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2004年 3号

Report
平成15年度
「持続的な社会経済システムと企業の社会的責任」
研究委員会報告書
本 編 要 約
平成15年度日本自転車振興会補助事業


第1章 総論:CSRを考える

 本報告書は、わが国においても重要な経営課題となってきた企業の社会的責任(CSR)について、ステイクホルダー(従業員、労働組合、投資家、消費者、環境、コミュニティなど)との関係から、それぞれの領域における問題を検討し、新しい企業社会の指針を示すものである。CSRとは、企業活動のプロセスに社会的公正性や環境への配慮を組み込み、ステイクホルダーに対しアカウンタビリティを果たしていくことである。CSRは、社会貢献活動や、コンプライアンス、リスク管理にとどまるものではなく、日常の経営活動のあり方そのものを問いなおすことが求められている。近年のSRIの広がりによって、企業は財務的指標のみならず、社会的・環境的側面を含めてトータルにその価値が評価され、格付けされる状況にある。社会的に責任ある企業となるためには、ステイクホルダーから支持され、信頼される関係を構築することが重要である。本章では、次の3点について考えていく。@求められるCSR(CSRとは何か、CSRを求める潮流)A日本の状況(なぜ日本ではCSRが定着してこなかったか、近年の変化)B求められる方策(CSR議論の活発化、各セクターに求められる課題)、である。


第2章 CSRとステイクホルダー

 CSRを考える上で、ステイクホルダー概念は重要である。社会を具体的に捉えることを可能にし、企業とステイクホルダーとの関係の中に各種の課題事項を捉えることもできる。また、企業とステイクホルダーとの重層的な捉え方も行われている。

 日本企業とステイクホルダーの関係性は、1970年代以降、公害問題や企業不祥事を背景として捉えられてきた。しかしながら、そうした捉え方は企業社会の一面を示したものに過ぎない。メインバンク、「中核的従業員」、「系列企業」などが日本企業の主たるステイクホルダーと捉えられることもあったが、今日では、NPO法の制定や個人の価値観の変化などを背景にしてNPOやNGOなどの新しいステイクホルダーが成長しつつあり、日本企業とステイクホルダーの関係は変化しつつある。

 「企業は株主のためにある」とする見方は、単純で理解しやすいものであるが、複雑な現実に対応することはできない。今日では、「株主利益の最大化」よりも「組織富の最大化」を企業の目的とする見方も出ている。CSRを履行するには、ステイクホルダーとの対話や協働を重視するステイクホルダー・マネジメントが重要である。


第3章 労働とCSR


 企業と労働組合が、従業員(組合員)の雇用の安定、労働条件の維持、向上について労働協約を締結し、それを労使双方が遵守することは、労働に関するCSRの重要な要素である。

 近年、企業行動が国境を越えて進み、政府や労働組合でもコントロール不能な問題が出てきたことから、多国籍企業の行動について規範を設定し、監視するという観点から、国際機関が多国籍企業の行動についてルールやガイドラインを設定することや、国際的な労働組織が、企業行動規範について個別企業と協定を結ぶといった対応が出てきている。

 これに対して、日本では、企業行動指針の中での労働に関するものの採用割合が低い。また、CSRへの労働組合のモニタリングの関与の度合いも低い。日本の企業別組合は、企業の意思決定や情報の共有に関して、実質的に深く関与しているものも少なくない。このような成熟した労使関係の下では、労働組合のCSRへの関与は現在以上に高まることが可能である。モニタリングについても、労働組合同士のネットワークによる情報収集と、問題発見が可能である。問題が起こった場合の早期の解決にも役立つこともできる。

 こうした特徴を生かしながら、CSRの中での労働への関心を高め、労働組合の関与の割合を高めていく必要がある。


第4章 女性労働とCSR

 経済の単位は、家族ではなく、個人である。しかし女性が、また、女性労働者がSRIのステークホルダーとなるには、とても困難な状況である。

 女性の仕事に関わる人生は「22歳で就職するが、3年以内に半数が初職をさる。がんばって10年間働き続けても、職位は変わらない。29歳で職を去り、結婚・出産。子育てが一段落した35歳でパートタイマーに。45歳で少しゆとりはできるが、ファンドを購入するほどの余裕はない。55歳でシャドーワークのヘルパーに」というものである。特にパートタイマーとしての賃金は低く、その是正が早急の課題となっている。仕事を中断してパートタイムで働いた場合の生涯賃金は、正社員で生涯働き続けた場合の5分の1というのが実状である。

 一方、女性と仕事研究所は「ワーキング・ウーマン・ファンド」の設立をめざし、独自の企業評価基準を設定してきた。ここでも日本独自のパートの問題がネックとなり、インターナショナルな基準とはならなかった。


第5章 人権と企業の社会的責任をめぐる諸課題

 「人権」は、日本におけるCSRへの取り組みにおいてもっとも遅れている分野のひとつと評されている。経済団体連合会の「企業行動憲章」や経済同友会の報告書でも、人権に関する言及は限定的なものにとどまっている。

日本においては、「差別や思いやりの問題」にとどまらない広範な人権に対する理解の促進と、人権に関連して企業活動や市場を規定するための制度における企業の位置づけを考察することが、CSRの第一歩であるという前提認識を広める必要がある。

 そのうえで、個別の権利と多様な企業活動との関係を整理し、取り組むべき具体的な課題設定を行なう作業が必要となる。その際、さまざまな国際的指針や法的枠組みに準拠しつつ、「人権」と「企業」という二つの言葉それぞれの内実を細分化し、配慮されるべき人権の個別具体的内容と、異なる企業種別のそれぞれとの関係性を捉えることが大切だ。同時に、人権とCSRを確立するための環境整備として、労働における差別の法的な禁止、独立した人権救済機関の設置、雇用の新たなルール作り、グローバル化と労働者の権利に関する課題の克服、政府などによる人権・CSR調達基準の導入・普及、などの政策が有効に機能するだろう。


第6章 消費者とCSR

 消費者の生命、身体、財産を脅かす「消費者問題」は古くして新しい問題である。近年は直接的に大企業による生命、身体をおびやかす事件は少ないが、公的機関への消費生活相談は増大の一途をたどり、法整備が常に課題となっている。これまでの対応は、消費者被害の発生、社会問題化、個別消費者法整備、事態の沈静化の過程を繰り返す歴史であった。

 企業の事業活動の適正化、消費者支援の政策は不十分ななかで整備がされつつある。企業の自主的な消費者対応システムについても、より一層の整備が求められている。製品安全、消費者対応など、企業は消費者に直接関わる分野でどのようなシステムをつくるべきか。また、関連する情報開示の現状はどうか、開示すべき事項はなにかについてその概要を提案する。


第7章 人に優しい「アクセシブル・デザイン」とCSR

 元来、企業は、自社が提供する製品・サービスに関しては年齢の高低、障害の有無、言語の違いにより、その使い勝手が異なる事は本位ではない。しかし現状では、「全ての製品やサービス」が、障害のある人たち、高齢の人たち等に使える、もしくは使いやすいものになっているかというと、答えは「NO」である。20年前に比べると、交通バリアフリー法が施行され、ハートビル法が施行されたことによって、公的機関での「全ての人が顧客・利用者」という取り組みは根付き始めている。企業においても、今まで消費者として、見てこなかった「障害者、高齢者」のニーズを探り、不便さ部分の解消、業界団体としての統一配慮基準の制定など、民間レベルでも20年前に比べると大きな進化が様々な分野で見受けられる。しかし反面、「市場原理」が大きな鍵となっている民間企業活動においては、この分野にどのように取り組んでいいのか「模索が続いている」・・・が現状である。「なぜ、営利目的の企業が、半ばボランティア的事業を、やらなければいけないのか?」と、表立ってではないが、疑問に感じている経営者も少なくない。

 この章では、その経営者達の問いに答えるために、今まで個々での対応を考えていた「人に優しい製品・サービス提供」を、「環境」、「雇用」等も合わせた「CSR」の一分野として考察する。


第8章 SRIと企業評価

 SRI(社会的責任投資)に対してCSR推進役としての期待が高まっている。そもそもSRIとは、投資の際に投資対象の社会的側面を加味した投資判断の手法である。SRIとはそもそも1920年代キリスト教教会の資産運用の際に教義ら外れる業種・企業を投資対象からはずすことからはじまった。その後90年代以降、企業の環境対応など社会的側面の評価が投資の際の企業評価には不可欠という認識が増えてきた。特にCSRの重要性が認識されるようになってきた過去10年間の欧米でのSRIの伸びは目覚ましい。  

 SRI資産残高は米国では1995年から2003年までで3.4倍の2兆1750億ドル(約240兆円)へ急拡大。オランダでは、95年から2003年で15倍、英国では、97年から2001年で10倍に拡大。欧州全体では2003年で3500億ユーロ(訳46兆円)の規模である。

 こうしたSRIの評価クライテリアは、タバコやアルコールなど、の業種を排除するネガティブ・スクリーンと、CSRの取組みを評価するポジティブ・スクリーンの評価方法がある。ポジティブ・スクリーンでは、環境や社会(人権・労働)が主な評価対象となっている。またCSRが長期的な企業価値に影響があることは欧米の投資家の間でも認識されるようになってきている。ただし、個別のCSR対応の企業価値への定量的な影響度についての調査研究は始まったばかりである。この分野では、温暖化リスクの定量化の試みなどが始まっている。CSRの企業評価へのインパクトは、SRI関係者だけでなくCSRに熱心な企業にも重要な関心事となる可能性が高い。

 
第9章 コミュニティとCSR

 近年の市場社会において、企業がコミュニティの抱える多様な社会的課題に対して、フィランソロピー活動や、NPO/NGOとのコラボレーションによって取り組むことが求められている。日本企業のコミュニティ活動は、従来社会還元として理解されたり、“陰徳”という考え方が根強かった。しかし90年代後半から急成長するSRIの評価項目において「企業のコミュニティ支援」が重要視されるように、積極的にアピールし評価される対象へと変化しつつある。欧米においては、80年代以降、戦略的フィランソロピーの発想や、コーズ・リレイティッド・マーケティング(CRM)という新しい流れがコミュニティ活動にみられる。これらは、企業の限られた資源を有効かつ効率的に活用するという発想に基づいており、企業の本業や専門技術を活用した社会への新しいかかわり方として模索されている。企業がNPOとコラボレーションを組むにあたっては、ミッションを明確化し共通化した上で、コラボレーション関係を構築することが求められる。またコラボレーションの実現に向けて、企業とNPOの情報を共有し、コーディネートしていく仕組みや中間支援組織が求められている。


第10章 機関投資家とCSR

 わが国の機関投資家は、スクリーニング型のSRIについてはCSR優良企業を選別するファンドの大口投資家として、また株主行動型のSRIについては議決権行使基準の中に社会・環境の要素を取り入れることでCSRに影響を及ぼすようになるだろう。わが国のスクリーニング型SRIは、トリプルボトムラインに基づく評価軸を踏まえ、より優れた企業を積極的に選択することで高い投資リターンを狙うポジティブ・スクリーニングタイプのものが主流になると思われるが、海外ではタバコなど特定の業種や企業を排除するネガティブ・スクリーニングタイプのファンドが一般的なため、常に受託者責任との整合性を問われる米英の年金などの状況とは異なることに留意する必要がある。このことは、まだ十分理解されているとは言えないが、ファンドを提供する運用機関の数が増え認知度が高まれば、機関投資家のマーケットも拡大すると思われる。他方、機関投資家の株主行動は、現段階では企業のガバナンスのあり方に関するものが中心で、環境・社会面は余り考慮されているとは言えない。しかし、海外の公的年金などを中心に株主行動型のSRIは急拡大しており、わが国にも影響を及ぼす可能性は高く、既にその萌芽が見られる。


第11章 市場経済参入の新たな条件〜CSR

 CSRに対する関心が高まっている。その背景として経済のグローバリゼーションの進展による「負」の面が顕在化してきたことやステイクホルダーの多様化がある。NPOやNGOに代表される市民社会の発展によって、市民が企業行動を監視し、是正を求めるだけではなく、社会が抱えている様々な課題解決や持続的成長に対し、企業の積極的な貢献を求めるようになった。途上国では貧困を背景とする児童労働や強制労働等の人権や環境破壊の問題に関して欧米のNGOを中心に多国籍企業への監視が高まっている。メディア報道やインターネットの進展もこれらの動きを加速している。これらを背景にCSR規格化や政府の規制、社会的責任投資(SRI)インデックス評価の動きも活発化し、日本企業にも影響が及んでいる。しかし、最も影響力の強い動きは、欧米のCSR先進企業がCSR経営を自社のサプライ・チェーン・マネジメントにまで拡張しようとしている点である。サプライ・チェーンの一角を占める日本企業にとって看過できない課題であり、CSRの視点からの経営を自社のみならずグループ会社やサプライ・チェーンまで徹底させ、その取り組みを開示することが求められる。


第12章 経済同友会によるCSRイニシアティブ

 経済同友会は設立以来、「企業の社会的責任」に関して先進的な提言を出してきた。2003年には第15回企業白書が発表され、経営者がCSRを真正面から議論したものとして注目された。ここでのCSR論は、21世紀に目指すべき社会像に関する経営者間の討議が下敷きになっている。

 企業白書の特徴は、CSRが経営者の志を出発点として論じられている、CSRをコストではなく投資として捉えている、企業の存在理由への問いかけを重視している、CSR実践のツール「企業評価基準」が提唱されている、などの点である。

企業評価基準を用いた企業による自己評価を集計した結果、以下のような日本企業のCSRへの取り組み傾向が明らかになった。即ち、CSRの体制づくりは、急速に進み始めている。特に、製造業・大企業を中心に、環境分野での取り組みが進んでいる。しかし、女性の活用やガバナンスの実効性に問題がある。経営者とステイクホルダーの対話が不十分であったことは、同友会の先進的な提言や呼びかけにもかかわらず、日本においてCSRが定着しなかった理由のひとつである。今後の経済同友会の活動に、そういった対話が組み込まれることを期待する。


第13章 日本経済団体連合会及びCBCCにおけるCSR推進への取組み

 日本経団連及びその関連団体である(社)海外事業活動関連協議会(The Council for Better Corporate Citizenship: CBCC)では、以前よりCSRの推進に取り組んでいる。

 日本経団連は1991年に会員企業の申し合わせとして企業行動憲章を制定した。その後、96年には憲章を改定するとともに実行の手引きを作成し、2002年には憲章の再改定とあわせて社内体制整備と運用強化に関する7項目を要請するなど、かねてより企業に対してトップのイニシアチブによる取り組みを働きかけている。また、2003年10月には社会的責任経営部会を設置し、わが国としてのCSRの捉え方や企業の課題を検討している。

 日本経団連の関連団体であるCBCCでは、「多国籍企業に求められるCSRに関する研究会」や「ISOにおけるCSRの規格化に関するワーキング・グループ」等の活動を通じて、海外におけるCSRの動向調査や欧米のCSR推進団体とのネットワーキングを進めている。

 日本経団連及びCBCCでは、国や地域、文化・社会的背景の違いによるCSRの多様性を踏まえることや、CSRは経営の根幹に関わる課題であり、その推進にあたっては民間の自主性を尊重することが不可欠と考える。


第14章 日本におけるCSRの課題と今後の方向

 今後、日本においてCSRに取り組む各セクターに求められる主要な課題として、以下の四項目をあげる。
NPO/NGOの育成・支援
   まず企業や政府の活動を独立した立場で調査・評価し、政策提言できるNPO/NGOの成長が求められる。また企業がフィランソロピー活動や社会的事業を行う際に、NPO/NGOとの間で仲介し、アライアンスを手助けする中間支援組織の存在も求められる。わが国においてNPO/NGOは萌芽期にあり、こういった機能をもち力のある団体はまだまだ少ない。制度的な支援策、ローカル/グローバル・レベルで支える仕組みをつくっていくことが重要である。
大学でのCSR研究・教育の充実
   これまでわが国ではCSRへの関心が低かったため、研究対象として「企業と社会」の問題領域に関心をもつ研究者は少なかった。今後、学生への教育、基礎研究の充実と同時に、政策提言、マネジメント・システムや教育プログラムの開発を企業やNGOとも協力しながら進めていくことが求められよう。
政府の役割の認識
   企業社会においてCSRを求めるムーブメントが弱かったわけであるから、これまで省庁の動きがなかったのは無理もない。経済産業省はISOでのCSR規格化の動きを受けて標準課が対応しているものの、他の部局は動いているわけではない。環境省や厚生労働省などは、CSRの議論の盛り上がりを受け少しずつ関心をもち始めている、というのが現状である。もちろん個別の領域については、様々な取り組みがなされてきているのであるが、広義のCSRを支援していくためには、省庁間の連絡が必要である。CSRは特定の省庁の課題ではない。関係する省庁がヨコの連携をとり、産業政策の基礎に位置づけていく構えが必要であろう。CSR支援の制度的な整備をしていくにあたっては、次ので見るように、経済界、NGOとの連携が重要となる。
   一般に経済団体は、CSRへの取り組みについてボランタリーなアプローチを強調する。しかしこれまで企業社会において十分配慮がなされてこなかった問題領域、例えば社会的マイノリティの処遇、人権、環境などには深刻な課題も多く(途上国での問題を含め)、欧米のNGOが求めるように、一定の規制的アプローチも必要である。そのあたりの調整も今後検討していく必要がある。
   また政府の役割は法規制の面だけではなく、CSRについて政策や税制などによって側面から支援していくことの可能性についても今後議論していくことが必要である。さらに中小企業の社会的責任について、啓蒙し支援していく方策を検討していくことも必要である。
マルチ・ステイクホルダー・フォーラムの設置
   CSRは、政策的にはミクロのレベルとマクロのレベルの両方で考えていく必要がある。ミクロのレベルとは、個々の企業が社会的責任をどう取り込むか、というマネジメントの問題に関して、であり、マクロのレベルとは、産業政策としてどう位置づけ、どう支援体制を整えていくかという問題に関して、である。とくにマクロなCSR政策については、まず企業・経済団体と政府、NGOが伴に考えていく体制づくりが必要である。日本におけるCSR政策、今後の産業政策を考えていくためにも、経済団体、政府(関係省庁)、環境・消費・社会問題などにかかわるNGO、労働組合などの参加する「マルチ・ステイクホルダー・フォーラム」というような場を設定し、議論していくことが求められよう。