平成11年度日本自転車振興会補助事業

 第10回GISPRIシンポジウム「危機を超えて-アジアにおける日本の役割を考える-」が、3月22日、経団連会館において、通 商産業省及び社団法人経済団体連合会の後援を得て開催された。当日は、白石隆京都大学教授による基調講演に始まり、4人の海外招聘講師を含む内外12名の講師諸氏による講演・討論、フロアーとの活発な質議応答が各セッションで展開された。(文中敬称略)


 

基調講演「アジアの中の日本」
白石隆(京都大学東南アジア研究センター教授




 1950年代以降、日本は安全保障面では、米国対東アジア各国というハブースポーク関係に組込まれ、経済面 では、米-日-東南アジア貿易体制に組込まれた。プラザ合意以降、東南アジア政治経済秩序は大きく変った。日本の直接投資、現地合弁企業設立、生産ネットワーク形成等、地域の経済的発展・統合に伴い、日本は地域に深く埋込まれ、今次の危機でそれが改めて確認された。東アジアの安定と繁栄は日本にも利益をもたらし、新宮沢プラン等政治的対応はその認識に基づくものである。
 危機は、これまでの開発独裁体制の終焉をもたらしたが、自由主義経済・民主的政治体制への移行・定着は適応過程が必要だ。地域の安定的発展には構成要素となる各国の政治経済体制の安定が必須不可欠で、各国の施策とそこでの企業行動と戦略がカギとなる。企業の投資可能性予測精度を高めるような仕組みも重要である。
 日本は、自らの行動の自由を確保しつつ、経済・文化・技術など知的交流を通 じてアジアの発展を支援することが自身の利益ともなる。地域秩序のなかで如何なる位 置取りが望ましく、同時に韓国や東南アジアにも利益となる仕組みが如何なるものか議論してみたい。



セッション1「アジアにおけるビジネス戦略と産業協力」
 座 長 小池洋次(日本経済新聞国際部長)
 講 演 田畑延明(トヨタ自動車第1アジア室長)
     リーポーピン(マレーシア国民大学教授)
 パネル 福嶋直紀(キヤノン人事本部主幹)
     大辻義弘(通産省南東アジア大洋州課長)


小池座長:経済的にアジアに埋込まれた日本にとって、共生の視点が、相互利益をもたらすカギとなる。東アジアの潜在的発展可能性を具現化する努力としての経済交流、ビジネス戦略等議論してみたい。

田畑:
トヨタをはじめとする日系自動車メーカーは東南アジア地域において、国毎に生産拠点を配置し、各国政府要請・内需に応えてきた。危機前の事業拡張は危機直後、設備過剰、要員余剰、借入れ過剰となった。現地雇用を堅持し、域外への輸出促進、AICOによる域内相互補完で危機を克服した。市場は今後AFTAの域内自由化(2002)とWTOでの域外自由化で競争激化が予想される。今後、生産拠点分散配置から集中化へ移行するが、各国の自由化プログラムに重大な関心を寄せている。一挙に自由化すれば各国とも産業立枯れを起すことになる。穏やかな施策によるソフトランディングを各国政府が探ることが期待される。

リー:
日本の長期低迷で、東南アジア諸国は、従来の効果優先的日本モデルを手本とは考えなくなった。系列とか終身雇用とか企業内組合等企業制度が有効ではない時代となった。マレーシア、シンガポールなど政策的に情報技術産業育成を図る国々は日本ではなくシリコンバレーを見ている。が、これらの国々は効果 優先的日本モデルに代えて効率重視型アングロサクソンモデルを選択しようとはしていない。日本の社会的、文化的価値基準にはアジアが倣うべきものがある。日本がこの特長を維持しつつ、グローバリゼーションとバランスのとれた新しいモデルをアジアに対し提示できると期待されている。

福嶋:
アジア各国の情報産業への傾斜は重要だが、産業の基本は製造業だ。情報Y業は製造業に比べ、雇用規模も小さい。高い能力も必要とされる。アジア地域でのビジネス体験に基づくならば雇用重視の日本式経営は東南アジアにおいて今後とも充分通 用する。グローバル化が進むなかで、政策の一貫性・透明性を高める各国政府の努力が望まれる。
リー:東南アジアが情報産業より製造業を重視すべきとの意見は同感だ。高度な情報技術の獲得に先立って、まず製造業技術者育成をめざすべきであろう。

大辻:

欧州が制度からの地域化でEU統合を進めたが、アジアは市場先導型の地域化と みることができる。日本の経済援助と垂直分業的貿易が主であったが、85年以降、日 本の直接投資が拡大し、重層構造的関係が築かれた。冷戦構造崩壊で、アセアンは政 治的同盟から経済的同盟体へ変質、90年代前半からAFTA、CEPTのスキームが進んだ。2002年AFTA発効は、現地企業に事業戦略転換を迫っている。中国華南経済圏は今後東南アジアとの交流・相互依存を深め、ひとつの経済圏を形成するだろう。
 アセアンはひとつの市場単位となるから、日系企業は少量多品種生産から、拠点集約・再配置を進め競争力確保を図る必要に迫られる。援助協力形態も国別 対応からASEAN単位での協力、ASEAN内ネットワーク化の推進などに変わる。域内調達率をあげ る努力、さらには系列にとらわれぬ水平ネットワークの合理的活用など調達の戦略化が必要で今後さらに現地中小企業の育成、裾野産業の育成が域内共通 の重要課題となるだろう。
 日本自身の課題として、高齢化、エネルギー・環境、情報化に伴う市場の単一化へ
の対応など、日本の取組みは、アWアにサンプルを提示することになる。

小池座長:

危機はアジアにおけるビジネス戦略の再構築を企業に促し、その戦略転換がさらにアジアへの日本の埋め込みを加速させる循環過程をもたらし、地域一体化の流れを展望できる。日本の生産基地化しつつある東南アジアの経済自由化の進展はグローバルな生産基地への変身が見通 される。市場の発展と自由化の足どりによっては域内競争はさらに激化するだろう。日本型モデルは効果 の限界が見えてきたが、文化的社会的側面でなお、魅力を持ち、情報化への対応他日本自身の努力で新しいモデルとして再生されうるだろう。



セッション2「アジアの金融構造」
 座 長 杉原薫(大阪大学大学院経済学研究科教授)
 講 演 チャロンポプ・スサンカン
          (タイ開発研究財団理事長)
     ハンスエカート・シャラー
          (ハンブルグ経済研究所副理事長)
 討 論 篠原興(預金保険機構理事)


杉原座長:
アジア通貨体制、AMFをどう考えるか議論したい。

スサンカン:
96年末タイの外貨準備高は月間輸入総額の5.5ケ月分相当を保有、 97年上期にそれは底をついた。外貨準備高の評価法に欠陥があったといえる。通 貨危 機の原因は金融資本市場の開放で短期対外債務が急拡大したことだった。再来に対し ては、より一貫性のある金融政策、域内の長期資金市場の設立、短期資金管理システ ムの整備、長期的視点に立った地域経済金融システム統合推進が必要と考える。
AMFは危機予防にとって有効とはいえないが、通貨協調推進、地域金融資本市場の新設などの能をもった組織設立は検討の余地がある。ただし米国管理のIMFと同様に日本が管理するAMFには賛同しかねる。

シャラー:
欧州通貨制度(ERM)の成功要因として独仏の政治的連携があった欧州に 比べ、アジアで日中の同意・連携は難しい。アジアには自国通 貨への強い思い入れが あり、ドル連動より、かなり幅の広いバスケット連動が望ましい。フロート制もオプ ションのひとつだ。但し、為替相場にはより高い柔軟性・変動幅を持たせるべきで、 国家管理より、透明な市場競争に委ねるべきだ。
 多国間基金、二国間基金などの設立、IMFの基金増額などはモラルハザードや短期的資金の不安定をもたらし、危機予防には逆効果 だ。地域での監視機能は期待できない。アジア金融システムに必要なことは、為替市場の柔軟性を高め、金融政策とコーポレートガバナンスの透明性を強化し、民間セクターを危機予防に参加させることで、日本は改革を主導すべきだ。

篠原:
アジア危機は資本勘定の危機で、為替通貨危機でも政府の破産でもなかった。政府破産型ラテンアメリカ危機でのIMF処方はアジア危機対応に有効でなかった。ドルペグを危機の原因に挙げるのは、危機前それを勧めていた米国のご都合主義だ。ユーロ圏の様なドルに対抗する地域的機能がAMF構想だ。三つの機関創設が考えられる。通 貨当局のネットワーキング、例えばアジア版BISである。アジア通貨の為の決済機構をAMF機構の下に設置し、アジア通 貨相互利用を促進する。マクロ経済政策調整の場を提供する、危機対応時の理論的な貸出条件を検討する等の能力を具備した研究機関設立で、民間債務の監視・短期資金の管理なども行う。こうした機関設立への合意形成と費用負担、拠出金負担を含む主導的役割を日本が担うべきだ。

安本:
アジア版BIS、或いはアジア通貨の決済機構がAMFに必要という点は同意できる。通 貨の柔軟性を高める或いはカレンシーボード制へ各国が移行すれば、国民の税 金を通貨安定に使う必要がなくなるはずだ。自国通貨を米ドルにペグさせるリスクは 各国がおうべきもので、ドルにその責めを求める訳にはいかないだろう。

シャラー:
資本流動の管理については程度問題で、資金流入規制は必ずしも為替変動抑制には効かない可能性がある。AMFについては共鳴しうる部分はあるが、むしろIMF強化、救済策の評価などがより重要だ。

スサンカン:
AMFの機能は制限的であるべきだ。東南アジアと日本の間には今後利害衝突、経済的衝突が起こる。従ってAMFの役割の中で危機管理については引続き議論が必要だ。

白石:
アジアにおける米国の利益とは金融面の追求である。一方、日本 がアジアで保有する利益は産業発展に伴うものだ。従って東南アジアの経済発展と日 本の利益とは米国よりはるかに整合的なはずだ。



セッション3「21世紀のアジアと日本の役割」
 座 長 白石隆(京都大学東南アジア研究センター教授)
 講 演 アン・マリー・マーフィ(コロンビア大学東アジア研究所)
     加藤浩三(上智大学法学部助教授)
 討 論 杉原薫(大阪大学大学院経済学研究科教授)
     安本皓信((財)地球産業文化研究所専務理事)


白石座長:米国のアジア政策は長期戦略的とか陰謀という指摘がある。果 たして実態はどうなのか、政策決定過程を米国国内政治の視点で論じて欲しい。

マーフィ:
米国の対アジア政策に戦略性はない。米国のアジアビジョンがアジア自身 のビジョンと一致していないことが問題だ。また政策決定過程は多くの矛盾を含んで いる。アジアに対する米国の期待は、民主化、経済的繁栄そして平和の確立で、市場 経済の確立、武力によらない紛争解決などが望まれている。こうしたビジョンの阻害 要因として、東南アジアには民主化と市場経済化への抵抗、米国内にはクリントン政 権の貧弱な外交能力(議会対策材料扱い、アジア軽視政策と人材登用、外交方針のフラツキ)などがある。

白石座長:日本がアジアで果たす役割をドイツの事例との比較で捉えてみて欲しい。

加藤:

ともに「通商国家」だが、国際経済システムのなかの相互依存関係は全く異な る。ドイツはOECD、なかんずく西欧との通商割合の高さが突出し、西欧に軸をおき、発展途上国への直投は極めて小さかった。一方日本はODAを軸に積極的な途上国援助 を展開し、既存の国際経済システムへの依存度は極めて高かった。日本は東南アジア で構造的覇権を持ちうるが、地域主義を謳うのは、相互依存関係による脆弱性を認識 しているからだ。エネルギー確保における日本の立場の弱さは供給源の分散、代替エネルギー技術開発努力、などに現れている。今後のアジアと日本の経済発展に、日本 は既存のシステム「開かれた地域主義」を新しい時代に則して修正することができる かがとくに重要で、その合意形成が課題だ。それは意志を要し、市場には任せられない。

シャラー:
独と欧州の和解はフランスの主導で進められた。ドイツはニクソンショック以前からフロート制をとっており、独自の通 貨政策がとれた。新しい経済システムは今ドイツで生まれつつある。ボーダフォン、ドイチェバンクなど企業買収・合併の試み、株の持合いの解消や株主優遇の思想、グリーンカード発給などの事例をみると「ドイツAG」方式の終焉が読める。欧州での経験では関係国間が和解し、また利害が同程度にあれば地域主義は成功し機能するだろう。

杉原:開港、明治維新以降、通商面では日本は既にアジアの中にあった。東アジアの通 貨体制はIMFの考えるような収斂の要はない。日本の貿易政策は全方位だが、実際はアジア間貿易成長率は極めて高い伸びを示しアジア化をさらに加速している。米国は地域活用戦略に転換しつつありアセアン及びAPECへの日本の依存は米国の制御の下に入ることになる。

加藤:日本を除くアジア域内貿易は急速に拡大しているが日本の貿易の対米依存は不変であり、その意味では「日本とアジア」である。日本の外交の基本はAPECより国連を重視している。

安本:
日本の地域依存度の高さが国として地域に対し脆弱である、との議論は疑わしい。新システムがアジアに必要とされるが、その構築基盤、ノウハウ有無は検討されるべき事項だ。民主制、市場経済は不完全だが、アジアにとってその効率、公正といった理念が必要だ。日本が主導する場合、そのコストをどれほど負担するのか覚悟と合意が必要だ。アジアとの相互依存深化で、日本はモノづくりからより創造的な産業経済へシフト、高学歴化を急ぎ、はやくキャッチアップ型構造からの脱却が必要である。

フロアー:「日本の役割」の議論に先立ち、日本のGDPの2%にも満たない農業に6兆円の補助を出すような日本自身の改革が進められるべきではないのか?

加藤:コストの問題だが、ドイツはマルク切り上げを1961年に行い欧州に寄与した。日本は行っていない。このコストを支払うのか、否かが今後問われる。農業補助だが、ドイツのEUへの支払い額は欧州で最大である。日本はアジアに対し支払い負担をするか否かが問題とされるべきだ。

マーフィ:アジア地域秩序構築に米国は理念的に整合性あれば支援をする。AMFへの米国反対の理由はない。アセアン諸国は中国への配慮から、表立った米国支援を表明していないが、いずれ、中国を含む関係国間での協議が必要になり、そこで、意志が定まろう。

加藤:フランスがEU統合に向けて主権を放棄したこととは対照的に、中国は主権意識を強く持っている。地域への埋込みをめざすことは当面 ありえないと考える。

白石座長:いかなる問題も、すべて日本の国内体制をどうするかに戻って来る。産業政策はもとより、農業、教育といった重大な課題に対し我々が如何なる政治的意志を以て国内体制を変えてゆくかにかかっているといえるだろう。
                          

    (文責 竹林忠夫)

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