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1996年1月号

「社会組織と電子ネットワーク」

インフォメーション・コーディネータ
杉井鏡生


1.企業におけるコミュニケーション・ネットワーク利用の現状

 近年のネットワークの爆発的な普及は、企業にも大きな影響を与えている。具体的な数字をあげると、ニューメディア開発協会の調査では、昨年6月の時点で約260万人のパソコン通 信利用者が認められている。前年比30%増のこの伸びを当てはめれば、今年度末にその利用者は三百数十万人に達すると思われる。(同協会の最新の発表では1995年6月末で369万人、この数字は企業独自の電子メール等は除く)

 また、郵政省が1994年に1,500社を対象に調査した「企業内通 信ネットワークの現状」によれば、電子メールの利用企業は17.2%、近いうちに予定している企業が9%で、合計26%の企業が利用もしくは利用を開始する方向にある。更に、従業員五千人以上の企業に限れば、調査の時点で既に49%が利用しており、利用予定企業を含めると71%にものぼる。このように、普及率と従業員数に高い相関が見られるのが、企業における電子メール利用の特徴である。資本金、売上との相関があまりない点は注目に値する。

 利用の形態をみると、先程の17.2%の企業のうち、自社内の限定した利用をしている企業が9.8%、社内外で利用している企業が7.4%である。後者の利用形態は近年急激に増加しており、コミュニケーション手段としての電子メール利用が組織の外へ向かっていることを示している。

 その一方で、データネットワークの利用企業は77.2%に達する。ネットワーク利用の御三家といわれる。販売在庫管理、受発注管理、総理財務管理がその大半を占めている。従って、企業におけるネットワーク利用は、まだコミュニケーション、ネットワークの利用というより、過去のOA化の流れを受けたデータ・ネットワークとしての利用が目立つ。

 これまでのニューメディアで、特にパソコン通 信に関しては個人利用が先行してきた。企業がこの分野で遅れた主因は、パソコンのネットワーク率の低さにある。一般 的に日本におけるそれは15%〜20%であろうか。米国では既に3分2のパソコンがネットワーク化されていることを考えると、極めて低い数字であることが分かる。さらに電子ネットワークの導入に際して、情報の流れが大きく変化することに対する恐れというものも挙げられる。実際、ネットワークを導入した企業でも成功事例ばかりではない。比較的うまくいったと言われる松下電器・経理部のガンダムというネットワークにおいても、その運営初期の段階では、自分の頭を越えて情報が行き交うことに対する不安を訴える中間管理職がいた。

 さらに、インターネットなどの影響で社外利用が増えてきた現在では、情報の社外漏洩に対処する必要性も生じてきており、ネットワーク化を通 して企業の在り方自体が問われるような状況になってきている。

2.企業導入の目的と効果

 電子ネットワークの一般 的に言われる利点は、組織がフラットになる、創造性が高まると言うものがあるが、企業への導入において最初からこの点を求めるのは、現実的には難しい部分があるようだ。多くの場合、個人の導入に近いニーズと、従来のOAの延長として合理化に役立てようというニーズの2つが見受けられる。

 まず、時間の制約の改善という点が挙げられる。企業内のコミュニケーション手段は電話によるものが多いが、近年社内電話が確実につながる比率は非常に下がっている。電子メールはこうした時間の制約を回避することができる非同期のメディアであり、業務効率の向上に役立つといえる。

 二つ目は、場所の制約の改善を挙げることができる。これまでの企業は、仕事の単位 で場所が決まっていた。例えば、経理という仕事は、経理部という部署が存在する場所で完結的に行われていた。しかしこれからは、プロジェクトチームなど部門をまたがった新しい形態の組織を組む必要が増えてくる。その時、電子ネットワークは場所による制約を回避し、従来の場所にいながら新しい仕事をすることを可能にする。

 三つ目に、業務効率の改善も挙げられる。ここには従来のOA化でも進められてきた、ペーパーレス化の実現などが含まれる。この場合、企業は当然コスト効果 を期待しているが、それが現実に現れている企業はほとんど無い。コスト効果 だけでネットワークの価値を判断することは、現実的には非常に困難である。業務効率という事に関しては、ネットワーク化によって共通 文書フォーマットを利用したり、業務用ファイルの転送や加工といった側面 での効果の方が大きいかもしれない。

 以上を合理的側面 を持つ導入目的とするならば、以下に述べる部分はコミュニケーション環境への企業の挑戦という側面 を持つ。こちらの方は、状況を把握するのも困難であり現段階では結果に結びつけている例はまだ少ないのが現状だ。

 まずは、情報の共有化である。個々が持っている情報を、互いに活用できればという発想である。次に、組織の肥大化に伴ういわゆる「大企業病」の克服である。社内コミュニケーションの風通 しを良くしようという目的である。さらに、低経済成長下の状況で、人と組織の活性化を図り、次の時代をにらんだ新しい情報環境を提供することも今後の課題であり、それも導入目的となる。

 導入、普及に当たって留意すべき点は、ユーザーにとって最も興味のあるものを対象とすることである。こうした関心の高い情報でアクセス習慣を高めるのがいい方法だ。企業において最もアクセスされる情報は、人事異動情報である。このように、ユーザーに関心が高い情報を提供できるかどうかが、ネットワーク利用を促進するためには必要だが、企業内ネットワークにおいては、しばしばこうした点が見失われがちである。

3.企業への導入・普及の課題

 まず、最も言われるのが操作性の悪さである。いわゆるキーボード・アレルギーと言われる環境の変化に対する拒否感も多分に含まれる。次に、導入コストの問題である。漠然とした業務効率改善だけでは費用対効果 が判定できず、その面から導入に消極的になる。また、コミュニケーションの手段としてコンピューターには、暖かみが感じられないという意見もある。そして、現状に満足しているため、新たなコミュニケーション手段はいらないとの意見もある。一方、積極的にネットワークに関わっている人間からも不満が生ずることがある。積極的な情報発信に対して、それが適正に評価されていないという不満である。それから、情報の増加することに対する不安がある。情報に追いかけ回されるという不安である。事実、電子メールが活発に使われている企業では、一日のメール数が100を越す。このメールの大半はカーボン・コピー、すなわち複製であり、1対1のものではない。情報の平等性を求めるあまり何でもカーボン・コピーすることで、メール量 は飛躍的に増加してしまう。また、仕事の増加を懸念する声もある。家で仕事ができるという柔軟な考え方とは対象的に、家でも仕事をやらなければならないという、日本のこれまでの仕事のやり方が大きく反映された発想である。こうした様々な不安や問題に対して、変わらなくてはならないという漠然とした返答では、実際のところ何も変わらないだろう。具体的にどう克服うるかという答えが無い限り、企業におけるネットワークの発展は難しい。

4.企業におけるネットワーク導入への提言

 企業における具体的取り組み事例から説明してみたい。まず、これは一種の二段階論的取り組みであるが、ネットワークの初動段階ではあまり成果 を急がないということが挙げられる。理想を追わず確実なところから実施する。利用が進んでいく中で、組織の在り方そのものも変化していくことを期待するのである。これまでの企業におけるネットワーク構築の顛末を伺っていると、このようなケースは非常に多い。ここに電子ネットワークの特性があると認識しておく必要があると思う。更に、中心となる推進組織には、現場の仕事に明るい人間を登用することも必要である。ここには、会社として如何に電子ネットワークを重要視しているかを他の社員に伝える役目もある。実際、営業成績の最もいい営業マンを期間限定で推進部長に充てた結果 成功したという例もある。

 また、一人1台の環境づくりを目指す必要性も挙げられる。一気にここまでは無理だという場合には、これまでのOA化のように各部所に1台ずつ設置するよりは、必要な部署に集中配置していく方が実際の成功例は多い。ユーザーの身近にサポートの体制を作ることも重要である。この体制ができている企業の方が実際にうまくいっている例が多い。また、ネットワーク利用による業務上の成功事例を確実に作っていくことで、口コミなどによる効果 を用いることも必要である。

 経営的視点においては、ネットワーク導入による最終的なビジョンを設けることが必要であり、ただ真似るというだけでは、その価値を判断することもできず失敗に終わることが多い。そして、これまでの私の経験から言って、トップ自らネットワークを積極的に利用している企業ほどうまくいっているという印象がある。これは、企業がネットワークを正式に認めて、その価値や結果 を企業として保証しているということを、社内全体に認知させるためには非常に重要であり、その効果 も高いと思われる。

 運営形態については、支援ということが重要なテーマになりつつある。管理しすぎればコミュニケーションの活発化にはマイナスであり、全く放任することもネットワークにおける企業の位 置づけを喪失させ、そのバランスを取ることが非常に重要になってくる。ユーザーがネットワーク上で自立することを可能とし、かつ組織としてのアウトプットを価値あるものとする必要がある。これは、一般 のパソコン通信でも全く同じである。

 組織の在り方に関しては、ネットワークの導入にあたって、裁量 型労働と成果主義への仕組みの見直しや創造性への寄与を評価する新たな仕組みが必要となる。また、企業の情報公開という観点から社外との接続も増加してくる。そうすると、従来のコンピュータ・リテラシーとは異なるメディア・リテラシーをユーザーは必要とされ、企業はその育成に努める必要が出てこよう。一部の企業では既に社員教育において、従来のコンピュータ操作とは別 に、コミュニケーション・リテラシーやビジネス・リテラシーをカリキュラムに組み込んでいる。また、社長以下社員全員がハンドルネーム(ネットワーク上のニックネーム)を持ち、社内の全情報にアクセスできる企業も現れてきている。ここでは、会ったことのない人間でもネットワーク上での発言や行動を知っているため、非常に大きな組織にも拘らず業務を円滑に進めることが出来るというメリットがある。

 電子ネットワークは、企業の中でも確実に広がりつつある。そして、それを組織の中で如何にうまく使うかということが、いま多くの企業で求められている。


    −追記−
     本文は当研究所で平成6年度に実施した「高度情報化がもたらす社会変容と対応」研究委員会の報告書の中で「社会組織と電子ネットワーク」の部分を要約したものである。