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2005年 3号
Opinion
環境の世紀における国際共生のための産業技術
−京都メカニズムとCO2地中隔離−

NEDO技術参与・東洋大学教授

久留島 守広


はじめに

 20世紀が「地球資源の消費による発展の時代」とすれば、21世紀は、「地球環境の制約下での成長の時代」として、環境問題への人知の集約が不可避な時代だといえる。 環境の世紀を迎え、地球環境問題をはじめとする環境問題への対応が社会の最重要課題となっている。

 地球環境問題への関心の高まりは、何と言っても地球温暖化問題の深刻化である。本問題は、各国首脳マターとしていまや国際社会の中心的課題として2005年7月に開催される主要先進国首脳会議・サミットの首題ともなった。

 国際社会は、二酸化炭素(CO2)に代表される温室効果ガスの排出削減を国際的に取組むべく、1997年気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3)が京都で開催され、先進各国は温室効果ガスの大幅削減(1990年比2010年平均目標:日本は−6%、EUは−8%、米は−7%他)を約束した。

 本件は、広く言われている将来の海面上昇のみでなく@異常気象の多発など「将来の危機ではなく今そこにある危機」であり、A2005年2月にはロシアの批准により京都議定書が発効の運びとなり国際的な義務とされ、さらにB各国政府・企業は「新たなグローバル・スタンダード」として戦略的に活用しようとする姿勢がうかがえることなどから、わが国として産官学の総力を結集した対応が必要であろう。
 
 また、アジアをはじめとする発展途上国が、経済成長・人口増に伴ってCO2排出量が急増する中で、国際社会全体の排出量削減へ向けた取組みと、わが国が国際公約を達成するための手法として「京都メカニズム」の重要性が高まってきている。(図1及び図2参照)

 さらに、社会・産業活動の新しい基盤としての「CO2地中隔離」の果たす役割への期待が寄せられている。こうした状況の下、私達が子孫により良い地球環境を残すために何をなすべきか、また単なる夢の技術でなく産業技術として、いかに取組むべきであるかが今求められている。



1.京都メカニズムに向けた活動

 京都メカニズムの背景・制度等については多くの解説もあり、ここでは、わが国における最初の京都メカニズム・プロジェクトとなったカザフスタンにおける省エネルギー・モデル事業の概要につき、事例研究として紹介する。

 わが国のエネルギー関連技術開発・導入促進の中核機関たる新エネルギー・産業技術総合開発機構(略称:NEDO)は、わが国産業界の有する省エネルギー技術などの導入によって、温室効果ガスの削減及び相手国の経済開発に資する施設・設備の建設・運転をモデルプロジェクトとして当該国との協議・協調の下実施してきている。

 この制度を適応すべく、カザフスタン政府と、同国西部のウラルスク熱電併給所において、現状の低効率の蒸気タービンコジェネ設備に対し、ガスタービン排熱回収技術による高効率のコジェネシステムを導入し、熱電併給所の効率改善を図るプロジェクトを京都メカニズム(共同実施)として行うことで合意し、2002年6月同国と排出権移転契約を含んだモデル事業のMOU(契約)を締結した。同契約では、CO2排出権は同モデル事業の副産物としてNEDOに全量移転されることとなり、副次的効果としての年間62,000トンCO2の排出枠がわが国にもたらせるようになった。

その概要は、下記のとおりで、その概念を図3に示す。

  @ プロジェクト期間: FY2002〜FY2005
  A 契約当事者  
 
日本側: NEDO カザフ側: エネルギー鉱物資源省
天然資源環境保護省
西カザフスタン州政府
  B 実施サイト: ウラルスク熱電併給所
  C 企業形態: 西カザフスタン州政府所有



2.技術移転のツールとビジネスチャンス

 経済産業省は2004年度より、主として図4(本図は、同省によるものではなく筆者の主観により作成。)の様な新たな施策を実施し、本年度より産業界への補助金の割合を従来の事業費の1/4から1/2へ引上げた。これらのことから、京都メカニズムに対する産業界としての取組みが本格化し、ロシアの批准による京都議定書の発効により、まさに本年2005年は京都メカニズム元年となることが期待される。

 前述のように、京都メカニズムと呼ばれる共同実施などのプロジェクトは、単にわが国が国際公約を達成するための手法として排出枠をもたらすもののみならず、国際共生のための主要な手法とも成り得る。今後のCO2排出量の主な増加は、アジアをはじめとする発展途上国の経済成長・人口増に伴うものである。このような状況において、表1に示す様にわが国の卓越したエネルギー技術をこれらの国々に移転する事により、国際社会全体の急増する排出量削減へ向けた取組みが可能となり、その試算を図5に示す。

 また、これら京都メカニズムの下での事業は、当該国へのエネルギー・環境技術移転を促進するとともに、わが国の産業界の技術・知見を生かし得るもので、新産業としてビジネスチャンスを提供することになる。まさに、ウィンウイン・ゲームとして、真の国際共生を可能とするものと期待される。

 例えば、上記のカザフスタンの事例では、カザフスタン政府・産業界は、最新鋭の熱電供給設備と関連技術を取得し、わが国産業界はプラントの輸出へと繋がり、わが国政府としても年間6万トンを超えるCO2排出枠が確保し、三方の利益と成り得た。

 さらに、京都メカニズムのより一層の促進のためには、経済産業省をはじめとする政府、NEDOなどの政府機関は、次の様な産業界への支援策の拡充が望まれる。本制度の取組みを容易にする先行的な枠組み(アンブレラ協定など)を当該国との間で整備、先導的な経験をデータ・ベースとして提供等とともに、実施国の京都メカニズムへの理解とキャパシテイ・ビルデングへ向けた活動、金融面での制度の拡充、プロジェクト・コーデネーターの育成などの努力を引続き行っていくべきである。

 また、国内の関連する機関・大学などとの協力・連携はもとより、WB世銀・EBRD欧州開銀・UNIDO国連工業開発機構など国際機関とのアライアンス実施のための協議を進めるべきであろう。



3.新しい技術によるチャレンジ、CO2地中隔離

 温室効果ガス削減へ向けて、@省エネルギー、A新エネルギー及びB原子力・天然ガスへの燃料転換について、導入促進への努力が国内外で行われている。

 しかしながら、前述の様に発展途上国では引続き増大するエネルギー需要を化石燃料に依存すること等から、世界のエネルギー供給の見通し(OECD/IEA「World Energy Outlook 2002 Edition」)では、2020年でも再生可能エネルギーの割合は10.0%(廃棄物発電等を含み水力を除く)と限られている(2000年実績では同11.5%)。この見通しでは、現在(2000年実績で、石炭・石油・ガス等で79.5%)及び将来(2020年見通し同83.5%)とも大部分は化石燃料に依存するとされている。

 このような状況において、「地中隔離技術」が21世紀の地球環境技術戦略の要として注目を浴びており、海外においてはノルウェー北海油田(洋上で天然ガスからCO2分離・海底下注入)及びカナダ油田(米国石炭ガス化プラントからCO2を回収し、パイプライン輸送の上油田増産に利用)等で既に事業化がなされている。このため、C化石燃料からのCO2の回収・利用をわが国はもとより、発展途上国も含めた世界における短・中期的な対応の柱とすることが不可避であろう。

 ここでは、メジャーなエネルギー供給源への対応と地球全体を活用するものとして「地球エコシステム」と仮称してみたい。

4.地球エコシステム事業化への展望

 これらの社会への導入において、その前提となる地中隔離の対象フィールドについて、NEDOにおけるわが国の調査結果から、貯留能力の高い帯水層が日本海側北部沿岸及び太平洋沿岸全域に存在することが確認されている。

 この構造性帯水層が確認された地域は、陸域16カ所、海域13カ所の計29カ所におよび、その隔離能力は約15億トンと見込まれる。

 表2に示すように、国内の大規模発生源の集計、及びこれらに上記システムを適応した場合の試算によると、我が国のCO2排出量の内、1990年を基準とした削減目標6%の約2割、年間15百万トン(全体の約1.2%)をこのフィールドに地中隔離すると仮定して、約100年分に当たる。

 これら大規模発生源の大部分は、上記構造性帯水層が確認された地域から数百kmの範囲にある。このため、次の課題の克服を前提として、わが国の社会システムとして今後の導入の可能性が高く、そのための技術開発の体制・事業化に際しての費用負担のあり方など、その社会的コストとともに推進方策を今後示していくこととする。

@社会的受容性・法的整合性の確保

 CO2の地中への注入については、前述のとおり海外では既に実用化されているものの、科学的・技術的な知見をさらに集積し、環境影響評価やリスク評価を積重ねるとともに、より簡便で有効なモニタリング技術を確立することが重要である。

 現在、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)において、分離・隔離技術に関する特別報告書の作成作業が進められている。この中では個々の技術の現状を整理するだけでなく、リスク評価や環境影響評価等の社会的合意形成を図る上で欠かせない項目についても議論される予定である。

A経済性の確保

 隔離技術についてのコスト試算は国内外で実施されているが、当機構の調査資料によると、分離・回収から隔離に至るまでのトータルコストは、地中貯留(LNG複合発電から化学吸収法によりCO2を分離回収した後、パイプラインで100km輸送後、帯水層に隔離した場合)では、約6,800円/トンCO2と試算されている。特に、トータルコストのうち約60〜70%程度を占めるのが分離コストであり、また、その所要エネルギー(エネルギー・ペナルティ)も、同じく多くの部分が分離のプロセスで発生する。(現在実用化されている化学法は、約25%)新しいCO2分離・回収技術(脱炭技術)によって、このエネルギー・ペナルティの低減が可能とされ、今後の技術開発によりシステムが確立され、前述ような導入への社会制度が整備されたならば、省エネルギー、新エネルギー、燃料転換・原子力などに次ぐ社会システムとして、導入可能な産業技術たるいわば第四の路が拓ける事となる。

 これら技術を組合せ、今世紀央までは新エネルギーの導入促進とともに、バイオマスのみならず既存の火力発電所も活用しつつ、図6に示すような「エコ・コンビナート(仮称)」の実現を目指したい。このことはまさに環境の世紀を支えるキー・テクノロジー「地球エコ・システム」の社会への導入となりえるものである。



おわりに

 筆者は、東芝/東京農工大/日建設計の三者とともにNEDOの資金を活用し主として次の研究に取組んでいる。

@CO2分離・回収技術(脱炭技術)

 CO2分離・回収のためにはエネルギーが必要であり(エネルギー・ペナルティ)そのためのコストも発生する。これらを極小化し、社会システムとしての導入を可能とすべく「セラミック粒子を活用した物理的吸着法」の研究を実施。

ACO2を活用する植物工場「地球環境工場」

 CO2有効利用のため野菜生産の成長促進に利用し、太陽光の集約的利用を可能とする「光ダクト」を活用した温室等の農業施設において、CO2リサイクルに関する研究を実施。

 各々まだ基盤研究のレベルに留まっているが、その手法は、(@)小型装置による反応特性基礎試験とともに、(A)基礎試験データに基づく実規模設備の性能予測法の確立を行い、これらデータから実用プラントの性能を予測する手法を確立し、これらに基づき、設備の概念設計や評価を行うもの。

 これまでの結果では、上記@に関し、短時間(約1〜2分)で所要の吸収がなされる目処が得られ、今後、これらの結果を基に、実験プラントの概念設計へ向けたシミュレーション、実用化へ向けたエネルギー及びコスト試算等を行う。

 また、Aに関し、栽培対象を数品目に限定して、その栽培品目による、高効率光ダクトシステムの適用方法及びCO2濃度の差異による植物成長促進効果の検証など、小規模温室・チャンバーを利用し計測を行い、現在まで、レタスなどの葉野菜においては、CO2濃度を高めると収穫量が大幅に増大するなど顕著な差異が確認され、本システムの有効性が実証された。

 今後は、この構想を展開したCO2利用植物工場団地(エココンビナート)の実現性について、関連する法制度・社会的受容性の検討などを行いその構想を具体化し、さらに、前述のCO2分離・回収技術(脱炭技術)と地中隔離等と組み合わせることにより、地球エコシステムとしての実用性を有することを検証する。これらの努力により、前述の京都メカニズムとともに、地球環境への産業技術による対応のため全力を傾注する所存であり、関係各位のご意見・ご助言を頂ければ幸いである。