1995年3号

GISPRIシンポジウム'94 「21世紀文明とグローバル・システム」 開催報告

 平成6年11月30日、当研究所主催の国際シンポジウム「21世紀文明とグローバル・システム」が、通 商産業省および日本放送協会(NHK)の後援を得て、青山の国連大学国際会議場で開催された。本シンポジウムは、当研究所の「21世紀文明と国家の枠組みを考える」研究委員会の内容を母体として企画されたもので、開催の目的は、東西冷戦後の世界において、新たな世界システムをどのように考えるべきかという視点から、発展著しいアジアの中で、特にグローバル・システムの不安定要素の一部として、今後大きなインパクトを与える可能性があるイスラム世界と中国に焦点を当て、衝突ではなく協調・調和を図るための、仕組、方法、国際的ルールを、内外の研究者の討議を通 して見つけていこうとするものであった。

 本シンポジウムには、海外からギルバート・ロズマン(プリンストン大学教授)、ジェームス・ピスカトリ(ウェールズ大学国際政治学部教授)、サネ・チャマリック(タイ地域開発研究所所長)、ハッサン・ハナフィ(カイロ大学哲学部教授)、ファン・ヨン・ミン(上海浦東開発銀行開発研究部長)の5名、日本から研究委員会の委員長である木村尚三郎東大名誉教授を始めとして、山内昌之(東京大学教養学部教授)、伊藤元重(東京大学経済学部教授)、芳川恒志(資源エネルギー庁石油企画官)、天児慧(青山学院大学国際政治経済学部教授)、加地伸行(大阪大学文学部教授)、松原隆一郎(東京大学教養学部教授)、北岡伸一(立教大学法学部教授)、市岡陽一郎(日本経済新聞論説主幹)、福川伸次(地球産業文化研究所顧問、電通 総研社長)の10名を合わせて15名、そして高島肇久(NHK解説委員長)の総合司会により、密度の濃い講演とパネル・ディスカッションが行われた。

 当日は、当研究所と関係のある研究機関、企業、大学関係者、および新聞の一般 公募による聴講希望者を合わせて、約240名の参加者を得た。開会に先立ち当研究所を代表して、福川顧問が主催者挨拶を行った。シンポジウムの構成は3部からなり、「イスラムのインパクト」、「中国のインパクト」、「アジアの果 たす役割」の順番で進められた。一日のシンポジウムでこれだけの内容を消化するのは、かなり厳しいと想定されたが、総合司会の高島氏のスピーディな進行と講演者の努力により、ほぼ予定した時間内に収めることができた。時間の制約もあり、意見が全て出し尽くされたとは言えないが、東西冷戦後の世界が不透明な状況下にあって、本シンポジウムの試みが時期と内容を得たものであるとの高い評価を会場からいただいた。また、当日の内容はテレビに収録され、その一部が1月下旬にNHK教育テレビで放映された。以下、当日の講演の内容をこの紙面 で紹介する。

プログラム(敬称略)
シンポジウム〔国連大学国際会議場〕

総合司会 高島肇久(NHK解説委員長)
10:00 主催者挨拶 福川伸次(財団法人地球産業文化研究所顧問)
10:10 基調講演  木村尚三郎(東京大学名誉教授)
10:30 第一セッション
 
「21世紀におけるイスラム・パワーのグローバル・システムへのインパクト」

プレゼンター  山内昌之(東京大学教養学部教授)
コメンテイター  ハッサン・ハナフィ(カイロ大学哲学部教授)
パネリスト    伊藤元重(東京大学経済学部教授)
             ジェームス・ピスカトリ(ウエールズ大学国際政治学部教授)
             芳川恒志(資源エネルギー庁石油企画官)
12:35 昼食休憩
13:35 第二セッション

「社会主義市場経済路線を歩みだした中国のグローバル・システムへのインパクト」

プレゼンター  天児慧(青山学院大学国際政治経済学部教授)
          ギルバート・ロズマン(プリンストン大学教授)
コメンテイター ファン・ヨン・ミン(上海浦東開発銀行開発研究部長)
パネリスト   加地伸行(大阪大学文学部教授)
           松原隆一郎(東京大学教養学部教授)
15:25 コーヒーブレイク
15:40 第三セッション

「非欧米文化圏、特にアジア地域のグローバル・システム構築に果たす役割」

プレゼンター  北岡伸一(立教大学法学部教授)       
                     サネ・チャマリック(タイ地域開発研究所所長)
コメンテイター ジェームス・ピスカトリ(前出)
パネリスト   市岡陽一郎(日本経済新聞論説主幹)
           福川伸次(前出)
           ギルバート・ロズマン(前出)
18:15 全体のまとめ
          高島肇久(前出)
18:30 閉会の挨拶
          清木克男(財団法人産業文化研究所専務理事)
18:40 シンポジウム終了



〔基調講演:木村尚三郎東京大学名誉教授〕

21世紀文明とグローバル・システム

 今後21世紀に向けて、世界の政治・経済秩序が再編されていくであろう。19世紀末以来の近代技術文明を支えた基幹技術(鉄・電力・石油など)は成熟期を迎え、新しい技術が21世紀を支えるにはあと30年は必要であろう。いわば「知恵の手づまり」状態の中に我々は置かれている。独立独歩の精神と進歩発展を確信し時間の観念に生きた19世紀に始まる近代は終えんを迎えた。その一方で、技術文明の成熟は、空間感覚、コミュニケーション感覚の拡大をもたらす。それは、コロンブスを始めとする冒険家達が、農業技術の成熟、開墾運動の停滞といった社会の状況から、新天地を求めて「大航海時代」開いた五百年と同じで、地域間の交流が活発化することにより、「地域連合」としての近代国民国家の形成が、準備されたのと似ている。現代は、第二の大航海時代であり、第二の地域連合の時代である。EU(欧州連合)やNAFTA(北米自由貿易圏)にその方向は現れ、アジアにおいてもASEANや中国南部の華南経済圏を中心として、第三の国家連合体がここ十数年のうちに現れるであろう。これらの根底には、拡大された空間感覚と供に、文化とか宗教の共通 ・相似による「安心」の共有という事実が含まれている。明日を生きる不安が、今日を生きる安心を、誰にも、どこの国にも求めさせるのである。

 今後大きな戦争は起こらないであろう。先進国には、技術、資本はあるが活力が無い。一方途上国においては、活力はあるが、技術、資本は十分でない。しかし、みんなが満足している訳ではないから、小さな紛争は限りなく発生する。いわば灰色の平和な時代と言える。また、国を越えて交流が活発化することは、結局のところ、人、物、情報、金融、サービスをお互いに交流させ合う都市の役割が大きくなっていく。国家連合への道は、国家のコントロールから限りなく自由を獲得する都市の時代への移行を意味している。国境により閉ざされた国家から、世界に開かれた都市と都市のネットワーク化への道が、世界平和を実現する上で不可欠となる。「安心共同体」の形成、局地、民族紛争を伴う「灰色の平和」の時代、そして「都市の時代」を、21世紀グローバル・システムの三大特徴としたい。

 以上、21世紀のグローバル・システムの特徴を3点に集約し、また不確実な時代にあって、いかにして大きな乗合船を世界的規模で作って行けるか、議論するのが本日の一番の目的であると延べ、基調講演を締めくくった。



第一セッション
「21世紀におけるイスラム・パワーのグローバル・システムへのインパクト」
〔山内教授講演要旨〕

 イスラム主義がグローバル・システムに与える影響を考える上で、現状の動きから確認すべき点を、まず3を点挙げた。

それは、(1)イスラム復興現象が、一般市民レベルでも顕在化し、それが中東だけでなくアメリカやヨーロッパ内部でも起きていること、(2)イスラム主義といっても、一様ではなく実に多様であり、多様な考えが競合し合うことでイスラム世界に不安定な状況を作り、その状況が欧米からは驚異と見られていること、(3)現在、世界中に広がったイスラム社会を考えると、ポスト冷戦後の世界で、イスラム復興現象やイスラム主義の動向を検討することが非常に重要になることである。そして、欧米からしばしば驚異とみられるテロ活動等の動きを、イスラム主義全体から見れば一部の極端な動きとした上で、以下の点を指摘した。まず、イスラムの動きを驚異とする背景には、イスラムの不安定要因を、中東の石油から連想してエネルギー危機と結びつけて考える、又、西欧社会にあるイスラム社会を自分たちの社会の不安定要因と見る考えがあるからとして、イスラム主義をテロリズムの面 だけで見るのは誤っているとの見解を示した。その理由として、一部のイスラム主義者のテロは、外国人よりもイスラムの同胞に向けられているという事実を指摘し、これはイスラム内部の抗争で、西欧の考えに対するイスラム内部の反発はあるものの、イスラム主義の各派が協力又は組織として合体して、欧米に対決姿勢を取るとの考えは非現実的との見方を示した。むしろ、イスラム世界に住む一般 の人々の動向に目を向けるべきであるとし、彼らが求めるものは、我々の価値観とそれ程違っていないはずだと述べた。歴史に学べば、急進主義の後には必ず理性的な対応が勝っていった点を挙げ、現在のイスラムの急進的な活動も、「終わりの始まり」(注1)と考えたいとの期待を表明し講演を締めくくった。

〔ハナフィ教授コメント〕
 山内教授の講演に関連して、(1)欧米・日本でイスラムが話される場合、ステレオタイプ化(注2)されたイメージがあり、それが本当にイスラムの現実を反映しているかどうか、他のイメージもイスラムは持っていること、(2)イスラム運動をイスラム原理主義に換言してしまうのは公平ではない。欧米のマスコミは、イスラム復興主義の一側面 だけ見て、テロを起こす人達だけに焦点を当てていること、(3)イスラムを西洋の敵とする見方も公平でない、西洋だけが人間的で、理想的で、合理的な哲学という訳ではない、過去の歴史を見れば、イスラムから西洋に文化が伝わり、近代は逆に西洋から学びつつある、そして将来は、平等であり、ギブ・アンド・テイクでお互いに教え合い、学び合う時代であるべき、との3点をコメントした。

〔パネルディスカッション〕

(1) 芳川氏:イラン駐在の経験から、イラン革命の背景を説明した後、現在の厳しい財政状況、国際環境のなか、今後イスラム世界がどのようにして繁栄を確保していくかが最大のポイントになると述べた。

(2) ピスカトリ氏:西欧側の懸念が、具体的には何かという点に触れ、これには3つの形があるとし、1)イスラム・コミュニティへの懸念;世界でイスラムが少数の地域では、例えば、ボスニアの悲劇や西欧社会での苦労などが現実にあり、抑圧の中から共通 意識が醸成され西欧に対抗してくるという懸念、2)安定化への懸念;西側諸国のイスラム諸国との関係は、サウジの王室やエリート層といった、西側の利益を守る一部の人達との関係で、他の協力の可能性が曖昧になっている、現在の体制が覆った時どうなるのかという懸念、3)西欧の価値観に対するイスラムの驚異;例えば、一部のイスラム諸国には専制的な体制が存在しており、人権等で西側とは相入れないのではないかという懸念、の3点を指摘した。しかし、ここで認識すべき重要な事は、イスラムの中にも考え方に多様性・多元性があり、また西欧の考えもイスラムの考えも過去と同じではなく、時代と供に進化しており、驚異の性格をいま一度見直してみる事が必要であると述べた。

(3) 伊藤氏:経済の立場から、経済システムが機能するためにはソーシャル・ノーム(注3)が重要な役割を果 たすが、グローバリゼイションが進展する中、イスラム世界が西欧のソーシャル・ノームと共存できるか否か、現在イスラム社会で現れている現状に対する抗議の声を、広い意味で、途上国と世界経済のグローバリゼイションとの間の摩擦と捉えるべきか、それともイスラム固有の問題と捉えるべきかの2点について質問した。

(4) 山内氏:質問に答える意味で、イスラム主義が台頭してきた背景に触れ、これは近代化モデルの失敗、あるいは行き詰まりに負う点が大きいと指摘した。こうした西欧型開発モデルの失敗は、経済面 、文化面両方に問題を残し、経済面では、1)財産やサービスの公平な分配の失敗、2)雇用の創出を達成できなかった事、3)経済的自立に基ずく成長を達成できなかった事、4)投資の社会的コストを達成できなかった事が挙げられるとして、外から持ち込まれた開発モデルが、イスラムに従来存在していた社会システムを崩壊させた一方で、それに変わる新しい経済の仕組みを提供できなかった事が大きいと述べた。また文化面 では、開発や投資が単純な西洋化・欧米化として行われたため、イスラム世界の人々に文化的阻害、被害者意識をもたらした、この点に関する欧米の責任は、もい一方で、当然議論されるべきであると指摘した。

(5) ハナフィ氏:イスラム主義の運動を、社会的問題に対する改革と独立を擁護する動きとした上で、これは革命ではなくイスラム世界に自由主義を確立していく運動と見て欲しいと述べた。また、日本の今後の役割を、北を目指すのか、南の極を目指すのか、日本の選択とした上で、世界の極化を防ぐ、またアメリカがイスラムを脅威とする認識を軽減化する役割が日本にあると述べた。

(6) 高島氏:本日の議論を通して、イスラムに対する西側の誤ったイメージが修正され、新たな関係を考える第一歩になったのではないかとして、第一部を締めくくった。


第二セッション
「社会主義市場経済を歩みだした中国のグローバル・システムのインパクト」
〔天児教授講演要旨〕

 現在の世界の潮流としては、(1)国際連合の理念に代表される超国家的な普遍主義、(2)大国間のパワーバランスが世界秩序を保つという極構造論、(3)新しい世界システムは当面 望めず混沌とした世界が続くとする考え、の3つの流れがあるとして、それらが相互に絡み合い今後の世界は形成されていくとの考えを示した。現在、世界が中国を見る目は、その可能性と危険性の両面 を見ているとした。そして、大きな混乱がない限り、経済的、軍事的プレゼンスは増大して行くが、一方で、市場経済が進めばおのずと西側のルール、グローバル化の流れに組み込まれ、中国の独自の思考や行動様式が相対的に減少し、国際的秩序を受け入れる度合が増して行く点を挙げ、中国を一面 的に危険視することは適切ではないと述べた。中国の国際認識の特徴を(1)国際関係を規定する基本的ファクターは「国家」、(2)国家の国際関係を規定するものは「総合国力」、(3)国際構造の捉え方は「大国主導型秩序論」とし、そこから導かれる対外アプローチの特徴は、経済発展優先指向、独立自主外交の堅持、大国化指向であると規定した。国際社会からの中国へのアプローチとしては、21世紀のグローバル・システムが極構造による勢力均衡型のシステムではなく、経済、文化、情報主導型の相互依存・共生型のシステムであることを知らしめる、あるいはそのための努力を積み重ねていくことであるとした。

〔ロズマン教授講演要旨〕

 第一部の伊藤氏の質問、西欧のグローバリズムとの互換性に関連して、西欧のグローバリズムも完璧ではなく、そこに標準、基準があるのではなく、西欧のそれも改善の余地がある発展途上のものとの考えを示した。また、それぞれの文明が持つ社会規範も、世界統合という点では不完全であり、更なる適応、変遷が必要であると指摘した。

 中国の今後の見通しを、(1)経済成長が継続すること、(2)変わり行く世界の一連の原則を受容することが経済成長のプロセスの中で起これば、との前提を置いて、長期的には楽観視できるとの見通 しを示した。また、中国が大国となり、中心的な国として世界システムに入っていくとの見通 しを持つ一方、イデオロギーの時代が終わり経済のニーズのみにシフトするとの考えには、中国の社会が必要としているのは一連の原則であるとして、否定的な見解を示した。西欧から見た中国の重要性は、中国が東の文明のベースであるため世界で特異的な役割があるとし、その考えの基本は中華思想(注4)であると述べた。そして、中国の世界システムへの参加を占う試金石となるのが、日本の国連安保理の常任理事国問題であり、そこで中国がどう出るかが、中国の中華思想、あるいは中国の考え方を試すことになると述べた。また、経済が地域毎に分権化すると中国がバラバラになるとの見方に対しては、柔軟性を持って経済の分権化を図れば、中国の集中的な権力は更に高まるとの考えを示した。(注5)

 日本の役割については、アジアの権利代表としてではなく、一貫して世界のリーダーの一つとした、グローバルな原則の構築に寄与すべきであるとした。そして中国に対して西欧諸国及び日本は、中国のプライド、感受性、伝統、また中国のためらいというものを理解する必要があり、それを踏まえて段階的なルール化を進めて行く、その中で大きな役割を担うのが、全ての大国がそのテーブルにつく新しい世界貿易の組織、WTOであるとの見解を示した。

〔ファン氏コメント〕

 まず中国の経済の現状について触れた。第一はインフレの深刻化を挙げ、その背景には政府の統制価格の撤廃と余りにも過剰な設備投資があるとした。第二は所得の地域格差の拡大を挙げ、沿海部と内陸部の格差は極端な場合20:1にもなると述べた。しかし全体的には、大きな政治的混乱がない限り、高度成長は続けていけるとの見通 しを示した。そして、経済の立場から、中国は今二つのよい前例を作っていると延べ、安定を保ちながら計画経済から市場経済への転換をしている事、後発大国の経済発展の新しいモデルを示した事の2点を指摘した。また文化、哲学から見ると、東洋文化の強い生命力が中国の経済発展により再度証明されているとして、その背景にある儒教思想については、「修身」、「斉家」、「平天下」(注6)の3つを挙げた。また、改革以後の15年間人々が心から望んでいるものは、個人と集団、家族と社会の関係の再調整であり、昔失った人間性を回復させ、社会のバランスを取りながら、豊かな国を作って行きたいというのが、普通 の中国人の考えであると述べ、中国の経済的増大は世界に対する脅威ではなく、アジア太平洋地域の安定と繁栄につながると述べた。

〔パネル・ディスカッション〕

(1) 加地氏:中国の現状に関して、インフレという高血圧の病人が、日本からの借款という酒を飲み、市場経済という競技に出ていると述べ、この危険な状況を日本も中国認識すべきとの考えを述べた。また、儒教を研究する立場から、儒教と農業の関係を挙げ、現在の市場経済政策には農村対策が欠如しているを指摘し、農業問題の解決を今後の発展のキーとして挙げた。経済のグローバル化も、そこには受け手として儒教の伝統的なものが働くとの見方を示した。軍事については、中国は陸軍が大部分で広大な土地を治める行政機能を担務しているため、軍縮は有り得ないとした。そして、本シンポジウムの趣旨を踏まえ、アジアから世界に提供できるものは、欧米の個人主義に対して家族主義ではないかと結んだ。

(2) 松原氏:経済は資本主義のもとでは信用に基づいて動いており、信用を作るためには、ある程度近い文化が必要である。経済がグローバル化すればする程貿易圏がなくなるというよりは、信用という問題があるため、世界はいくつかの信用圏に分かれていく。文明によって経済がブロック化していく可能性に触れた。そして、中国が今後、世界経済に組み込まれ市場解放が進んだ場合、国の意思とは別 に、経済がそのコントロールを離れて動いて行く可能性があるのではないか、また、中国が経済発展を続ければ当然地球環境問題と正面 からぶつかり、そのとき中国はどういう反応を示すのか、の2点を質問した。

(3) 天児氏:質問に答えるまた補足する意味で、農業問題では地域の郷鎮企業が農村の余剰労働力を吸収し切れない現状の状況を補足した。また、伝統の影響については、改革解放後15年を経過し、その担い手の中心は40代前半であり、従来の儒教的社会規範も変わりつつあるのではないかと述べた。松原氏の質問には、中国人の考え方に触れ、政治に対しては非常に厳しいスタンスを取る、一方、経済に対しては非常に柔軟な発想をするという点を挙げ、このフレキシブルな考えが市場解放の問題においても、何か中国的な処理で飲み込んでいくのではないかとの見通 しを述べた。

(4) ロズマン氏:中国は、あらゆる代価を払っても急速に成長したい、大国になりたいとの意思を持ち、他の事は心配しない、そしてその間は個人の権利は抑制する、そこに緊張が生ずる可能性があると指摘した。中国を見る場合、この辺に注意することが必要と述べた。

(5) 中国の「混乱がなければ」という前提条件に対して、現状からはむしろ混乱の可能性が大きいのではないかという高島氏の質問に、天児氏は、ポストとう小平については、多分今の状況が継続するとした。その理由として、党を中心とした指導体制は簡単には崩れないこと、軍も世代交替により官僚化し中立的な立場をとる可能性が大きいことを挙げた。また、ロズマン氏は中国に混乱があった場合、世界システムのインパクトを考えれば、経済混乱を止め難民の流出を止めるという方向で、世界の主要国が一つになって協力すべきであるとした。そして、中国は一つの超大国なるという道を歩んでおり、混乱によって物事を失う時間は無いという認識は、中国自身が一番持っているのでないかと述べた。中国の内側からファン氏は、混乱の一つの要因として台湾問題を挙げ、台湾独立の傾向が強まった時、困難な局面 が生ずるとした。しかし、中国は今色々と厳しい挑戦に直面しているが、経済発展および政治の安定のファクターは保たれていると結んだ。


第3セッション
「非欧米文化圏、特にアジア地域のグローバル・システム構築に果たす役割」
〔北岡教授講演要旨〕

 冷戦後の世界で諸文明の対立が深刻との見方に対して、西洋文明と非西洋文明という括り方では大ざっぱ過ぎること、西欧世界においても価値観の多様化、文化的多元化により、他の文明に対する許容度は急速に増していること、非西洋文明圏でも、東アジア諸国のアメリカナイゼーションに見られるように、西洋化が進んでいることの3点を挙げ、むしろ文明間では収れんが進んでいるとの考えを述べた。にもかかわらず、文明の衝突が脚光を浴びるのは、冷戦下抑制されていた他の紛争が表に出てきたこと、許容度が進む以上に文明の接触が増えたことによるとの見方を示した。そして、例えば東アジアで見られる対立は、新興の経済勢力と既成勢力の対立であり、このような対立は、明治以降の日本と西洋、あるいは西欧圏の中のイギリスとドイツの関係でも見られたとし、ここから学ぶとすれば、先進国は、後進国の挑戦を不当に抑制しないこと、一方後進国は伝統的価値や政治体制の維持に固執しないことの2点を挙げた。日本を始めとする東アジアの国々は、軽武装で貿易中心に発展してきた国であり、これらの国が世界の経済ルールのモデルとなって、またアメリカと中国をその中に引き込むという形で、新しい枠組みを作る、そこへの貢献が日本の大きな役割であると述べた。

〔チャマリック所長講演要旨〕

 今まで議論された、経済成長やそのための枠組みの話とは、ややアンチ・テーゼな立場になると断わった上で、近代化により周辺に押しやられた一般 の人々の立場から考えてみたいと述べ、講演を始めた。まず、ここで議論されている問題は、自由民主主義の名のもとに、第3世界に押し付けられた考えに対するリアクションと捉えれば、より理解しやすいのではないかと述べた。すなわち、人間の思考は、その人の知識と世界観の反映であり、けっして中立的なものではない。それは、ある特定の社会制度に奉仕するもの、あるいはその体制の利益を代弁するもので、全ては人間が創造したものであるとし、問題はこれを人間がどう選択するかであり、その意味で近代の西洋に発達した科学や経済の学説も当然のものとは言えず、再度検討し評価する必要があると述べた。21世紀は経済的にブロック化し、アジアはその一つの極となるであろう、しかしここで経済成長の裏側にあるものをよく吟味する必要があるとして、開発の帰結として、114の開発途上国で貧困が急速に拡大している状況に触れた。現在我々が経験している開発類型は、西洋のゆがんだ科学、工業文化に根ざしており、それは3つの誤った仮定に基づいているとし、第一に、人間が自然を支配するというドグマであり、第二にダーウィンが唱えた「適者生存」の進化理論であり、第三に自然と人類の支配をよしとするゆがんだ進歩観であるとした。(注7)人間の知識と世界観に、このような欠落があることを我々は知るべきで、今真に求められているものは、我々の魂を解放し現在の窮地から救ってくれる精神的展望であると述べた。この観点から、アジアには豊かで多様な宗教の伝統があり、それが新たな世界観の形成に寄与するであろうと結んだ。

〔ピスカトリ氏・コメント〕

 討議の結果から、文明の共存について3つの話があるとし、文明は分かれて紛争化するという見方と、文明は収れんしていくという見方、そして文明は和解可能であるとの見方に整理し、3番目の道を模索していく上で、コンセンサス、コミュニティ、社会正義を文明間の共通 項として挙げ、ここからのアプローチを相互に進めて行くべきとし、この役割を担うのが知識人であろうと述べた。

〔パネルディスカッション〕

(1) 市岡氏:経済水準の度合で、人権は考えるべきであり、貧しい国では経済の水準を向上させることが根本的な人権であるとした。そして、アジアには、競争よりも共同作業を重視する考え、対決よりも融和を重んじる、長期的人間関係を大事にしていくという特徴があり、この点が世界への貢献につながるとの考えを述べた。

(2) 福川氏:討論を通して、21世紀を考える上でいくつかの価値観が出てきたのではないかとし、新しい地球主義、新しい人間主義、新しい産業主義の確立を挙げた。そして、この3つを探究していく中から、新しいグローバル・システムが出て来るのではないかと述べた。また、東アジアの貢献について、成長という側面 と制約という側面の両方を見ながら、これからの生き方を考えていくべきとし、日本は、安全保障面 、市場解放と供に、アジア諸国と共通の問題を考えていく姿勢が、重要との考えを示した。

(3) ロズマン氏:グローバリストを信奉する人達は、各国で様々な戦いをしているが、最近はどうもうまくいっていないと現象の背景には、国際的なアイデンティティの意味を、もっと明確に確認したいとする人々の欲求があり、その抵抗にあっていると分析した。また、ある程度世界貿易が広がることは容認しても、国境、自分達の文化的価値は守りたい、という力は少なくなく、そこを乗り越えて行くのは容易ではないと述べた。

(4) 北岡氏:環境や経済競争のルールは、世界的なものでなければならない。それぞれの文明は価値に於て等しく、どれが正しいかと考えるよりも、合法が違法かというグローバルなシステムに変えて行くことが、地球が小さくなる現状で必要であると述べた。50年先を考えると、地球の資源なり人口の制約はかなり厳しい見通 しにあり、その意味からもグローバルなルールメーキングの方向に向けて、ワークを急ぐ必要があると述べた。

(5) チャマリック氏:文明の調和というのは自動的に達成できるものではなく、全てが人間自身の選択にかかっている、それを講演で言いたかったと補足した。そして大事な事は、我々自身の知識とか知恵をもう一度見直す、考え直す事であるとした。自由貿易というのは全体のシステムの一側面 にすぎず、グローバル・システムというイメージを考える際には、地球的な組織もある一方、草の根、地元のローカルのコミュニティレベルで、様々な交流が起こるようなイメージも忘れてはならないと付け加えた。

(6) ピスカトリ氏:文明間の調和をとることの難しさを認識した上で、一つの事例として移民の問題を取り上げた。イスラム教徒の人達がヨーロッパに移住したことが、イギリスやフランスの受入れ国で社会状況を複雑にした。しかし、それにより知的、文化的議論を生み出し、その進歩に寄与したという点を挙げた。そして移民が、そこに緊張をもたらす一方で、一つの関係促進の手法になるのではないかと述べた。

(7) 高島氏:先日のASEAN会議、その後のAPEC会議でよく使われた〔多様性の中の連帯〕という言葉を引用し、こうした言葉がASEANから太平洋地域に広がり、更に世界に広がって行くという道筋が、何らかの格好で可能なのではないかとの印象を強くしたと述べ、楽観的であるとの指摘もあるが、あえて楽観的に見ることも必要なのではないかとした。そして議論の中で印象に残った点として、イスラム世界に対するミスイメージと西側の開発援助政策の失敗を挙げ、こうしたものを乗り越える、あるいは払拭して新しい姿を見いだすことで、21世紀に向けての基礎が出来るのではないかとして、長時間に渡る討議を締めくくった。


-おことわり-

 本稿は、当日の速記録から当研究所がまとめたもので、出席者に対して内容等について確認を経たものではないことを、ご了解下さい。


(注1)終わりの始まり……急進主義あるいは過激派のイデオロギーは、日本も過去に経験した。幕末の尊皇条夷運動も急進的な動きであった訳で、そののち明治に国家の体制が固まっていくという歴史の流れから、急進的な動きはそののちの安定へと向かう予兆と考えることができるという意味。

(注2)ステレオタイプのイメージ……我々がイスラム世界をイメージする場合、イスラムはこれとこれというように、いくつかの先入観でイスラム世界を規定してしまい、そのイメージでイスラムを判断すること。

(注3)ソーシャル・ノーム……社会的規範、例えば道路を歩くとき、信号が青だったら前に進む、赤だったら停止するといった単純なルールから、経済的分配のルール、労働の価値観といったものまで含み、法律で決められたというよりは、むしろ習慣的にそれぞれの社会で実際に使われているルール。

(注4)中華思想……中国は世界の中心であるとする考え方、文化的にも自分達が文明の中心に位 置し、周囲は辺境であるとの考えのもと、中心と周辺には一定のヒエラルキーが成り立っている、中国はみなのバランスをとる中心的な存在であるという考え方。

(注5)……中国は中華思想の実現を図るため、中国諸地域におけるザブリージョナルな経済統合を一つの手段と見ている。これを管理していくことは簡単ではないが、より集中した力を高める、そしてそれぞれの地域でのバランスを取るためには、これが重要であると考えている。

(注6)「修身」、「斉家」、「平天下」……修身は、自分の身を練る、個人の教養、質を高めること、斉家は、個人の教養を高めてから、家族をよくする、幸せな家庭を作るあるいは秩序ある家庭をつくること、平天下は、よい個人、よい家族があることこそ社会安定、経済、社会発展ができるという考え。

(注7)……経済的立場に置き換えると、最も豊かな国、最も強力に国や人が適者であり、生き残っていく価値がある。そして経済的弱者は、下位 にあるものであり、服従しなければならないとなり、ここから自然、弱い立場の人を支配することを合法化・正当化する論理に結び付く。

 

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