1995年6号

「貿易と環境」研究論文抜粋

 当研究所では他に先駈けて2年前に貿易と環境の研究委員会を設けていたが、近時のWTOやOECD、環境NGOを中心にした国際的議論の高まりを勘案して、今般 改めてこの問題に関する研究論文を作成したので、以下にその抜粋を紹介する。

(1) 貿易と環境問題の背景

 冷戦終了後の世界経済は、問題解決の基本であった東西の座標軸を失った結果 、豊富で低賃金の労働力や先進国と比して、緩い環境基準を持つ途上国を加えた新たな世界地図を模索するメガ・コンペティションの時代を迎えた。

 一方、国連では1987年のブルントラント委員会において、"持続可能な発展"の概念が紹介され、環境と共生できる社会の構築の必要性が叫ばれ始め、1992年のリオでの地球サミットへとつながっていったことは記憶に新しい。

 このように、最近の国際経済を考える場合には、経済と社会問題をリンクさせる動きが顕著になってきたことを忘れてはならない。その代表的なものが、以下の4点を主因とした貿易と環境なのである。

  1. GATTやアメリカ主導による世界経済の飛躍的発展と貿易の拡大

  2. 貿易の拡大に伴う地球規模での環境の阻害発生

  3. 途上国の爆発的な人口増加と貧困の蔓延

  4. 市民グループ(NGOなど)の環境問題への関与

 重要なことは、この問題が自由貿易VS保護貿易、南VS北の2つの側面 を含むということである。本年1月に発足したGATTを改めWTOにおいても、貿易と環境や貿易と労働の問題が主要な課題になるだろうと言われている。

 本稿では、こうした背景のもと、持続可能な発展を念頭において環境問題に配慮した自由貿易体制の在り方を、国家に加えてNGOや多国籍企業も含めた国際協調体制の構築の中で論じてみたい。

(2) 貿易サイドから見た環境政策

 貿易政策の目標は、効率的な資源配分であり、自由貿易を通 じて、平均的には世界中の人々の生活水準を向上させてきた。しかし、近年になり、環境保護コストを含まない貿易は、地球規模での環境汚染(酸性雨やオゾン層の破壊など)という外部費用を発生させることがわかってきた。一般 的には自然資源に恵まれ、かつ貧困脱却のために高い経済成長を必要とする途上国においてその傾向が顕著である。こうした状況下、しばしば先進国の一部では環境保全の困難な国に対して貿易制限措置をとることにより、解決をはかろうとする動きが散見される。

 しかし、一律な効果 しかもたらさず、環境保全の資金も技術もない途上国を追い詰める貿易制限措置(いわばムチ)よりも、環境保護コストを貿易の対象物に包含させる方法や、援助(アメ)を中心とした政策の方が、はるかに効果 的であると筆者は考える。

(3) 環境サイドから見た環境政策

 環境政策の目標は、持続的開発であるが、環境に対する各国の考え方も状況もまちまちである。もし、ある国が自国の環境保全のために数量 制限などの貿易制限措置や、十分な科学的根拠や透明性のないような輸入障壁を設けた場合、それは保護貿易に直結してしまうだろう。

 結局、資源の効率配分を目的とする貿易政策がコスト内在化によって、経済的な効率化につながり、経済的な福祉を実現するものとすれば、このような経済成長は好ましい環境保護手段を発見することになると考える。いわゆる、貿易政策と環境政策の両立である。もちろん、それは持続的な発展のためにであるが…。

(4) 具体的事例からみる個別 の問題点検証

  1. ツナ・ドルフィンケース:〔概要〕メキシコが自国海域で投げ網を使用してキハダマグロを捕獲する際に、一緒に捕獲されてしまうイルカを殺傷しているとして、アメリカがキハダマグロのメキシコからの輸入を禁止した事例。アメリカの自由貿易違反としたメキシコの提訴を受けたGATTは、アメリカの環境基準の域外適用と生産方法の相違を根拠とした輸入禁止をGATT違反と裁定した。
    〔問題の所在と考察〕イ.環境基準の域外適用…この場合、アメリカの輸入禁止の根拠となったのは、MMPA(海洋哺乳類保護法)という自国の環境基準であった。かような基準を一方的に域外に適用してしまえば、たちまち保護主義という名のバンドラの箱の扉が開くことになってしまうであろう。
    ロ.環境基準-PPM(Production Process Methods)-適用条件…本件のように、最終的な製品(キハダマグロ)に影響を与えない生産方法(特にモラルに基づくもの)を環境基準として適用することの是非が問題となる。筆者は、2つの理由からこれには否定的である。つまり、政治的に悪用される恐れと技術的に判定が困難であること、からである。

  2. GATT条項とMEA(Multilateral Environmental Agreement)上の貿易制限条項との整合性…〔概要〕これに関しては具体的事例は未発生であるが、180のMEAの中でもワシントン条約やバーゼル条約、モントリオール条約など18の条約が有する貿易制限条項において、GATT加盟国かつMEA加盟国が、GATT加盟国かつMEA非加盟国からの対象物を輸入制限した場合、GATT違反となる可能性がある。
    〔対策〕GATTでは、20条に"環境"という言葉を挿入する方法と、25条のウェーバー方式を個別 ケース毎に適用する2案を提案しているが、"環境"を拡大解釈される恐れと一定基準を有しないための不安定性などの点が指摘されている。

 上記の他にも、環境基準の産業競争力への影響に関するスーパーファンド事件や、LCA(Life Cycle Assessment)の問題を提起したデンマークの飲料容器事件などが有名。

(5)新たな問題

 最近では南の国でも急速な経済発展に環境保全が追い付かないが、バーゲニング・パワーを持つ国-例えば、中国-が現れてきている。中国に限定すれば、経済成長のために多量 の石炭を使用しており、酸性雨の発生が隣国からも懸念され始めている。しかし、中国はGATT/WTO未加盟かつ酸性雨の国際条約は存在しない。このような状況下、隣国は中国に対して貿易制限措置をとっても、何の解決にもつながらないであろう。従って、技術・資金援助を中心とした国際協調体制の構築や、地域での解決が望まれるのである。

(6) 国際的議論の現状

  1. GATT…ウルグアイ・ラウンドでは、WTO協定前文やSPS・TBT協定に"ある程度の環境への配慮"が盛り込まれた。そして、特筆すべきは、1994年4月マラケッシュでの閣僚会議で「貿易と環境委員会」の設置が決定され、1997年1月のWTO第一回閣僚会議でその検討結果 が報告される予定である。

  2. OECD…古くは1972年にOECDはPPPの原則(汚染者負担の原則:Polluter Pays Principle)を打ち出し、以後今日まで環境問題に関する費用負担原則として、広範な支持を得ている。また、1992年には「貿易と環境に関する専門家合同委員会」を設置して、貿易の専門家(含むNGO、産業界)と環境の専門家を一同に介して検討を開始した。尚、この委員会は本年5月下旬に、最終報告書を閣僚委に報告する予定である。

  3. NAFTA…1992年12月アメリカ、カナダ、メキシコの3か国によって締結された北米自由貿易協定は、"最もグリーンな貿易協定"と呼ばれている。その補完協定では、加盟3か国の環境主権を認めたり、MEAとNAFTAが衝突した際にはMEAを優先させるといったような環境重視の姿勢が明確に打ち出されており、NGOや個人でさえも貿易と環境の問題で、パネルに提訴が可能となっている。しかし、最も注目すべきは、従来環境基準の遵守が甘いといわれていたメキシコに遵守を約束させる一方、アメリカの市場へのアクセスを認めるといった"WIN-WINルール"の示現であろう。つまり、環境への配慮と共に、南北問題への配慮も顕著な特徴といえる。

(7) 産業界の対応

 国際的にはBCSD(現WBCSD:持続可能な発展のための経済人会議)が提言しているのは、直接規制、民間の自主規制、経済的手法の組み合わせによって、環境効率化を促すと言う事である。そして、その動きがISO(国際標準化機構)やLCAへの産業界の自主的取り組みを促したのである。今後は、これが環境評価やグリーンGNPなどへ拡大して行くことが期待されている。

(8) 貿易と環境問題の国際的解決のために

 詳細は次ページの図をご参照頂きたいが、以下にポイントを箇条書きにする。

  1. 地球環境の悪化がより深刻な途上国を考慮して、持続的発展を解決理念とする。

  2. 効果的な対策を立てて実行するために、国際協調体制を敷く。WTOはあくまで貿易を論じる機関であることから、環境問題に関しては他の国連機関との連携が必要。

  3. NAFTAやOECDの例でも明白なように、産業界やNGOも政府間パネルの補佐グループとして設置する。特に、先進国・途上国双方の環境事情を知る多国籍企業はFDIを通 した環境技術移転や雇用関係上での環境教育の母体として期待大。

  4. 自由貿易は経済成長の重要な手段との認識。問題はいかに環境への配慮を盛り込むかである。環境保全のための貿易制限措置は否定しないが、最小限にして、代わりに経済的手法などとの併用を実施。

(9) 日本の政策課題

 第二次世界対戦後に、輸出産業を中心に急激な経済成長を遂げた日本は、同時に公害問題も独自の技術にて克服した経験を生かして、以下を提案すべきと考える。

  1. 南北を一つのテーブルにつけて討論するための政府間パネルの設置に努力すること。

  2. 途上国支援のための環境技術移転を多国籍企業に、環境教育をNGOに担当させる手助けを世界に率先して行うこと。

  3. もう一つは本年の大阪APECにて、貿易と環境の調停委員会(投資の調停委員会と同様な性格のもの)の設置を呼び掛けること。急速な経済成長をとげる中国などが含まれるAPECの場を、有効に使わない手はないはずである。

 

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