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2006年 5号
Opinion
CSRの推進者としての市場メカニズム

大阪大学大学院 国際公共政策研究科教授

山内直人


 息の長い好景気を背景に、企業の社会的責任(CSR)が脚光を浴びており、今や大企業のトップも、経済誌のCSRランキングでの自社の順位に一喜一憂するほどである。
 経済や企業活動のグローバル化のなかで、CSRも地球的な文脈の中で考えざるを得なくなっている。国連のアナン事務総長が提唱したグローバル・コンパクトはそうした考え方にたって、人権、労働、環境などに関する10の原則の遵守を世界の企業に求めている。このグローバル・コンパクトには、現在およそ2,700の企業が参加しているが、そのうち日本企業はわずか40社ほどにすぎないという。
 CSRとは、企業が持続可能な社会のために自発的、能動的に社会的責任を果たすことであり、企業のごく当然の営みのようにみえる。しかし、CSRは予定調和的に達成されるわけではない。当初は、企業不祥事の頻発を背景に、法令順守あるいはコンプライアンスの問題に関心が集まったが、やがてCSRを企業の戦略として積極的に位置づける考え方も出てきた。CSRを一時的なブームに終わらせないためには何が必要だろうか。
 企業が、株主、消費者、従業員、取引先、地域社会など多様なステークホルダーに支えられ、影響を受けて活動していると考えると、CSRはそうしたマルチ・ステークホルダーに支持されるものでなければならない。こうしたなかで、CSRに経済的インセンティヴを付与し、市場メカニズムを通じてCSRを推進するための方策が注目されている。
 ひとつは社会的責任投資(SRI)である。SRIは、株式市場において、環境保護、障害者雇用、地域社会との共生といった、短期的な経済的利益に直結しないかもしれないが社会的に重要な問題に積極的に取り組む企業を選別して積極的に投資しようという考え方である。CSR推進へのインセンティヴを株式市場で与えようとするものであるといえる。SRIは、最初は、武器、たばこなど社会的に望ましくない商品の生産に関わる企業に対する投資を避ける、というネガティブ・チェックが中心であったが、やがて環境、雇用などCSR全体を対象とするようになった。こうした考え方に基づき商品化された投資信託は、SRIファンドとよばれる。欧米の株式市場では、SRI対象銘柄の時価総額が相当なシェアを占めるようになっている。日本ではまだ実績が少ないが、エコファンド、SRIファンドなどの名称で商品化され、最近では企業情報の収集やSRI銘柄としての評価にNPOが関与するケースも出てきている。
 もうひとつ、製品市場での消費者向けの「認証ラベル」も最近注目されている。たとえば、企業がその製品に「差別のない安全で健康的な労働環境の下で製造されたことを保証する」と明記したラベルをつけることを許されたとすると、消費者は、どのように反応するだろうか。ハーバード大学のヒスコックス教授らの研究グループは、多くの消費者は、そうしたラベル付きの製品に対して、かなりのプレミアムを支払ってもよいと考えているという消費者サーベイの結果を報告している。
 こうした認証は一部ですでに実践されている。たとえば、SAI(Social Accountability International)というアメリカのNPOは、安全・健康で倫理的な労働環境を保証するための基準(SA8000)を作成し、基準を満たした企業に認証を与えている。多くの消費者がこうした認証マークを見て購買の意思決定をするようになると、企業も認証を得られるように努力しようとするに違いない。公正な貿易をめざすフェアトレード商品を普及させ、途上国の発展に貢献することも期待されるだろう。
 企業の社会的責任は、それがおろそかにされるたびに、様々な提言や倫理規範が出され、その重要性に注意喚起が行われてきた。しかし同じことの繰り返しでは進歩がない。CSRを倫理的に必要なものとして企業に押し付けるのではなく、企業自身が長期的に発展するための戦略的な投資として位置付けるようになることが必要であり、CSR推進に経済的なインセンティヴを与えることは非常に重要である。
 思うに、貿易や国際金融における市場メカニズムの行き過ぎや副作用への警鐘という形で反グローバリズム運動が起こり、多国籍企業のCSRへの取り組みにつながったのであるが、そのCSRを定着させるためにもやはり市場メカニズムは有効だということである。