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2004年 5号

Opinion
京都議定書の発効と
将来の枠組みについて

慶應義塾大学 政策・メディア研究科教授

石谷 久


 ロシアが京都議定書を批准したことにより,同議定書はいよいよ来年2月に発効することとなった.ホットエアを抱えるロシアの参加は時期こそ不明ながら,従来から予測されていたことで今更驚くことではない.またロシアの動向,従って議定書の発効の有無にかかわらずこれを批准した日本は,その精神から考えて議定書の定める(90年比)6%の削減に全力を挙げて努力すべきだという点では、議定書の内容に批判的な経済界も含め広くコンセンサスを得られていたと理解している.ただ,いざ議定書が発効してこれを遵守するとなると,すでに基準年から8%もCO2排出が増加している日本では15%近くも削減しなければならず、これは容易なことではない。現実の問題として,改めてこれにどう対応するか,具体的な道筋を明らかにすることが必要と思われる.特に日本の経済,消費を支えるすべての産業活動に与えかねないダメージを少しでも軽減し,また国際競争力を減じることなく,効率的に対応すべき必要を感じる.

 ロシアの参加決定後に開催された産構審地球環境小委員会でも早速,炭素税の是非について様々な意見,注文が出て活発な議論が行われた.この問題は多様な関係者の利害関係が絡んでおり,今後,十分な議論により合理的,かつ出来るだけ広範囲の関係者のコンセンサスが得られる対応が望まれる.この議論は素人目には各種CO2削減の対応のための財源と使途の配分の問題と見える部分もあるので,省庁間,関連団体などのいたずらな主導権争いや摩擦を生じることなく十分合理的,効率的なあり方を検討し,ダメージの少ない効果的な方法を探ってほしい.

 京都議定書をどう達成するかという課題は現在,日本にとっても最大の難題であるが,筆者はその先の将来枠組みの検討に関わっているので,その報告原案のとりまとめに至ったので,この機会にその要点を簡潔に紹介させて頂きたい.

 現在の主要先進国の状況は一部のホットエアをのぞいて,その後エネルギー消費が順調に拡大していて,いかに削減目標を達成するかに苦慮しているところが多いが,結局多くの国が排出権取引,CDMに頼ることになると思われる.他方で米国のように自身が多量に排出しているにもかかわらず不参加を表明しているところもあり,現在の京都議定書の枠組みで将来,いっそう大幅なCO2カットを必要とする気候変動を防止できるとは信じられない.皮肉なことに、大局的に効果がないからといって参加しない米国の主張はある意味では問題の本質を突いている。またロシアなどに大量のホットエアの残る現状でその購入を認めれば実質的に効果が無いと非難しつつも経済的にはそれがもっとも効率的であるという矛盾も抱え,今後どうあるべきかという議論を建設的に進めることはかなり困難が伴う.現在の京都議定書の問題として認識される問題点は,要は炭素リークの残る枠組みで一部参加国に厳しい制約を課す形が定常化すれば,一部の先進国に深刻な経済的悪影響を与えるばかりでなく,今後の新しい参加を阻害して本来の目的達成が困難になるという点に集約される.

 このような現状に対して特効薬は存在しない。しかし少なくともCO2の最大の排出国である米国を初め,一部途上国の参加抜きでは本質的解決は不可能であるという,かなり自明な事実の認識の元に,いかにしてこういった諸国を参加させるか,また途上国の新たな参加を誘うインセンティブはなにか,参加への障害とその排除方法は何かといった点を議論し,より広範囲の長期目標を達成するための各段階における手段,手順のメニューを示すことが必要である.現状と将来へのさらなる大幅削減という要請を考えれば,これを実現可能とする革新的科学技術への依存は避けられず,そのR&Dへのインセンティブを強化する必要性を痛感する.さらにこういう不確定性の強い手段を動員せざるを得ない大幅削減に対して特定時点における数値目標の設定が及ぼす問題点などを提示し,長期目標をにらんだ場合の適当な枠組みのあり方,他方でその途中経過としての数値目標設定の役割とその見直し,結果としての国別キャップへの排出抑制並びにその削減努力,実効性の評価の必要性などが指摘されている.特に世界的に進んだ技術を出来るだけ速やかに普及促進し世界規模で効率的な対応策実施を実現するような枠組みを求め、そのオプションを議論している.

 こういう問題提起に対しては,京都議定書を否定するという批判が起こりがちである。しかし我々の議論は,こういった長期の枠組みはいろいろな試行錯誤を経て,現状を認識しながら効率的,効果的な枠組みへと適応させるという観点から行うべきこと,特に広義のチェック&レビュー,すなわち試行錯誤によって少しでも実効性のある方法を探らないと,このような大それた目標の実現はとうてい不可能だという認識から,これを今後どのように考えていけばよいか、客観的,論理的に検討していくべきことを指摘したものにすぎない.

 京都議定書を出発点として全世界的な理解と協力のもとにCO2削減をはかりつつ,そこに存在する問題を抽出,解決しながら真に有効,有意義な枠組みに発展させることが今必要とされており,今回のとりまとめはそのための課題とオプションを提示したものである.制御理論の用語で言えば,“適応制御とフィードバック最適化(過去の動態に関するシステム情報からシステムの特性を把握して,現在の状態から目標期間までの全状況を予測した上で,今後最適と考えられる制御を常に更新しつつ実施する)”を同時に実現する必要がある.こういった趣旨で客観的,冷静な現状認識と検討を進め,少しでも有効な解決策を探ることに御理解と御助力をお願いしたい.