1996年12号

「21世紀のインドと国際社会」研究委員会から 討議のポイント

 昨年12月に発足した「21世紀のインドと国際社会」研究委員会は、本年12月をもって合計14回の会合を終了し、とりまとめの段階に入る予定である。

 以下は、とりまとめに向けて委員会の議論のポイントを抜粋したもので、文責は事務局にある。

1 日本にとってのインドの戦略的な重要性

 日本とインドとの関係は、一般 的な親善とともに経済援助が大きなウェイトを占めているが、たんなる二国間関係として考えるべきものではない。アジア太平洋地域の安定という日本の総合的な国際戦略の中の重要な各論として考えるべきものである。

 国際社会における日本の行方は、中国と米国に大きく影響される。それは経済にとどまらず、外交、軍事、エネルギー、食料、環境問題など、国民生活の基本的な条件にかかわって来る。アジア太平洋の時代と言いながら、日本の国家戦略は、米中両大国の動向を想定したものとならざるを得ない。大きくいえば、日本の基本的な国家戦略は、日米中の協調を通 してアジア太平洋地域の安定を確保し、軍縮、地球環境、人権、エネルギー等の長期的・構造的な問題に資源と時間を振り向けられる条件を整えること。また、安定した国際環境の中で高齢化等に対応した国内社会の改革をすすめることであろう。

 とくに中国は、今後の経済成長の過程で巨大市場として期待されるとともに、エネルギー、食料、環境等の面 で日本に大きな影響をもたらすことが予想される。しかも、日本にとって極めてアンコントーラブルな存在であり、その動向には依然不透明な面 がある。日本は、種々の働きかけを通じて中国の透明度が高まることを促進するととともに、中国をアジア太平洋の地域協調や国連などの国際的な協調の場に取り込む努力を行うことが必要であろう。こうした努力を通 じて中国自体の長期的な安定を保つことが、日本の安全と安定の条件となるのである。(この点については、(財)地球産業文化研究所は平成6年度に「中国の行方と日本の戦略」研究委員会(座長:青山学院大学国際政治経済学部天児慧教授)を行って検討した。)。

 こうした日米中、とくに日中関係の戦略的な重要性を考えるとき、インドの存在が大きく浮かび上がって来る。市場としての巨大さ、食糧やエネルギー需給に対する影響の大きさ、政治的な影響力の大きさ等の点でインドと中国はアジアの二大国家である。また、経済開発や国内統治にあたっては巨大国家として共通 の悩みを抱えている。もちろん、法治国としての信頼性や民主主義体制の安定度、インフラ整備や貧困克服の度合等、両者にはそれぞれの強みと弱みがある。

 インドと中国の関係は、かつての蜜月時代、国境紛争など紆余曲折を経ているが、基本的には非欧米世界のリーダーの座を争うライバルとして互いを意識し合って来たのである。

 中国に対する政治的な影響力は、あるいはインドの方が日本より大きいかも知れない。現在、インドに対する産業界の関心が高まっているが、経済関係の促進とともに、日本の総合的な国際戦略の中での日印関係の構想が求められている。

 また、日印関係の構想にあたっては、中東へのシーレーンの確保、国連外交、核問題など外交・安全保障の視点とともに、インド自体の今後の経済開発への日本の関わり方、さらにエネルギー、食料、地球環境などのグローバルな視点を含めた総合的な検討が必要である。

 「21世紀のインドと国際社会」研究委員会は、国際政治と開発経済の視点を中心に討論を行い、インドの抱える課題を指摘するとともに、日印関係の構想に関わるいくつかの視点を提示した。

 本委員会の中間報告は本ニュースレター96年8月号で紹介したので、本号ではそれ以降の検討経過を取り上げる。以下の要約の文責は事務局にある。今後は、以下のような分析をもとに、委員会としての提言をまとめていきたい。

2 インドの現状と課題(主に経済的な側面 )

「金融の面から見たインド」(つる見委員)

 金融規制の自由化、金融市場の育成、銀行経営の健全化などを骨子とする制度改革をすすめているが、依然、種々の問題を抱えている。

「インフラの面 から見たインド」(小島委員)

 電力不足である。経営的には、州電力公社の赤字問題が深刻。今後の課題は、電力事業への民間部門の参入であるが、手続きその他で不明確な部分がある。今後、電力の需給ギャップが経済成長のネックとなる懸念がある。

 通信事業についても民間参入が認められたが、参入にさいしてのガイドラインが未整備である。

「農業面の面から見たインド」(大野委員)

 食糧自給は達成したが、農村問題、農民問題を抱えている。灌漑などの農業向けの資本形成も課題。農業・食糧の面 が今後の経済成長のネックとなる可能性を懸念。また、将来的に食糧需給のバランスが崩れた場合、絶対量 の大きいインドの影響は大きい。

「インドと南アジア経済」(島根委員)

 南アジアのSAARCという枠組みでは、政治・安全保障を棚上げにして、経済面 から協調を図ろうとしているが、インド以外の諸国は、「制度構築能力」が不足しており、インドの経済成長が周辺を窮乏化させる恐れもある。この地域の安定のために援助をしようとすれば、「制度構築能力」の乏しさに配慮すべきであろう。

「国際経済とインド経済」(石上委員)

 経済改革、自由化政策の中で、インドの産業にどのような課題があるか。インドの産業には大規模・財閥系企業から中小規模の企業まであり、今後の規制緩和と外資導入の進展に伴なう競争環境の激化が予想される。また、インド企業の海外投資が活発である点にも注目。

 2005年にWTOの枠組みに入る特許法の問題、児童労働や女性差別 などの社会条項への対応など、国際経済制度への対応が課題。

※ 今後の会合では、インド経済改革の特質について国際比較の観点から下村委員より、また、インドをめぐるODAの課題について林委員より、また、インドをめぐるエネルギー情勢についてエネルギー経済研究所小笠原研究員より講演をして頂き、討議を行う予定である。

3 インドの経済発展への展望

「インド経済発展のシナリオ」(絵所委員)

 インドの政治経済システムを構成する3つの要素は、「混合経済体制国家」「民主主義国家」「貧困大国」。これに対して「構造調整プログラム」は、「混合経済体制国家」の「自由化」にとどまっている。

 インドの低成長の主原因のうち、貿易・外資の自由化は進展しているが、過度の官僚統制の廃止はほとんどすすんでいない。また、公企業改革のうち、一部業種の民間開放、経営の自主化と責任の明確化、政府持ち株の売却はすすんでいるが、赤字公企業の再建・閉鎖はほとんどすすんでいない。

 一方、消費革命を契機に政策に対する産業資本家の影響力が増大したことは経済自由化をさらに促進する要素である。

 貧困に関しては、それが政治問題化しない限り、人口の20%を占める「中間層」の購買力に依存した経済発展を選択し続けると思われる。

 インドと東アジアでは、人口の規模、増加率、土地改革の不徹底、教育浸透度の低さなど、条件の違いが大きい。インドの経済発展の展望は、「社会改革」の定着がなければ見えて来ない。「社会改革」なき「経済改革(市場の自由化)」は数多くの危険をはらんでいる。

4 国際政治におけるインドとその対外構想

「インドの対外構想」(広瀬委員)

 国際政治の場におけるインドの意図は、南西アジアの地域大国としての地位 を確保し維持することにある。
そのための課題として次のような項目がある。

  1. パキスタンとの関係改善を図り、南アジアの盟主たる立場を国際社会に認識されること。

  2. アジア全体では中国の覇権防止。

  3. パキスタンと中国を仮想敵国とした核武装のシナリオは放棄しておらず核保有国の核独占に反対の立場を維持。

  4. アジア太平洋の地域協調への参加。

  5. 旧西側諸国との関係強化。

  6. 国連安保理常任理事国ポストの獲得。

「インドをめぐる安全保障・核問題」(森本委員)

 インドの安全保障は、インド洋を中心とする地域における威信の確保、中国とパキスタンへの対応を主眼としつつ西側先進国との技術交流をすすめるとともに、独自の核開発技術にもとづく自主路線を歩んでいる。

 核開発については、中国・パキスタンを意識したミサイル開発を行っている。そこには核保有国である中国と同じ立場に立ちたいという意識もはたらいている。

 また、核問題に対するインドの基本的な立場は、「究極的な核廃絶に向けて核保有国は核全廃に向けたタイムテーブルを示すべし」「核保有国の核兵器独占の現状を認知するCTBTには反対」というものだが、国内の意見は一様ではない。

 しかしCTBTは中国の核開発を抑制するものであり、インドが核兵器を持っても実際の使用は不可能であることからインドの安全保障には役に立たないと考えられる。にもかかわらず、CTBTに反対するインドの核政策には大きな変更は期待できない。このことは国際社会の核不拡散政策にとって深刻な問題である。

「中国・インド関係」(松本委員)

 90年代以降、インドと中国の関係は、戦略物資の輸出入なども伴った経済関係の拡大など、安定化・関係促進の趨勢にある。今後、中国の改革・開放政策、インドの自由化政策の流れの中で、政治以外でのインド中国関係がさらに厚みを増すことが予想されるが、懸念材料としては、米国の国際的核管理体制の強化に伴う中国・パキスタン関係の緊密化、あるいは、ミャンマーやチベットの人権問題などがインド・中国関係に影響を与える可能性はある。

「インド・ASEAN関係」(堀本委員)

 インドの経済改革の順調な推移、冷戦の終焉に伴い90年代に入ってインドとASEANは急速に接近した。インドはASEAN協議国、ARFメンバーとなった。ASEANとの連携はインドに経済的なメリットがある。ASEAN内の国家間ではインドに対する温度差がある。

 

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