1997年7号

グローバル・シナリオと日本

 日本の国内総生産(GDP)はアメリカの70%に相当する。またこれはドイツ、フランス、イギリスの合計にほぼ等しい。中国と比べると8ないし9倍となる。、一人当たりのGDPでは、日本が37,700ドルであるのに対して、アメリカとドイツはともに25,000ドル、フランス23,000ドル、イギリス17,500ドル(いずれも1994年)である。中国の数値は概算で400ドルを越えた水準となる、この比較は名目値によるものであり、また為替レートを用いてドル換算されている。比較の目的によっては購買力平価による必要があるが、まず第1に指摘しておきたいことは日本の経済規模でありそれに伴う国際社会に対する責任である。

 21世紀はアジアの時代といわれる。中国の高成長、アセアン6カ国の発展、韓国・台湾の成熟化などアジア地域が世界経済のエンジンであることは既に国際社会の常識となった。21世紀は目前であるし、時は確実に過ぎてゆく。しかし、第2に指摘しておきたいことは、21世紀がどのような時代になるかは自動的に決まっているわけではなく、われわれの行動によるのだ、という点である。21世紀の中国やアセアン諸国は日本を越えた経済規模をもつであろうが、その可能性を現実のものにするについては、世界最大の貯蓄力を育し、技術開発力をもつ日本がどのような役割を果 たすかが大きなファクターである。明治の開国以来、日本は西欧がつくったルールにしたがってキャッチアップすることを国是としてきたし、第2次大戦後は特に欧米によって作られた世界経済秩序の中で身を処してきた。IMF、世銀、GATT(WTO)、OECD,BIS,WIPOからインターネットに至るまで、日本は既存のシステムに後から参加するのが常であった。したがって、われわれは新しいビジョンを描いたり新しいルールを作ることに慣れていない。しかし、現在の日本はグローバル・スタンダードを自ら参加して作り出す役割を果 たさなければならない、日本には工業化のために作り出された独自の制度がある。財政投融資、金融制度、企業系列・財界・業界団体、雇用制度、各種の規制や規格などがその例である。

 しかし、そうした日本の独自性は現在ではむしろグローバル・スタンダードヘさや寄せするうえで日本の手足を縛る結果 になっている。情報化社会はこれまでの工業化社会とは違ったルールを必要としている。そのルールは情報技術の特性からグローバルなものとならざるをえない。第3のポイントは国際標準である。国際社会の一員とLての認識とともに、日本の工業力、金融力、技術力をもってどう貢献するかという視点が欠かせない。

 その際、特にアジア太平洋をどう構築していくかが焦点となろう。冷戦中、東西が対峙していた欧州正面 ではNATOの拡大など新しい時代を画することになつた。アジア太平洋においては冷戦の終焉は長い過渡期の始まりを意昧する。中国の開放政策は逆転できないところまできているが、中国を組み入れた国際秩序はまだ見えていないし、その前提となる米中関係は中国を経済的なチャンスととらえる立揚と脅威ととらえる立揚の間でゆれている。しかし、日中関係の経済的・政治的・歴史的な重要性を考えるとき、日本は米中関係に受け身で対応することはできない。日韓を含む極東アジア、アセアン、中国、米国はもちろん、ロシア、インド、それにオーストラリア、カナダを含む広がりの中で、アジア太平洋のシナリオを描くことが第4のポイントである。ソ連崩壊により生じたパワー・バキュームは、帝政ロシア崩壊によるバワー・バキュームと酷似している。それがアジアの不安定をもたらした歴史的経験を忘れてはならない。オーストラリア、カナダなど、OECDメンバー国の存在はいわば国際社会の良識として重要であるし、これらの国々はアジアヘの関与を強めようとしている当事国でもある。グローバルなシナリオ作りに共同して乗り出さなければならない。

 この地域の将来にとって一つの不安定要因はエネルギーである。アセアンそして中国の急成長はそれ自体はグッドニュースである。しかし、この地域の急成長は国際的なエネルギー需給の逼迫を招くことが避けられない。総合エネルギー調査会国際エネルギー部会の報告は次のように記している。「1992年に中国はわが国の約1/2の石油需要でありかつ石油輸出国であるが、2010年にはわが国以上の石油消費国となり、その4割を輸入に依存することになる。アセアンにおいても、わが国の40%の石油消費であったものが2010年にはほぼ同程度の需要となり、石油輸出地域から輸入地域に転ずることになる。...アジア地域のエネルギー需要は今後とも域外依存、なかんずく中東を中心とする特定地域への依存が高まり、エネルギー上の脆弱性が増大すると考えられる。」

 エネルギー問題は地球環境と表裏の関係にあることはいうまでもない。グローバル・シナリオは環境面 の政策課題に対応できる広がりをもつものでなけれぱならない。欧州においては各国間の文化的・歴史的な繋がりとともに、EUやNATOなどによる制度的繋がりが確保されている。各国間の経済的格差も少なく、利害をともにするグループということができよう。OECDもそのかなりの部分が欧州である。アジア太平洋はこれに比較して極めて多様であり、その利害も異なる、情報ギャップを意図的に埋める必要があろう。各国の置かれた状況や政策意図について透明性を確保することが重要である。日本はそのための場を積極的に提供していくべきであろう。

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