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1996年7月号

第26回地球環境問題懇談会から
「地球環境・開発問題におけるNGOの役割」


 平成8年3月26日、日本自転車会館3号館において標記懇談会を開催した。その中で世界資源研究所の黒坂三和子上席研究員に「地球環境・開発問題におけるNGOの役割」をご講演いただいたので、以下にその概要を報告する。

1.欧米途上国のNGO

 世界資源研究所(WRI)は、ワシントンC.D.にある地球環境・開発問題の政策研究所でございます。1982年に設立され、今年で14年目になります。WRIでの私の主な仕事は、日本の各分野、政府の方、企業の方、NGOの方、学会の方など、皆様方と様々な形での協力関係を進めることです。私が今痛感していることは、非営利セクター、NGOの分野が、日本に欠けていることです。従いまして、私の仕事のもう1つの側面 は、日本の各分野の方に、非営利セクターなりNGOの役割の重要性を紹介してゆくという、1989年頃からその様な活動をしてきております。最近は、それが理解される様になってきましたので、次は政策形成過程なり、政策をディスカッションする過程に、政府でもなく、企業でもない立場の市民の団体が参加することの重要性を理解していただき、その仕組み作りをしたりしています。さらに、次の段階の、政府でもない、企業でもない立場で政策研究を進める能力を日本の中に、市民の側に育てること。その能力を育て強化するための活動。そういうことまで首を突っ込むようになってきております。

 今日は、WRIの研究成果 そのものの内容というよりも、むしろ世界の中でどの様なNGOがいて、今後どういう動きをしようとしているのか。小さな動きは置いておいて、大きな流れとしてどう動いているかということをお話させていただいて、その後、WRIの紹介をしてみます。

 日本では地球規模の環境問題の知識なり、問題意義なり、その国際的対応なりが、海外から入ってくる場合、主に政府や企業からです。けれども、特にこの地球規模の環境問題につきましては、主に欧米のNGOが中心になって動き始めて、国際議題にまでのぼるようになった経緯がございます。皆様ご存じのように、リオ・サミットの様なレベルまで地球環境と開発の問題を持っていけたのは、いわゆる意識ある個人から始まり、草の根団体、NGOの様な努力の成果 であると。日本ではやっとこの辺のことが知られてきていますが。多くの無名の人々の長い努力のおかげです。

 リオ・サミット前後から途上国のNGOが大変活発になってきています。特に途上国のNGOほど矛盾の中に生きているという意味で、哲学的にもというか、思想的にも深いです。欧米で勉強してきた若者が、以前のように政府に入って特権階級になるのではなく、所謂NGOというか、市民の側に立つ組織に入って、人々の側から働くようになり、その人たちが欧米のNGOと協力関係を進めるような新しい動きを始めています。

 NGOの定義とか、規模とか、活動形態などは、多分皆様、いろいろな形で今までに何度かお聞きになっているでしょうから、ここでは、活動形態の多様性について、アメリカのNGOを例に簡単に話します。

 例えば、シー・シェパード保護協会のように、体を張って、法に触れるぎりぎりのことまでしながら動物を守るNGO、グリーンピースのように、あくまで非暴力で、メディアを効果 的に使いキャンペーンを繰り広げる形で成長し、現在は専門的な政府的取り組みをしているNGO。また、ネイチャー・コンサーバシーとか、コンサーベーション・インターナショナルのように、最近日本でも良く知られてきていますが、政治的な活動は全くしないで、企業と協力しながら、自然保護のために土地を買ったり、途上国の自然保護のために活動を繰り広げているNGO。ナショナル・ワイルドライフ・フェデレーションも、非常に歴史の古い組織で、もともとはハンターの組織から始まったようですが、現在は野性生物の保護ということを中心に活動しています。その会員は550万人と、日本では想像できない数の会員です。その他、エンバイロメンタル・ディフェンス・ファントとか、ナチュラル・リソース・ディフェンス・カウンシルなどは、アメリカの場合は訴訟を起こせますので、科学者と法律家とが一緒になって、訴訟を起こして法律を変えたり、住民と共に新しい法律をつくったりしています。私の記憶が正しければ、このナチュラル・リソース・ディフェンス・カウンシルは、PCBの問題でEPAを訴え、それで勝って、あのスーパー・ファンドができたという歴史を持つ組織だと聞いています。あと、ワールド・ウォッチやWRIのような調査研究をする組織。ワールド・ウォッチとWRIは、非常に親しくしておりまして、日本では余り理解していただけていませんが、お互いに活動の役割を分けています。ワールド・ウォッチは、広く多くの人々を啓蒙することを主な活動にしています。新しく起きつつある問題をタイムリーにメディアに伝えて、多くの人々に訴えてゆくことに重点を置いています。一方、WRIは、人々の意識が高まったところで、その問題をどう変化させたり解決したらいいのかという具体的な政策提言をしてゆく役割です。

 アメリカでは、非営利セクターの豊かな財政が多様なNGOの活動を支え、この様に数多くのNGOが多様な役割を持って存在しています。ヨーロッパもカナダも、ここまで多様ではありませんが、同様に活発に動いています。その背景には、各国政府がNGOとの健全な緊張関係を必要と認めて支持していることが大きな要因です。途上国でもその様な形のNGOも存在しています。特に途上国の場合はいろいろ状況が厳しいのですが、それでも政策研究とか法的なアプローチをとるNGOが力をつけてきています。

2.NGOの協同活動

 私は政策研究所におりますので、政策的な面 からNGOがどういう協同研究を行っているかを少しお話します。一例として、アース・カウンシルを挙げます。これはリオ・サミットの時にUNCD事務局長をされたモーリス・ストロングさんが、環境対策を前進させてゆくためには、NGOがもう少しまとまって各国の施策をウォッチする役割を果 たす必要があるのではないか。やはり、外交ではどうしても国の利益の方が先に立って、環境という視点から進められない傾向が強い。国連レベルでできたCSD(持続可能な開発委員会)とある意味でパラレルな形でNGOの委員会をつくるべきではないかと。来年6月には国連特別 総会がリオ・サミットのフォローアップとしてリオで開かれることになっています。それに向けて、リオ・プラス5という名で、このアース・カウンシルが、触媒役というか、ファシリテーターの役割として、世界各国にできている「持続可能な開発のための国民評議会」の世界大会のようなものを開く計画があります。そして、来年6月の国連特別 総会にインプットする動きを進めています。日本では「持続可能な開発のための国民評議会」というのが今まで存在していなかったのですが、一昨年ぐらいから少し動きがありまして、今年本格的に動き始め、今年の6月につくられることになっています。この「持続可能な開発のための国民評議会」というのは、アジェンダ21の8章と38章だったと思いますが、持続可能な発展を進めてゆくためには、意思決定の仕組みの中に、社会を構成するすべての人々の代表が参加する新しい仕組みをつくるべきだと。アメリカ、フィリピンでまず先にできたのですが、オランダ、カナダとか、いろいろな国に設立されてきています。アース・カウンシルが開くこのリオ・プラス5の会合では、ブラジルのビジネス・カウンシル・フォー・サスティブル・デベロップメントなどが協力関係を持つと聞いています。いずれ、多分日本のビジネスの人達にも何らか協力のお願いがゆくでしょう。

 次に、アメリカの環境・エネルギー研究所の「国際発展と環境安全保障に関する特別 委員会」という例を挙げます。この委員会が出した1991年の報告書「持続可能な発展のための国際協力」を見ますと、いろいろな分野の人が集まって政策提言をしています。この様なNGOは日本にはありません。この環境・エネルギー研究所というのは、議員とNGOが集まってできた、議員に環境問題を理解してもらうためのNGOで、例えばWRIが出したレポートをもう少し分かりやすい形で紹介したり、そこが中心になって、この様な委員会を形成して提言したりします。この委員会の委員長にはWRI前所長のガス・スペスです。委員には大学の学長も入っていますし、下院議員も、共和党、民主党の双方から入っています。また、労働省の連合の責任者も、デュポンという民間企業の社長、さらには、女性のための世界銀行理事という方も入っています。非常に多様な人たちが入って、議員に提言する委員会をNGOの主導でつくっている例です。

 次に、プレジデント・カウンシル・オン・サスティナブル・デベロップメントの例を挙げます。これは1993年6月に大統領が諮問した形でできた委員会で、今年の3月に報告書が発表され、ニューヨーク・タイムスが一面 で紹介しています。この委員会も、大変多様なメンバーで構成されています。共同議長は、一応クリントン大統領が指名したという形になっていますが、民間企業のダウ・ケミカルとWRIが大枠をつくりあげて大統領が諮問するという形でしたので、ダウ・ケミカルのパゼリ副社長とWRIのラッシュ所長がなっています。他のメンバーとしては、NGO代表7名、パシフィック・ガス・エレクトリック・カンパニーの会長など民間企業の代表8名、労働省の労働組合の代表、アフリカ系アメリカ人やネーティブ・インディアンの代表など、アメリカの社会を構成するいろいろな組織の代表者、さらには、内務省長官、商務省長官、EPA長官、農務省長官、エネルギー省長官、国務省次官などです。多様なメンバーで構成された委員会で、アメリカがサスティナブルとなるためにはどうするべきでしょうか。アメリカンサスティナブルというのは非常に難しいのですが、一応そういう方向へのコンセンサスのもとで、2年間かけて未来のアメリカの姿を描く報告書がまとめられました。企業の人たちからも、このレポートが非常に高い評価を得ているようでして、いずれ日本の方にもご紹介されると思います。

 アメリカの例ばかりを紹介させていただきましたが、NGOなり非営利セクターが政府や企業と対等な立場で政策形成なり、政策決定なりの過程に参加しています。この事実をこの様な例を参考に理解していただければありがたいです。大きな世界の流れとしても、途上国でもこの方向に動いてきていることは確かです。

3.WRIの活動

 下河辺淳さんが委員長となって開催した「世界シンクタンク・フォーラム」の中で、WRIが一つの新しいシンクタンクの例として取り上げられました。シンポジウムの内容が「政策形成の創出−市民社会におけるシンクタンク」(第一書林)という本にまとめられています。この本の中には、WRIがどの様な経緯や趣旨で設立され、どの様な試行錯誤があり、今までどの様な活動をし、これから何を目標としているのかが簡単に述べられています。

 今年のWRIのひとつの新しい動きは、大学のビジネススクールのカリキュラムに環境的視点を加えるための指導や、ビジネスの方たちとの活動を非常に積極的に進めていたあるNGOを、吸収するという事でしょうか。小さな組織ですが、我々に加わります。今まで、アメリカの中でもWRIは、企業の方たちとの協力関係や活動か非常に弱かったのですが、これからはそれを強化する意味で、それを進めてきたNGOを取り込んで、より企業との協力関係なり協同研究を進めようと。今までも、政策研究として、アメリカの幾つかの企業にまな板にのっていただいて、企業がどのくらい環境資源なり環境を考慮して利益を考えているか、という研究報告書も二冊ほど出しています。

 日本の方々との協同研究の例を、少し紹介させていただきます。GISPRIとしてきましたものは、途上国への技術協力、技術移転協力ということで、1991年頃から約3年かけて行ったものがあります。日本語と英語で共同声明を出したり、報告書を出したり。いろいろお互いに学んだという、共同研究というのはなかなか難しいということを学びました。その共同声明の中で提案したフォーラムは、いろいろな試行錯誤がありましたが、日本、バンコクで各々開催しました。3回目の今年は、リニューアブル・エナジーに関するフォーラムを、インドネシアで開催し、内容的にかなり良いものになってきているといいます。行動し学びながら、より良いものへと発展してきています。GISPRIとは、もうひとつ、2050プロジェクトというものを進めています。この成果 はいずれGISPRIの方からお話があると思いますが、サスティナブルである2050年の地球を想像して、では、今から我々は何ができるか、どの様な対策を取るべきかを考えるという、いままでとは違う形のアプローチで政策研究や提言をしてみようと試みているプロジェクトです。

 その他の例です。1991年秋に日本に初めて生物の多様性保全という概念を紹介して以来、環境庁と経団連と経団連自然保護基金、日本自然保護協会やWWF−ジャパンなどと共に、生物の多様性保全に関する一連の活動を行っています。例えば、リオ・サミットで採決されました生物の多様性条約の基本資料となった報告書「生物の多様性保全戦略」(日本語版:中央法規)の日本語版作成を経団連の産業政策部の方々の協力で行っていますし、それを記念したシンポジウムを開くのをお手伝いしております。3年ほど前から、環境情報普及センターとの共同研究として、持続可能な発展のあり方をはかる指標がないことが問題だということで、5か6項目の分野の指標を開発しようと進めてきました。ある程度の成果 が出ましたので、OACDと共にCSDに働きかけた結果、1995年4月に本格的に研究開発計画が採択されました。

 WRIの今までの実績ですが、温暖化問題に対する積極的な活動と共に、生物の多様性条約を採決するまでの過程での仕事、その後の条約をどう各国が進めるか、条約の中で各国が作成しなければならないナショナルプランのガイドラインを、UNEPとEUCNと協力してつくりました。生物の多様性に関する活動は、WRIとしてのアイデアから今まで一貫して世界の動きの中で中心的に動いております。また、持続可能な発展なり開発につきましては、先程の2050プロジェクトに加えて、アメリカのサスティナビリティ・プロジェクトなどがあります。WRIの使命としている、環境に健全で社会的に公正な経済発展を推進する方向へと、現在の政策や制度を変えてゆくための政策研究や提言をつくり上げてゆく計画です。

 日本人の私としては、今、日本のサスティナビリティを考えています。日本は、他国の資源に依存し、他国の市場に依存する産業構造に変えてきてしまった国だからこそ、この問題に取り組むべきでしょう。大学の先生や研究者やNGOの方々と、特に再生不可能な自然資源の視点から、いわゆる生物資源の視点からサスティナビリティを捉えることを検討し始めたところです。ここにお集まりの皆様は企業の方々ですので、環境問題、特に地球環境問題となると、環境技術の開発とか環境技術の移転ということに関心がおありかと思います。私としては、一番意識が向いていない生物資源、他国に依存している自然資源の問題、特にアジアなり途上国の再生不可能な資源をサスティナブルに利用するにはどうしたらいいのか。日本の経済をどの様にサスティナブルな状態にすべきなりか。工業化社会の真のインフラストラクチャーである生物資源のサスティナビリティを日本はどの様に考えるべきなのかと。大きな課題です。

4.日本のNGOの課題

 世界の大きな流れの中で、日本の非営利セクターなりNGOの課題というものを、私なりに考えてみました。まず、1)日本の社会の中で正当な位 置なり地位を確保してゆくこと、2)資金源を確保すること、3)責任を持つこと。そして、4)専門性を進めると同時にお互いにNGO同士が役割分担をすること。日本のNGOはそこがうまくいっていない様です。皆さんが同じような動きをして、競争している様に見えます。お互いの特徴を出して、助け合い、協力し合って、進めてゆくというやり方がまだまた弱いようです。そこを強くする必要があるでしょう。それから、5)もう少し国際化を進めることと、国際的な協力関係をつくり強化してゆくこと、などが課題と考えます。多分この様な活動を支えるのは、基本的には、資金と、それを可能にする制度です。NPO法案がNGO活動に支える内容で国会で通 ることが鍵でしょう。その法が、悪用されるかもしれないという懸念があるにしても、やはり私はNPO法、制度の存在は重要だと思います。

 もちろん、この制度的な支えと同時に、NGOというか、非営利セクターが存在するその背景、思想的なり、哲学なり、倫理的なものを、日本ではもう少し真剣に議論しなければいけません。日本人の良識を、社会の中に仕組みとして作ることなのですから。NGOと名乗るとお金が出るようになってきますと、今までNGOなど重要と考えてこなかった方たちまでもNGOと称します。そこには、政府でもない、企業でもない立場としての存在の基本的な理念というか、根本的な考え方への尊敬が欠けています。それは、日本の市民にとっても、政府にとっても、企業にとっても、またNGOそのものにとっても、大変良くないことだと考えます。各々の役割と責任への自覚が薄れてくるからです。この問題はいずれ取り組んでゆきたいと思っています。