1996年11号

国際シンポジウム"21世紀の日本-繁栄か衰退か-

 地球産業文化研究所は読売新聞社、米日財団と共催で、去る9月30日(月)経団連ホールにおいて国際シンポジウム「21世紀の日本-繁栄か衰退か-」を開催した。このシンポジウムは弊研究所がこれまで3年をかけて実施してきたジャパン・ヴィジョン・プログラムの報告書が出来上がったのを機会にシンポジウムの形で発表したものである。

 シンポジウムのプログラムと発表者の要旨は以下のとおりである。

    プログラム

    10:30-10:45
    主催者挨拶  福川伸次 地球産業文化研究所顧問

    10:45-11:00
    特別講演   ジュリア・C・ブロック 米日財団理事長

    11:00-12:30
    第1セッション「日本外交の改革」
     司 会   千葉一夫 元駐英大使
     発表者   北岡伸一 立教大学教授
     パネリスト 岡崎久彦 元駐タイ大使
           竹中平蔵 慶應義塾大学教授
           ジュリア%C・ブロック 米日財団理事長
           チャールズ・ハンフリー 
                     駐日英国大使館公使

    13:30-15:00
    第2セッション「冷戦後の日本の安全保障のありかた」
     司 会   福川伸次 地球産業文化研究所顧問
     発表者   中西輝政 京都大学教授
     パネリスト ジョン・D・スタインブルナー
               ブルッキングス研究所主任研究員
           金 太智 駐日本国大韓民国特命全権大使
           西原 正 防衛大学校教授
           西村六善 外務省総合外交政策局審議官

    15:15-17:00
    第3セッション「衰退か繁栄か-日本の長期経済戦略-」
     司 会   河野光雄 地球産業文化研究所理事
     発表者   島田晴雄 慶應義塾大学教授
     パネリスト ケント・E・カルダー プリンストン大学教授
           鈴木祥弘 日本電気株式会社副社長
           堤 富男 前通商産業事務次官
           宮崎 勇 前経済企画庁長官


1.米日財団ジュリア・ブロック理事長講演要旨

 米日財団を代表して本セミナーに出席させて頂き光栄です。また、本日のディスカッションの基盤となっている、この時機を得た重要なジャパン・プロジェクトを米日財団が支援してきたことを嬉しく思います。

 日米関係を21世紀に順調に継続発展させていくために、両国はさらに深い理解と協力関係を構築するよう、従来の関係を見直し再建してゆかねばなりません。日本にとって基本的な課題は、日本経済の将来や政治システムの在り方、そして世界での日本の役割といった難しい問題に日本人が直面 して取り組んでいくのかどうかということです。同時に、米国は、冷戦後の世界における政治と経済力の多極化が進んでいることを確認し、責任と権限を共有することを学んでゆかねばなりません。

 今日の日米関係は全般的にポジティブな傾向にあるのは確かですが、さらに米国と日本両国の指導力と協力があれば、国際的に影響があると考えられる5つの分野について触れたいと思います。

 まず、世界で1位と2位の経済力を持つ米国と日本は、両国の間で世界の貿易量 の40%を占めています。従って両国には、世界の自由貿易と投資の自由化に向けて積極的な指導的役割を果 たす責任があります。両国は二国間通商関係に思慮深く対処する模範を示さねばならないのみならず、ガット(関税と貿易に関する一般 協定)の恩恵を受けてきた日本は、日本市場の完全な開放と規制緩和を進めることによって、その指導力を示さねばなりません。また、日本は外国からの対日投資促進を図り、WTOのような主要国際貿易機構での役割を強化すべきです。

 2番目の分野は、躍進するアジア太平洋地域での日米の協力と競争関係です。過去20年間をみると、世界の経済成長の伸び率は、西洋の工業先進国が年率2.5%に留まる一方でアジア太平洋地域が平均7%と伸長しており、西洋から東洋への経済力の基本的シフトがありました。しかし、このことを理解している、または関心を持っている米国人はほとんどいません。このような状況で、アジアでの最重要同盟国としての日本は、冷戦後の世界に於いてアジアが米国にとってどのような意味を持つのか、共有する利害は何か、そしてアジア地域で米国はなぜ経済、政治、軍事的役割を果 たし続けなければならないのかを米国人に明示する役割を持とうと思えば持てるのです。日本の著名人の多くが、東洋と西洋の架け橋としての日本の役割を主張しています。また、アジア地域における日本の行動を抑制する歴史的要因に鑑み、日本は例えばAPECの枠組みの中で米国と協力して、21世紀の課題にあったアジア太平洋地域コミュニティーの建設を目指すことも考えられます。

 3番目に、日米が対中国政策で協力すべきだという点です。これまでの両国の中国に対する利害は一致していたわけではなく、将来においても地理的、歴史的またその他の要因から一致するとは期待できません。しかし、中国が国際的な規範に沿った政策と慣行を進展させるのを手助けすることは、両国にとって最優先の一致した利害です。

 日米両国が注目しなくてはいけない第4の分野は、相互安全保障です。過去50年に亘って、日米安全保障同盟はアジア地域の繁栄の基盤でした。しかし、共通 の敵があった冷戦構造が消滅した現在、日米同盟協定も将来に向け、両国とアジアのニーズに即して、さらに効果 的で、理解され、受け入れられる関係へと進化してゆかねばなりません。日米安全保障関係の実効性の維持には日本の役割の強化が必須ですが、米国側も日本の役割強化に関する日本人の感情や国内の政治状況、そしてアジア諸国の懸念を理解する必用があります。

 そして、最後の分野は日本の国際的役割を拡大する必要性です。戦後の日本の経験は、指導的役割を担うよりもリーダーの後を追従する経験でした。従って、日本が自らリーダーとなるためには、国民の認識を大きく変えることが必要です。おそらく日本の国民には、日本がさらに大きな国民的役割を担うことを考える用意があるでしょう。しかし、これを前進させるには何よりも、国民と政治と政策の間に新しい関係を創る戦略的リーダーシップとビジョンが必要です。

 権力には、不可避の課題と責任が伴います。日本は、その経済力に見合った国際的役割を担うと共に、世界の指導者としてのより大きな責任と21世紀の世界の対外政策決定の重荷を背負う用意があるでしょうか。この質問に答えられるのは日本人だけです。日本の将来がこの回答にかかっているだけでなく、日本がどう答えるかは、米国、アジアその他の国々にも大きく関わっていくのです。


2.日本外交の改革

立教大学教授 北岡 伸一

 戦後日本外交の基本路線を敷いたのは吉田茂である。吉田はアメリカとの密接な関係の構築によって、日本の安全の維持と、速やかな復興とを図ろうとした。ただし、日本の限られた経済力や、国際情勢からして、当面 は極力軽武装を貫こうとした。

 それは賢明な判断だった。しかし、それはあまりに効果 を挙げすぎて、がんらいはプラグマティックな選択だったものが、ドグマとなってしまった。吉田の意に反して、日本は経済大国となっても、国外ではほとんど安全保障上の役割を担おうとしなかった。それは、冷戦後の国際秩序の維持という点で、好ましいことではない。

 今日の世界では、豊かで自由な国々が、積極的に軍事行動に出る可能性はきわめて小さい。軍事行動のコストがきわめて大きく、軍事力を動かさずとも、たいていのものは手に入るからである。むしろ、まだ豊かでも自由でもない国の中に、軍事行動で利益を得る可能性を持つ――あるいはそう信じる――国がある。しかも現在では、貧しい国でさえ高度に発達した軍事力を持つことが可能であり、これを防ぐためには先進産業諸国の協調が必要である。日本はそうした国際協調の一角を担うべき能力と責任を持つにも関わらず、これを果 たしていないのである。

 現在の東アジアでは、軍事力による秩序攪乱者となる可能性を持つ国は、短期的には北朝鮮、中長期的には中国であろう。中国の野心とか意図が危険だとは思わないが、中国の政治は、経済発展に伴って不安定化する可能性があり、そこから軍事的な膨張政策に出る可能性はある程度あると考えるべきである。

 そうならないようにするためには、日米安保体制を堅固に維持することが必要である。それは簡単なことではない。沖縄における負担荷重を是正するためにも、沖縄の基地を減らし、その一方で有事における全国的な協力体制を整備するなどによって、条約の双務性を高めていくことが必要である。そのためには、集団的自衛権についての政府の解釈を見直し、進んでは9条2項を修正する方向に進むべきである。

 ただし、以上は中国を封じ込めることではない。中国が軍事的膨張に進み難い環境を作ることを目指すにすぎない。その一方で、中国を含む国際安全保障の枠組みを整備していくことが必要である。

 日本の役割はもちろん、東アジアにおける秩序の維持だけではない。日本は世界第二の経済力であり、アジアの一員である。世界最大の経済であり最強の軍事力であるアメリカと、最大の可能性を秘めたアジアとを結び付ける可能性を持っているのは日本でる。こうした観点から、なおいくつか具体的な提案もしたいと考える。


3.冷戦後の日本の安全保障のありかた

京都大学教授 中西 輝政

 現在、日本の選択として、安全保障対策の大きな見直しの必要が提起され始めた。この問題に対する日本人の態度は、依然として戦後期から続いてきた分裂した状況にあるが、歴史の大きな文脈は新たな選択を迫っているように見える。

 そうした歴史の文脈として、まず「冷戦の終わり」という出来事が挙げられる。それによって起こった世界の構造変化は、従来の日本の安全政策保障政策の継続を許すのであろうか、ということを我々に問い掛けている。二つ目の歴史的文脈というのは、日本社会の流れの中での、「戦後の終わり」といえるものである。たとえば世代の交替によって生じる、憲法や安全保障政策への態度の変化は日本の安全保障政策にとって決定的な意味を持つかもしれない。

 第3に、日本の経済大国化が挙げられる。経済大国としての責任は当然これまでの安全保障政策に変化を要求する。これらのいくつかの歴史的な変化の流れが、80年代の末から90年代の始めにかけて顕著なものになり、そこへ第4の歴史的流れである「アジアの興隆」が重なって、日本の安全保障をめぐる選択が大きな歴史的な意味をもったものになり始めている。

 ところが、今日、安全保障を考えるとき、他方で大きな不透明さが浮上している。たとえば冷戦後の世界秩序が国連中心のものになるのか、はたまた「文明の衝突」のようなことが本当に大きな流れになるのか、それによって日本の安全保障の選択も大きく変わってくるはずである。さらに日本を取り巻く東アジアの現在および将来の戦略環境の流れをどう見るかという問題も、大きなインプリケーションをもってくる。

 たとえば、現在東アジアでは、(1)冷戦構造の崩壊、(2)地域協力の進展、(3)新たな国家間の対峙関係の浮上、などのそれぞれ異なる性格の流れが同時平行的にみられる。このうちいずれの流れが中心的なものになるのか、という問題がある。日本の安全保障政策には大きな転換の可能性が見えてきているのだが、その具体的な体系化の方向が未だ、必ずしも明らかでない状況が確かにあるといえる。

 このような過渡的な時代に大切なことは、一方で大きな変化の方向を睨み、歴史的な選択の準備に向かうこととともに、他方で当面 する不安定要因への確実な対応を怠らないことである。今日そのような課題として、アジアの潜在的不安定への対処など日本の安全保障にとっての中心課題として、(1)日米安保協力の推進、(2)情報面 を中心にした、日本の安保政策機構の整備、(3)エネルギー、環境、食糧問題など広義の安保問題への取り組み、などが挙げられる。とくに、(2)の重要性についてもっと注意を向ける必要があると思われる。


4.衰退か繁栄か

─日本の長期経済戦略─

慶應義塾大学教授 島田 晴雄

 冷戦終焉後、イデオロギーの対立軸を失った政治は混乱に陥った。日本もその例外ではなく、政治の混迷がつづいた。それは新たな時代の座標軸を見出すために民主主義社会が支払わねばならぬ コストであったかもしれない。しかしそのコストは小さくなかった。重要な政策課題が先送りされ、残されたツケはこのままでは将来取り返しがつかぬ ほど大きくなるおそれがあるからである。

 今、日本は大きな歴史的転換点にあり、将来のために重要な選択を迫られている。そこにはいかなる選択肢があり、それはどのような帰結をもたらすのだろうか。3つの領域に光をあて、それを考えたい。

 第一は経済構造である。大きな内外価格差の下で経営資源の海外流出がつづいており、このままでは日本経済は真性の空洞化に陥るおそれが大きい。そして遠からず財政赤字と貿易赤字の双子の赤字国になり、やがて為替レートの低下、インフレ、失業、実質賃金の低下という衰退がはじまるだろう。しかも長期的には高齢化が進み、貯蓄率が低下し、労働力が減少する事が目に見えている。行政改革や規制撤廃によるスリム化と再活性化がどこまでできるかに日本の将来がかかっている。

 第二は社会保障や税制など再分配システムである。急速な高齢化の進展の下で、年金、医療、介護などの社会的費用が膨張する事は避けられない。問題は、人々を不安にさせず、質を落とさずにこれらのサービスのコストをどれだけ節約できるか、勤労意欲を高める税制や雇用システムを再設計できるかである。

 第三は、国際関係と安全保障である。高齢化し成熟化する日本にとって国際社会での信用と信頼そして安全の確保は最大の前提条件だ。人類共通 の課題の解決に積極的に貢献するとともに、日米安保を基軸とする明確な安全保障戦略を確立して内外の理解を得る必要がある。

 来るべき総選挙はそのための第一歩だ。その選択は、これまでの政治混迷の中で、我々国民が何を学んだかあるいは学ばなかったかを示す事になる。

 

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