2026年1号
知の進化により日本に新しい風を起こそう ―「重厚長大」、「軽薄短小」、「美感遊創」、そして「知徳美麗」へ―
(一財)地球産業文化研究所顧問 福川 伸次
1. 世界秩序の再建
世界の政治経済は海図なき航海に陥っているように見える。最近の世界情勢をみると、ロシア、中国、北朝鮮とアメリカ、ヨーロッパ、日本の間で対立の様相を呈している。米国の通商政策に見るように世界は保護主義的な政策が高まっている。
トランプ大統領の就任以来、米国が「米国第一主義」を高めるとともに、東西冷戦終結後一時高まったグローバリゼイションへの期待が薄れた。主要国は政治、経済、技術、軍事などの面で自己主張を強めている。その結果、世界は対立と抗争の構図を深めることとなった。
2022年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻は米国の斡旋にもかかわらず、関係国間の合意が得られず、いまだ解決の目途が立たない。2023年10月のイスラム組織ハマスの攻撃を契機にイスラエル軍がガザ地区に侵攻した争いも、2025年10月にアメリカなどの仲介でイスラエルとハマスの間で合意ができたものの、今後の展開は予断を許さない。2018年頃から始まった米国と中国の貿易戦争とそれに絡む覇権争いも沈静化の兆しが見えず、グローバリズム体制の再建には未だ展望が開けない。世界経済は米国と中国の対立などで自国優先の傾向だ。自由主義国間の結束が緩みつつあるとともに、中露を中心とした上海協力機構などとの対立が目立っている。
1996年ハンチントン教授は、「文明の衝突」論を発表し、文明を基礎に世界の対立構造を予言したが、21世紀の国際政治は、「文明の衝突」を超えて法と正義を確立し、人類の共通の願いである平和と協調による国際社会の実現に合意できないものであろうか。
2026年の世界の経済は、どのような展開を見せるであろうか。保護主義に走る米国が自由貿易に回帰し、主導的な地位を占めることが可能であろうか。中国は、建国百年(2049年)に世界第一の経済を目指すというが、果たしてそれを可能にする国内条件が整うであろうか。インドなどを基軸とするグローバル・サウスといわれる国々は、世界でどのような地位を占め、世界に貢献するのであろうか。そして日本はイノベーション力を再生し、国際経済社会の進化に貢献することができるであろうか。
過去の歴史をみると、永遠に繁栄し続けた国はない。「ローマの歴史」の著者モンタネッリによれば「魚は頭から腐る」という。政治、経済、社会の運営にとって、知の創成は、21世紀の人類の最大の課題である。
2.イノベーションの新展開
イノベーションとは効用の限界を突破する試みである。20世紀初頭、シュンペータ教授は、イノベーションを「経済活動の中で資源、労働力などの生産手段を今までと異なる方法で新結合すること」と定義した。20世紀の世界経済は、設備の大型化、近代化による「規模の利益」の実現によって、高度の経済成長を実現した。これは、「人」と「機械」の組み合わせの革新を意味する。
20世紀後半から米国を中心に情報関連技術が目覚ましい発展を遂げ、経済は新しい成長段階に入る。その基礎をなすものは、半導体であり、情報処理及び伝達の技術であった。「半導体を制する者は産業を制す」とまで言われるほどその機能は重要である。
日本は、1980年代半ばまでは半導体生産で世界をリードする立場にあったが、1990年代後半から21世紀にかけて世界の情報化の波に乗り後れ、米国、中国、EUなどの後塵を拝することになってしまった。
先進諸外国では、情報関連技術を背景に、無人工場、無人店舗、電気自動車、自動走行車などが急速に普及し始めた。さらにドローン、宇宙開発など先端技術が広範囲に展開されている。そして2023年に入ると、人工知能(AI)が急速に普及し始めた。AIなどの革新的なIT技術の活用を通じて、情報を整理、結合、活用して新しい知的価値を創造することになる。
過去のイノベーションは、「人間」対「機械」の構図であったが、AIが過去のイノベーションと異なる点は、それが「人間的」であることである。利用範囲が大きく広がる可能性が高い。そしてAIの進歩は、人間が人間的であることを阻害するか、人間が人間的であることの本質はどこにあるか、人間がAIと共存するときに、いかなる知性、感性、創造性が求められるかなどが問われることになる。技術革新は、今や人間機能と密接な関連をもつことになる。
3.産業と文化の融合と進化
かつて英国の技術進歩の成果がヨーロッパ大陸を経由して米国大陸にわたり、豊富な石油資源を背景に米国は目覚ましい経済成長を実現した。第二次世界大戦終結後、その技術は太平洋を渡り日本で開花し、更にアジア経済の成長に繋がっている。
その当時、リード産業の中心は鉄鋼、造船、化学など「重厚長大」産業であった。大量生産、大量消費、大量廃棄のシステムを確立し、一方で資源不足と地球環境破壊を招いた。
やがて半導体、情報関連機器などの技術が進歩すると、資源消費を節約しつつ利便性を高める「軽薄短小」の時代に移行していった。
後に生活の質を向上し、デザインの改善、文化価値の重視などの特色が現れ始め、付加価値の増大を重視するようになる。魅力的なデザイン、美の尊重などがそれである。それを私は「軽薄短小」の時代に続く「美感遊創」の時代と称した。
今日、世界は情報関連技術の進歩、人工知能の発展などが進み、技術進化の時代を迎えるようになった。同時に文化などの人間の価値と能力を重視する傾向が高まった。私はこれを「美感遊創」の時代を継ぐ「知徳美麗」と称したい。人間の知性と感性を進化させ、産業と文化、技術と芸術の融合発展を実現することが我々に課された課題となっている。
4.日本力を再興し、新しい風を起こそう
1970年代から80年代にかけて「20世紀の奇跡」とまで言われた高度成長を実現した日本経済は、1997年には世界のGDPの17.9%を占めるに至った。しかし、その結果招いたいわゆる「バブル経済」が崩壊し、平成の30年間に長い不況に陥った。日本経済の規模は、2024年にはドイツに抜かれ世界全体の3.6%にまで低下、さらに2026年にはインドにも抜かれ世界第5位にまで落ち込むと言われている。
日本の人口は、2008年の128百万人をピークに減少過程に入り、2055年には1億人を割ると見込まれる。日本が国際貢献を果たそうと思うならば、たとえ人口が減少するとしても創発力を高め、知的貢献力を充実しなければならない。
1962年ソ連との対立のなか、凶弾に倒れたJ.F.ケネデイ大統領は、予定していた幻の演説のなかで「A nation can be no stronger abroad than she is at home.」と述べている。それには、米国が世界で貢献するには、国内の力が強くなければならないという彼の強い意志が込められている。
21世紀には、世界は対立と抗争に陥る可能性がある。それを乗り越え、地球社会の安定を求めるとすれば、世界に秩序と信頼と合意を取り戻さなければならない。そのリード役を日本が果たそうと思うならば、日本の構想力と革新力、発信力と説得力を高めなければならない。
歴史的に日本社会は、自助、共助の精神に富み、モノづくり技術を磨き、内外の知を尊重し、自然との共生の価値観を大切にする伝統があった。その感性を活かしつつ、社会人基礎力を高めるとともに、高等教育を充実する必要がある。企業経営においても、男性、女性を通じて能力の充実と発揮の機会を高めつつ、優秀な外国人材を取り入れるなど、企業経営の在り方を創発力拡充に向けて根本から改革しなければならない。
2026年には日本に知の創造と循環のメカニズムを強化し、政治、行政、経営、社会のシステムを革新しようではないか。そのために日本社会に「新しい風」を起こそう。私は、2026年の新春にあたり、それを切に願うものである。