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1994年11月号

武器輸出禁止に向けて

東海大学教授
唐津 一


 冷戦が終結して世界が平和になったと思っていたら、毎日テレビのニュースでは相も変わらず世界のどこかでドンパチやっている。アフリカのルワンダでは、難民の中にコレラが発生して何万人死んだとか、せっかく平和になったと思われたカンボジアでは、ポルポト派がバスを襲撃して死者が出たとか、全く切りがない。

 そこで8月の原爆記念日当日のジャパンタイムスに以下の事を書いた。“戦争は武器があるからこそ悲劇が起きるのだ。武器輸出を禁止しろ。鉄砲がなければまさか竹槍と石斧で戦争を仕掛けるわけにはいくまい。これだけ武器を売りつけておいて、後から救援物資といって食糧や薬を空から投下しても、私はその善意を信用しない。援助を受ける側の難民も同じ思いのはずだ。彼らは武器を売りつけたのは一体誰かと、疑いの目を持って見ているだろう。

 私は別 に世界に善意を売りものにする平和主義者でもなければ、その支持者でもない。しかし物作りの現場で不良品をゼロにするために長年苦労してきた経験から見ると、問題の解決には、その原因となる要因を捜し出し、これを徹底的に潰して行くということが最善である。そして日本のメーカーはこれを真面 目にやってきたからこそ、世界で最高と言われる品質を実現したのである。モノ作りは相手が物だけに、絶対にごまかしは効かない。何かで手を抜けば必ずその結果 は不良品という形で現れる。相手が人間だとうまく言い抜けることもできるだろうが、モノ作りではそれは効かない。このような経験からみると、最近の国際間の問題などは実に不愉快である。それが外交であり政治だというかもしれないが、それをそのまま見逃すからこそ雪だるま的に話がおかしくなるのである。

 日米間の貿易の話などは典型的である。先日ハワイで行われた半導体会議で、いつも問題になる20%条項について、正式文書にはなかったとUSTRが表明したそうだ。全く人を馬鹿にして話だ。アメリカはこれを盾に制裁をやるといって日本メーカーに値上げを迫り、双方ともおかしな事になってしまった。それを今ごろになって、公式の確認行為ではなかったというのだ。彼らはともかく点数さえ稼げればいいのだろうが、双方の国民にこれだけの誤解の種を蒔いたのだから、天下に謝罪すべきである。ところがこれをニュースとして取り上げたのはY紙だけであり、他の新聞社の特派員の見識が疑われる。

 ところで、最近どうやら景気が回復してきたようである。アメリカは良いし日本も良くなってきた。もちろんその中味については色々と問題もあるが、悪いよりはこの方がよい。このように人々の心が多少穏やかになった時こそ、これまで手をつけられなかった懸案事項の解決に、目を向けるべきである。しかもそれは目先の事でなく、普段ではちょっと手の出ないようなテーマを選ぶべきである。

 その中の一つが武器輸出禁止に向けての国際的な条約の締結である。世界的にみて武器の生産はもっとも付加価値の高い産業である。そのために少しでも工業化が進むと武器の生産を始め輸出をするようになる。スイスは平和国家の代表のように扱われ永世中立を唱える国であるが、武器輸出では伝統的に有名である。しかしどう言い訳をしても武器は人殺しの道具である。人を殺せないような武器は武器とは言わない。だから口先では平和を唱えていても、武器を輸出して他人の人殺しを手伝っている限り、その国は平和愛好国家とは言えないはずだ。

 幸いなことに世界の中で武器輸出を禁じている国は日本だけである。したがって日本は武器輸出禁止条約を提案する資格がある唯一の国である。これはクジラ漁の禁止よりもはるかに人道的で、誰も反対できない筋の通 った主張のはずだ。動物より人間の方が大切でまずイルカ漁やクジラ漁に反対する連中に話しかけることである。この提案に対して逃げ回るのであれば、あいつらはニセモノだったと世界に訴えればよい。

 これだけ日本は有利な立場にあるのだから、これまで体裁の良いことを言って、日本を目の敵にしてきた連中をイビればよい。

 これは、テレビを見ながら考えたことである。