2005年3号

平成16年度 「事業者インベントリ調査研究委員会」報告書


1. 背景・趣旨
 京都議定書が発効し温室効果ガスの削減へ向けた動きが加速している。それに関連し世界的に事業者インベントリ(温室効果ガスの排出量報告)作成への要請が高まりつつある。GHGプロトコル、ISO14064など世界標準としての事業者排出量の算定報告基準も策定されつつある。またEUでは本年1月から域内排出量取引制度が導入されたが、各国政府が対象設備に排出枠の割当を行う際の基準には各事業者・設備ごとの排出実績も参考に用いられている。このように事業者ごとの排出量算定・報告のニーズは高まっており、諸外国においても基盤整備が進められている。また我が国においても、事業者が独自にインベントリを作成し、その一部については環境報告書などで自主的に公表する動きが進んでいる。事業者が今後一層の排出削減に努めていこうとする中で事業者インベントリのもつ役割はますます重要となることが予想される。特に、自社の排出量を効率よく正確・確実に把握することと、削減のインセンティブ・モウメンタムとして有効に機能することが鍵となる。しかし、現在我が国には上記の観点から事業者インベントリはどういう形が最適であるかについて明確に示したものはない。そこで、産業部門の事業者の具体的活動や問題意識等の共有を通じて、事業者の自主的な削減活動に資する適切な事業者インベントリのありかたについて、平成16年11月、事業者インベントリ調査研究委員会を設置し、平成17年2月まで委員会を5回開催して実務上の論点を中心に課題の整理を行った。

2. 委員会での検討
 委員会は産業界を中心に15名で組織し(委員長:工藤拓毅日本エネルギー経済研究所マネージャー)、家電・自動車・鉄鋼・セメント・製紙・化学・石油・電力・ガスの各業界及び認証機関、研究機関、地方公共団体の実務最前線メンバーにより、幅広く情報の共有及び議論を行なった。まず、現状の整理を行なったうえで、(1)インベントリ作成に関する総論的論点、(2)各論的論点(インベントリ要素の論点)の検討を行なった。
なお、各業界とも、おかれている状況や意識するステイクホルダーがそれぞれ異なるため、温室効果ガス排出の対応に関する経営戦略上の位置付けも大きく異なる。従って、インベントリの作成の目的の捉え方も色々であり、それが各論点での考え方の方向性に影響している。従って、各論点とも一定の明確な結論に集約することは現実的ではないことに注意が必要であった。また、各論点の考え方は、事業者インベントリの制度的位置づけによっても異なる。目標遵守が義務化された場合と、作成も公表も自主的である場合では、例えば、インベントリの精度・算定範囲、客観性の担保などで異なった結論となりうる。
以上の点を踏まえた上で、おおよその結論として得られた望ましいインベントリのあり方に関する考え方の方向性を簡単に紹介する。
なお、前提として、事業者インベントリについて、作成・公表は自主的である場合(現状)や、公表だけが義務化するような制度が導入された場合を想定した。

  (1) 作成に当たっての総論的論点について
    精度の考え方、国家インベントリとの関係、排出削減プロジェクトに基づく削減量のインベントリでの扱いなどが大きな論点となった。
  精度について
     基本的に各主体が想定する目標・効果を実現するのに適した精度を自主的に選択すればよい。PDCAを通じた環境マネジメント・排出削減活動等で得られる効果を勘案し、それとバランスするレベルの精度・コスト水準が望ましい。そのため、制度として考えるときも、過度に広範な算定対象や算定精度を求めるのは、得られる削減効果に比べ過重な負担を招く恐れがあり、望ましくない。
  事業者インベントリと国家インベントリとの関係について
     両者は一定の整合性は保たれる必要はあるものの完全な整合性まで追及すべきではない。収集するデータの精度など実務・技術上の問題がある上に、両者の目的は異なるからである。また、各地方自治体と国の制度との重複についても極力避けるべきである。
  プロジェクトに基づく削減量の扱いについて
     インベントリが客観的な排出量実績の把握であるのに対し、プロジェクトに基づく削減量はプロジェクトがなかった場合の仮想のベースライン排出量を前提とした削減量の把握であるため、別の次元の概念である。従って、両者は峻別されるべきだが、事業者には、排出削減活動による削減量を表現・アピールしたいという思いがあるのも事実である。この点、インベントリの目的次第では、事業者に排出削減に関する情報を付随的に提供するのは妨げられるものではない。むしろ社会的責任を果たすための活動について、明確・積極的にアピールする有効な場となりうる。具体的に問題となりうるのは次の3つの場合である。
  ⅰ) 自社内プロジェクトでの削減量の扱い
    要因分析的に削減内訳を参考情報として説明することが考えられる。
但し、削減量の算定方法について客観的に説明できるよう、一定の算定・モニタリングの方法論について確立しておく必要がある。
  ⅱ) 外部から取得したクレジットの扱い
    客観的に説明責任が全うできれば社外の削減量の計上も可能である。
議定書目標達成の観点からは、自主行動計画等の目標達成に利用できるのは、京都メカニズムクレジットで、かつ政府償却口座に移転された場合と考えられる。
  ⅲ) 顧客先でのプロジェクトを通じた排出削減の扱い
    3つの問題意識がある。
  a) 省エネ・低排出型製品
    省エネ・低排出型製品を作ると、従来製品より自社の排出量は増加するが、その製品が使われることで社会全体としては排出削減になる点を評価して欲しい。(石油:サルファーフリーオイルなど)
  b) 自社排出≪顧客先排出
    自社排出量は小さいが自社製品が使用されることに伴う排出は大きく、製品(の使用)を通じて排出削減に貢献することで社会的責任を果たしたい。
(ガス:効率的な機器・熱電併給)
  c) 廃棄物利用による燃料・原料代替(社会全体の削減の点で類似)
    従来、社外の処理場等で焼却・処分されていた廃棄物を燃料・原料として用いて化石燃料等の使用を削減し、社会全体として排出削減に努めている点を評価して欲しい。(鉄鋼、セメント、製紙)
 これらについては、基本的に自社・業界でアピールしたことは主張可能であり、参考情報・背景情報として記載するのは有効であるが、公表が義務化された場合はどのようなロジックでその削減量を計算したのかについて透明性と説得性が問われる点に注意が必要である。このように削減量算定の客観性を高めるには、CDMのような方法論をある程度確立しておく必要がある。
 なお、顧客先の排出削減を考える際、顧客先の排出量を、自社の製品使用に伴う間接排出量と捉える考え方もあるが、自動車等耐久消費財メーカーなどでは自社の全製品の使用状況をトレースするのは困難であり現実的ではない。

  (2) 各論的論点(インベントリ要素の論点)について
     インベントリ作成上のテクニカルな論点には、算定境界・責任境界の考え方、算定方法や報告・公表の方法、インベントリの質の向上や第三者認証/検証の考え方などがある。各業界において色々な考え方があるため、当委員会では個別の論点に具体的な結論を出すのではなく、考え方の方向性を確認すること目指した。
  算定境界・責任境界
     算定境界(組織境界及び活動境界)については、自社での排出量マネジメント・削減活動の目的に合致した境界の設定でよく、或る程度の柔軟性が許容される。しかし、公表が義務化された場合は、その柔軟性の判断基準が問われる可能性がある。例えば微小な排出であるから算定の対象外とした場合、その「微小」の判断根拠を示す必要が生じうる。
 また、責任境界は、自らの排出として責任をもつ範囲であり、その意味で算定境界とは別ものであるが、責任範囲においても、その範囲でどのレベルまで算定したかを問われるため、算定境界に関する判断の基準には留意が必要である。  
  算定方法
     特に問題となるのが排出係数、なかでも間接排出係数の扱いである。電気・熱を購入する事業者側では排出量の実測ができず、自律的に削減することもできない。しかし、間接排出部分の改善を企図したクリーンな電源・熱源の選択の効果を示したいと思う事業者はある。従って、実績の電源・熱源の排出係数を考慮した排出量を併記するオプションが望ましい。また、真に温暖化に資する取り組みであれば阻害されない配慮が必要であり、PPSからの電力購入やコジェネ導入による効果について適切に評価されることが望ましい。なお、公表が義務化された場合は、係数選択についても説明責任が問われることになる。明確な算定の根拠・考え方を提示できれば問題ないが、この点PPSやコジェネ等の排出策編対策の適切な評価についても、明確な算定根拠・考え方を示していくことが重要となる。
  報告・公表の方法
     情報を公開する場合、公開が義務化されている場合は、その内容に関する説明責任を負うことになる。情報は、適切な補足情報がないと誤解を招く恐れがあり、情報の受け手への適切な情報伝達の配慮が重要である。
  インベントリの質の向上・第三者認証/検証
     インベントリの質の向上にどのような社内の体制・仕組みを作るかや、第三者認証/検証を活用するかは、基本的に各事業者の判断となる。既存のISO9001やISO14001の仕組みの活用などが考えられる。そういった仕組みを整えることで、インベントリの策定リスク(誤りの発生など)は減り、検証のコストも低減できる。

3. 総括
  (1) 今後の事業者インベントリを巡る流れについて
  以下の4点ほどが考えられる。  
  京都議定書以後の気候変動問題の新たな国際的枠組みが検討される中で、これまで以上に排出者の責任が問われる時代となる。
  EUなど先進的な取り組みが進む中で、EU排出量取引制度にみられるような、設備単位での排出量公表などの流れが広がる可能性がある。
  CSRの進展にともない、温室効果ガスの排出が社会に与える影響やその責任の認識について、事業者が一層厳しく問われることになる。
  排出の経済的側面・財務面への影響の拡大が予想される。EUでは、温室効果ガスの排出を貸借対照表上の負債と認識しており、排出は企業の財務面に影響を及ぼす。また、カーボンリスクを考慮した投資行動が拡大しており、適切なカーボンリスクマネジメントができていないと市場での評価に影響が出る可能性がある。SRI(社会的責任投資)も進む。

  (2) 事業者としての対処の方向性について
    企業の持続的発展のためには、ステイクホルダーからの要請に応えるために、自らの排出をマネジメントすることが事業運営上有益かつ不可欠である。
すなわち、排出に関する自社の社会的責任について、各ステイクホルダーからの要請をもとに、改めて検討・整理するとともに、自社のみならず顧客・消費者の排出削減の支援という側面でも、その役割を果たすことが期待されていることを改めて自覚する必要がある。
  (3) 事業者インベントリ制度の設計にあたり望まれること
    インベントリが排出マネジメントの一環となり、事業者の自立的・主体的な削減活動を支援する仕組みとなることに加え、消費者サイドにも、自らの消費活動に伴う排出への自覚・意識の喚起となるような制度設計が望まれる。すなわち、国民各層各主体が、排出削減へ向け自らの責任と行動を意識できる契機となることである。
そのためには、コアとなる排出量情報の提供(インベントリ)と、関連する豊かな情報提供が、一体となって運営されることが期待される。関連する情報とは、排出量算定の考え方、事業者の排出削減への取り組み、提供する製品・サービスに係る排出削減情報、これらへの顧客・消費者サイドのフィードバックなどである。
なお、国家インベントリとの過度な整合性の確保や、精度・詳細度等の過度の追求による過重なコスト負担は、自主削減の推進支援という制度趣旨及び効果にみあった費用・作業負担という観点から、避けるべきである。


(文責 地球環境対策部 篠田健一)

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