ニュースレター
メニューに戻る


2007年 4号
Opinion
気候安定化を目指す温暖化防止の長期的将来枠組みについて

慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科

教授 石谷 久


 来年のサミットを控え温暖化防止枠組みへの日本からの新たな提案として、2050年の全世界のCO2排出量を半減するという目標が提示された。その現実性はともかく、 この問題解決に積極的な欧州諸国からも、将来の目標と日本の覚悟を示すものとして評価されたようである。ここで 重要なのは"世界全体の総枠として削減する"という点だ。京都の枠組みは一部先進国に限定された削減義務から始まり、その後も不平等な削減義務を前提とした削減強化が議論されてきたが、その最大の課題をクリアーする重要な提案と言える。その実現は大変な挑戦だが、自国の利害が優先される国際交渉の場で、今後、"世界全体"という前提が消えて目標期限と目標数値、50%削減が日本など既に削減義務を負っている地域のみにのしかかることがないよう十分注意する必要がある。そして上記の原則に対する正しい理解と同意が得られるよう、政府には最大限の努力をお願いしたい。そのためには気候変動の影響と世界全体の削減の必要性、これに対処する多様なオプションとその課題、不確定性等に関する論理的且つ明確な説明が不可欠である。その移行過程にはCDMの排出権をどうみるかといった卑近な問題も多い。 

 こうしたドラスティックな削減目標は、持続的気候システム達成に必要な許容排出量から逆算してそれに至る道を探るという発想に由来する。単純に半減といっても途上国の経済成長と人口増を考えればBAUの1/4以下とも言われ、時期と数値が妥当かどうか、またそのためのコストをはじめとする各種課題、さらにはその様な目標の実現性を踏まえた議論も必要である。このような抜本的な削減は現存の技術、システムでは達成不可能なことは明らかなので、可能なオプションと道筋を明示することも必要である。最近は後ろを押さえて前倒しにそこに至る道を探るバックキャスティングがはやっているが、これは筆者の学生時代にDPとか最適性の原理といってもてはやされた懐かしいものである。最終的な安定化状態の条件、即ち許容排出量とその削減コスト、さらに温暖化影響とその損失コストなどを反映した実行可能な最適点及びその達成目標時点をいつとみるかは、最終的平衡解ばかりでなく現時点のオプション選択、政策決定にも大きな影響を与える。  

 当面は省エネを推進、それもまずは国別の不平等キャップに影響されないセクターアプローチでトップランナー技術の普及促進をはかることだ。そうすれば、すみやか且つ実効的なCO2削減が期待出来る。現実には知財の保護など問題も多いが、少なくとも同一業種間の優良技術の移転は速攻であることは間違いない。将来時点の抜本的削減がいかなるオプションとなるにしても、これは現時点で可能、且つもっとも効率的手段なので、無条件で進むべき方向である。ただ、前述のようにBAUの1/4程度にまでCO2排出を削減するということは、その原単位を現在の1/4まで下げることを意味する。つまりトップランナー技術普及にも当然、達成可能な限界があるわけで、最終的半減目標は革新的な技術の研究開発とその実現普及が不可欠である。しかも従来の経済性では推進できないオプション選択も強いられるから、現時点の経済枠組みを超えた地球全体の総量キャップが不可避と考えられる。

 その場合、各国への割り振りが大きな課題となり、実現性は別としても限られた排出権総枠を自由財と考えて市場原理で購入するか、人間固有の権利として人口割りで配分するかは両極端の見方であろう。後者の場合も、現実の所得・エネルギー消費格差を考えれば経済的弾力性、即ち排出権取引により、これらの不均衡を経済的手段によって許容、併せて経済格差を緩和することが不可避である。いずれにしても、経済的手段によるその時点における各種技術、システムの経済的最適化、即ちトップランナー技術の普及は必須である。その意味では、現時点で可能な手段は前述のセクターアプローチであり、これは長期的にも最終的な経済手段として通用する。他方、どのような原則に従うにしても各国の利害は相反するので、面倒な議論をとばしてセクターアプローチのような最終的手段を直接実現する政策も現実的であろうが、やはり基本的な原則の確立は重要である。

 世界平均の4倍を排出する米国の実状を考慮した移行過程など現実的手段も必要だが、途上国の理解が得られる社会的に公平な方向を探ることも必要だ。本来あるべき枠組みの姿を論理的に検討し、各地域、各国の利害得失を明らかにした上で、現実的な手段を探索することが、いま求められている。