1999年5号

トロント排出権取引会合での議論


今回、3月第一週にカナダのトロントで開かれた排出権取引二つの会合(国内制度に関するものと国際制度に関するもの)に参加してきたが、それらの内容はかなり示唆に富むものが多く有益であったので、簡単に紹介しよう。


国内排出権取引制度ワークショップ

“Workshop on Progress Toward Development of Domestic Emissions Trading Programs for Greenhouse Gases: A Comparison of Progress around the World” (March 1-3) は、京都議定書の実施に向けて、先進国においてどのような国内的な排出権取引制度への取組みがなされているか、という点に関するワークショップであり、最新の状況の説明と共にフランクでかなりインテンシブな議論がなされた。実施主体はカナダのNRTEE (National Round Table on the Environment and the Economy; http://www.nrtee-trnee.ca/)で、独自の研究成果 を発表した。


ワークショップの総括と所感 

     先進国の中では、京都議定書のフォローアップの中で、かなり国内排出権取引制度を現実のものとして制度設計が進んでいる国がある。炭素税の時と同様に、北欧諸国において、まず導入がなされるもようである。スキームの詳細は、デンマークでは電力セクターに限ったシステムが今年中に、ノルウェーでは来年春ころには決定される見込みである。 

     これらの国の特徴としては、既存の炭素税の除外部門からの導入という形態をとり、ノルディック・パワープールなどの電力市場自由化との関係が強い。わたしの感触では、政治的には(炭素税導入時と同様)人口が少ないうえ、対象部門や企業数が限られていることも特徴となっている。人口が少なく合意しやすいという点を除くと、既存の炭素税の負担を軽減したい(ノルウェー産業界)、炭素税非課税の電力業界をマーケットに乗せた形で巻き込みたい(デンマーク政府)、というようなことも理由となっているようである。電力市場自由化の一環として行っていこうとしていることなども注目される。 

     一方、やはり電力市場自由化を果 たしている英国では、民間セクター、政府ともに意欲を示しているものの、きっかけをつかめないでいる。オセアニアのNZおよび豪州は、かなり具体的な制度デザインのペーパーが完成、もしくは今年中に完成予定である(NZが先行)。時間の問題であるという印象を受けた。また、カナダの議論はかなり進んできており、米国に匹敵するものとなっているが、これらの比較的大きな国は、政治的モーメンタムが付くのにはもう少し時間がかかるであろう。米国の批准問題はセンシティブであるが、産業界の一部は、むしろ取引制度のメリットを計算し、批准の方向でロビー活動する可能性も充分にある(最近の米国の経済立て直しにおいて、クリントン政権は産業界(特に製造業)の「弱いドル」指向と反対に、金融業界の「強いドル」指向を政策として採用し、成功した経緯もある)。 

     ただ、どの国も、国内割当がかなり政治的にセンシティブな問題であると認めている。もっとも、ノルウェー産業界などは、一部には炭素税から逃れるというメリットもあり(産業部門によって異なる)割当やむなし、という姿勢のようである。デンマークは電力部門だけであるため、比較的容易のようであった。どちらも、ある程度grandfatheringベースのdownstream割当方式になりそうである(詳細は審議中)。 

     個人的懸念として、どの国も自分たちの排出削減の限界コストは高いと認識していることがある。ノルウェーは、電力セクターが全部水力で、国内には高率の炭素税、伸びているのは国外の需要に引きずられた北海油田/ガス田…と削減オプションがほとんどないのはよくわかるが(おそらく限界コストは世界一高い)、その他の国は(日本も含めて)低コストオプションはかなり残っているはずである。国内排出権取引制度は、これらの低コストオプションが市場を通 じて実現されることを目指すものであるが、部門によっては必ずしも有効に機能するとはかぎらず、その場合は規制やPRなどの政策措置で補完することとなる。

各国の取り組みの例

「ニュージーランド」 

     国全体の経済政策の柱を、小さな政府と市場自由化としている。そのラインに沿った形で、「最小コスト」オプション指向(コスト・メリット・オーダー方式)を明確にした。その結果 、必然的に国内排出権取引制度を指向し、かつ国際マーケットとのリンケージを不可避のものとして位 置づけている。以前の低率炭素税への指向から、昨年秋に国内排出権取引制度に関するテクニカル・ペーパーをリリースし、制度設計の分析を行ったが、今年になって、さらに詳細な分析結果 に基づくDomestic Policy Options StatementとしてConsultationドキュメントをリリースした(http://www.mfe.govt.nz/issues/climate.htm   )からPDFでdownload可能(100ページ程度)。ワークショップ用の概要ペーパーもあり)。政治的に実施できる唯一のオプションともいえよう(低率炭素税も補完するオプションとして考えられている)。その中で、第1コミットメント期にできるだけ広いカバレージ(ガスとセクター)を持つ国内排出権(アローワンス)取引制度(国際マーケットとリンク)を温暖化対策の「中心」として据える(決定)。 

     その一方、2008年以前は未定(政治的キー・クェスチョン)だが、オプションとして、

     1.2008年以降のスキームを早めに明確化(Forward取引;必ずしも割当の数字を示す必要はない。Cap-and-tradeタイプ)

      2.クレジットタイプ取引制度(炭素税を除外;negotiated caps方式)と低率炭素税との複合型

なども検討されている。インセンティブは2008年以降へのroll-overが意識されている。1のオプションの場合、capの水準を「排出権価格の2008年時点の連続性」を基準に決めようとしていることなど($5-10/t-CO2程度)、かなり練れた分析が行われている。なお、NZの場合、以前から行われてきている低率炭素税とのパッケージアイデアが特徴的であり、早期方式への「自主参加」にしても、炭素税との「選択」が任意ということのようである。いいかえると、この「炭素税率」が排出権価格の上限を規定する、ということができよう。 

     アローワンス(パーミット)方式の取引制度に関しては、「規制」ポイントと「割当」ポイントの差は明確に認識されており、前者に関しては上流あるいはハイブリット方式が認識されている。規制ポイントに関して、実排出量 もしくはポテンシャル排出量(燃料から換算)以外に、不確実性の高いものの取引コストを下げる方法としてemissions threshold方式なども考えられている。

「デンマーク」 

     いままで炭素税の適用外であっり、規制緩和が進行してきている電力セクター(10社程度)を対象に、EU電力市場自由化などにともなう「規制緩和政策の一部として」国内排出権取引制度を検討しており、1999年内には提案を固めたいとしている(デンマークは環境とエネルギーが同一の省になっている)。この方式はcap-and-trade方式であり、おおむね業界からの反応もそんなにネガティブではないようである。現状は、議会との最終的な(?)詰めの交渉段階にあるようである(http : //www. ens. dk/uk/energy_reform/)。 

     デンマークは,電力セクターに対象を絞ることにより、クレジット方式ではなくcap-and-tradeスキームを導入するという現実的な選択を行った。それには、電力部門が炭素税の「外」にあったという面 もあるであろうが、部門内の「均質性」、「モニタリング/トラッキング等の容易さ」などのシンプルさからも、成功する可能性は高いと予想される。ただ、規制「水準」をどうするか、など、残された課題もある。これは、当面 は京都以前からある2000年、2005年国内自主目標がベースなり、2008年目標に繋げられるようである。もっともその中の電力セクター分の大きさはまだ交渉中である(うわさではデンマークの電力分をカバーできる水準で、徐々に減少。「カーボン原単位 を上げた分だけ輸出できる」水準)。割当はおおむね、grandfatheringベースとなる。新規参入者問題はここでは重要視されていない(該当なし;180%近いオーバーキャパシティー。新規規制も厳しい)。

「オーストラリア」 

     1998年11月には政府がNational Greenhouse Strategyを発表。その中で、AGO(Australian Greenhouse Office)は中央/地方政府やステークホルダーとのコンサルテーションを経て、国内排出権取引制度設立のオプションを検討することになった(上記の勧告を参考)。現状では、国内排出権取引制度を導入するかどうかの決定はなされていないが、現在AGOがオプションの検討を進めている。基本的スタンスとしては、政府ではなく、民間セクターが取引を行うことが想定されている(責任の譲渡)。 

     AGOは4つのディスカッション・ペーパーを2、3カ月ごとに出すことになっており(1. Establishing the Boundaries; 2. Issuing the Permits; 3. Crediting the Carbon; 4. Designing the Market)、最初のものは今年の3月末に予定されている(http://www.greenhouse.gov.au/)。1.のペーパーはガスおよびセクターのカバレージの問題、upstream/downstreamを参加問題として扱う。2.では割当やオークションの方法、早期クレジット取引制度が対象だが、まだまだ検討段階(遅れる見込み)。3.はシンクの問題、4.はモニタリング、レポーティング、遵守、トラッキング、登録などを扱う予定。リリース後のコンサルテーションの結果 はリスト化され1999年末までに(プログレスレポートの一部として?)政府に提出される予定である。


国際排出権取引ダイアローグ・グループ会合

“International Emissions Trading Dialogue Group Meeting” (March 4-5) は、主要Annex I国から政府代表一名と産業界代表一名を招き、京都議定書の排出権取引制度に関して、特定のテーマに焦点を絞り、かなりインテンシブな議論をたたかわせる場である。実施主体であるCCAPは、ワシントンD.C.のシンクタンクで、排出権取引等の柔軟性メカニズムに関して、積極的な政策提言を行ってきている。


会合の総括と所感 

     国際的な政策(特にスキームデザイン)に関して、(特に非アンブレラ・グループとの)きわめて重要な意見交換の場であると感じた。特に(かなり頻繁に入れ替わる)日本の政策担当者にとって、個人的な友好関係を築くと同時に、各国政府や産業界の意見をきく、また、こちらの意見を述べる機会として、ぜひ、活用すべきである。 

     全体的な印象としては、議論を通 じて(頭の体操や他人の意見をきくことによって)共通の見解が醸成されてくるプロセスとして、かなり重要な位 置付けにあると考えられる。公式の場ではなく、自由に意見を闘わせることができる点も望ましい。参加者からも、この会合の有益性がかなり強調された。 

     個々の論点としては、議定書の遵守問題とからめて、売手/買手責任制に関しては、売手責任制の現実性が勝っているという共通 認識ができつつあるようである。ただ、遵守問題、非CO2ガス、適格性に関しては、まだまだ議論が足りない。補完性に関しては、国際的なメカニズムに制限を付ける方法ではなく、国内措置側での対応でsovereigntyに抵触しない解を探すことととなろう。JIの(一種の)売手責任制も、まだまだ議論が必要である。 

     「ネクストステップ」として、今回も扱った「広義の遵守問題」などの他に、議論の範囲をやや広げ、「CDM(特に途上国自身によるプロジェクトの問題)」、「途上国のOpt-Inに関するgrowth target問題」などが提案された。また、商品取引所の人の話をきく重要性なども産業界から指摘された。  

     その他、発言は政府関係者が多かったが、産業界からの意見として、ドイツ産業界の議論として、キャップへの反対や、米国、カナダ、ノルウェー産業界のsupplementarityによる取引可能量 制限への懸念、compliance cost削減、買手責任制へのリスクの高さ などが主張された。

GISPRI/IGES 松尾 直樹

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