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1999年8月号

REPORT

平成10年度「21世紀の開発戦略研究委員会」報告書完成


 明治学院大学国際学部竹内啓教授を委員長とした、標記研究委員会がこの度平成10年度の研究報告書を作成したので、その概要を報告する。委員長をはじめ各委員、オブザーバーの方々に厚く御礼申し上げたい。尚、本報告書は平成11年度の研究に向けた中間報告の位 置づけを持つ。


 本委員会の目的は、21世紀初頭(2010〜2020年)の東南アジア(タイ、ヒイリピン、インドネシア、マーレーシア等)の社会問題の低減、市民社会の繁栄のために、先進国の日本は今後どのような援助をすべきかを研究し、提言することである。特に援助のありかたとして、途上国の自己努力・自立を考慮しつつ、南北問題の解決につながり、途上国との合意を形成出来る援助とは何かにアプローチし、今後の地球環境問題、持続的発展問題の解決に役立てることを目指している。

 研究初年度の平成10年度は、これまでのアジアの経済発展と経済危機の総括、今後の各種援助のありかたについても、議論を進めたが、特に途上国の社会福祉問題・指標にウエイトを置き研究した。以下紙面 の都合上、本研究の特徴的な内容として「マクロ経済統計と経済福祉」(竹内 啓委員長)と「アジアにおける保健医療援助の方向性について」(林 謙治委員)について概要紹介を述べる。

「東南アジア諸国のマクロ経済指標と経済福祉」

 東南アジア諸国も含む東アジア諸国の経済成長と経済福祉について論ずる場合に重要なのは、マクロ統計データである。ただし、しばしば発生する困難は統計的データの不足であり、信頼性の低さである。各国の経済福祉指標は国際比較可能なデータはあまりない。一方マクロ経済統計は経済福祉指標としては間接的ではあるが、より信頼性の高いものもあり、具体性と普遍性がある。経済福祉の間接的指標としてのマクロ経済統計についての分析を述べる。都市と農村の間の大きな所得格差の存在。経済成長における日本との相違点。その歴史から来る構造的な問題点。各国の国内経済格差の存在の指摘。マクロ指標・平均の数字だけで議論しないこと、問題の本質を捉える典型的事例や印象的情報の重要性を指摘。マクロ経済指標と経済福祉との関係については、一人当たりGNPのレート換算の問題と分配の不平等度の問題を指摘。効率性の名の下に不平等を是認する傾向に注意を喚起している。次に経済福祉では、マクロ経済指標には表されない多くの側面 があることを指摘。社会福祉のサービスの質や、地域間、大都市と農村、階層間の格差等々。最後に福祉指標のありかたについて言及。

「アジアにおける保健医療援助の方向性について」

 アジアの社会保健福祉指標は国連機関がまとめているが、正確性は疑問。登録システム、統計を収集するメカニズムが十分整備されていないことは、途上国に共通 する基本的な問題である。

 アジア諸国の保健指標と保健水準では、各国の死亡指標を概況し、乳児死亡率(IMR)が公衆衛生的に重要な指標であること。安全な水の供給率は乳児死亡率の水準に直ちに反映すること。社会主義国(中国・ベトナム・キューバ)は1人当たりGDPは低いが、健康指標は良い値(先進国との差は大きいものの)。社会主義国は保健医療サービスが比較的行き届いているため。中国は急速な市場経済化を進めているが、乳児死亡率は上昇している等々を指摘。次に保健医療資源指標については、医師1人当たりの人口、医療費と医療保険について言及。GDPが低い国ほど保健・医療よりインフラに資金を投入する傾向あり、医療費にかける割合が低い等を指摘。

 各国ヘルスケアシステムの類型では(1)医療資源(人・もの・金)の種類と量 (2)財政負担の組織体系(3)ヘルスケアシステムの経営・運営方法(4)サービス・デリバリー形態により下記の4つに分類できる。

企業経営的な医療システム:アメリカ・ケニア・フィリピン等。国家による医療保障なし。
福祉指向型医療システム:国が健康保険制度を提供。
包括医療型医療システム:税金で賄う。スカンジナビア諸国。
社会主義的医療システム:キューバ等国家が全てを負担。

 アジアシステムのバリエーションでは、日本・フイリピン・インドネシアの保険医療の特徴について社会開発などと関連づけて解析。最後にアジアの特性をふまえた保健医療援助プログラムの方向では、開発途上国は感染症対策が重要であるが、日本は援助技術が過去の物となり有効ではない、むしろ例えば中国との南南協力が考えられること。保健医療はGNPや貧困問題ではなく、社会システム全体との関係で考える必要あり。国家統制的なものが全て良いわけでも、逆に市場メカニズム的が良いわけでもないこと。途上国の開発戦略の制度システムに我々が言えることは、既存の伝統社会にある制度、システムを利用しながら、近代技術・制度を徐々に改善していく方法を模索すべきであること(日本の農協はヘルスの分野でも重要な機能を果 たした)。ソーシャルセクター、ヘルスセクター、教育など、ストラテジーの一本化が明確になってきたが、制度面 も含めた全体としての運営技術を身につけた専門家がいない、開発経済を制度面 からアプローチ出来る人材の養成が急務であること等を指摘。

平成10年度「21世紀の開発戦略」研究委員会名簿(敬称略、五十音順)

委員長 竹内 啓 明治学院大学 国際学部教授
委 員 植田和弘 京都大学大学院経済学研究科教授
尾村敬二 日本貿易振興会アジア経済研究所 経済協力研究部部長
佐藤活朗 海外経済協力基金開発援助研究所
援助理論グループ主任研究員
林 謙治 国立公衆衛生院保健統計人口学部長
吉岡完治 慶應義塾大学産業研究所教授
吉田恒昭 東京大学大学院工学系研究科 社会基盤工学専攻教授


平成10年度「21世紀の開発戦略研究委員会」報告書目次

「東南アジア諸国のマクロ経済指標と経済福祉」
                        [竹内 啓 委員長]

 第1章 はじめに
 第2章 マクロ経済指標比較の問題点
 第3章 各種経済指標による東南アジア各国の解析
 第4章 東アジアの経済成長と 戦後の日本の経済成長との相違
 第5章 東アジアの経済成長の歴史が持つ 構造的な問題点
 第6章 東アジア各国の国内経済格差問題
 第7章 マクロ経済指標と経済福祉との関係
 第8章 経済福祉の捉え方
 第9章 福祉指標のありかた

「アジア経済発展の総括と今後の援助のありかた」
                        [吉田恒昭 委員]

 第1章 アジア経済発展の軌跡と長期開発課題について
 第2章 援助のあり方

「援助戦略の再検討:現状と課題」
                        [佐藤活朗 委員]

 第1章 戦略見直しの背景
 第2章 主要な課題
 第3章 今後の方向性

「日本のイニシアティブを発揮する経済協力の方向」
                        [尾村敬二 委員]

 第1章 アジア経済危機と経済協力方法の変化
 第2章 重点的構造改革のための協力取り組み
 第3章 経済協力実施体制の再構築
 第4章 バイラテラルとマルティラテラルの調和

「アジアにおける保健医療援助の方向性について」
                        [林 謙治 委員]

 第1章 アジア地域における保健指標のとらえ方
 第2章 アジア諸国の保健指標と保健水準
 第3章 各国ヘルスケアシステムの類型
 第4章 アジアシステムのバリエーション
 第5章 アジアの特性をふまえた保健医療援助プログラムの方向

「途上国の環境技術移転に関する問題」
                        [吉岡完治 委員]

 第1章 はじめに
 第2章 環境技術はお金になりにくい
 第3章 先進国の技術は私的企業が所有している
 第4章 途上国と先進国の所得格差に関連して
 第5章 改善の方向性

(文責 事務局 寺田隆