ニュースレター
メニューに戻る



1999年9月号

OPINION

 

東京温室効果 ガス半減計画

東京大学大学院工学系研究科教授
小宮山 宏


 地球の持続性に関する議論をしてボストンから帰る飛行機の中で、1999年7月のニューズウィーク誌をめくっていると、2000年問題についての記事が眼に入った。コンピューターの専門家のコメントなのだが、その概要はたしか次のようなものであった。

 たぶんそんなに大したことは起こらないのだと思う。しかし、何が起こるかなどだれにも本当には分かっていない。コンピューターの仕組みがどうなっていて、時計機能との関連はどうなっているのか、さまざまな機器のなかで時計機能がどういう役割を果 たしていて、それが誤作動したときの安全機構はどうなっているのか、全貌を掴んでいる専門家などいない。記者が記事を書こうとして、5人の専門家に2000年問題について質問したとすれば、だれも分からないのだが、一人くらいはサービス精神を発揮して、こんなことは起きるかもしれないと言うだろう。記者はそれを記事にするだろう。そういった断片の集まりが2000年問題である。そんな内容であった。

 地球持続の技術という本を書き終わって、関連する内容の幅の広さが身にしみている上に、ボストンでの議論の焦点の定まらなさに、じれったい思いをしてきた後だけに、この記事をすんなりと受け入れる気分になった。2000年問題のことはまったく分からないが、自分の専門分野の状況から類推すればいかにもありそうな話なのである。人間の持つ知識の量 が著しく増えた結果、全体像がつかみ難くなってきたのであろう。怖い話だが、おそらくだれにも全貌が見えていないのだ。

 アリストテレスやソクラテスなどギリシャの哲学者達は、人文科学、論理学、数学から物理学までなんでもやってしまったわけだが、頭の良い人の数は人口に比例するのだろうから、単純に計算すると彼らに匹敵する頭脳の持ち主は現在1万人は下らないだろう。しかし、2000年問題にしても、地球環境問題にしても、とても処理しきれない。新聞などで、自分の良く知っている分野の記事をみると実に間違いが多いというのはだれでも経験しているだろう。それから類推すると、知らずに読んでいる記事もどこまで信用してよいのか不安になる。別 に新聞に文句を言っているわけではない。複雑化したニーズと細分化した領域の相克というのが、われわれの困難の源にあるのだと思う。

 しかし、地球の持続性も2000年問題も避けては通 れない重要な問題である。分からないでは済まされない。どうしたものだろう。

 知識の構造化を行い、構造化した知識をコンピューターとそのネットワークにのせ、それを使った議論の場をつくることがこの困難に解を与えうるのではないだろうか。著者は化学工学を専門としているが、現在、化学と名の付く学協会は、主なものだけで30を越える。水文学の学会は10を越えるそうだ。科学、医学、工学、人文科学となるといったいいくつあるのだろうか。大量 の知識が、細分化した領域に分散して、ゴミ集積状態におかれている。知識間の関連を明らかにし、それを引き出せるようにする必要がある。

 本は、1冊の量 からしても、2次元であるという点も、これらの知識の媒体として適当でない。人類が手にした強力なツールであるコンピューターに、だんだん充実させていくことができ、途中でも利用できるという構造にして蓄積していくのだろう。

 現在、東大工学部の環境関連のグループが、東京温室効果 ガス半減計画というプロジェクト(THP : Tokyo Green-House-Gas Half Project)を実施している。東京からの温暖化ガスの排出量 を半分に減少させるための像を具体的に描いてみようという試みで、交通や、生産プロセスや、エネルギーや、建築や、ヒートアイランドや、ゴミや、水や、太陽電池や、システムや、さまざまな専門家が参加している。もちろん、その絵を描くこと自体目的ではあるが、さらに大きな目的は、こうした異質で大量 の情報を糾合する場をつくることにある。DOME(Distributed Object-base Modelling and Evaluation)というMITのグループが開発しているソフトを、こうした目的に適用できるツールに仕上げようとしているところである。なんとか成功させて、新しい合意形成の方法を提供したいと考えている。