2008年2号

情報の価値化と組織文化

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 我が国では、本年1月の「中国製冷凍ギョーザ中毒事故」など苦情や被害発生の認知から消費者への公表・製品回収にまで時間を要し、その間に被害の拡大する事例が繰り返し起きている。事業者による事故対応の遅れへ消費者不信が高まりかねない状況に至って、「今回の対応を今後、内部で生かしていきたい」という紋切り型の反省の弁が聞かれることが多い。ITなどの情報技術は日々発達し情報を伝えるメディア環境は整ってきている。しかし、情報を的確に活用して適切な「意思決定と行動」に結びつける価値化については、技術的な側面よりも組織文化がより大きな影響を与えているというのが、最近の事故事例が示すところである。
 「真田太平記」で池波正太郎氏は、真田家の草の者、徳川家康の甲賀山中忍びによる情報収集・活用と比較して、「大坂へさしむけた使者が捕らわれたり、密書が奪い取られたりしているのだから、いずれにせよ、西軍の情報網は、東軍のそれに比べると、『たわいもなく…』ものであったといってよいだろう。」とし、関ヶ原決戦の西軍総大将石田三成については「すぐれた大名であったが、人のこころが読めなかった。そして、決断力が欠けていた。」と述べている。
 歴史を学べば経営トップに求められる最も重要な能力として、「ローカルな情報をしっかり集め、『やってみなくては分からない』リスクをタイミング失することなく取って、グローバルな視点から行動に移す能力」をあげることができる。フィンケルシュタイン(「名経営者が、なぜ失敗するのか?」、日経BP社、2004)によれば、失敗企業に多いのは「自社の実力を過信しすぎる」「誤った前提に基づいて行動する」「情報をきちんと伝達するしくみがない」「経営者も都合の悪い意見を聞き入れない」である。トップの情報に対する考え方は、”Bad news is good news.”でなければならない。
 最近の新製品開発では、「モデル化、シミュレーション、評価」のデジタルエンジニアリングが重視され、開発リードタイムと開発コスト低減に効果をあげている。しかし、生産工程や市場など後工程のフォローアップやコミュニケーション能力、現物を目で見て気づく力は弱体化している兆候がある。生産においても、工程の4M(Man, Machine, Method, Material)条件が変化したときの発見と対応能力が衰えてきている。一つひとつの情報は、光の当て方により変化する影であり、さまざまな方向からの観察と文脈を通して補完しなければ完備化できない。一を聞いて十を知るには現状とその背景についての知見、深い洞察と直感力が必要となる。また、想定からの変化である”Deviation”への感度も低下してきている。「異常なし」の後で問題が起きることが多いこと、「異常」の情報をアクションに結びつけ価値化する「あと半歩の踏み込み」へ時間がかかりすぎること、からも推察できる。
 「目の輝き」から一人ひとりの日々の変化を発見するダイレクトなコミュニケーション力、機械の臭いや音さらに切削粉の色で加工状態の変化や限界を判断する力、など現場力を重視する組織文化へ改めて回帰することが必要となってきているのではないか。重要なことは、深さ(スペシャリスト)と広さ(エキスパート)を備えた協力体制と組織に横ぐしを通し連携を進めていくコミュニケーション力による”Integrity”である。しかしながら、組織のフラット化などにより弱体化しているのが現状ではないか。
 組織学習のレベルには“Defensive”、“Compliance”、“Managerial”、“Strategic”、“Civil”の5段階があるといわれている。我が国では“Compliance”について論じられることが多い。しかし、“Compliance”での組織学習ではマネジメント不在のレベルである。少なくとも、社会や組織で問題となってきている兆候をマネジメント・プロセスに融合し課題化して、解決していく“Managerial level”にすることが必要である。
 厳しい事業環境にもかかわらず持続的成長を達成している企業の多くは、中長期的な視点からステークホルダーへの”Accountability”を果たしている。 “Strategic”から“Civil level”の組織学習をトップのリーダシップで継続的に行い、経営成果にも結実させている。経営トップが、組織外部のイノベーティブな情報と内部のローカルな情報を、俯瞰的かつグローバルな視点から整理して”Integration”を進めるリーダシップを発揮し、”Performance”へ結びつけている。 
 組織内外の情報感度を高め価値化する思考プロセスを重視し、経営資源を有効に活用して付加価値を生み出す価値形成プロセスの標準化と継続的改善が、価値連鎖構造が変化する環境下での持続的成長には不可欠ということであろう。

 

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