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2014年 1号
Opinion
日本から世界を変えよう
―知徳創発を基軸に―

(一財)地球産業文化研究所 顧問

福川伸次

1.受身指向の日本―その成功体験と限界

(1)1853年ペリー提督の来航で、日本は「第一の開国」に踏み切った。その後、「脱亜入欧」を基調に欧米文明の導入に力を入れ、近代国家の基礎を固めていった。
そして、「殖産興業」の成功で国力を充実し、日清及び日露戦争の勝利、第1次世界大戦への貢献でその地位を高め、アジア大陸への侵攻を企図した。そして第2次世界大戦に突入したが、欧米などの圧倒的な軍事力の前に惨めな敗戦を迎えた。
 第二次大戦後、日本は「第二の開国」へ。米国の安全保障体勢の下で市場経済を基礎に米国の先進技術や経営手法を取り入れ、経済成長に力を入れた。その結果、1968年には西ドイツを抜いて世界第二の経済大国になり、1970年代に発生した「ニクソン・ショック」や石油危機を乗り切って、高度成長は1980年代まで続いた。
 そして、最近東西冷戦の終結からグローバル時代となり、「第三の開国」を迎える。市場経済の深化に向けて欧米諸国が規制緩和と技術革新に挑むが、日本は「バブル経済」の崩壊から長期の不況に陥り、こうした動きに遅れをとった。
 通商システムをみると、2000年代に入って二国間または多国間の自由貿易協定(FTA)が急速に進展し、日本はそれを追いかける形となった。その中で注目を浴びたのが環太平洋貿易交渉(TPP)交渉である。

(2)こうした一連の動きを見ると、日本はその政策展開が追随型で、改革も受身的であった。高度成長期における政府、政治、民間の連携も欧米モデルの導入に焦点があった。
 1980年代後半は、日本が最も世界で存在感を高めたときである。 当時は米国を追い越す勢いであったが、「二番手発想」から抜けきれず、「トップ」の座についたときに日本がどのような行動をすべきかの議論がなされることはほとんどなかった。
 それどころか、当時は経済がバブル状態となり、その資産価値を背景に日本企業は海外の不動産や株式を大量に買い込んだ。その間、国内では、政治も、行政も、経営者もおごりの気持ちが曼延し、構造改革やイノベーションへの努力を怠り、バブル崩壊とともに日本は衰退の道を辿ることになる。

(3)日本の世界におけるGDPシェアーは、1990年には14.6%であったが、2010年には8.7%へと低下した。スイスの経営開発研究所(IMD)の国際競争力比較によると、1991−93年には日本はトップを占めていたが、2012年には27位に低下した。日本の産業力も低下し、鉄鋼、パソコン、自動車、TVなどの生産では中国がトップの座を占め、スマートフォンや3Dテレビなどでは台湾、韓国が優位を占めている。
 対内直接投資のGDP比率(2010年)でも、日本は3.9%で、米国の23.5%、英国の48.4%、フランスの39.1%に比して格段に低く、中国の9.9%、韓国の12.6%よりも低位にある。
 日本は、人口減少、高齢化、財政構造の悪化、イノベーション力の低下、社会意識の内向き志向などの構造問題を抱えている。アベノミクスで景気にやや明るさが見えているが、受身指向の態度を続けていけば、再び衰退を余儀なくされることになる。


2.日本社会停滞の原因―自己決定能力の低下

(1)日本は、なぜ世界のリーダーとなり、新しいモデルを提供できなかったのか。社会の各部門の自己決定能力が低下していたからである。
 日本の政治は世論の選択を迫るような徹底的議論を避けてきた。各政党は、何がしかの「変革」を主張するだけで、国際環境を予見した上で国の明確な進路を示そうとはしなかった。衆参両院の「ねじれ現象」などで意思決定が難しい時代もあるが、とかく「足して2で割る」形や「貸し借り」で妥協が図られてきた。
 高度成長の過程で日本の貿易や資本取引の自由化政策が成功したように見えるが、その主たる推進役はいわゆる「外圧」であった。行政当局は、国内企業の要請もあって自由化を渋る傾向があったが、外圧がそれを追い込んだのである。
 1980年代には、日米間で激しい貿易摩擦が起こり、日本の閉鎖的な経済体質や国内志向の産業政策が俎上にあげられた。1985年1月から始まったMOSS(Market Oriented Sector Selective)、協議、1989年7月の日米構造協議(SII、Selective Impediment Initiative)、そして1993年7月の日米包括協議(Comprehensive Trade Talks)などが進められたが、これが日本の構造改革を加速することになった。

(2)自己決定能力の低下は、企業部門にも表れている。
 高度成長期には、企業経営者の多くは海外から技術などを導入し、シェアーの拡大に経営の主眼があった。もちろん、ソニー、ホンダ、京セラなど戦後ベンチャー企業として発展した企業もあったが、多くは、他社に追随し、コストを下げ、シェアーを拡大することに関心があった。
 とりわけ、銀行経営は消極的で、その経営者は大蔵省(現在の財務省、金融庁)の意向を尊重し、前例を踏襲し、他行の動きに鋭敏に反応するものが多かった。

(3)この現象は、個人の意思決定にも見られる。
 選挙民は政治の選択はマスコミに流され、明確な政策選択を求めない。個人の将来進路の選択でも、多くは有名校志望、大企業指向である。米国などでは、優秀な学生ほど起業指向、ベンチャー企業志望であるのと大きな違いである。
 加えて、最近日本の若者には内向き志向が広がっている。海外留学の志望者が減少しているほか、指示待ち人間が多いとの批判が根強い。一部、スポーツ選手、芸術家、デザイナーなどが世界で活躍するようになり心強いが、概していえば、日本社会では「長いものには巻かれろ」の意識が漫延している。

(4)私は、最近のグローバリズムの動揺や世界的な経済や社会の停滞をみると、日本が自己決定能力を取り戻し、社会の強さを発揮すれば、新しいモデルを提供できるのではないかと考えている。


3.国際社会構造の展望−ニユー・レジームへの努力

(1)それには、先ず国際社会の将来について明確な展望を持つ必要がある。
 1989年のベルリンの壁の崩壊で、グローバリズムへの気運が広がった。政治面では、民主主義が定着し、米国を中心に集団安全保障体制が確立し、世界に平和が定着するとの期待が高まった。2,011年に始まった「アラブの春」運動は、民主主義を定着させるようにも見えた。
 しかし、21世紀に入って、グローバリズムはむしろ揺らぎ始めている。グローバリゼーションは、国力の平準化を通じてパワー構造を多極化し、国際合意の形成をむしろ困難にする。これまで世界の秩序をリードしてきた米国の求心力が低下し、これを支える欧州や日本も停滞している。その反面、ロシア、中国、インド、サウジアラビアなどの新興国が影響力を増大している。
 国際連合の安全保障理事会では、欧米の提案に対して、ロシアや中国が反対して、北朝鮮やイランなどの核拡散防止、シリアの安定、パキスタンやアフガニスタンの治安維持もさしたる進展を見せない。加えて、最近、タイ、ベトナムなどのアジアでも内政が混乱する傾向を見せている。
 米国では、国内意識が内向化の傾向をみせ、他方、ロシアが積極的な外交戦略を展開している。中国は、経済力を背景に、軍事力を急速に拡大し、米中2極体制を目論んでいるように見える。不確実性の増大から「無極」の不安を指摘する声もある。

(2) 経済面では、自由貿易と市場機能を軸に成長を加速するとの期待があった。しかし、リーマン・ショックやユーロ危機などで財政金融市場のリスクが増大し、欧米経済は新しい成長軌道を見出せずにいる。アジアなどの新興国では比較的高い経済成長を続けてはいるが、国際金融不安にさらされている。
 市場リスクが増大している背景には、政策当局がポピュリズム指向に流され、政策運営に規律が保たれなくなっていることがある。市場の効果的な運営には適切な枠組みの設定とともに、マクロ面での適切な公的管理が必要であるが、欧米の政策当局は、その規律が保たれなくなっており、問題を深刻にしている。

(3) 社会面では、思想の自由が保障され、人や文化の交流が活発となり、医療などの社会支援が拡大し、環境保全が進み、人権尊重の気運が定着するとの期待があった。しかしながら、中東やアフリカなど一部の国では、依然として治安が悪化し、貧困、感染症の拡大にさらされている。
 地球温暖化については、最近の異常気象が示すように悪化傾向にある。気候変動枠組み条約の締約国会議で2015年までに、主要排出国すべてが参加する新しい枠組みを形成することになってはいるが、関係国の合意を得るにはまだ多くの努力を必要とする。

(4)グローバリズムが揺らぎ始めている。しかし、20世紀に2度の世界大戦と東西冷戦、そして大恐慌や石油危機などを経験した世界としては、平和を維持し、経済を活性化し、人類の共存を保障するものは、グローバリズムしかない。人類は、英知を結集してグローバリズムの再生に努力しなければならない。
 とりわけ、資源、エネルギー、食料、そして市場を海外に依存する日本としては、グローバリズムの定着こそ、その存立の基礎である。そこに自己決定能力の回復が期待される。


4.産業文明の転換―人間価値主導の社会システムへ

(1)人類が、もう一つ挑戦すべ重要な課題がある。それは、産業文明の転換である。
 18世紀の産業革命以来人類が開発し、発展させてきた産業文明は、「地球上の資源は無尽蔵、大気の循環機能は永遠」という前提に立つ。最近の資源エネルギーの供給限界の顕在化と異常気象に象徴される地球環境の劣化は、その前提が崩壊していることを示している。このことは、大量生産、大量消費、大量廃棄という効率中心システムの転換を求めている。
 幸いにして、我々は、最近、革新的な電子通信情報技術を手に入れることができた。これにより、資源エネルギーや環境への負荷が小さく、付加価値の高い創造性の高い産業を創出する可能性に恵まれている。
 しかし、日本は、残念ながら、米国が先導する世界的なイノベーションの傾向に立ち遅れ、R&DのGDP比率で韓国に抜かれ、特許申請、自然科学分野の研究論文数で中国よりも劣位にある。日本は、戦略的、システム的なイノベーションに挑戦する必要がある。

(2)これまで、社会経済システムとしては、農業、産業、情報、金融を軸として発展してきた。今後は、どのような成長モデルを追及すべきであろうか。
 産業面、金融面で限界が見え始めたことを考えると、私は、人間価値の高度化を通ずる実需に根ざした成長パターンを追求すべきであると考えている。それは、人々の健康を重視し、医療を充実し、生活環境を整え、文化と教育を重視し、知的活動を豊かにし、人間の価値と能力を最大限に発揮する社会システムである。


5.日本社会が目指すべきもの

(1)日本は、人口減少、高齢化などの構造的課題を抱え、どのような社会を目指すべきであろうか。
 日本経済の世界のGDPに占める地位については、OECDが2060年には3%に、ロンドン・エコノミスト誌が2050年に1.9%に低下すると予想している。人口が大幅に減少する以上、経済規模の低下は避けられないが、日本としては、むしろ、一人当たりにGDPの上昇に焦点を当てながら、グローバリズムの深化に貢献し、新産業革命をリードし、かつ社会の魅力、経済の質が世界に誇り得るものにすることを目指すべきである。
 それは、人々が信頼で結ばれ、倫理性が行渡り、高齢者も若者も生活環境が整備され、文化水準が高く、教育力が活発であるとともに、イノベーション力が強く、資源エネルギーへの依存度が低く、知的創造力が豊かである社会を実現することによって達成されるものである。これは、やがて世界の多くに国が遭遇するに違いない少子高齢化をはじめ社会の停滞という課題解決のモデルを提供することになる。

(2)日本には、こうした行動を高める価値観がある。
 第一に、平和主義を貫く国民的合意がある。日本は、過去にアジアに侵攻した苦い体験があるが、今日ではそれを反省し、積極的に平和を確立しようという強い意思が浸透している。他人の価値を尊重し、他人との信頼関係を重視し、徳を高め、国際秩序や社会倫理を尊重する意識が流れていることも大きな支えとなる。
 第二に、歴史的に知的関心が高く、内外の知を融合し、新しい知を創造する伝統がある。モノづくりが象徴するように、真理を追究し、奥義を窮める伝統があり、これが知識創造を支えることになる。
 第三に、日本には文化を尊重する気風が行渡っており、かつ異文化への寛容性が強く、文化の融合を通じて新しい文化を創造する強みがある。日本の伝統文化のみならずコンテンツなどにも世界の関心が高く、日本食は、素材の特質を活かし、健康によく、かつ美しいことから人気を呼んでいる。  第四に、自然との共生のなかで、生活文化を形成する価値観が定着している。これが自然の恵みを大切にし、「もったいない」という意識の定着につながり、地球環境問題の解決の有力な対応になる。同時に、自然の持つ美しさを讃える文化に息づいている。
 これらは、前述した世界が直面する課題を解決するのに有効な価値観である。


6.日本から世界を変えようー考える力と行動する意欲

(1)今日の国際社会は、グローバリズムが揺らぎ、構造的な課題によって成長の道標を見失い、不確実性の高まりに苦悩を続けている。主要国が政治のポピュリズムを超えて、協力してグローバリズムを定着することができるかが問われているのである。
 確かに日本は、これまで、受身の態度に終始し、政治、経済を通ずる国際システムの形成や運営に貢献したことは、稀である。しかし、今日世界が直面する課題を見るとき、日本社会が新しいモデルを提供する可能性を秘めている。

(2) それを実現するには、日本が改革すべきいくつかの課題がある。
 第一に、日本人が「考える力」を取り戻し「行動する意欲」を高めることである。人々は、「百聞は一見に如かず」と言う。しかし、私は、「百見は一考に如かず」だと思う。そこには、秩序と理論に基づいた論理思考(Logical Thinking)と深層真理に達する極限思考(Critical Thinking)が必要となる。そして「最高の発想」に到達しなければならない。
 そして、これを行動に移さなければならない。「百考を百行につなぐ」のである。
 第二に、コュニケーション力を充実することである。これがなくては世界を説得できない。日本人がコミュニケ−ション力を重視してこなかった背景には、これにふさわしい日本語がないことにも象徴されるし、「沈黙は金」とか、「目は口ほどにモノをいい」などという表現にも表れている。英語をはじめ語学力も徹底的に充実強化しなければならない。
 第三に、人間力を充実することである。知的活動を高めるにも、倫理感を浸透させるにも、所詮人間である。「知」と「徳」を高める教育が必須である。同時に、海外の優れた人材を招くことも有効である。そして、政治、経済、経営、学術、技術、文化、芸術、ファッション、デザイン、スポーツなどの分野で、世界的に活躍する「ニュー・エリート」を育てる必要がある。

(3)時代は、大きく変わろうとしている。日本は、その知と徳を高め、新しい価値を創造し、世界に発信していきたいものである。「知徳創発」の奨めである。