2022年1号

楕円の発想-複数論理の時代への対応―



 1.なぜ楕円の発想か

 「複雑性の時代」のなか2022年の幕開けである。辞書によると、「楕円」とは、「2定点からの距離の和が一定の軌跡」とある。私は、最近の社会現象をみると、楕円の発想を必要とする複雑な現象が多く表れていると考えている。いわば「単数論理」から「複数論理」への転換である。
 先ず、20世紀後半の経済成長を考えてみよう。日本経済は、高度の設備投資が国際競争力の強化をもたらし、輸出を拡大して、世界に誇る高度成長を実現した。当時の経済政策は、極端に言えば、技術力の獲得と設備資金の確保さえ実現できれば、輸出の増大を通じて高度の経済成長が可能であった。1979年にハーバート大学のエズラ・ボーゲル教授が『ジャパン・アズ・ナンバー・ワン』という著作を表したが、成長力の源泉は、こうした同心円の時代の日本の強さであった。
 1960年代後半になると、性格の異なる複雑な問題が起こり始める。四日市ぜんそく、イタイイタイ病、自動車の排気ガス公害など産業公害が深刻になり、鉄鋼や石油化学などのコンビナートを囲んで、「くたばれGNP」などと叫ぶ大衆運動が起こった。「単論理」の経済成長が行き詰まり始めた象徴である。
 1970年代には2度にわたって石油危機が起こる。石油依存を高めた先進国経済は、アラブ産油国の恐喝の絶好の対象となった。省エネルギー技術と石油代替エネルギーの開発に成功した日本経済は、再び輸出力を強化して欧米諸国と激しい貿易摩擦を招く。当時、米国の議会などでは、「米国にとっての脅威は二つ。一つはソ連の軍事力、もう一つは日本の産業力。」だといわれたほどである。ところが1985年のプラザ合意による通貨調整で円高時代を迎え競争条件が一変する。
1989年、「ベルリンの壁」が崩壊し、世界はグローバル時代となる。東西の経済交流が始まり、中国など東アジア諸国は高度成長の過程に入る。日本は欧米諸国が強く求めた景気拡大策から「バブル経済」を招く。その処理に失敗して「停滞の30年」時代となる。世界の主流となっていた情報通信革命の潮流にも乗り遅れてしまう。日本には「楕円の発想」が求められていたのである。

 2.市場資本主義と国家資本主義

 最近、米国を中心とする市場資本主義と中国が導く国家資本主義の衝突が懸念されている。20世紀後半には市場資本主義が圧倒的に優れた市場成果をあげ、当時のソ連を中心とする国家主導の共産主義体制の経済を圧倒していた。
 ベルリンの壁の崩壊によって世界が市場機能を基軸とする資本主義体制が共通性を持つかと思われたが、21世紀に入って、中国が市場機能を活用しながら高度経済成長を実現するようになる。2001年にはWTOに加盟し、2010年には日本経済の規模を追い越した。中国は、累次の5か年計画や「中国製造2015」計画などで、情報関連技術で優れた成果を挙げていた。中国は、5G、6Gなど情報関連技術などで世界に先行しつつある。
 この分野は、グローバリゼーションとの連動が必須である。現在の市場資本主義と国家資本主義の二つの政治経済体制を前提とすると、どのようなグローバル・レジームを創ることが最適なのであろうか。政治体制を異にしながら、市場機能の高度化を実現する条件を整備する「楕円の発想」が求められる。異なる政治体制に共通のスキームを作るには、柔軟な発想が不可欠である。

 3.米中の覇権争いとグローバリズムの基盤形成

 トランプ大統領時代に始まった米国と中国の貿易紛争は、バイデン政権になってからも続いている。香港、新疆ウイグル自治区をめぐる人権問題、さらに東シナ海、南シナ海、台湾海峡の安定など、米中の覇権争いは、激しさを増している。中国は建国100年までに世界第一の地位を意図している。
 中国がその経済においてソ連時代の経済パフォーマンスよりイノベーション力などで優位性を示していることを考えると、米中の覇権争いは、当分続くことになりそうである。
 我々は、こうした国際環境の中で、人類が漸く手に入れかけたグローバリズムをいかに洗練したものにするかが問われている。日本やEUは、米中を説得して、政治体制の違いを認めながら、法治、信頼、人権、平和、自由の価値観を共通にするグローバリズムを定着する努力を払わなければならない。

 4.経済成長の持続と地球環境の保全

地球温暖化現象は、世界各地で発生している異常気象が象徴するように、ますます激しさを増している。2020年初頭以来、世界はコロナ感染症(COVID-19)の感染に苦悩を続けているが、地球温暖化現象は、感染症の拡大にもつながっているという説もある。
2021年11月にグラスゴーで開催されたCOP26では、2015年の「パリ合意」が確認され、石炭利用を縮減することなどが合意されたが、今後地球温暖化の抑制にどのような成果を挙げ得るか、今後の主要排出国の動向に注目していかなければなければならない。
 世界経済が人口の増加を超えて豊かさを追求するとすれば、地球環境の保全と経済成長を両立できる革新的な技術開発が不可欠である。太陽光や風力の利用は、米国、EU、中国、インドなどでかなり拡大しているが。原子力利用については国により見解が分かれている。水素利用、核融合などの革新技術が果たして経済性を保つ可能性があるか未知数である。いずれにしても経済成長を追求しながら地球環境の保全を図るとすれば、技術体系の抜本改革しかない。果たして人類の英知がそれを乗り越える途を見出すことができるであろうか。

 5.文明の衝突と文化の調和

1996年、ハンチントン教授は、『文明の衝突』という著作を発表した。彼によれば、21世紀中にイスラム文明内部、キリスト教文明とイスラム文明の間、キリスト教文明と儒教文明の間で対立が起こると予言した。最近の国際情勢を見ると、その可能性は高い。
過去の歴史をみると、新規の成長国が覇権国に対して、その技術的優位性を持って、覇権に挑むケースが多かった。政治の宿命、いや政治家の宿命といってよいかもしれない。それは、米国や中国など現在の覇権国、或いは覇権候補国がグローバリズムの意義をいかに考えるかに係っている。
一方、文化は、「美」を尊重する人間としての高次の価値を表象するものであり、覇権を争う手段である技術力や軍事力とは異なる。私は、文化の交流には多くの場合衝突は起こらないと考えている。 日本は、他の文化に対して寛容性が高いことは、歴史が証明している。日本が、その文化的特色を国際社会に浸透させることができれば、国際社会の安定と進化に大きな意味を持つ。
 おわりに―複数論理への発想の転換
  2022年は、多くの世界的な課題を抱えながらの幕開けである。私は、日本をはじめ世界の主要国が対立し、矛盾する複数の要因をいかにして調和させることができるか、その英知が問われる年になると考えている。
      

 

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