2023年1号

―対立を深める世界、楕円の発想で進化の道を探ろう―



 1.複雑性と対立性を高める国際社会

 世界は、内外に多くの課題を抱えながら2023年の新春を迎えた。米中両国が激しい貿易対立を繰り広げて約4年、新型コロナ感染症COVID-19が発生してから約3年、ロシアのウクライナ侵攻から約10か月が経過した。「ベルリンの壁」が崩壊した1989年当時世界の人々が期待した「グローバリズム」とは程遠い国際情勢となっている。1972年にローマ・クラブが「成長の限界」に警鐘を鳴らして50年が経過し、2022年11月にはCOP27が終了したが、地球温暖化現象と資源エネルギーの供給不安には未だ解決の目途が立たない。
 このような情勢を見て、私は、1970年代の終わりに第69代首相を務めた大平正芳氏が指摘した「楕円の発想」を思い出す。「楕円」とは、円形と異なり、2つの定点から等距離にある軌跡が「楕円」となる。当時は、米ソ両国が核兵器を持って激しく対立していたし、2度の石油危機で、産油国と石油消費国が対峙していた。
 両陣営が異なる原則で主張し合うなかで、解決の道を探るとすれば、二つの主張が論理を超えて妥協するしかない。大平首相は、それを「楕円の発想」と表現したのである。

 2.最近世界で広がりつつある対立軸

  最近の国際情勢には、複雑な対立軸が現れている。
 第一は、国際連合の常任理事国間の対立である。北朝鮮の核開発、ロシアのウクライナ侵攻、イラン制裁などの案件で、米国、欧州などとロシア、中国の間で拒否権の行使によって合意ができない状態が続く。
 第二は、ロシアのウクライナ侵攻で明らかになったNATOとロシアの対立である。侵攻開始から10か月、未だに戦乱が続き、一進一退を繰り返し、妥協の目途が立たない。厳しい冬を迎えて住民の困難が続く。
 第三は、米国と中国の覇権争いである。2018年に始まった両国の貿易戦争は妥協の目途が立たず、今では政治、経済、貿易、金融、技術、軍事をめぐる覇権争いの様相を呈している。
 第四は、核保有をめぐる対立である。唯一の原子爆弾の被爆国である日本は、2023年6月に予定されている先進国首脳会議で、核廃絶に向けての目途を立てたいとするが、核保有国が核廃絶への合意を受け入れるか未知数である。
 第五は、石油などの資源保有国や食料供給国と消費国の対立である。世界は、1970年代に2度の石油危機を経験したし、最近ではウクライナ戦争をめぐってロシアが欧州向けの天然ガスと石油の輸出を制限し、これによって欧州諸国ではエネルギー危機が深刻になっている。かつて希少資源をめぐって供給国が輸出制限をして世界市場に混乱を与えたこともあった。世界は、今や石油、資源、食糧をめぐって供給不安が深刻になっている。
 第六は、先進国と発展途上国をめぐる対立である。経済格差に対応してUNCTADなど発展途上国に対する支援組織ができ、個別にも先進国が発展途上国を支援している。地球温暖化をめぐっても、発展途上国はこの現象が先進国による工業化が原因であるとしてその被害を受ける途上国に支援すべきだと主張している。
 第七は、国家統治構造をめぐる対立である。東西冷戦の時代が終わったが、今では民主主義国と国家権威主義国が競い合っている。米国、EU諸国、日本などと中国、ロシアの対立がその典型だが、イラン、アフガニスタン、ミャンマーなどが後者への傾向を高めている。両者の対立は、国際政治上の現象ばかりでなく、市場運営についても支配力を競い合っている。
 第八は、技術力をめぐる格差と対立である。技術力の格差が経済成長力を通じて国力に格差をもたらしたことは歴史が示している。最近、中国の技術力の向上が顕著である。「技術を制する者は、世界を制す」といわれるように、技術力の優れた国が経済上、政治上優位を占め、世界の覇権を握る。

 3.楕円の発想の具体的展開

 このようにみてくると、世界がグローバリズムの概念を共通にし、平和裡に共存していく体制を構築することは、容易ではない。それを克服するには、お互いの主張を認め、世界の全体利益、人類の価値の尊重の考えに立ち、お互いの立場を理解しつつ、地球益の立場に立って、妥協の道を見出すしか方法はない。人類は、「楕円の発想」を進化させることが必要である。
 その観点に立つと、第一に、地球社会の運営について、平和共存、人権尊重、市場重視、福祉実現の原則を確認し、合理的な地球社会の実現に向けて論じ合うことである。妥協はなかなか難しいが、地球社会の持続、人類の進化を確認し合い、合意の道を探すしかない。
 第二は、経済の進化、換言すれば、「質の高い経済」を実現し、地球社会に広く均霑することである。人類は、DX、GXなど革新的な技術を手に入れた。経済成長の実現は充実した生活水準を実現するうえで必須である。そこに合意の可能性が見出せるのではないか。
 第三は人間の価値と能力を高めることへの認識を共通にし、その実現に協力することである。文化は、人間の高次の価値である。「文明の衝突」はあっても、「文化の衝突」はない。「文化」は、人間の「美」とか、「感性」という人間の高次の価値を高めるものであり、人類に「調和」と「進化」をもたらすに違いない。
 私は、人類が英知を結集して、「楕円の発想」という弾力的な考え方に立って地球社会に安定と進化をもたらすことを期待している。
 

 

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