ニュースレター
メニューに戻る



2000年8―9月号

STUDY REPORT
「アジアの総合的展望」
研究委員会報告書


 21世紀には世界に占めるアジアの比重が一層高まることは疑いないが、それは必ずしも一様かつ順調な発展を意味しない。内部的には依然として独裁体制の残渣が残っており、外部的には環境、資源、人口などの制約が欧米や日本が成長して来た時代より遥かに厳しくなっている。更に台湾、朝鮮半島などの緊迫した国際問題も予断を許さない。今後のアジアは、これらの内的、外的要因が総合的に作用しながら変化してゆくであろう。当研究所では、四半世紀後のアジアはどのような状態になっているか総合的に展望してみようという目的で研究委員会を設け、天児慧委員長(青山学院大学)を中心に、昨年9月から数ヶ月かけて活動を行い、5月にその報告書が完成した。報告書はさまざまな分野を専門とする11人の委員が分担して執筆した。以下、その概要を紹介する。    



 第1章 アジアにおける政治体制の変容と21世紀四半世紀の展望(天児委員長):
アジアにおける政治体制には、情報ネットワークの活用によって民主主義体制へ緩やかに移行するという漸進的安定的なシナリオ、および劇的で不安定なシナリオという二つのシナリオが想定される。基本的には中国、ベトナム、北朝鮮の民主化やインドの民主化成熟などを軸とした前者のシナリオが優勢だが、政治権力の腐敗などにより経済建設に失敗すると、権威主義、軍事独裁へ転化するという後者のシナリオの可能性もある。

 第2章 日米安全保障関係とアジア秩序の行方(慶応義塾大学添谷芳秀委員):楽観的シナリオでは朝鮮半島が平和的に統一され、台湾と中国が共に民主化して共存体制となり、日米中ロの間に安定的な協調的枠組が誕生する。悲観的シナリオでは朝鮮半島は混乱し、台湾海峡の軍事的緊張が高まり、中ロと日米の関係が緊迫し、日米安保が一層軍事化する。現実には両方の誘引を同時に受けながら進展する。いずれのシナリオでも日米安保は継続するであろう。

 第3章 中国:人民共和国から中華連邦への道(神戸大学加藤弘之委員):将来の中国に適合した市場経済システムは中華連邦である。中華連邦成立の条件としては、一定の成長率が継続すること、都市と農村、沿海と内陸の二重構造が解消すること、内なる国際化(国際市場に過度に依存しない)が進むことである。

 第4章 21世紀に向けてのインド経済発展の展望(法政大学絵所秀紀委員):
25年後のインドは依然として低所得または低位 中所得国に留まるであろう。食糧不足、燃料とインフラ不足の悪化、種々な社会問題、環境問題の悪化により、政治不安や社会的差別 が一層助長される可能性がある。

 第5章 アジアの中間層は次の四半世紀、民主化の推進者たりうるか(中央大学園田茂人委員):中間層が民主化の推進力になるという楽観シナリオ、中間層は保守的な体制派であって民主化の担い手にならないという悲観シナリオ、および中間層はリスクをおかさないが消極的に民主化を支持するという中間シナリオがある。現在は中間シナリオに近いが、将来は国によって異なり、韓国、台湾は楽観的シナリオ、香港とシンガポールは悲観的シナリオ、中国、タイ、インドネシア、マレーシア、フィリピンなどは中間シナリオだろう。

 第6章 アジア経済の課題と展望(杏林大学青木健委員):東アジア諸国が取るべき今後の戦略は、技術革新能力の向上を鍵とし、質を重視した成長持続性を確保することである。この転換に成功し、長期にわたり高成長率を維持できれば、第三のNIESが生まれる可能性もある。しかし、実効性のある政策を立案できるかどうかによって、国による成長率の格差、所得の格差が生じるであろう。

 第7章 アジアにおける重層的レジーム形成の展望(青山学院大学菊池務委員):2020年に向けて、アジアは紛争と対立を繰り返しながら、相互依存関係の深化と国内政治過程の変化、国際的規範の変化、国際・地域レジームの形成などを通 じて紛争を一定の枠の中に封じ込めて行くことが期待できよう。

 第8章 不確定性の台湾海峡と日本(東京大学若林正丈委員):台湾が中国の管理下に入るというバランスを回避するために、日本はアメリカの対中抑止力が有効であり続けるように努力する必要がある。また、中台間に秩序(中華国家連合)ができ、中米関係が著しく改善すると、日米同盟不要論が台頭するので、日本は存在感を高める努力が必要である。

 第9章 朝鮮統一と安全保障環境の展望(常葉学園富士短期大学倉田秀也委員):
朝鮮半島統一後も、米中両国が大きな発言力を持ち、日露両国がこれを支援するという形が最も可能性が高い。統一後の米軍駐留は、米中関係の問題であり、米中の合意が望ましい。

 第10章 アジア太平洋地域における安全保障システムの将来(桜美林大学加藤朗委員):米国の力は今後一層群を抜く。望ましい安全保障システムは、日米同盟の二国間協調システムである。どのような安全保障システムでも、有効に機能するためには協調主義が必要である。

 第11章 アジアの環境問題の特異性と展望(明治大学戸崎肇委員):アジア諸国の環境問題に対する内面 的インセンティブを醸成するためには、炭素税などの市場原理の導入、環境政策と経済政策の連動が重要であろう。

(文責 委員会事務局 石田靖彦)