1994年9号

国際シンポジウム「地域経済統合の高まりとアジア経済」 開催報告について

 7月12日、当研究所主催の国際シンポジウム「地域経済統合の高まりとアジア経済」が、通 商産業省・(社)経済団体連合会・日本経済新聞社の後援を得て東京・経団連会館にて開催された。本シンポジウムは昨年11月以来当研究所が「地域経済統合と世界経済システムを考える」研究委員会にて研究してきた内容をベースに企画され、開催の目的はEUやNAFTAなど地域経済統合の動きが世界各地で見受けられるなか、成長著しいアジア地域の経済はいかにあるべきかの研究成果 発表にある。

 日本からは、さくら総合研究所・飯島健副社長、国際大学グローバル・コミュニケーションセンター・公文俊平所長、日本経済新聞社・小島明論説副主幹、三菱商事・武市純雄化学品担当役員補佐、日本長期信用銀行・畠山壌顧問、一橋大学・山澤逸平教授の6名、海外からはコロンビア大学・
Jagdish Bhagwati教授、米国国際経済研究所・Gary Huhbauer主席研究員、Datuk H.M.Khatib駐日マレーシア大使、ドイツIFO経済研究所・Helmut Laumer理事、インドネシア戦略国際問題研究所・Hadi Soesastro所長、中国国務院発展研究センター・孫尚清主任、韓国開発研究院・黄仁政院長の7名、計13名の学界、及び産業界などからの講師を迎えて講演とパネルディスカッションが行われた。

 当日は当研究所の会員企業や各国大使館関係者、マスコミなどを中心に約80名が集まり、当研究所を代表して福川顧問が主催者挨拶を行った。プログラムの詳細は次葉に譲るが、1日だけのシンポジウムとしては異例の密度の濃さであった。3セッション共各コーディネーターの名司会ぶりと相まって著名な講師陣による示唆に富むプレゼンテーションとそれに続くコメント、ディスカッション、フロアとの質疑応答など活発な議論が交わされ、シンポジウムは大成功のうちに閉幕した。

プログラム(敬称略)

・シンポジウム[経団連会館10階1001会場]

9:00 受付開始
9:15 主催者挨拶
       福川伸次(財団法人地球産業文化研究所顧問)
9:25 基調講演
        公文俊平(国際大学グローバル・コミュニケーションセンター所長)
9:45 第一セッション「アジア・太平洋に於ける各国の地域経済への取り組み」
            コーディネーター 飯島 健(さくら総合研究所副社長/
                  環太平洋研究センター所長)

プレゼンター   
Gary Hufbauer (米国国際経済研究所主席研究員)
           
Hadi Soesastro(インドネシア戦略国際問題研究所所長)  パネリスト       Datuk H.M.Khatib(駐日マレーシア大使)
           
Helmut Laumer (ドイツIFO経済研究所理事)

12:10 昼食 12:50 ランチョンスピーチ  畠山 壌(日本長期信用銀行顧問)
13:30 第二セッション 「中国経済とNIES」
        コーディネーター 武市純雄(三菱商事化学品担当役員補佐)
       プレゼンター      孫 尚清(中国国務院発展研究センター主任)
                       黄 仁政(韓国開発研究院院長)
       パネリスト     
Hadi Soesastro
                       山澤逸平
15:55 コーヒーブレイク
16:10 第三セッション「グローバルな立場から見たアジア・太平洋の地域
               アレンジメント」
     コーディネーター 小島 明(日本経済新聞社論説副主幹)
     プレゼンター   
Jagdish Bhagwati(コロンビア大学教授)
                 
Helmut Laumer
                  Gary Hufbauer
                   孫 尚清
                   黄 仁政
18:35 シンポジウム終了・レセプション  「経団連会館9階901号室」
18:45 レセプション開会

[基調講演:公文俊平国際大学グローバル・コミュニケーションセンター所長」
冷戦後の新世界秩序
 冷戦後のアジア・太平洋地域に於いて、産業化の先発国と後発国の間に新しい相互補完的な、インフレなき経済発展の可能性が出現した。後発国では、情報革命によって持続的経済発展の可能性が大きくなった。これからの世界秩序しとて政治秩序と経済秩序以外に、社会秩序の中に位 置付けられる文化秩序、あるいは情報秩序とでも呼ぶべき第三の軸が存在すると考えられる。また、アジア・太平洋地域で最も必要とされているのは、共通 の文化秩序(情報秩序)に立脚した極めて穏やかな統合である。

 以上、冷戦後のアジア・太平洋地域の発展形態と新世界秩序を規定し、最後にそこでの日本に関する次の2つの問題を提起して講演を締め括った。

(1) 日本市場の閉鎖性及び情報革命の立ち遅れから、日本はアジア・太平洋地域の新しい経済発展の良循環に入れないままに終わりはしないだろうか?(2) 情報化が進展する“産業化の21世紀システム”は日本流モデルが生まれた“産業化の20世紀システム”と異なるため、日本は意に反してアジア文化とアメリカまたは西欧文化の円滑剤の役割を果 たせなくなる危険はないだろうか?
 以下に、各セッションに於けるスピーカーの講演要旨並びにパネリストによるコメントと討論概要を紹介する。

第一セッション 『アジア・太平洋地域における各国の地域経済への取り組み方』

主たる論点  1.アメリカの対アジア戦略
            2.アジア・太平洋地域の各国の地域経済への取り組み方針
           3.日本の立場・役割
           4.ヨーロッパの対アジア観

Hufbauer氏報告]

アメリカのアジア-太平洋に対する政策:どこに戦略があるのか?
 クリントン政権の対アジア戦略の柱として以下3つを列挙し、性急にことを進めず相手国別 に問題点を絞った上で、慎重に交渉を行うべきであるとした。

1.安全保障の確保。2.自由貿易及び自由投資のための環境創出。3.民主主義と人権政策の浸透。なかでも安全保障の問題に関しては、日本や中国の協力の下でアジアの安全保障の傘を確保することは、優先順位 トップの問題であるとした。第二番目は、指標を盾にした一方的措置の行使であり、三番目は通 商政策と社会的・民主主義的な動向のリンクの問題であるが、近時クリントン政権は二番目と三番目については若干トーンダウンしたとの報告があった。また、同政権はこうした課題の達成のためにGATTやAPECを通 して、(特にAPECの制度化)多角的且つ積極的にアジアへのアプローチを図る必要性を唱えていると述べた。(尚、同氏のスピーチ原稿にはNAFTAの拡大のために韓国などアジアからその候補者を考える必要があるとされていた。)

Soesastro氏報告]

東アジアの経済統合~政策のための展望と課題
 東アジアの経済発展は実態分析から基本的には市場先導型であり、且貿易と直接投資が域内各国を有機的に結合させたものであるが、それはASEANを中心とした同心円的な協力の枠組みに基づくものである、という新地域主義の概念を紹介した。(同心円の中にはAFTAがありEAECがある)今後、東アジア地域が経済成長や活力を維持するためには、こうした地域的な機構の強化と開かれた地域主義の両立が必要になるであろう、と同氏は指摘した。

[パネルディスカッション]

(1) APEC賢人会議のメンバーでもある山澤教授:Hufbauer氏のNAFTAのアジア地域への拡大の意義に関して詳しい説明をもとめた。また、日本のスタンスについては自由貿易地域を創設せずに、GATT・WTOそしてAPECといった同心円的な協力枠組みの中で、独立した貿易国としての立場を貫くべきとした。また、その中で機能的にAPECが発展するように、日本はサポートしていくべきであるという意見を述べた。

(2) Khatib大使:APECの制度化は内向きなものとして域内・域外の国にメリットをもたらさないとして反対の立場を表明した。また、マレーシアのマハティール首相の提唱したEAECは太平洋を分断するものでなく、外向きで緩やかな協議体であるということは、すでにアジアでコンセンサスを得ていると発言した。最後に、同大使は市場主導方の解放的な地域主義によって包括的な経済統合が推進されていくだろうというマハティール首相の最近の演説を引用した。

(3) Laumer氏:欧州のアジアに対する関心の高さと、西欧でいう民主主義とアジアのそれとは異なるものであり、民主主義及び人権の確立は経済発展に伴って高まることを指摘した。

(4) 民主主義と人権問題や米国内でのAPEC論議の状況などについて堀り下げた議論がなされた後、コーディネーターの飯島氏は以下のように議論をまとめた。

 地域交流が進む中で、多様性に富むアジア・太平洋地域にあって今後は経済交流の進化と共に、地域の文化や歴史、宗教そして人の物の考え方などに関する相互理解の深化が必要となるであろう。

[ランチョンスピーチ:畠山壌日本長期信用銀行顧問]

アジア・太平洋における日本政府の見方

 地域統合にはNAFTAやECなど協定上の統合と、アジアなどの事実上の統合と2種類存在するとした上で、アジアの中の日本は自由貿易協定(FTA)などの協定上の統合に根差す地域主義は好まないとした。なぜならば、経済の活力の源泉となる民間企業の目指すマーケットは、関税引き下げを主目的とした地域市場ではなく全世界的なものであるためとした。また、GATT24条と各地の地域統合の現状を照らし合わせた後、APEC創設後のアジア・太平洋地域の展開についても言及した。つまり、AFTAの創設・PAFTA構想・EAEC構想・NAFTAによるアジア諸国へのアプローチなどである。なかでも特にNAFTAのアジアへの拡大の問題は、FTAの差別 的側面に注目した場合、多国間主義を望む日本としては好ましくないと考えると結んだ。

第二セッション『中国経済とNIES』

主たる論点 1.中国社会主義市場経済の実態  
             2.NIESからみた中国経済の意義  
             3.アジア・太平洋地域経済における不確定要因たる中国

[孫氏報告]

中国の市場経済の現状とアジア・太平洋地域に於ける経済戦略
 まず第一に中国は社会主義経済システムの下、豊富な労働力や高い貯蓄率などを有することから現在も新たな成長過程にあり、因みに過去2年の中国の成長率は13%となっているが、経済の加熱を懸念して現在は成長率を多少下げることにより調整していると述べた。2点目としては、社会主義市場経済の導入により魅力ある市場となった中国の対外経済戦略は、近隣諸国との開放的な協力関係構築や相互利益の姿勢を貫き、一方では輸出戦略をとることにより近隣諸国との競争を方針としているとした。最後に、中国はアジア・太平洋地域経済の新秩序創設の推進役を担うとの意向が示された。

[黄氏報告]
アジア・太平洋における中国の役割、競争相手か或いは魅力ある市場か?
 NIESの近隣国である韓国からみた中国は、競争相手として豊富な労働力を有しており脅威ともいえるが、それは比較優位 を利用した正当なものであるため、何ら非難することはできないこと、また、中国に投資が集中することにより、近隣国も投資を自国に呼び戻すために一層の自由化政策をとっている、との報告を行った。つまり、NIESの一員たる韓国から見て、中国は決して競争相手として脅威な存在ではなく、むしろ補完協力してアジア・太平洋地域経済の発展につくせるパートナーであるという意見を述べた。

[パネルディスカッション]

(1) 山澤氏:中国という潜在的経済大国をアジア・太平洋地域にうまく取り込むためには、GATT・WTOにいかに組み込んでいくかが重要になる事と、華南経済圏などの局地経済圏をアジア・太平洋地域経済の発展のためにAPECが中心になって見守り、育てる必要があると指摘した。

(2) 
Soesastro氏:中国はASEANからみても競争相手であるが、同時にそれがアジアのダイナミックな経済成長に繋がっている、との考え方がマジョリティーであるとの意見を紹介した。また、同氏は中国は遅かれ早かれ国内の経済改革を進めて、世界的な慣行に適応していかねばならず、そのためにも他国との競争が意味を持つとの意見を述べた。また、中国・香港・台湾の大中華圏についても、日本とは違ったレベルでの経済発展を目指す(高度を変えて飛ぶ雁)という意味からは、アジアの他国に脅威とはならないのではないか、という意見で結んだ。

(3) 武市氏:約150年前の世界人口12億人が、現在の中国の人口と同規模であることから中国を一つの世界として接する必要があることと、その進歩の速度は日本やアメリカと比較してもっと早くなるのではないか、との予想を披露した。また、中国沿海部と内陸部との経済格差の問題を指摘した。

(4) 孫氏:格差是正のために中国政府は税金制度の改革、外資の中西部への誘致などの施策を講じているが、中国を評価する場合、全体の平均評価をしてほしいと希望した。

(5) その他:フロアとのやりとりの中で、中国のWTO加盟に関しては特別 条項を設ける必要がありや否やとの質問がでたが、各パネリスト共、非常に難しい問題であるが中国からの集中豪雨的輸出攻勢がなされた場合には、他国はなんらかのセーフガード措置をとるのではないかとの意見が大勢を占めた。

第三セッション『グローバルな立場から見たアジア・太平洋の地域経済
                          アレンジメント』

主たる論点 1.地域主義の台頭とGATT/WTOの関係 
              2.アジア・太平洋地域経済とEU、NAFTAとの比較、対抗              3.グローバルな枠組みの中でのアジアの位 置付け

Bhagwati氏報告]

APEC・NAFTAなどの世界貿易システムへの統合の方法
 米国は、APECを利用してアジアのブロック化を阻止するための政治戦略を進めており、FTAなどの形態で制度化を目指すかもしれないので、アジア諸国はこれに注意しなければならないし、WTOの場においてもそうした動きを阻止することが検討されるべきであると述べた。FTAが他国に強制されると、受入れ国側はある特定の文化や固有の見解を押し付けられることとなるからである。こうした意味からマルチラテラリズムを支持することが重要である、との意向が示された。

Laumer氏報告]

GATT-WTOと地域統合の関係
 地域主義はグローバルシステムの一つの礎となるとした上で、EU(欧州連合)が国際貿易上のさまざまな障害を排除する方向で、域外の国にとっとも有益なにるべく努力していると述べた。世界的にもWTOが発足することにより、第三国から自己を保護しようとする地域的なグループは誕生しにくくなるのではないかということを前提に、EUはそうした点を踏まえて2000年までに段階的な統合を通 して、ヨーロッパ諸国統合システムを誕生させる予定であると結んだ。

[パネルディスカッション]

(1) 黄氏:EUと米国は、マルチラテラリズムはアジアなどのダンピングを招いたため失敗したと考えているのではないかとした上で、アジア・太平洋地域は将来欧米諸国に対して市場を提供する場となれば、地球規模の緊張を緩和する役割を演じられるとした。また、NAFTAへの韓国の参加の問題は、拡大NAFTAならば韓国に限らず特定の国の加盟の有無はさしたる意味をもたないと指摘した。むしろ、拡大NAFTAのアジアへの影響をまず考慮すべき、として特にアジアの求心力になりうる日本の役割が不明確と述べた。また、同様な問題として、EUは加盟国をどこまで広げるかとの問題提起がなされた。

(2) Hufbauer氏:NAFTAの開放性については、域外国が手を上げて初めて加盟の対象になることを強調した。また、今後のAPECでは環境や労働の利害団体の絡む社会問題の取り扱いが、米国の政策を量 る一つの尺度となり得るとした。

(3) Laumer氏:グローバルな単一市場が世界貿易にとって最善の策であり、EUも次善の策にすぎないと述べた。また、EUへのトルコの加盟は深刻な労働問題などを引き起こす恐れがあることから、EUは及び腰であると回答した。

(4) 孫氏:中国は地域協力に積極的に参加して、地域内の保護主義を取り払うべく努力するとのコメントを示した。

(5) 小島氏:グローバリズムの勢いがリージョナリズムより大きくなっていること、イデオロギーに基づくリージョナリズムは、冷戦終了後新たな形を模索し始めたこと、現在のリージョナリズムによって世界経済全体が底上げされてきていること、グローバルな情報や投資の動きが同時に大規模に発生し始めたこと、アジア諸国のダイナミズムは他国からそれを移入したことから推測して、域外国に対して排他的になれば自己否定に繋がること、さらには輸出市場をどこが提供するのかが今後の持続的発展の鍵であることを印象として列挙した。また、より高度なより深い相互依存の経済に実体面 で世界経済が向かっている。つまり、経済地理の終焉を今まさに迎えようとしているのではないか、とこのセッションの議論を総括した。

 

 

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