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20004月号

REPORT
報告:公開シンポジウム「日本の教育」


 深刻な学力低下への懸念など、日本の教育の危機が広く叫ばれている。本研究所においても平成11年度から「グローバル市場競争時代における教育・人材育成の在り方」研究委員会(委員長:西村和雄京大教授)を設置し、鋭意検討を進めている。こうした中、去る3月3日に日本の教育の在り方を問うシンポジウム(21世紀人材育成フォーラム主催、本研究所など後援)が京都大学で開催された。以下その概要を報告する。


(教育の基本に立ち返った議論を)

 長尾真 京大学長は冒頭の挨拶の中で、中央教育審議会の委員として「初等中等教育と高等教育との接続の改善」に関する答申のとりまとめに参加した経験から、「教育の基本に立ち返ってその在り方を考えるというプロセスなしに、教育問題を現象論としてのみ捉えた対処療法的な議論に終始した。答申には多くの人々が満足していないという残念な事態になっている。社会や企業の立場からの教育現場へのフィードバックを含めて、大学や学校関係者だけでなく広く各方面 の専門家を集め、本質的に何をなすべきかをきちんと詰めることが大切」と強調した。


(強い危機意識)
 
 シンポジウムでは、大学教育に直接携わっている大学人の立場から、日本の教育の現状について、厳しい見方や強い危機意識を持った発表が数多くなされた。学力低下の現状や学力そのものをどう捉えるべきか、理系大学教育や教員養成教育の現場で何が進行しているか、創造性教育のあるべき姿など、議論は広範なテーマに及んだ。ここでは、教育改革と「学力」の関係をめぐる議論を中心にポイントを紹介したい。


(学力低下の現状、学力とは)

  • 文部省は、「学力」について「進学率が上がったら大学進学者の平均的学力低下が進む」のは当然という認識であり、問題だ。東大、京大でも学力が低下しているのをどう説明するのか、小中高も含め全体的に学力が低下していることをはっきり認識すべき。

  • 小学校の算数から高校数学の基礎的部分の学力について、経済学部学生を対象とした1999年調査によれば、国立の旧帝大や私立の上位 校でも基礎学力が心配な状況にあり、私大の中下位校では高校数学の7−8割は出来ないという結果 がでている。

  • 「学力のみならず豊かな人間性などを包括した総合力」と定義される「生きる力」の達成度は、客観データによる検証は殆ど不可能で、データなき教育改革だ。

  • 学力低下は「知識の量」の不足というよりも、質的な低下として捉えるべき。これは初等中等教育の根幹に係わる問題だ。学生・生徒の能力がないのでなく、表面 的なことだけを学んだり、効率よく問題を解くという方向になっていて、自分で苦労して問題に取り組んだり、プロセスの大切さが理解されていないことが問題。


(新学習指導要領の問題点)

  • 2002年から導入予定の新学習指導要領では、「ゆとり」「生きる力」の重視という名の下に、教育内容の削減、総合的学習時間の創設、週休二日制の完全実施などが盛り込まれている。現実には既に1992年からこうした方向で教育改革が進められ、授業時間数も減っているが、改革の意図したとおりに現実は動いていないことは明らか。

  • 「ゆとり」教育や子供の自己選択に任せて履修科目を決める教育方式(カフェテリア教育)は、既に経験ずみの欧米ではその限界が明らかとなり、克服されつつある。新指導要領ではこの事実が無視されている。教育の目標は、出来るだけ多くの心のモジュール(多重知能)を健全に育てる「全人教育」に置くべきだ。

  • 新指導要領が実施されれば、例えば中学3年の授業時間はどの欧米諸国よりも少なくなることはOECDの資料から明らか。理科と数学の時間は米国の2/3になる。皆が事態の深刻さを認識すべきだ。

(国民の意識を変える)

  • 今の教育改革には、しっかりとした理念がなく国民の支持もない。国民ひとり一人が教育問題に対する正しい認識の下に、意識を変えていく必要がある。

  • 最後に、西村和雄京大教授らの有志グループから、「学習内容3割削減の名の下に、更に授業時間と教科内容の削減」をもたらす「2002年からの新指導要領の実施を一旦中止することを求める」ことを主な内容とする「教育2002年問題を防ぐための署名運動」を国民運動として展開したいとの提案があっ案があった。

(文責 照井義則)