2003年5号

貿易と環境の調和

背景と研究の目的

 環境問題が地域の枠を越え、地球全体に広がっていることが共通の認識となった今日、経済社会の根幹をなす貿易によって繁栄を享受してきた世界各国は、その地球環境問題の存在を無視して前進することがもはや出来ない境地に立たされている。更に前進するためには、貿易と環境の調和を達成し持続可能な発展を目指すことが唯一の打開策であり、経済社会システムの環境側面からの見直しが、近年活発に行われるようになってきている。

 このような現実を前に、国際社会でも様々な動きが見られるようになってきた。1992年の地球サミットでは、持続可能な発展の実現のため環境政策と貿易政策を相互補完的に運用する旨の合意がなされ、1995年に発効したWTO協定の前文には、初めて「環境を保護及び保全」という文言が挿入された。又、2001年11月に開催された第4次WTO閣僚会合で採択されたドーハ宣言には、「環境」を今後の重要な交渉課題とすることが明記された。

 しかし、正当な環境保護政策と偽装的貿易保護主義の区別、WTOにおける多国間環境協定(MEAs)の貿易制限措置の取り扱い等、先進国と途上国、更に貿易推進派と環境保護派といった間で激しい対立があることもまた事実であり、貿易と環境の問題は多国間で合意を形成することが極めて難しいテーマである。

 このような背景を受け、GISPRIでは、MEAsの中でも当研究所の主要な検討対象としている気候変動枠組み条約(UNFCCC)及び京都議定書とWTOの関係について、潜在的な問題点の抽出、整理、検討を行い、京都議定書が発効した際に導入されると思われる様々な国内環境措置の実施段階における摩擦を回避することを目的に、「貿易と環境の調和に関する調査研究委員会」を発足させた。

 ロシアの批准がより現実味を帯びてきており、京都議定書が来春には発効されるのではないかとささやかれる中、削減目標を達成するための国内措置の検討が各国で活発化されており、それら措置が貿易にも影響を及ぼす可能性があると予想されている。しかし、現時点では限られた数の専門家が個別に研究論文を発表している他、国際交渉も含めWTOと京都議定書の関係について十分な検討が行われているとは言えない状況にある。むしろ、先進国による「環境」を隠れ蓑にした貿易措置の正当化を恐れる途上国は、WTOの中で環境について検討することに強い反感を持っていることから、十分に検討することが出来ない状況にあると言った方が良いかもしれない。また最大のCO2排出国である米国が京都議定書から離脱しているということも、WTOでの環境の取り扱いを難しくしていると思われる。このような中で、当委員会を通してWTOとUNFCCC及び京都議定書との間に存在する潜在的諸問題について検討し、どのような措置が実施され得るのかを少しでも明確にすることが出来れば、日本の産業界の基本戦略の構築に資する情報を提供することが出来る。

委員会の構成


 委員会は、山口光恒 慶應義塾大学経済学部教授を委員長に、阿部克則 千葉大学法経学部法学科助教授、田村次朗 慶應義塾大学法学部法律学科教授、道垣内正人 東京大学大学院法学政治学研究科・法学部教授、松本健 公正貿易・WTOセンター特別顧問、並びに村瀬信也 上智大学法学部教授の計6名で構成されており、その他、経済産業省の通商機構部及び地球政策課から担当官がオブザーバーとして参加している。

今後の進め方

 第1回委員会は2003年7月24日に開催され、自由貿易と環境保護の両立に関する過去の経緯について再確認すると共に京都議定書の性格について検討され、レジームの目的自体が自由貿易に矛盾する可能性がある問題点等が指摘された。今後は、更にUNFCCC及び京都議定書の性格や、それらとWTOの関係の洗い出し、並びに京都メカニズムとWTOの関係及び問題点の整理を行い、日本が温暖化対策推進大綱に基づいて温暖化防止対策を進めていくにあたってどのような措置をとっていったらよいのか、又、現行のWTO協定を前提とした場合、解釈によってどこまで環境保全に効果がある国内措置を導入することが出来るのか等を議論していく予定である。委員会は来年の3月までに計5回ほど開催し、検討結果を一冊の報告書にまとめることとなる。

(委員会事務局 蛭田伊吹)

▲先頭へ