平成30年度 排出クレジットに関する会計・税務論点等 調査研究報告会要約


■ まえがき ■

 2015年11月~12月にパリで行われたCOP21/CMP11において、2020年以降の新たな気候変動に係る国際枠組みを規定するパリ協定が採択された。パリ協定は京都議定書と異なり、全ての国が参加する画期的なものであり、市場メカニズムの活用やイノベーションの重要性も位置付けられた。2018年12月に開催されたCOP24 では、パリ協定実施規則の策定に向けて各国間での交渉が行われ、パリ協定の実施指針が採択された。この結果、市場メカニズムなど一部の論点については先送りとなったが、全ての国の参加を前提としつつ、途上国に柔軟性を持たせ、各国が国別約束(NDC)に係る情報を提供し、相互に確認し、行動を引き上げていく仕組みができあがった。今後は本指針に沿って、各国政府は、脱炭素の加速のため行動を強化することが期待されている。
 当研究所では、過年度から京都メカニズムの会計・税務問題について調査研究を進め、国内排出クレジットに関する会計・税務問題についても幅広い調査研究を実施してきた。そこで今年度は、2020年までに提出予定の「日本の長期戦略」を見据えてこれまでに蓄積してきた知見をベースに、会計・税務の観点を踏まえて、引き続き、気候変動に関する諸問題についての最新動向等について調査研究を行い、産業界、さらにはわが国としての気候変動対策の推進に資することを本委員会の趣旨とする。


■ 名 簿 ■

委員長: 黒川 行治 千葉商科大学 大学院会計ファイナンス研究科教授
慶應義塾大学教授 名誉教授 
委 員: 伊藤  眞 公認会計士
委 員: 大串 卓矢 株式会社スマートエナジー 代表取締役社長
委 員: 髙城 慎一 八重洲監査法人 社員 公認会計士
委 員: 髙村ゆかり 東京大学 国際高等研究所教授
委 員: 武川 丈士 森・濱田松本法律事務所 パートナー 弁護士
委 員: 村井 秀樹 日本大学 商学部・大学院教授
(五十音順・敬称略)
(平成31年3月現在)
事務局  
     蔵元  進 一般財団法人 地球産業文化研究所 専務理事
     前川 伸也 一般財団法人 地球産業文化研究所 地球環境対策部長 主席研究員
     関野 雅史 一般財団法人 地球産業文化研究所 地球環境対策部 主席研究員
(平成31年3月現在)


■ 第1章 開題 ■

平成30年度 排出クレジットに関する会計・税務論点等調査研究委員会

                      「開題-事業報告を通じた経営者の意識改革」

委員長 黒川行治


 今年度,本調査研究委員会は 2018年12月27日と2019年3月8日に開催された。開催回数が少ないとはいえ,例年の継続議題を中心に充実した報告と活発な討議が展開され,参加者の情報共有とそれぞれの任務を遂行する上でのアイデア・気付きの場としての本調査研究委員会の使命は十分に達せられたと思う。
 東京大学の高村委員による「COP24の結果と今後の見通し」,日本経済団体連合会の谷川オブザーバーによる「持続可能な開発目標(SDGs)に関する経団連の取り組み状況」,経済産業省の出雲氏と田村氏による「政策形成と連動した低炭素技術の普及-ビジネス主導の国際展開及び適応ビジネスの推進について-」,三菱UFJモルガンスタンレー証券の吉高オブザーバーによる「ESG投資のリスクと機会」,そして東京都の中西オブザーバーからは「「東京都キャップ&トレードの最新状況」について」のご報告をいただいた。報告および資料作成の労を取っていただいた皆様に,心から感謝申し上げたいと思う。
 さて,本年度の各報告の内容から推察すると,地球温暖化問題への対処が社会の構成員である民間(プライベート・セクター) 主導にますます移行していると総括できるのではないかと思われる。本調査研究委員会はそもそも政府および企業を想定した地球温暖化対策,とりわけ排出クレジット取引を中心とした温室効果ガス削減政策が議論の中心課題であったことから,民間セクターでの主役は企業であり,企業の行動に着目してきた。経団連は加盟する大企業に対し,ますますSDGsに注目するよう求め,機関投資家はESG投資を推奨してSDGsを如何に行動目標に取り入れているかの観点から投資先企業の評価・選別を進めている。東京都の第2期のキャップ&トレード制度も順調に成果を上げ,大規模事業所の温暖化・省エネルギー対策が進んでいる。そして,経済産業省も政府主導から民間ビジネス主導でのわが国の低炭素技術の国際展開・普及を推進している。
 このような経済社会のSDGsへの対処の意義については昨年度の「開題」で記述したので重複を避け,本年度の開題では,私の専門分野の一つである企業の情報公開に関連して,制度上はパブリック・セクターに属するものではあるが,公的サービスの効率的提供を目的とした組織であるわが国の「独立行政法人」の事業報告書に関し,抜本的な改革を図った「事業報告ガイドライン」が政府から公表されたので,その設定に携わる機会を得た筆者の私見を以下に述べようと思う。後述するが,この事業報告ガイドライン改革には,現在,民間企業で進んでいる「統合報告書」の普及に役立つように,また,民間企業の事業報告書作成上の参考になるようにという密かな意図もあったからである。
 なお,以下の記述は,2019年2 月1日に開催された総務省・日本公認会計士協会共催『独立行政法人シンポジウム-未来を切り開くトップマネジメント-』での黒川の基調講演「財務報告に関する基本的な指針に基づく事業報告ガイドライン設定の意義」の配布資料を抜粋・加筆・修正したものである。

[財務報告に関する基本的な指針に基づく事業報告ガイドライン設定の意義]

1.目次

  基調講演の内容は2部構成で,以下がその目次である。

 Ⅰ 事業報告ガイドライン

   1.事業報告ガイドラインの趣旨,経緯
   2.事業報告ガイドラインの意義
   3.独立行政法人の特性を踏まえて作成
   4.事業報告書の利用者,情報ニーズおよび提供すべき情報
   5.提供すべき情報の標準様式
   6.事業報告書の表示の方法
   7.財務諸表の体系

Ⅱ.マネジメントへの期待

   1.業績とは何かについて再認識
   2.組織の価値の創造とは何か
   3.会計責任の機能を再確認
   4.開示原則と統合思考
   5.それぞれの部署の連携,組織の構造の再把握と情報管理の向上
   6.イノベーションによる提供するサービス・製品の質の改善・創造

2.事業報告ガイドラインの概要

(2-1)事業報告ガイドラインの趣旨,経緯

 今回の改革により独立行政法人は,平成31事業年度以降「法人の長のリーダーシップに基づき,独立行政法人の業務運営の状況の全体像を簡潔に説明する事業報告書」を作成することになる。そもそも今回の改革の端緒は,平成25年度閣議決定で,①法人の業務運営や財務状況等の透明性を向上させるため,国民に分かりやすい形での情報公開の充実,すなわち「見える化」を推進することと,②法人における管理会計の活用等によって自律的マネジメントの実現を図ることにあった。そこで,総務省「独立行政法人評価制度委員会会計基準等部会」と財務省「財政制度等審議会財政制度分科会法制・公会計部会」の共同ワーキング・チーム(WG)が結成され,WGは平成27年11月から検討を始め,その成果である事業報告ガイドラインが,平成29年8月および9月に両部会で了承された。

 WGでは検討の初期段階から,「概念フレームワーク」アプローチを採用し,代表的な情報利用者,情報ニーズ,財務報告で提供すべき情報を演繹的に導出している。


(2-2)代表的な情報利用者と情報ニーズ

① サービス受益者(サービスを直接的に受益する者,サービスによってもたらされる効果を間接的に受益する者)
公共性の高いサービスが持続的に提供されるか,適正な業務運営に基づく対価が設定されているか,もしくは引き続きサービスの提供を受けるべきかの判断に活用

② 資金提供者(納税者,債権者,予算・決算のプロセスに携わる者(国会,主務大臣,関係府省等))
将来的な国民負担が増えないか,独立行政法人の業務運営が効果的かつ効率的に行われているか,もしくは意図した通りに支出されているかの判断に活用

③ 外部評価・監督者(主務大臣,国会,独立行政法人評価制度委員会,会計検査院)
独立行政法人の目標策定や評価等に活用,インセンティブを与える仕組みに基づく独立行政法人の経営努力や重要な財産の処分にあたっての判断に活用

④ 法人内部利用者(法人の長,理事,監事,職員)
業務運営に関する意思決定に活用,勤務先の実態を把握し,業務の改善に活用


(2-3)財務報告で提供すべき情報

上記の情報利用者と情報ニーズに対処するための財務報告で提供すべき情報を列挙する。
① 公共性の高いサービスが持続的に提供されるかの判断に資する情報
法人の長の理念等,持続的に適正なサービスを提供するための源泉,業務運営上の課題・リスク及びその対応策

② 業績の適正な評価に資する情報
業績の適正な評価の前提情報,業務の成果と使用した資源との対比,予算と決算との対比

③ 財政状態及び運営状況の適切な把握に資する
情報財務諸表,財政状態及び運営状況の法人の長による説明情報,内部統制の整備・運用に関する情報


(2-4)中期目標管理法人を想定した標準的様式

独立行政法人は,その業務の性質・特徴により,中期目標管理法人,国立研究開発法人及び行政執行法人に分類されているが,中期目標管理法人を想定した標準的様式を示し,国立研究開発法人と行政執行法人については適宜修正することにしている。以下が標準的様式で求められる「ストーリー性を踏まえた共通して提供すべき情報」の一覧である。
・法人の長によるメッセージ

・法人の目的,業務内容

・政策体系における法人の位置付け及び役割(ミッション)

・中期目標

・法人の長の理念や運営上の方針・戦略等

・中期計画及び年度計画

・持続的に適正なサービスを提供するための源泉

・業務運営上の課題・リスク及びその対応策

・業績の適正な評価の前提情報

・業務の成果と使用した資源との対比

・予算と決算との対比

・財務諸表

・財政状態及び運営状況の法人の長による説明情報

・内部統制の運用に関する情報

・法人の基本情報


3.マネジメントへの期待

(3-1)業績とは何かについて再認識

 統合報告と概念フレームワークを意識して演繹的に事業報告ガイドラインを導出しており,経営陣は事業報告書でストーリー性を踏まえて提供すべき情報を作成していくと,自己の独立行政法人としての組織の価値はいったい何であるのか,組織の存続要件は何であるのかを再認識せざるを得ないことになる。

 また,統合報告は単に財務情報と非財務情報を統合して報告するというものではなく,統合思考(理念)的背景がある。統合思考では,「人間社会の構成要素の一つとして組織・企業(社会企業)」を想定していることから,組織活動(事業活動)の財務資源(資本)やサービス・製品の製造資源への影響のみならず、組織内部の人的資源、知的資源、外部の社会・関係資源、自然(環境)資源などへの正・負の影響(アウトカム)を認識し、それらのアウトカムの総体が業績であると把握する。財務業績とくに株主・投資家に対する利益の追求のみをもって企業の業績と定義することは最早ないのである。とくに,パブリック・セクターの独立行政法人の場合,効率的なサービス提供を国民から要求されても,利益最大化原則による組織行動を期待されていないので,プライベート・セクターの営利企業に比べて,一層,社会的課題や環境問題に関する対処や影響を,組織の業績と認識する度合いは大きくなる。

 また,経営陣は,KPI(Key Performance Indicators 主要業績指標)を設定し,組織活動に伴う資源の利用や資源に対する影響を定量的に把握し,開示することが求められる。KPIの典型的な例として,①人的資源に関して,ダイバーシティー,平均研修日数・能力開発,働きがいなど,②知的資源に関して,特許数,ブランド力など,③社会・関係資源に関して,国民や利用者の満足度など,④自然資源に関して,CO2排出量,エネルギー消費量などが考えられる。


(3-2)組織の価値の創造とは何か

 価値は国民その他のステークホルダーのために創られるのが前提である。前述したように,独立行政法人の場合,損益計算書や行政コスト計算書で測定する財務資源への影響は重要であるが,それだけでは十分ではない。社会企業を想定すると,営利企業であっても同様なのである。ではいったい,組織の価値の創造とは何であるのか。

価値は,経営戦略に従い組織の保有する有形資源と無形資源及び公共・共有資源を使用することから生じる。それらの資源に対する正・負の影響(アウトカム)の総体が業績であるから,組織は,負の外部性と自然環境の破壊を伴わないという制約のもとで事業活動をしなければならない。そして,イノベーションこそが価値創造の中心にある。


(3-3)会計責任の機能を再確認

 英語では会計はaccounting,account for(説明する)やaccountability(会計責任・説明責任)は同義語である。理事長などの経営陣は,組織の運用を行うことが役割・業務と認識しているが,会計理論からすれば,説明をすることも理事長など経営陣の役割・業務である。説明を行うことによって,ようやく資源の経営を任された受託責任が解除されるのである。 したがって,理事長は自らの言葉で組織価値の構成要素および価値の創造プロセスを説明することが求められる。理事長など経営陣は,組織の経営・戦略を明確にし説明することが求められるのである。例えば,長期的な目標の作成,事業環境の変化の認識と組織の強み弱み,長期的目標への道筋の認識,目標達成に向けた戦略および戦術(工程表)の作成などが例示できる。


(3-4)開示原則と統合思考

 事業報告書は厚いものになりがちであるが,多すぎる情報は重要な情報と非重要な情報との識別を曖昧にし,評価者が組織を評価する上で重要な情報を看過することに繋がる。そこで,事業報告ガイドラインでは,「組織が価値を創造する能力にとって重要であるかどうか」という観点から開示項目を選択することで,コンパクトな事業報告書の作成が求められる。多様な資源を活用して組織が価値を創造する様子を全体として捉える「統合思考」に力点が置かれ,組織がいかに短期・中期・長期の価値を創造・持続させるかを理事長など経営陣の視点から示すことで,情報利用者との双方向コミュニケーションを行う手段として機能するものなのである。


(3-5)それぞれの部署の連携、組織の構造の再把握と情報管理の向上

 事業報告書を作成する上で,組織価値の創造についてそれぞれの部署がどのように関わっているのかを認識し,情報を共有するのが前提となる。理事長など経営陣は,それぞれの部署(経理部,CSR/環境部,各現場等)に偏在している情報を整理・管理にする過程で,組織の価値を創出するためにそれぞれの部署がどのように連携しているのかを再認識できるであろう。

 情報過多の整理,何が本当に重要な情報なのかを認識するので,組織管理と情報作成の有効性と効率性が向上するという具体的なメリットもある。ただし,CSR報告書やサスティナビリティ報告書などでこれまで開示されてきた情報が減少する,あるいは公開されなくなるという危惧があり,それらの危惧に留意し,参照の付記とホームページの活用が推奨される。このようにして,全体情報と詳細情報の関連性が維持されることになろう。


(3-6)イノベーションによる提供するサービス・製品の質の改善・創造

 理事長などの経営陣は,組織内の人的資源や知的資源,外部の社会・関係資源を把握することで,それらを活用し,提供するサービス・製品の質を改善し,また,新しいサービス・製品の創造を促すことができる。独立行政法人の場合,理事長などの経営陣は,提供するサービス・製品の質の改善や新しいサービス・製品の開発について主務省庁の担当者と話し合い,事業計画に加え戦略的決定に,より積極的に関与することで,独立行政法人に求められた組織の自律性が高まるのである。


4.おわりに

 プライベート・セクターの営利企業についても社会企業になること,すなわち財務的業績に加え,社会的課題の改善及び自然環境の保全に貢献することが人間社会において求められている。統合思考に基づく事業報告書の作成は,経営者の目標が財務的業績(利益)最大化から社会的貢献最大化へと移行し,事業活動(企業)の存在意義に関する経営者の意識改革に有効であろう。


■ 第2章 国内政策 ■



■ 第3章 国際枠組み ■

 
・3-1  COP24の結果と今後の見通し(高村委員)


■ 第4章 ESG投資 ■

 
・4-1 ESG投資のリスクと機会(三菱UFJモルガン・スタンレー証券)


■ 第5章 国内動向・地方自治体 ■

 
 







▲先頭へ