2000年7号

「環境保全と成長の両立を考える」 研究委員会第3回日米共同会議報告


 環境保全と成長の両立を考える研究委員会(委員長:奥野正寛東京大学教授)は、去る5月22日(月)23日(火)にホテルニューオータニにおいて、未来資源研究所(Resources for the future)と地球温暖化問題について議論を行いました。未来資源研究所との会合は、平成11年のワシントン、平成12年の東京に続き、第3回目で す。なお、環境保全と成長の両立を考える研究委員会の終了(平成12年3月)に伴 い、未来資源研究所との会合も今回が最終回となりました。この会議の概要につきま して、報告いたします。  


1.日米共同会議参加者
(1)日本側

奧野 正寛氏 (東京大学経済学部教授)
金本 良嗣氏 (東京大学経済学部教授)
清野 一治氏 (早稲田大学政治経済学部教授)
黒田 昌裕氏 (慶應義塾大学商学部教授)
西條 辰義氏 (大阪大学社会経済研究所教授)
新保 一成氏 (慶應義塾大学商学部助教授 )
鈴村興太郎氏 (一橋大学経済研究所教授)
蓼沼 宏一氏  (一橋大学経済学部教授)
十市 勉氏 (日本エネルギー経済研究所理事・総合研究部長)
山口 光恒氏 (慶應義塾大学経済学部教授)
山地 憲治氏 (東京大学大学院新領域創成科学研究科
先端エネルギー工学専攻
(兼)工学研究科電気工学専攻教授)


(2)アメリカ側

キャロリン・フィッシャー氏 (未来資源研究所)
ロジャー・セジョー氏 (未来資源研究所)
マイケル・トーマン氏 (未来資源研究所)
ダラス・バトロー氏 (未来資源研究所)
ピーター・ウィルコクセン氏 (テキサス大学教授)
ロバートン・ウィリアム氏 (テキサス大学教授)
ローレンス・グルダー氏 (スタンフォード大学教授)


2.会議の議題と概要

  共同会議は2日間、地球温暖化問題に関する諸問題について経済学的な分析を中心 とした議論を行いました。話し合われた議題は3つあり、それらは「政策の設計・実 行・制度」「基本的な決定のクライテリア」「経済全体のコスト分析」です。簡単で はありますが、以下に議論の内容についてお伝えしたいと思います。

(1) 政策の設計・実行・制度

○ 「国内の許可証取引システムの設計に関する経済的問題」:このテーマでは、国 内排出権取引制度設計にあたっての提案が行われました。提案された制度設計にあ たってのポイントは以下の3つです。-実施のポイントは上流であること。排出権は 均一で取引自由かつバンキングが可能とすること。排出権はオークションで割り当て ること。
○ 「炭素吸収源対策:潜在性の分析と政策設定」:このテーマではシンクの問題に ついての議論が行われました。議論の中では、CO2吸収源の問題は、京都議定書の 条文(3条)の解釈にかかっており、これまでの議定書上の規定のほかに(新規植林 ・再植林・森林減少)、森林管理が認められることになれば、日本の場合は京都議定 書の第1約束期間における目標達成のための削減手段の25%くらいを森林に負うこ とで達成が可能だという内容の発表がありました。
○ 「温室効果ガス早期削減プログラム」:このテーマでは、早期排出削減のプログ ラムの推進についての提案が行われました。提案内容はベースラインクレジット方式 ではなくキャップアンドトレード方式での早期排出削減を行うべきであり、そして、 京都議定書の第1約束期間よりも早い時期に削減することでコストの大幅削減が可能 になるというものでした。
○ 「京都メカニズムにおけるEUによる数量制約提案」:このテーマでは、京都議 定書に関する論点のうち、EUの主張する補完性の問題についての経済学的な分析が 行われました。分析の内容は、数量制約をつけることで均衡価格が下落し、このこと によって供給国となりうるロシアを制して需要国であるEU・アメリカ・日本を利す る、すなわち、EUの主張の主旨は各国の国内削減を促してホットエアーを抑制する 効果を持つのだというものです。
○ 「地球環境と交通政策」:このテーマでは、地球環境と交通政策に関する議論が 行われました。温暖化対策のベストアプローチは経済全体に一様に課税される炭素税 であり、日本の交通分野においてはすでに燃料課税が行われているので、これを温暖 化ガス排出量に応じて行えばよいが、交通分野のみの課税といった部分的な適用では 効果がないという内容のものでした。

(2)基本的な決定のクライテリア

○ 「地球温暖化の厚生経済学」:このテーマでは、地球温暖化の厚生経済学的な分 析結果が発表されました。内容は、地球温暖化問題は、過去世代と現代世代、先進国 と途上国の対立であり、伝統的な厚生経済学に基づいて考えた際、地球温暖化問題に ついてなぜわれわれが責任をとらなければならないのかという道徳的理由を明らかに しようと考え、その際、「責任と補償」という規範で考えるに至った、というもので した。

(3)経済全体のコスト分析

○ 「京都議定書に基づく排出権取引と資本フローに関する概要」:このテーマで は、国際的な排出権取引の導入により、コストの高いヨーロッパからコストの低いア メリカ・開発途上国への大規模な金融資本の移動がおこるという、モデルによる分析 結果が紹介されました。
○ 「環境保全のコストと政策のあり方」:このテーマでは、国内政策としてフラッ トな炭素税(カーボンコンテンツに課税するもの)を導入し、この税収を国際排出権 取引市場からTradable Permit を購入する原資とするという内容についての提言が行 われました。この提案の背景には、日本には産業界を中心にキャップアンドトレード システムを受け入れることへの反対が多いと考えられていることがあります。
○ 「地球温暖化と国際貿易」:このテーマでは、地球温暖化問題に関する経済理論 分析が行われました。理論分析による帰結は、各国の温暖化対策は各国の政策にゆだ ねられているが、その政策の違いが世界全体の温暖化政策に戦略性を生むというもの であり、また国際貿易構造をゆがめる可能性があるというものでした。
○ 「気候変動政策と税制の歪み」:このテーマでは、汚染源に対して税金をかけ、 これをもとに既存税制の歪みを是正する-たとえば労働に対する税金を削減する-政 策が提言されました。また、規制やグランドファーザリングによる排出権取引では歳 入の増加がなく、レベニューリサイクリング効果は期待できないということも指摘さ れました。
○ 「CO2削減政策における分配上の影響(および政治的影響)への対処」:この テーマでは、効率性ばかりに視点を置くべきではなく、公平性・配分上の影響を考え ることが重要であるという議論がなされました。あわせて排出権取引での割り当てに おける100%のグランドファーザリングは、仮に上流割り当てとした場合、上流企業 に利点をもたらすのでグランドファーザーは限られたものとするべきという提案がなされました。

3.主に議論となった論点

 共同会議では、上記の内容でもおわかりのとおり、今回は経済学的な議論を中心に 行ってまいりました。各議題共通でよく話題になったテーマは以下の5つでした。

    (1)最適な国内政策は、税金か排出権取引か
    (2)排出権取引の実施について、上流での実施か下流での実施か
    (3)税金もしくは排出割当を、全体にかけるかセクター別にかけるか
    (4)税金・排出権取引等の政策実施に伴う政治的な実行可能性について
    (5)税収の最適なレベニューリサイクリングとは
これらについては、地球温暖化対策の普遍的な問題であり、結論は出ませんでしたが、熱心な議論が行われました。

(1)の問題については、一律に炭素税をかけるべきという主張もありましたし、排出権取引は割合が難しいので税金が良いという議論もありました。アメリカの研究者からは排出権取引をベースにしたプレゼンテーションが目立ちました。
(2)の問題については、RFFの研究者からは上流での実施が好ましいというプレゼンテーションがなされましたが、出席者の中には下流にするほうが削減をしようとするインセンティブ、たとえば技術開発を行うというインセンティブが働くので、削減のためには下流での実施とするべきではないかという意見が出されていました。
(5)の問題については、最適なレベニューリサイクリングはどうあるべきか、政府への歳入をどう戻すかということに議論が集中しました。


4.共同会議を終えて


 アメリカ・未来資源研究所の研究者からのプレゼンテーションは、排出権取引の上流 での実施、早期削減プログラムの設定等いろいろありましたが、排出権取引の導入と いう点で一致しており、経済効率性を重視した政策提言が目立ちました。またこれと は別に、環境汚染源への税金の導入を提言した学者もいました。
  日本の委員からの政策提言としては、数人からフラットな税金をかけることの提案があったものの、その他の提案・提言はありませんでした。もちろん2年間の国内委員 会を通して、税金・排出権取引の経済的手法、規制による手法、技術開発を誘発する 政策等について十分議論してきましたが、日本にとってどのような政策がもっとも望 ましいか、というところまでは残念ながら結論は出ませんでした。
  今後当研究所においては、地球温暖化問題についての最適な制度設計とは何か、とい うことについて研究活動を進めていきたいと考えております。今回の日米共同会議を もって、委員会としての研究活動は終了しますが、ここでの議論を糧にして、研究成 果として結び付けられるようにしていきたいと思っています。

 なお、共同会議での議論の内容については、先月号で紹介した「環境保全と成長の両 立を考える」研究委員会の報告書に、そのバックグラウンドとなる論文が掲載されて おります。


(文責 事務局 児島直樹)

 

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