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1996年10月号

国際競争の新たな展開

中央大学経済学部教授
斎藤 優


 市場は取り引きの場であり、国際市場では国際競争によって、国際取り引きが行われている。いま国際取り引きを、その主要ルートである貿易、海外直接投資・国際的生産要素移動、国際金融取り引きの3ルートから考察しよう。もちろん、これら3ルートの間には密接な相互作用関係がある。

 経済的影響力から見ると、その重要性が、貿易ではモノ(財)からサービスへ、さらに情報へと移行しつつある。海外直接投資・国際的生産要素市場では、従来の資本・労働力移動に加えて技術移転が重視され、ビジネス拠点の国際的進出や新たなビジネス・センターの建設によって、これらが拡大しつつある。また国際金融市場では、技術革新とグローバリゼーションによって次から次へのデリバティブなどの新商品開発、新たな国際金融センターの建設、取り引き方法の革新など変化が急速で拡大的である。アジアの高成長地域では、これら三者が好循環的に作用し合っている。しかしこれら三市場間にグローバリゼーションの速度差が拡大しており、とくに国際金融市場が他の二市場と乖離して一人歩きし、バブルを起こす危険なしとしない。国際金融市場の安定性確保のために何らかの工夫と国際協力が求められている。金融一般 に言えることであるが、近年の一連の国際金融不祥事を見るにつけ、いつの時代にも「信用」が大切であることが痛感される。

 これらの変化傾向に対応するために世界市場に関する制度改革が求められている。制度的にはGATT時代の終わりに海外直接投資・生産要素移動・サービス貿易の自由化などが取り込まれ、WTO(1995年)にバトンタッチされると知的財産権制度・紛争処理・環境・移行経済支援などの取り組みを強化する方向で制度改革が行われつつある。

 伝統的な貿易を中心とした世界市場では、直接的に求められたのは交換価値であり、そのメカニズムを説明する原理として比較優位 理論が利用された。世界市場が発展して海外直接投資の比重が増大してくると、生産力価値あるいは資源の直接の国際的最適配分利益に関心が高まってきた。世界総額で海外直接投資は貿易額の約5%であるが、たとえば投資乗数を5とすれば、跳ね上がって約25%にもなる。米国、日本、ドイツなどは海外直接投資した海外現地子会社の生産額が輸出額より大きいのである。技術移転や現地雇用などを考慮すると海外直接投資の経済発展効果 は大きい。近年の世界市場では、伝統的な交換価値に加えて生産力価値が重視されるようになっており、さらに市場取り引きのなかで経済開発・産業開発・技術革新など「開発」にかかわる取り引きの機会が増加しつつある。さらに現在頭打ちになってきたとはいえ、海外直接投資の約4分の1の額に当たるODA(開発途上国向けの政府開発援助)は直接に「開発」に向けたものである。これからは市場において「開発」価値にもっと関心が払われるようになるだろう。たとえば主要先進諸国のベンチャー・ビジネス市場は急速に拡大し、国際化しつつある。

 毎年、多くの機関や研究所から国際競争力の評価が発表される。たとえばヨーロッパの世界経済フォーラム・国際経営開発研究所の「世界競争力報告書」、米国の「米国競争力評議会報告」等がある。伝統的には輸出成長率や海外直接投資額、価格競争力、生産性などで判断されていたのが、近年では実質的生活水準や科学技術成果 、文化・社会指標、政治的・社会的安定性までも加えて、判断基準を多面 的に拡大しつつある。

 主な競争決定要因とその基盤が変化してきたからである。たしかに国際競争の中心の資本競争から技術競争に移行してきたし、さらに長期的にはそれらの基盤となるものや制度を考察に入れたシステム競争へと展開しつつある。たとえばハイテク産業や航空・宇宙などの大型産業では、1企業だけで長期にわたって国際競争力を向上させていくのは困難であろう。市場の存在はもちろんのこと関連・下請産業を含めて、産業育成に関する諸制度や研究教育機関などインフラ部門をも総合したシステム競争である。システム競争での判断は、関連する多様な要因に関するものさしを総合したものでなされる。近年の国際競争力構造の特徴として、米国が盛り返してきたこと、日本の後退、アジアNIEsの上位 進出などがあげられる。またバンガロール(インド)や新竹科学工業園区(台湾)などのように、国全体よりも一部地域集積の技術競争力が評価されることがある。

 世界市場をどう捉えるかに関して、これまでにも多くの研究がなされてきた。たとえば伝統的には国際経済学的アプローチ、中心周辺理論的アプローチ、また歴史学的視点を重視する世界システム論的アプローチなどがある。これまでは世界市場を考えるさいに、主として国際分業利益や取り引きコストの節約、経営資源の内部化などを重視してきたが、近年の新しい時代的潮流のなかでネットワーク・イクスターナリティや機会創造、国際システム的取り組みなどが注目されるようになった。

 時代的潮流が変化すれば、市場の流れも変わり、新しい市場の発生の可能性が出てくる。いま情報化社会・高度技術社会・サービス化経済の波及、グローバリゼーション、市場統合(移行経済、地域経済統合を含む)などの時代的潮流のなかで、世界市場の再編成と新市場の開拓が行われつつある。たとえば旧社会主義市場への海外直接投資、情報・文化関連産業の高成長、持続的開発のための新事業などがあげられる。一時とくに中小企業において「隙間市場」が注目され、最近ではインターネット市場の開拓に関心がもたれているが、世界市場システムにおいても新しい展開がなされつつある。