1997年8号

第29回地球環境問題懇談会から 「地球環境に関する国際法制度」

 平成9年6月2日、日本自転車会館3号館において標記懇談会を開催した。その中で岩手大学人文社会科学部 磯崎博司 助教授にご講演いただいたので、以下にその概要を報告する。

1. 国際法と条約

 本日は、地球環境に関する国際法制度、あるいは条約制度について、それから、今年12月の気候変動枠組み条約の第3回締約国会議との関連で、温暖化関係の法制度、特に議定書として採択予定になっているような法的な義務のある目標が設定された場合にどうなるのかということ、この大きく2つについてお話したいと思います。

 それでは、先ず、国際法、あるいは条約という制度について簡単に説明をします。国家を対象にする国家間の合意が国際法ですが、条約を作るときに、それに参加する主権者、つまり主権国家の意思がそこで反映されます。これは立法過程でもそうですし、立法が終わった段階で、その法律に自分が拘束されるかどうかを意思表示する機会が与えられ、主権が確保されています。この意思表示ということが、後で触れます温暖化議定書、その義務規定との関連で問題になってくるわけです。

 それから、呼び名ですが、憲章、条約、あるいは協定という呼び名があります。英語でもコンベンション、トリーティー、アグリーメントそれからチャーター等それぞれ呼び名が違いますが、一般 的に条約と呼ぶものはそれらすべてを含みます。したがって、呼び名がどうであるかによって法律上の拘束力の違いは全くないということです。それと、条約には議定書が付随していることがあります。

 後でお話しする気候変動枠組み条約の場合には、条約で定めている大まかな枠組み、義務を明確にするための法的文書を議定書と呼んでいます。似たタイプのものは、オゾンの場合のウィーン条約のもとにモントリオール議定書と呼ばれているフロンその他の規制を定めている議定書があります。親条約の方で基本的な目標を設定して、そのための規制措置とか規制基準などを議定書で定めています。

2. 地球環境問題と国際環境問題

 それではその次に、地球環境問題と国際環境問題の区別 について触れたいと思います。主権国家の国境を超えて被害や影響が生じることに着目した時に国際環境問題と呼ぶことができます。

 一方で地球環境問題と呼ぶ時には、先ず、主権国家とかかわりのない場所、あるいはかかわりのないものに対して影響が生じることに着目します。国際公域、例えば、公海、それからその海底である深海海底、そして宇宙空間ですが、そのような国際的な公域に対して、例えば汚染がその場所で生じるか、あるいはそこへ生じさせる場合です。それから、一般 的な大気汚染というよりは、成層圏を越えた、国家主権、領空主権を越えた場所に問題が生じる場合があり、オゾン層の破壊の問題などはこれに当たります。それから、南極も南極条約がある限りにおいては国際公域ですので、そこで生じる問題も、やはり国家主権を越えた場所、越えたものに対して生じているとみなされます。それから、気候系とか生命系というような国家主権で管理できない事柄に関連する問題も地球環境問題とされます。

 したがって、気候系、温暖化などは当然地球環境問題になりますし、生命系という意味でいわゆる生物多様性にかかわるような問題、これも同様に地球環境問題として取り扱われます。この観点からは、実は、酸性雨問題は地球環境問題とは呼ばないのです。酸性雨は、いわゆる国際環境問題の1つとして位 置づけるということになります。そのような地球環境問題でもう1つのポイントは、将来世代のことにかかわるような問題です。

 具体的にそれではどのような地球環境問題があるかというと、まず、公海の管理があります。82年に採択された国連海洋法条約では、すべての国家に対して公海を含む海洋環境を保全する義務を定めています。この特色は、締約国ということではなくて、すべての国家という言い方をしているので、慣習法上、海洋環境を保全する義務というのはすべての国が、つまり、この海洋法条約に入っていない国も含めて、そうした義務を負っているという立場をこの条約がとっていることです。

 それから、公海との関連で、ロシアの核廃棄物を日本海の公海部分にロシアが投棄したケースを契機にして、ロンドン海洋投棄条約を強化する議定書が昨年採択されて、原則として公海を含む海洋に対して投棄をすることを禁止しています。

 あと、公海に関して別の観点からは、公海の資源管理ということで、公海漁業があります。95年に公海に関する漁業協定が採択されて、この中で公海における資源管理を明確にすることが求められてきています。各締約国は自国の船舶が公海操業するときにはMSY(Maximum Sustainable Yield)、最大持続可能な生産量ですが、それを維持するような漁業政策を立てて、自国船舶の操業を管理しなければなりません。さらに、維持できなくなりそうな場合は、操業停止などのような形で措置をしなければいけないという、厳しい内容を持っています。

 それから、深海海底活動に関しては国際海底機関という国際機構が管理をしますが、この国際管理機構が申請された深海海底開発活動に関して環境アセスメントを行って必要な措置を求めます。活動変更命令も出すことができますし、それから環境に与える影響が大きい時には操業停止命令も出すことができます。ただ、今のところ、まだ現実の操業というところまでいっていません。

 宇宙空間については、これも深海海底以上に現実の問題になりにくいということで、環境保全のための具体的な法規制はありません。ただ、成層圏オゾンについては、先ほど触れたように、条約あるいはモントリオール議定書という形で成立はしています。

 それから、南極条約では、環境保護議定書の中で、今の深海海底制度に準ずるような形での国際的な環境影響評価制度が定められています。環境影響評価を行うのはそれぞれの締約国ですが、それぞれの締約国がそれを公表して、そしてほかの締約国などから指摘や意見などを受けつけて、それを受けつけた後で、決定はもちろん締約国が行いますが、その決定内容もまた公表するという説明責任を重視する制度です。

 そのほかで生命系ですが、具体的にはどんなことを言っているかというと、特に遺伝子に着目して、遺伝子資源は国家主権のもとに入らないということから論理構成がされてきています。もし主権を認めたとしても、遺伝子とか生物種に対しては、主権国家は全面 的な主権を行使できないという考え方が出てくるわけです。

 その観点から、生物多様性条約という92年につくられた条約があります。この条約では、それぞれの国に対して、国内にある生物資源や遺伝子資源を利用する権利、それから使う権利、管理する権利を認めています。しかし、主権そのものは認めていません。条文の中では少し違った書き方で、主権的な権利があるという言い方をしています。この主権的な権利という言葉は、大陸棚条約でも使われていました。国際法上、主権と主権的権利の区別 としては、英語ではソブレインティーが主権そのものですが、主権的権利がソブレインライトで、日本語ではそれを主権的権利と訳しています。特定の事柄についてだけ他を排除する、ほかの利用を排除するという権利、それを主権的権利と呼ぶということです。

 主権的権利は、どのような場合であっても、その権利を持っている者の権利がいつまでも続き、ほかからの影響に一切左右されないということです。ですから、例えば大陸棚をその国が使っていなかったにしても、よその国が大陸棚資源をそこで掘ったりすることはできません。あくまでも沿岸国の許可、そこに主権的権利を持っている国の許可などがない限り大陸棚資源開発はできないということですが、それと、主権ではないのですべてをカバーするわけではなくて、あくまでも大陸棚の資源開発だけにかかるということです。

 生物多様性条約はその主権的権利の方を生物種や遺伝資源に対して設定しています。 それから、同じように、幾つかそのほかの自然や野生動植物に関するような条約、例えば、絶滅のおそれのある野生動植物種の貿易に関するワシントン条約の中でもやはり生物種について、それぞれの国だけのものではないという観点から、生物種の絶滅防止のための措置がとられています。特に貿易禁止というような措置がとられるわけです。それから、グローバル性との関連では、提案と、それからリストアップ決定は、それぞれの国というレベルではなくて、国際的、全世界的に行われます。ある種が絶滅のおそれがあって貿易規制をすべきかどうかについての提案権及び決定権は、その生息している国ではなくて、国際社会の方にあるということになります。この辺も生命系という観点を入れた考え方です。

 それから、世界遺産条約、ラムサール条約という特定の場所を登録指定していく条約があります。これは各締約国の国内の特定の場所を国際登録リストに載せていくシステムを持っています。ただ、先ほどの生物種に比べると、具体的な土地を指定していきますので、この場合はワシントン条約ほどは提案権とか決定権は国際社会の方にあるのではなくて、やはり国内の土地所有権などが絡んできますので、決定権はそれぞれの国の方にあります。

3. 環境条約の遵守および履行確保

 環境条約を定められている通りに、どうやって効果 的に実施していくかということが非常に重要になります。もしそうでない場合には、守らなくてもいいという認識が広まってしまい、条約の方から見ても法的に困る事態が発生します。特に、地球環境問題のときにはただ乗りすることができるわけです。フリーライダーとよく呼ばれますが、単純な損得勘定からいけば、ほかの国に対策をとってもらって自分の国はとらないこととすれば、利己的な観点では非常に大きな得になるという面 があります。こうしたフリーライダーを防止することも、条約を実施していくということが求められる理由の1つです。

 法律がある以上、実施を確保するべきであるということ、それからフリーライダーの発生を防止するということ、この2つが特に必要になってきます。

 次に遵守と履行の確保のための具体的な手法ということですが、南極条約、宇宙条約、月条約などで個別 国家による相互監視の遵守確保を行っています。遵守確保の手続はどうやって開始するかということですが、定期的・継続的に行われる場合もありますし、事件が起こり締約国あるいは私人による申し立てに基づき行われる場合もあります。また条約の事務局や理事会などが職権で遵守確保の手続を開始することもあります。

 それから、そういう手続がどのような内容を持っているかということですが、監視を行う場合とか審査を行う場合、指導を行う場合、指導を行う場合でも、勧告でとどまる場合と、具体的な促進措置や交渉、あっせん、調停など勧告内容を実現させるための措置をとるような場合なども幾つかあります。

 法的規制の限界ということですが、地球環境問題に見られるようなときに、実は法律規制では難しい場面 が非常に多くなってきています。温暖化も実はその1つです。それから、先ほど幾つか触れたような自然生態系の保全もやはり同じようなレベルです。結局、特に生物多様性に見られるような場合は、個々の状況が余りに違うので、一律の法律規制、法的基準が立てられないということです。そのため、例えば生物多様性は守りなさいというような、あるいは良好な自然は守れというような義務がかけられます。それと同じように、温暖化の場合は温暖化を進めないように、またはガスの排出を安定させるというような枠組み的な義務設定がされます。

 オゾン層対策の場合もやはり枠組み的な義務設定がなされ、それを議定書によってより明確な目標や数値にしています。そのような枠組み的な義務を前提としたときに、特に実施を確保することが、そして既に触れたような措置だけでは実施確保が難しいということが言われています。

 つまり、既に触れたのは、具体的な義務がかなり狭い範囲でそれぞれの条約で設定されており、その設定されている法的な義務を遵守させるための措置です。それに対して、枠組み的な義務設定の場合には、この遵守を確保するだけでは不十分で、必ずしも法的な義務としては設定されていないことも含めて、「効果 的な実施」を図ることが肝要です。いわゆる効果的な実施というのは、遵守や履行の確保、法律上の義務を果 たすということだけではなくて、法律上の義務以外のところも実施を求めるという考え方です。

 遵守確保に向けて非常にさまざまな措置がとられており「説明責任」というのもこの範囲内でとられています。不遵守対応のための手続として、資格停止、あるいは貿易制裁のような厳しい制裁措置をとっている環境条約もあります。温暖化議定書に関する提案には、既に挙げてある措置のほとんどが組み入れられていますが、制裁措置は明確な形では入っていません。

 環境条約では制裁措置はまれですが、幾つかの条約では制裁措置をとっています。特に金銭的な措置ですが、金銭的措置以外は実は執りにくく、環境の観点から原状回復あるいは何らかの措置を強制的に実行させるということは、かなり難しい面 があります。そうすると制裁措置としては、どちらかというと金銭面に偏るのではないかと思われます。この点でNAFTAの環境協力協定が比較的しっかりした制裁措置を持っていますが、これはもともと優遇措置を条約で与えるということが前提ですので、むちを打ちやすいということがあります。それがない一般 の地球環境に関する条約の場合にはそうした措置がとりにくいので、実際上、金銭的な措置になるのではないかと思われます。

 なお、前回のAGBM6(ベルリンマンデートに関するアドホックグループ第6回会合、97/3)で出されたアメリカ提案の中では、自分で自分の将来の削減義務に制裁的な対応をすることを設定しています。つまり、削減目標を達成できなかった時に、自分の次の期の削減枠から借りてくることができて埋め合わせができますが、その借りてきた分は20%増しで次の期に削減を多くやらないといけないということです。これも一種の制裁ですが、ただ、批判されているように、自分で自分に課すだけなので、結局、貸し倒れというか、後になればなるほど多くなっていって、自己破産する危険性が言われています。

 ところで、私もその1人ですが、日本の環境法の研究者グループが議定書案を示し、その中で不遵守に関する金銭支払いを課すべきだという提案をしています。その理由は、もちろん法的義務があるということなので、その義務違反が起きないようにするための抑制措置であるというのが1つと、それからもう1つが、義務違反が発生してしまったときに、その義務違反を解除するための制度をどうしても設けないといけないということです。先ほどのように、原状回復とか損害賠償とか、あるいはその他一般 的に義務違反のときにとられるそのほかの措置がとれないということなので、そうすると義務違反を解除するためには、制裁金の支払いで違法状態でなくするというのが一番いいのではないかと考えています。それを入れることによって、多くの国が違法状態になり、そして法的義務として定められていても、結局は守らなくていいとみんなが思ってしまうというような事態が起きることも避けられることになります。

 もちろん、法律上の義務だけれども罰則は課さないということも考えられます。国内法でも実例がありますが、それと同じレベルのものに今回の議定書をするということも可能です。その場合、現行の条約が先進国に対して求めている努力目標、90年度レベルに安定させるということですが、あれは法的義務ではありませんので、それと結局同じことになってしまいます。そうすると法的義務を課す議定書をつくるという目的と比べると、おかしいことになりますので、この様な法的義務を達成できなかった場合の措置について検討を深める必要があります。

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