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1997年6月号

アジア太平洋の成長:競争と協調

  去る5月22日から23日にかけてアメリカンセンターと麗澤大学の主催による標記セミナーが谷川温泉の谷川荘(麗澤大学寮)で米国、カナダ、シンガポール、中国を含む約30名の参加者を集めて開催された。好調な米国経済を反映してか、アングロサクソンのやり方が世界のグローバルスタンダードになる、日本は中国、アジアに追い付かれ、グローバリゼーションのなかに埋没するであろう等々、意気軒高な米国側のご託宣があいついで、日本側はその一方的な論調にいささか辟易したという感じがしないでもなかった。

 最終日、ジョージタウン大学、チャールズ・クプチャン準教授より日本は10年後、どうなっているのだろうかとの疑問がだされた。以下はクプチャン教授はじめ米国側から提起された疑問に対する日本側回答に筆者の個人的意見を付け加えたものである。

1.10年後、政治的、経済的規制緩和に日本は成功しているのだろうか。

 規制緩和は行政、財政改革と一体化している。橋本首相が進めている行財政改革を、第三の改革という人がいる。その第一は言うまでもなく、明治2年の版籍奉還である。明治政府はこれにより徴税権を一手に握り、国家としての体裁を整えていった。しかし、この改革にあたっては200万人といわれた武士階級を完全リストラしたのである。それまでの武士階級の収入の道を閉ざしたわけであって、西郷隆盛はこの版籍奉還に不満を持つ武士の反乱に備えて江戸に薩長の兵を1万人集めておいたという。しかしながら地方において小規模な反乱(秋月の乱等)があっただけでこの改革は成功した。これは多くの武士が新生日本のため、甘んじて犠牲になったのである。

 第二の改革は戦後の農地解放である。このときも不在地主といわれる人たちの犠牲のもとに改革は成功した。いずれの改革も痛みを伴い、その痛みを潔く引き受けた多くの人の心意気があったといえる。また、会社で言えば、倒産または倒産の危機に瀕していたという状況もあったといえるだろう。

 一方、第三の改革を推進する現在の状況はどうであろうか。景気は悪いといっても成長率が大幅なマイナスに陥っているわけでもないし、失業率も欧州のように10%を越えているわけでもない。会社でいえば売り上げ、利益率は落ちていても、とりあえず給料の遅配もなく、株主への配当もしているといった状況である。このような状況の中で会社は潰れるぞ、痛みを分かち合って欲しいといわれてもあまり実感がわかない。危機感がうすい。金融不祥事、政治の混迷、年金制度の崩壊など色々と悲観はするけれど、そこから先の、これではいかん、厳しくても立ち向かっていこうというファイトが沸いてこない。第一の明治維新の改革や第二の戦後の改革は、今でいったら、将来の日本のために1997年現在、50歳以上の人はすべて職を辞し、カミさんのパートで生計を立てていって欲しいというようなものである。

 先人のように国のため自己犠牲を引き受ける潔さを今の日本人は持ちあわせているのだろうか。国難というほどでもなかったが、円高の時は労使一体、官民一体となって危機感をもってことにあたったように思う。

 規制緩和の問題は、どれだけ危機感を日本人が共有できるかによる。橋本首相が10年後の日本のビジョンを出していないことは残念ではあるが、日本のビジョンと国の将来を妨げる規制の大きさに気づく時、日本人は「挙国一致」して大きく変わる可能性がある。短期的には悲観的、長期的には楽観的に日本の将来を見ていくことが妥当といえるだろう。

2.10年後のアジア太平洋における日本の役割

 日本は、外来の文化と日本古来の文化をミックスさせて新しい文化を作ってきたというユニークな歴史を持っている。例えば遠く6世紀に仏教はインドから中国、朝鮮半島を経て日本に渡ってきたが、インド仏教の悟りを求める自己救済の教義ばかりでなく、「山川草木悉皆成仏」といった日本古来のアニミズムの要素を取り入れた教義を発展させてきた。漢字は確かに中国からもたらされた。しかしそれを使いこなして、「化学」「物理」「法律」などの単語を作り出し、今では本家の中国や韓国でも日本製漢字熟語を使っている。明治以来、西欧から取り入れた工業技術にも日本の工夫を加えて、量産化技術開発に成功した。多くの家電製品、NC機器はその典型である。

 確かに情報化技術における英語のごとく、アングロサクソン流のやり方が世界の標準になるかもしれない。しかしアメリカの技術を韓国、中国あるいはアジア諸国にそのまま持ち込んで成功するだろうか。文化だけではなく技術もその国なりの消化の仕方があるはずである。逆にうまく消化しなければ技術はその国に定着しない。日本は、西洋と東洋の良いところを取り入れて成功した唯一の国である。アメリカンスタンダードがグローバルスタンダードになるかもしれないが、ここ幾世紀かの日本の歴史、文化を考えてみると、日本はその流れに乗り遅れることはないであろう。タイ式、ベトナム式などのグローバルスタンダード消化方法に日本はひとつのモデルを提供できるのではないか。

 その可能性は日本が行った対アジアのODAに示されている。戦後、米国はラテンアメリカ中心に、欧州諸国は旧宗主国という立場もあってアフリカ中心に、そして日本はアジア中心に援助をおこなってきた。そして今、経済成長という物差しでODA受け入れ国の成績表をつけるとしたら、アジア諸国が上位 に並ぶのは間違いない。日本のODAがアジア諸国の発展に有効に働いたと言える。援助はお金だけではない。人と人との交流のなかでおこなわれてきた。その意味で日本のアジアで果たしたODAの意義を誇っても良いし、またここ10年はこのやり方を踏襲してアジア太平洋の発展に寄与していくであろう。

3.10年後、日中関係はどうなっているのだろうか

 中国は社会主義市場経済という矛盾した経済政策をとっている。社会主義は計画経済を基にしており、市場経済は自由主義が基本である。自由主義を基本とする経済発展がすすめば一党独裁の北京政府の存立基盤がくずれてしまう。経済発展の進んだ沿海部と経済発展からとりのこされた内陸部の所得格差も経済の矛盾を大きくしている。中国はこの50年の歴史の中でも大躍進、文化大革命、天安門事件など政策の大変換を行っている。中国は5年毎に党大会を開いて政府主要人事を決定するが、常に5年前の実力者が再登場することはない。この秋に第15回党中央大会が開かれる。最近、社会科学院をはじめとする中国発の論文を読んでみると、経済改革に関する論文が目に付く。香港返還を控えて、経済問題がメインイッシューになっており、政治問題の論議がでてこない。カリスマのない党大会を暗示している。歴史的に中国はカリスマ的指導者がいる時は政治的に安定していた。ここ50年でも毛沢東、?小平のような強力な指導者が国内の矛盾を押し隠してきた。カリスマ的指導者が出ないとなると益々、これからどういう中国になるかを注視していく必要がある。「変換する中国」「矛盾を拡大生産している中国」を考えれば経済的に長期総合的な見通 しを持つことは難しい。その証拠には先進国からの重化学工業建設などの大型投資案件が皆無である。

 これからの日中関係を考えるとき、日本側が歴史的認識をどうもつのか、そして、どうやって日中関係を濃くしていくかが大切である。しかし、あまりにも日中の若い世代の交流が少ないのは気になる。日中の関係に比べ、米中の関係の方が密接といえる。中央委員会には300人のメンバーがいるがその子弟の全員が米国に留学しているといわれる。中国では一流の学生は米国に、二流の学生はヨーロッパに留学するといわれている。米国に留学し、米国流の思考方法、テクニックを身に付けた世代が中国行政府の実権を握るのもそう遠い将来のことではない。

 日本に留学した中国人学生が反日になって帰国するということも問題である。博士号の取りにくいことも関係しているであろう。日本でも中国に親近感を持つ若い人のパーセンテージが落ちている。

 日中が本当に理解しあい、新しい関係を築くためには「同文同種」「一衣帯水」の甘いイメージをすてることが必要だ。文化が違う外国だということをはっきり認識すべきである。1921年にバートランド・ラッセル卿が「China Problem」という本を書き、その中で、「中国人は本当となるまで信じない、日本人は嘘とわかるまで信じる。」といっている。日本企業が中国ビジネスで失敗して撤退するという話を聞くたびに思い出す言葉だ。70年前の指摘が今でも正しいといわざるを得ないとしたら、ここ10年で日本人の中国観が変わるとも思えない。ただここ20年のグローバルゼーションの中にあって、中国を国際舞台(たとえばWTO)に引き出すガイド役を日本が務められるのではないか。中国に対する甘い認識を変える努力とともに、日本がどういう働きかけを中国にできるのか冷静に考えていく必要があろう。

4.10年後、日本は成長著しい中国、アジア各国に追い付かれ、追い抜かれるのか

 1) 日本、アジアの経済格差の現状
 アジア太平洋諸国と一口にいっても、現在の経済規模を見てみると幼稚園に大人が二人たっていてあとは園児が一杯遊んでいるといったものである。表1を見て欲しい。日本は1994年において世界のGDPの18%を占めている(米国は25.7%)。ASEAN, NIEsにしても韓国を除けば世界のGDPに占めるシェアはコンマ以下にすぎない。

 中国にしても2%、国民一人当たりの名目GDPは日本の3万7千ドルに対し、500ドル前後である。仮に、一人当たりGDP500ドルの発展途上国が毎年10%の成長を続けて、毎年、1%しか成長しない3万5千ドルの先進国に追い付くには何年かかるか、エクセルをちょっと操作すると答えは出てくる。50年かかる。もし、年率7%の成長であったら先進国に追い付くには75年かかる。もちろん、人口の伸び、平価の切り下げ等色々考慮に入れなければいけないファクターはあるにしても、それだけの差が現在あるということである。とてもアジア各国が日本に10年で追い付けるものではない。成長率の高さを国の経済規模と混同して、異常に中国、アジア経済を過大視するの愚を冒してはならない。

 2) アジア経済発展のゆがみ
 先進工業国の発展形態としてまず、農村部で資本が蓄積されて、それが都市部の工業へ投資されて工業が発展したという歴史がある。ところが中国を含むアジア各国には農村部で資本が蓄積された形跡がない。工業化の資本の多くを海外直接投資に頼って経済発展をしているだけである。投資は投資を呼び、これまでは組立産業を中心に順調にGDPを伸ばしてきた。そして都市部は大いに発展したが農村部はその成長の恩恵をうけていない。中国の一人当たりGDPは500ドルといわれているが、工業化の進んだ沿海部では1万ドルを越える層も少なくない。が、その一方で年間収入200ドル以下の内陸部農民層が多数存在する。低所得の農村部という状況はタイ、フィリピン、インドネシアでも同様である。農村部、都市部との所得格差をどうするのか、また都市部内部においても所得の格差は広がっている。貧困層の不満の増大が社会不安を醸成し、政治的安定性を覆しかねない。政治的安定性のない国には海外直接投資は行われないし、すでに投下された資本も引きあげられるだろう。そうなると、エマージングエコノミーともてはやされたアジアの繁栄も一朝のあだ花と消え失せてしまうことにもなりかねない。

 (3) 技術の内部化と人材
 先進国は技術を移転してくれない、こういった不満の声は最近聞かれなくなったようだ。それは技術を移転しようにも移転すべき人材がいないのである。またいたにしても高給で引きぬ かれてしまって技術の企業内蓄積が行われないということもある。若年層で同年齢に占める大学生の比率は日本では45%前後であるが、東南アジア各国では2―3%である。

 技術とは生産技術だけではなく、マネジメント、法制度、会計制度全ての分野に必要なものであり、それを担うのは教育をうけたいわゆる人材に他ならない。日本は海外直接投資を厳しく規制して工業化に成功した数少ない国の一つである。海外直接投資に頼らずに工業化に成功したのは、アジアでは日本の他には韓国、台湾を数えるのみである。国際経済研究所のエド・グラハムは、なぜこの3カ国が海外直接投資なしで成功したのかと問われてそれは教育の差である、と答えている。技術をわが物にし、自国なりに発展させていくにはやはり、豊富な、高学歴の人材が必要なのである。

 グローバル経済の進展により多国籍企業はNIEs からASEAN、そしてベトナム、ミャンマー、インドへと、安価な労働力を求めて生産拠点をシフトしている。進出してきた工場をつなぎ止め、技術を内部化して自らの技術を生み出していかなければグローバルな競争に勝ち抜けない、という厳しい局面 にアジア各国は直面している。ここ10年以内に幅広い人材を自前で調達できるか、そこにアジア経済発展のカギがある。

 (文責 事務局 中西 英樹)