1998年12号

「天網恢々」

 世界経済は崩壊の瀬戸際に立っている。と、大きく構えるつもりは実はない。ただ、昨年7月タイから始まった金融経済危機の波は当初の予想を遥かに超えた広がりを見せつつある。

 今や市場の声に耳を傾けようとしなかった事が今回の危機を招いた根本原因であると言っていた市場原理主義の人々の市場に於いても、言っていた張本人達が夫々に困難に直面 しており、大なり小なり自信喪失に陥っているかに見える。良い気味だといっておれないのは、これら先進国が自分勝手の都合で為替相場を弄んだ結果 、周辺の新興市場が次々と流動性不足に陥っていったのが今次の危機の基本的なシナリオであった事を考える時、彼らが周囲の迷惑を考えずにどんな身勝手な対策を打ち出してくるやも知れないからである。この間、犯人探し的な分析めいた解説がいくつも出てきた。先ず最初はおよそアングロサクソン的でないと勝手に認定した点をあげつらい、危機は“アジア的”であった諸事項が原因であったとするものであった。次に梢々論理的めいて“ドル連動の為替相場政策をはじめとするドル中心の体制”が原因といわれた。この半年くらいは“短期資金の無責任な行動”が悪の根幹であり、これを世界的規模で規制しなければならないという論調が主流となっている。本年開催された国際会議に於いてはサミットからIMF総会まで、この点が強調され確認しあって終了となったような印象を持つ。“グローバル”で単純なかつ効果 的な短期資本規制こそこれからの安定を考える上で最も重要な点らしい事は分かった。

 ところでそのような規制は具体的には何を誰がどういう風にする事を意味しているのかと思って取材を重ねると、突然に焦点がぼけてしまうような感じにとらわれる。そして実は、ここまで頭を廻らせている人はいないのではないのかという事に気がつく。以下試みた事はこのテーマについて論理的に考えるとどうなるかという推論である。

 先ず最初に考えるべき点は、短期資金取引は実に様々な貌をしているという点である。それは顧客の確かな需要に応える“実需”取引から、この実需取引を成り立たせている“カバーヘッジ”取引から純粋な利益目的の“投機”取引に至るあらゆる性格を含んでいる。73年の為替相場の変動制移行後、度々議論はされたが今に至るまで、為替市場関係者間で受け入れられている事は上の“実需”取引と他の二つの間には何とか線を引いて区分する事はできるかも知れないが、残る二つの間に線を引く事は不可能であるという点である。この事は、為替取引に比べれば取引頻度も少なくかつ取引終了までに定義上長ければ1年を要する短期“資本取引”に於いても当然に成立するテーマである。という事は、例えば銀行の決済機能が作動する個々の決済の瞬間に上手に網を張っておいて、経常取引に基く実需取引とこれを成立させるに必要なカバー取引は通 し、無責任な投機取引に係る決済は逐一これを自動的にはねるといったシステムの構築は土台無理な相談なのである。となると資金の流出入を水際で分別 する事となり、この作業は出し手国サイドおよび受入国サイド双方のアプローチがある。出し手国サイドで考えられる規制は、責任監督部局による広義の金融機関の通 常監督の中に含ませる事が可能であり、依って立つ基盤は“健全性”維持のための観点並びにある種の倫理規程的アプローチとなる。多くの国の銀行(および投資家を含む広義の金融機関)に課せられている"一社限度#とか我が国の「三業種規制」の国際版と考えれば良いが、窓口規制的ニュアンスは否み難く実効性にも疑問は残る。またヘッジファンドをはじめとする国籍を持たぬ 金融主体に開示を求め規制をかけるのは論理的には難しかろうが、関係国の責任ある対応を期待したい。

 残るポイントは受入国サイドである。これは基本的には受益国である受入国が、安易な国際収支対策・為替相場対策に流されて過大な資金の流入が起きないように、すまわち急速な逆流が流動性の不足をもたらさないように日頃からモニターを重ねておき、必要な時には必要な手段が講じられるようなインフラを整えておけば良いわけである。この点、自国通 貨のユーロ化に慎重であって、傘下金融機関の海外拠点の運営状況にまで神経を尖らせておって最近まで有事規制のためのインフラとして為銀主義を持っていた日本の経験は、十分に先例として役立つものと考えられる。この自分の国は自分が守るという原則を新しいルールとせよと言わんがばかりの主要国有識者の論調を聞いていると、つい昨日までのグローバリゼーション至上主義の如き彼らの主張を想い出しては目を剥く想いがする。と共にマレーシアは極めて論理的かつ正しい選択を9月に行ったという事にも想いが及ぶのである。

 蛇足ながら、急激な逆流が生じた時に管理不能にならぬ ためにという危機意識を持って流入をモニターし管理ないし規制を考えるべき国の一つが、アメリカである事は言をまたない。

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