2024年1号

知の進化により日本に新しい風を起こそう



 1.世界秩序の再建

 最近の世界情勢をみると、東西冷戦終結後一時高まったグローバリゼイションへの期待が薄れ、主要国が政治、経済、技術、軍事などの面で自己主張を強めている。その結果、世界は、対立と抗争の構図を深めているように見える。
  2022年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻は長期化の様相を呈し、NATOとロシアの構造的対立を深めている。2023年10月にはハマスの攻撃を契機にイスラエル軍がガザ地区に侵攻し、一時休戦の動きがあったものの、戦闘再開後はむしろ深刻な戦闘が繰り広げられている。2018年頃から始まった米国と中国の貿易戦争とそれに絡む覇権争いは、11月に開催されたAPEC首脳会議を契機に沈静化の兆しが見えてきたが、グローバリズム体制の再建には未だ展望が開けない。
  2024年には、1月の台湾の総統選挙をはじめ、ロシア、米国などの主要国で大統領など首脳の選挙が予定されている。その選挙結果いかんによっては、新たな政治対立の火種が高まる恐れなしとしない。グローバリズム再建に日本の貢献が期待されるが、国内政局の不安からいつ総選挙が起こるかもしれない。
 1996年ハンチントン教授は、「文明の衝突」論を発表し、文明を基礎に、世界の対立構造を予言したが、21世紀の国際政治は、「文明の衝突」を超えて、法と正義を確立し、人類の共通の願いである平和と協調による国際社会の実現に合意できないものであろうか。2023年5月広島で開催されたサミットで岸田首相が提起した核廃絶の動きも残念ながら国際世論として結実するにはまだまだ時間を要するであろう。
  2024年の世界の経済は、どのような展開を見せるであろうか。保護主義が見え隠れする米国が自由貿易に回帰し、主導的な地位を占めることが可能であろうか。中国は、建国百年(2049年)に世界第一の経済を目指すというが、果たしてそれを可能にする国内条件が整うであろうか。インドなどを基軸とするグローバル・サウスといわれる国々は、世界でどのような地位を占め、世界に貢献するのであろうか。そして、日本は、イノベーション力を再生し、国際経済社会の進化に貢献することができるであろうか。
  過去の歴史をみると、永遠に繁栄し続けた国はない。「ローマの歴史」の著者モンタネッリによれば「魚は頭から腐る」という。政治、経済、社会の運営にとって、知の創成は、21世紀の人類の最大の課題である。

 2.イノベーションの新展開

 イノベーションとは効用の限界を突破する試みである。20世紀初頭、シュンペータ教授は、イノベーションを「経済活動の中で資源、労働力などの生産手段を今までと異なる方法で新結合すること」と定義した。20世紀の世界経済は、設備の大型化、近代化による「規模の利益」の実現によって、高度の経済成長を実現した。これは、「人」と「機械」の組み合わせの革新を意味する。
 20世紀後半から、米国を中心に、情報関連技術が目覚ましい発展を遂げ、経済は、新しい成長段階に入る。その基礎をなすものは、半導体であり、情報処理及び伝達の技術であった。「半導体を制する者は産業を制す」とまで言われるほどその機能は重要である。
 日本は、1980年代半ばまでは半導体生産で世界をリードする立場にあったが、1990年代後半から21世紀にかけて世界の情報化の波に乗り後れ、米国、中国、EUなどの後塵を拝することになってしまった。
 先進諸外国では、情報関連技術を背景に、無人工場、無人店舗、電気自動車、自動走行車などが急速に普及し始めた。さらにドローン、宇宙開発など先端技術が広範囲に展開されている。そして2023年に入ると、人工知能(AI)が急速に普及し始めた。AIなどの革新的なIT技術の活用を通じて、情報を整理、結合、活用して新しい知的価値を創造することになる。
 過去のイノベーションは、「人間」対「機械」の構図であったが、AIが過去のイノベーションと異なる点は、それが「人間的」であることである。利用範囲が大きく広がる可能性が高い。そして、AIの進歩は、人間が人間的であることを阻害するか、人間が人間的であることの本質はどこにあるか、人間がAIと共存するときに、いかなる知性、感性、創造性が求められるかなどが問われることになる。技術革新は、今や人間機能と密接な関連をもつことになる。

 3.日本力を再興し、新しい風を起こそう

 1970年代から80年代にかけて「20世紀の奇跡」とまで言われた高度成長を実現した日本経済は、1997年には世界にGDPの17.9%を占めるに至った。しかし、その結果招いたいわゆる「バブル経済」が崩壊し、平成の30年間に長い不況に陥った。日本経済の規模は、2022年には世界全体の5.2%にまで低下した。2024年には、ドイツに抜かれ、さらに2025年にはインドにも抜かれるかもしれないとの予想すらある。
 日本の人口は、2008年の128百万人をピークに減少過程に入り、2055年には1億人を割ると見込まれる。日本が、国際貢献を果たそうと思うならば、たとえ人口が減少するとしても、創発力を高め、知的貢献力を充実しなければならない。
 1962年ソ連との対立のなか、凶弾に倒れたJ.F.ケネデイ大統領は、予定していた幻の演説のなかで「A nation can be no stronger abroad than she is at home」と述べている。それには、米国が世界で貢献するには、国内の力が強くなければならないという彼の強い意志が込められている。
 21世紀には、世界は、対立と抗争に陥る可能性がある。それを乗り越え、地球社会の安定を求めるとすれば、世界に秩序と信頼と合意を取り戻さなければならない。そのリード役を日本が果たそうと思うならば、日本の構想力と革新力、発信力と説得力を高めなければならない。
 日本社会は、歴史的には、自助、共助の精神に富み、モノづくり技術を磨き、内外の知を尊重し、自然との共生の価値観を大切にする伝統があった。それを活かしつつ、社会人基礎力を高めるとともに、高等教育を充実する必要がある。企業経営においても、男性、女性を通じて能力の充実と発揮の機会を高めつつ、優秀な外国人材を取り入れるなど、企業経営の在り方を創発力拡充に向けて根本から改革しなければならない。
 2024年には日本に知の創造と循環のメカニズムを強化し、政治、行政、経営、社会のシステムを革新しようではないか。そのために日本社会に「新しい風」を起こそう。私は、2024年の新春にあたり、それを切に願うものである。


      

 

▲先頭へ