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1995年8月号

「アジア発展モデルの試論」

日本経済新聞論説副主幹
小島 明


 現在、アジアが大きく動いています。経済の実態も、アジアが日本経済の展開に取り込まれる格好、あるいは逆に日本が組み込まれる格好で拡大しています。このような流れの中で、急速に日本の経済の体質も変わりつつあるという問題意識から、アジアへの関心が急速に高まっているのだと思います。

 そこで、この発展の状況から「アジア・モデル」というものがあるのではないかという議論が出てきます。マレーシアのリー・クアンユーは「アジア・モデル」はないといっているようです。しかし、確かに決まった形は無いと思いますが、「ヨーロッパ型の発展」とかその他の地域の発展とはやや異なる展開をアジア全体でしています。「アジア・モデル」とは言えないまでも、アジア的特徴というものがあって、それが意外と重要な意味を持っているのではないかと思うわけです。

1.冷戦後の世界の状況

 まず、概括的にアジアの現状を位 置づけてみたいと思います。そこで必ず出てくるのが、冷戦の終わりが意味するものは何かという問いです。冷戦が終わって、その後の新経済秩序、新世界秩序というものが、いろいろな所で議論されてきましたが一向にできません。むしろ、新世界無秩序といった議論が一方で出て来るといった状況です。また、「平和の配当」もなかなか実現されません。冷戦が終わり平和が来ると思ったら、湾岸戦争が起こる、ユーゴスラビアで内乱が起こる、その他の地域を含めて世界のあちこちで新しいタイプの紛争あるいは不安定が生まれています。一方、OECDを中心とした先進諸国は、総じて長い不況に陥り、日本はまだその中で苦しんでいます。そういう中で、アジアという地域が急浮上して、そこにアジア経済の勃興が見られます。

 冷戦が終わって、「平和の配当論」とか「歴史の終わり論」というものが出てきましたが、現状ではまだ実現できていません。とりわけ「歴史の終わり論」というのはジョークであることが判明したわけです。従来のパワーポリティックスのもとでは機能していた、核による抑止というものが全然効かない紛争が起こっています。これらに対処するような新しい理屈あるいは世界の仕組みはまだ生まれていません。ヨーロッパも統合の過程の議論にはあった、90年代当初のような自信は失われてきています。とりわけ、対ロシアとの関係では、ロシアがもう少し丸くなって「西欧型モデル」に近づくと思ったら、これが全然近づかないで、依然として、膨大な核兵器がどう拡散するか分からないような状況を見せています。

 冷戦後の各種議論の中で代表的なものとして、キッシンジャーとブレジンスキーの相反する見方があります。キッシンジャーは、冷戦中も含めて終始明るいというが積極的な見方をしていましたが、ブレジンスキーは冷戦後の世界を極めて悲観的に見ていました。この二人の見方を現在の世界の実態と重ね合わせると、どうもブレジンスキー・シナリオの方が現実に近いように思います。それは、欧州において紛争や貧困、すなわちポスト冷戦型の新しい貧困が議論されているという所からも分かりますが、この視点からアジアを少し眺めてみたいと思います。

 アジアでは、硝煙が上がるような紛争はどんどん少なくなっています。ヨーロッパ、東欧ではまだ紛争が継続しており、アフリカも不安定です。このような状況の中で、アジアは紛争の中心であったインドシナ半島も平和の方向に動いています。朝鮮半島の問題はありますが、これも長い目でみれば同化へのプロセスへ向かう力の方が強いように思えます。いずれにしても、アジアでは新しい経済のダイナミズムを背景にして、政治的安定化方向、あるいは国と国の間で外交的な安定化方向に進んでいるというのが、私が注目している第一点です。

 ブレジンスキーが悲観的見方を取る一番の原因は貧困の問題です。紛争の根源を辿って行くと貧困の問題に突き当たります。貧困が絶望を生み、絶望が統治者による国民の目を外に向けさせるといった政策に結び付く、あるいはそれがなくても、政治難民が出てきたり政情が不安定になるといった状況を生み出します。また、民主主義が定着しても、貧困があれば経済難民は出てきます。貧困をベースにした地域紛争というものは、核兵器を幾ら動員したとしても抑え込むことは難しいわけです。そうすると、貧困をどう解決するかということが、ポスト冷戦の世界において非常に重要な問題になってきます。

2.アジアの発展・成長の要因

 冷戦後アジアは、何故発展が加速しているのか、それは何かアジア各国に共通 した要素があるのか、それがEU型の地域の固まりとどう違うのか、その辺に対する関心が急速に高まってきたわけです。世界的には、世界銀行の「アジアの奇跡報告」が一つのショックを与えて、アジアに対する関心を呼び起こしたといえます。この点に関して最近話題となっているものとして、ボール・クルーグマンがフォーリン・アフェアーズに書いた「アジア経済幻の発展論」というものがあります。彼の主張を読むと、アジアの発展に対して彼らしい発想で意図的に議論を起こすために、冷たい水を振り掛けたという感じがします。また、チャーマーズ・ジョンソンは「世界」の2月号に寄稿して、アジアの強大化がいかに新しい問題を生むかということを問題にしています。

 東アジアの成長を、クルーグマンが言っている様に資本と労働力の重点投入だけで説明してしまっていいのかという観点で、むしろ彼が否定したところの生産性や技術の向上というものが、今アジアに生まれつつあるのではないかという点を考えてみる必要があります。冷戦が終わって、アジアの国々は経済改革を始めました。そして、外国資本を呼び込むために、色々な優遇措置を取りました。現状は、アジア各国間が紛争して、優遇措置を提供し合っている状況です。それだけでは資本は動かないのですが、一方で、冷戦が終わる過程とタイミングを同じくして、先進国側に大調整が起こりました。それは、プラザ調整以降の為替の調整を背景とした主要国間調整でした。本来のプラザ合意とは、主要国間のマーケットにおける相対的な競争力のハンディキャップ調整だったわけですが、調整が大幅であったことと、アジアが急速に政策を変化させてきたことが重なって、アジアにおける比較的平準化した、しかもコストの安い労働力を組み込む形で、生産の発展プロセスが始まったのではないかと思います。それをつなぐものが海外直接投資だったわけです。

 直接投資については、EC型の発展という形もありますが、アジアにおける直接投資はEC型とは非常に違っています。ECの場合は、基本的には同質の国々(経済の発展段階も文化的背景も似ている)に絞ってお互いの相互依存を強めていき、水平分業をしながら規模の経済を追求する形で、投資を行い拡大を目指しました。一方、アジアの場合は、それぞれが始めから均質ではなく多様であり、格差がありました。そこに、先進国側の状況とアジアの政策転換が重なった結果 、格差をベースにして発展が広がるという状況が、今起こっているのではないかと思います。格差が存在したからこそ直接投資が流れたと言えるかもしれません。それは、EC型のように必ずしも規模の経済ではなく、生産プロセスの中での分業であったり、商品別 の分業であったりという形で、格差というものうまく使いながら拡大してきたわけです。したがって、雁行型発展といわれるのも、低賃金を自分の生産工程間の分業のなかに取り込む格好で、格差を利用するという形で広がっていったわけです。ある国が賃金が上がれば、その国もまた格差を利用しながら自分達の競争力維持のために資本を展開するという状況が、多層的にアジアにおいても起こっている、そこが、EU型統合とは違うところだと思います。また、冷戦が終わった結果 、ロシアモデルというものが失敗であったと分かったことで、経済面では西側に近いモデルを採用するという形でアジア諸国が動きだしたわけで、この両方が重なって今のアジアの発展につながっているのではないかと理解しています。

 アジアは国によって宗教も違います。資源の豊かな国もあれば、そうでない国もあります。また、一人当りの国民所得も違います。しかし、これらの国が混然一体となって、しかも両方が併存、共存する格好で動きだしています。そこでは、経済発展がそれぞれ違ったグループの人達の所得を押し上げるという形での好循環が生まれています。そしてこれを基盤として、あした志向、未来志向の空気がアジアに生まれているように思います。

 もともとアジアでは、イデオロギー的に主要国同士がぶつかり合うという事はありませんでした。アジアにおいては、比較的理念よりも実利を選ぶ方が強いと思います。例えば、ベトナムがソ連崩壊後考えた事は、周囲に発展するASEAN諸国というものを見て、それと対決するのではなく、エンゲージすることによって将来を選ぶという現実主義だったと思います。基本的には、投資するG7諸国とアジア各国の双方における時代的変化、あるいは経済的な変化等が重なった結果 、冷戦後、アジアが急浮上しているのだと思います。「アジア型モデル」と漠然と言ったのは、ヨーロッパ、東欧、欧州、あるいはアフリカ、中東といった所では、冷戦後、国と国との関係が必ずしも安定していないのに較べて、アジアには未来を議論しながら相互信頼が生まれ、軍事、安全保障上の安定感が生まれている、その典型的なものが、ASEAN地域フォーラム(ARF)ではないかと思います。

 最近のフォーリン・アフェアーズに、シンガポールの外交官でマブバニという人が、「The Pacific Way」という論文を書いています。その中で、彼も漠然としたアジア的モデルというものを想定しています。彼の結論は、アジアにおいては文明が太平洋で融合するプロセスが始まった。それは、アジア的な経済社会モデルとそれ以外のモデルが共存できるという意味で、融合するといっています。融合といっても、必ずしも解け合って一つになるということではなく、衝突ではなく共存できると言っているわけです。ECのように、親しい緊密なところが集まって、域外からの不安定要因を排除するという形とはアジアは違っています。ASEAN地域フォーラムも、域外からの脅威に対して身構えるというものでなく、お互いに内部の相互信頼醸成を優先するといった考え方を取っています。それは、NATOの方式とも、経済面 におけるECのやり方とも違います。したがって、基本的に開放性があり、どんどん広がっていく可能性があるという所にアジア的特徴があります。

 これは考えてみれば当然で、アジアはアジア域外から資本を呼び込む、あるいは技術を導入しようという事で対外的にオープンにしているわけです。それが、アジアのダイナミズムを生んでいるのですから、域外と域内を遮断することは、自己発展という点で自己矛盾になるわけです。そして、オープンであることが前提で今の地域が発展していると考えると、これは決して、保護主義とか排他的とかいう格好で悲観的に捉える必要はないのではないかと思います。これもまた、非常にアジア的な要素だと感じます。

 冷戦が終わって、世界全体が市場主義になると言われました。そこでは、民間資本をうまく導入した所が発展するという図式になったわけです。ところが民間中心であるということは、マーケット・メカニズムを通 したものだけに、紛争が起こり政治的に不安定な地域は捨てられるわけです。皮肉にも民間の資本や技術を最も必要とした地域は、政治的に不安定な地域でした。しかし、こうした地域は、冷戦後の世界経済のダイナミズムの一番の特徴である民間パワーの恩恵には浴せないのです。ここに一つジレンマがあります。

 また冷戦中には、ソ連圏も西側圏もイデオロギーの戦いのために、数が多いほうがいいということで貧しい国を動員しました。これらの国を動員するにはニンジンも必要だということで、同盟国グループに対して援助が行われました。ところが、連戦が終わってその必要性がなくなり、援助は急速に縮んでいます。ODAを取ってみても、日本は多少伸びていますが、これは例外で、全体としての絶対金額は減り始めています。旧ソ連の同盟諸国は、ロシア自身が援助の負担能力を無くした結果 、捨てられました。アフリカも同様です。冷戦が終わった結果、捨てられる国と浮かび上がる国が皮肉にも出てきており、貧困が深刻になっている所では、紛争は将来とも更に深刻になると思われます。

 このような地域とは対照的に、アジアは経済の展開が生まれており、それが国内社会の安定をもたらし、さらには近隣する国々の関係もソフトになってきています。ポスト冷戦後の世界が不安定になっていく中で、アジアがこのような格好で安定化のプロセスを歩んでいるということは、世界の安定化を考える上で、非常に重要な意味があるのではないかと思います。

3.アジアの発展に対する今後の課題

 もちろん一方で、アジアも実は不安定だという意見があります。特に経済的な利害の対立を問題視しているようで、この意見は欧米に多いようです。それに対して、先ほど紹介したシンガポールの外交官は、以下のような自信に満ちた論調を展開しています。「ヨーロッパの人達は、アジアがだんだん自分達に近づいてくるのを見て、追い越されるのではないかと心配になってきた。しかし、彼らの議論は、その現実は認めたくないという所だけで議論しているようだ。しかし、アジアのモデルはヨーロッパの後を追っているだけではない。ヨーロッパ人は、冷戦が終わって今ヨーロッパの一部で紛争が起こっている、アジアもいずれヨーロッパ型の問題を抱えると見ているかもしれないが、アジアはアジア型で行くのではないか」という考えを述べています。最近の一つの流れは、現実の状況に裏づけられて、アジアの論客がアジアについて自信を持った議論を展開するといった傾向が出てきたことです。ただ、そういう自信に危険があるとすれは、アメリカとの折り合いがうまくいかないと、アジアには不安な所もあるという点を考慮しているかどうかという事です。対西欧関係(特にアメリカ)を、アジアとしてどの様に位 置付けるかという点は、これからも依然として残ると思います。

 もう一つの課題は、アジアの国々は当初輸入代替型で発展しようとしたのですが、それが今の段階では、みんな輸出主導型に変わってきていることです。これらを全部合わせると、大変な輸出パワーになります。そうすると、どこかが受け皿としてアジアの製品を輸入しなければなりません。たしかに、アジアの中で経済発展によって個人所得は上昇し、アジア各国がお互いに製品のアブゾーバーとなっているという側面 は見られます。しかし、それでも貿易の過半は対非アジア地域で、域内だけでは吸収しきれません。アジアの生産力はどこが吸収するのかということでは、やはり一番大きいのは米国です。日本が次に大きいわけですが、日本にはアジア諸国からの輸入を上回る輸出があるため、ネットベースでは黒字で、受け皿としてはマイナス要因です。日本はアジアの生産力のアブゾーバーとしては機能していないわけです。

 今はアジア全体として水準が上がっていますから、みんなハッピーになっていますが、ある段階で域外からの大波を受けると思います。それは、アジアに生まれた生産力をもうこれ以上吸収できないといって、アメリカ、ヨーロッパが外圧をかけることです。これはすでに為替調整の面 では始まっており、プラザ合意のあとすぐにNIESの通貨を切り上げろという話になったことを考えれば分かると思います。今後、ASEANの通 貨についてもそのような状況が出てくるでしょうし、市場開放も強く要求するでしょう。余りにアメリカが市場開放を言うので、韓国はかなり反米的になっているようです。しかし、今の状況では、アメリカのようなアブゾーバーを依然としてアジアは必要としています。したがって、アジアが今後とも安定した発展を続けるためには、アメリカの位 置付け、あるいは日本の役割というものを、いかにその中に組み込んで行くかが重要なポイントになると思います。また、経済というものは必ず調整期があり、日本の戦後の経済成長を見ても、好、不況のサイクルを繰り返してきました。ある段階でアジアの主要な国々が調整期を迎えるかもしれません。その時に、日本の対アジア貿易に巨額な黒字が残っているということになると、日本とアジアの関係は今みたいにハッピーな感じでは済まないと思います。アジアがまだ自信を持って日本との関係を大事にしているときに、いかにして将来を展望してバランスの取れたものに組み替えて行くかという知恵が、日本側に必要な感じがします。

4.アジアにおける円通 貨圏の可能性

 日本との関係で、最近の為替、円高にも関連して、「円ブロック」について話してみたいと思います。シンガポールのリー・クワンユーは、昔からアジアに円ブロックはいらないと言っていますが、実態はどうでしょうか。これだけ日本企業が投資をしています。最近、円が買われドルが売られているという状況があります。これは、ドルの価値が下がっているという要素もありますが、もう一方で円借款を返さなくてはいけないという要因もあります。今3兆円程の円借款の残高があり、アジアの国々は、これからこれをどんどん返済していくために、円を必要としているわけです。しかし、これに見合う円は供給されていません。なぜかといえば、日本は毎年輸出超過ですから、外に出て行った円をすぐ吸い上げてしまい、アジア諸国が欲しい円が実際には供給されていないわけです。円の流動性が量 の面においても、質の面でもある程度確保されないと、アジアにおいて円地域というものはできないと思います。

 それができる可能性は、輸出主導型のアジア経済のアブソーバーとしての機能を日本が果 たせる時だと思います。今のアジアは、やはりドル・ブロックです。ドルと円の関係で見ると、一つのジレンマが日本の円の方にあります。それは、円ブロックを作りたくても円がないから作れないということです。

 かつてのドルも「ドルの流動性のジレンマ」いう時代もありました。時代としては第二次大戦後の15年間ぐらいでしょうか。その当時、アメリカは世界に対して圧倒的な輸出競争力を持っていました。したがって、ドルは神様のごとく崇められる大変尊敬される通 貨だったのですが、輸出超過でドルを吸い上げてしまうため、世界的にはドル不足という状態だったわけです。そこでアメリカはドルを供給するために、マーシャルプランGNPの1.8%ぐらいの援助を毎年行いドルを世界に散布しました。そして、次にはアブソーバーとして、他の国が保護主義を取ってもアメリカはオープンにして、製品をどんどん買いました。それがうまく行きすぎて、アメリカは構造的な赤字になったわけです。現在は流動性が増えすぎて、ドル・ブロックの修正過程にあると思いますが、他の通 貨を探したところで円もマルクも供給不足ですから、ドルに代わる通貨にはなれません。この状況では、円は国際通 貨にはなれません。アジアに限定しても円ブロックは生まれません。円ブロックの前提は、日本がどこまでネット・ベースでアブソーバーとして機能できるかにかかっています。もしそれができないとすると、ジャパン・プロブレムがアジアにおいて起こるかもしれません。アメリカの一部では、アジアの輸出を日本の経済パワーがアジア経由でアメリカに行っているだけだとの見方もあります。今の状況が続けば、この意見はアメリカの中で力を増していくでしょう。そして、アメリカがアジアに対して強く当たれば、日米の問題がアジアを巻き込んだ形で起こるかもしれない、そのような印象を持って現在のアジアの動きを見ています。

5.アジアの発展の形式

 アジアの発展を見たとき、明確なアジア・モデルというものはやはりないと思います。例えば、発展段階での貿易と投資のやりかたを見ても、日本モデルと今多くのアジアの国がとっているモデルとは全然違います。日本は自分達が欲しいものは日の丸でやるために、外資は排除しました。技術だけを入れたわけで、資金も世界銀行その他から借りてきました。貿易についても、値段が幾ら安くても数量 調整をして極力入れないという形です。戦後の日本の発展モデルは、為替の固定相場制のもとで価格調整はせずに数量 調整を中心に動いてきました。したがって優秀な外国企業があっても、それが100%出資の形で入ることは非常に選別 的に行われたわけで、それは1970年ぐらいまで続きました。このモデルに近いものが韓国のモデルです。日本と韓国は比較的似たような問題を抱えています。それは、両国とも今度は外国の資本が欲しいという時に、外資が入ってこないという問題です。

 それに対して今のアジアは、外資をどんどん入れています。中国は最近多少選別 して外資を入れていますが、それでも日本の発展段階に較べると、その選別 度合はかなり低いと思います。安いものは入れるというスタンスで、始めから価格調整を織り込みながら展開しているわけで、ここが日本型のモデルと一番違う所だと思います。

 それから、ヨーロッパとの違いを考えて見ると、発展段階論というのは昔から、農業から始まって、農業加工、軽工業、重工業、ハイテク、サービスといった格好で順次高度化していくものと考えられてきました。ところが、冷戦後の動きは、人も動く、資本も動く、工場そのものが動く、頭脳も動くといった具合いで、仕掛けが入り始めた途端に、これまで発展段階とみられていた色々な産業が、一斉にそれぞれがアップ・グレードする過程が始まったと思います。アジアにおいて最近の発展のスピードが速いのは、ここにあると思います。いきなり自動車産業になるわけです。従来ですと、織物産業から自動車産業に至るまで50年はかかりました。それが、自動車もある、コンピューターもあるといった状況が今のアジアの特徴です。したがって、その状況を農業段階から工業段階への「飛び越し型」といっている人もいますが、この「飛び越し型」と「それぞれの段階が同時にどんどん上がる」という両方のプロセスが見られるのが、アジアの発展の特徴ではないかと思います。これは「アジア型」と言うよりも「1980年代以降型」と言った方がいいのかもしれません。