2000年5号

IPCC第5回第三作業部会全体会合

今年3月8-15日、ネパール・カトマンズにおいて、上記IPCC全体会合が開催された。その概要を報告する。
 

背景と概要

 本会議はIPCCの二つの特別報告書、技術移転に関する特別 報告書(SRTT)及び排出シナリオに関する特別報告書(SRES)の政策者向け要約(SPM)の承認と報告書そのものの受諾が目的であり、第三作業部会(WG3)において審議された。審議は、各国から事前に文書によって提出されたコメントのリストを基にパラグラフごとに議論が進められた。

 SRTTは持続可能な開発のための気候変動対策としての環境に適した技術の移転という特殊な課題を分析するものとして作成された報告書である。
 SBSTA第1回会合での「技術移転に関する方法論及び技術論について評価を行うとともに、更なる展開を図ること」という要請に基づいて作成の準備がなされた。本報告書は、気候変動枠組条約(FCCC)において途上国との協調・途上国への援助に関する問題にFCCC締約国が対処できるように科学的・技術的情報を提供し、技術移転に関する議論の展開に応えるものとなる。
 SRESは、1990年と1992年に作成した長期排出シナリオ(IS92排出シナリオ)について排出の決定要因の理解と方法論に大幅な変更が加えられるべきである(1990年の実績データの採用、1990年代の旧社会主義国における経済停滞の反映等)と推奨されたことを受け、新しい研究成果 も取り入れた新しい排出シナリオ集として作成された報告書である。今後、気候変動とその影響、そして気候変動を緩和するオプションについての様々な可能性を分析するために幅広く使用されることが予想される。
 これら特別報告書は、気候変動問題に関する今後の様々な意志決定に対して長期的にも短期的にも影響を大きく与える可能性があるため重要であったということができる。出席者はIPCC関係者を含め約90ヶ国約190名で、日本側参加者10名であった。

[技術移転に関する特別報告書(SRTT)]

 本会合における主要な論点は、技術移転の定義、技術移転の障害の定義、技術移転に関して期待される行動(全ての国・先進国及び経済移行国・途上国)の分類、資金協力に係る記述、京都メカニズムの扱い等であった。これらの主要な論点については、各論点ごとにコンタクトグループが設置され、議論を重ね、概ね結論を得たところ、本会合で議長より提案が行われ、承認を得た。京都メカニズムについては、京都議定書は未だ発効していないことから本報告書に記述することは不適当であるとの提案が、中国、サウジアラビア等の途上国からあった。このため、現段階では評価することはできない、との記述にすることに決定した。この提案及びそれに対する処置は、昨年5月のコスタリカ全体会合における「政策関連の10の質問」に関するR議の際にも見られたことであり、今後の会合においても同様な状況が予想される。
 本報告書は、本年9月に開催されるSBSTA第13回会合、同11月に開催されるCOP6に向けて、FCCCに基づく技術移転に係る各約束を履行するための方策を明らかにするため、本年6月に開催されるFCCC技術移転問題に関するワークショップ、同6月に開催されるSBSTA第12回会合において活用されることとなる。

[排出シナリオに関する特別報告書(SRES)]

 今回の排出シナリオの特徴は、IPCCの第二次評価報告書のIS92排出シナリオと異なり、1つの排出経路をもつシナリオが複数(IS92a、IS92b、等)存在するのではなく、以下に述べるように、複数のシナリオを1つの集まりとして一体的に扱いその集まりが複数存在する、という構成をとったことである。

・416個の世界中のシナリオを分析した上で、4つの主要なストーリーライン:経済成長を重視するか(A)又は環境を重視するか(B)、及び世界化が進展するとみるか(1)又は地域主義が強まるとみるか(2)を定めた。人口、経済成長率、エネルギー消費量 、技術進歩といったシナリオを決定付ける要因について、それぞれ4つのストーリーラインの性格に相応した数字を与えて計算を行った結果 、40のVナリオが作られた。各シナリオはストーリーラインごとに「ファミリー」と呼ばれる複数のシナリオ群、すなわちA1ファミリー、A2ファミリー、B1ファミリー及びB2ファミリーに振り分けられた。

・また、40のシナリオは、7つの異なるグループに振り分けられた。すなわちA2、B1及びB2という3つのファミリーとA1ファミリーの4つのグループである。4つのA1グループはどの技術に重点を置いているか、すなわち石炭(A1C)、石油及びガス(A1G)、非化石エネルギー(A1T)、全エネルギーを調和させたもの(A1)、によって区別 されていた。

 第1の論点として、アメリカ合衆国の主張は、現在よりも少ない排出量 となるシナリオを含むB1ファミリーについて、楽観的過ぎ、途上国に誤ったメッセージを与えることになるので、高排出シナリオを追チし、バランスをとるべきである、というものであった。具体的には、40のシナリオを分類する方法として、「3つのファミリーと1つのファミリーの中の4つのグループ」とするのではなく、7つの分類を平等に記述すべき、というものであった。

 反対に、サウジアラビアの主張は、地球温暖化が深刻との印象を与える部分に強く抵抗した。A1C及びA1Gの排出量 は過大となっているので削除すべき、というものであり、またそれに関連して、A1ファミリーを4つに細分化することに反対するものであった。

 またもう1つの論点として、放射強制力に関する記述の削除の要求がロシア、サウジアラビア、中国等より提出された。IS92と比較した本報告書の特徴のひとつは、2100年時点でCO2排出量 は低めとなる一方、硫黄酸化物の排出量は各国のSOX対策の徹底によって激減し、その冷却効果 も減少するため、全体として温暖化効果はIS92より高まるとしている点であり、その内容についてのサウジアラビアの懸念は大きいものではあったが、実際の論点は、本来WG1が担当する放射強制力の計算を、本報告書の作成を担当しているWG3がなし得るか否か、WG3の担当事項であるか否か、というものであった。

 第1の論点について結論としては、
・A1ファミリーを構成していた4つのグループは、A1C及びA1Gを1つにまとめ化石燃料の技術に重点を置いたA1FI、全エネルギーを調和させたA1B及び非化石エネルギーの技術に重点を置いたA1Tの3つのグループに分類した。

・「4つのシナリオ群」という基本的な内容は変えないものの、A2、B1、B2の3ファミリーをグループとも称し、A1ファミリーの3つのグループ、すなわちA1FIグループ、A1Bグループ、A1Tグループとともに6つは実質的に平等な扱いがなされることとなった。

 第2の論点については、WG3は放射強制力を計算する権限は無い、として、本報告書から放射強制力の記述、表を全て削除することとなった。
 現在作成中のTARは本報告書の存在を前提として執筆がなされている章があることから、本会合においてその基本的な内容、構成を変えることなく承認・採択されたことは今後のTARの作成作業においては非常に重要なことである。また、本報告書は政策非介入シナリオであり、いわばベースライン・シナリオであることから、今後のFCCCでの議論を含めた温暖化対策にも少なからず影響を与えるものと考えられる。 


(田中加奈子)

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