1995年7号

「2050年のサスティナビリティ研究委員会」 WG中間報告書要約

 「2050年のサスティナビリティ研究委員会」(委員長:茅陽一・東大工学部教授(現慶応大教授)では、昨年夏、若手専門家によるワーキンググループ(リーダー:森俊介・東京理科大教授)を設け、「持続可能とする物理的条件」に関する具体的な検討を開始した。メンバーは、人口、資源、エネルギー、農業・食糧、経済などの各分野の環境問題に関わりをもつ専門家である。

 平成6年度は、主に"持続可能性"に関する言葉の意義と概念、各分野の問題の背景と構造、物理的条件とその制約、分野間の問題要因などについて、意見交換、及び検討を行った。その内容の概要を紹介する。

1.はじめに(森俊介/東京理科大教授)

 世界経済の成長という人類の目標に対し、地球環境問題、資源問題、人口問題という制約をどのように乗り越えるか-この問題への対策は、次第に研究者だけの関心事項から現時点での最も重大な意思決定問題の一つとなりはじめた。IPCCをはじめ、国内外で様々な研究が進められている。

 その中で、本プロジェクトでは「持続可能な社会」に焦点を当て、エネルギー、資源、食料、経済、人口等の多面 的な問題それぞれの専門的研究者が集まり意見交換をするとともに、それらの分野間の展望を接続し、整合的な評価を行えるようなモデル開発を目指す点に特徴がある。

 本研究の議論の出発点となったのは、Meadows の「成長の限界」および「限界を超えて」、およびsustainable な技術社会についてのH.Daly の著名な三原則であ。一年にわたる討論の過程で浮かび上がった本研究の基本的立場は次のようなものとなった。

  1.  超長期的な"sustainability"評価の中間的な一時間断面 として、2050年を取り上げ、その時点での技術・社会の体系が"sustainable "な方向にどれだけ接近しているかを評価しようとする。

  2.  将来の技術体系は、実現の可能性が高いと見込まれるものまでに限ることとする。

  3.  本研究では、世界全体での物理的な供給可能性だけでなく、その分配の問題を本質的課題として重要視する。地球環境問題の背後に常に南北間格差の問題が存在するためである。

  4.  本研究は、基本的にトップダウン的アプローチを取る。すなわち、資源、エネルギー、人口、農業、経済等の分野の積み上げ評価以上に、分野間のインタフェースを重視する。このため、分野間を接続するための何らかのモデル開発が必要とされる。

 本研究プロジェクトの目指す所はきわめて大きく、1年で問題すべてを考察することは到底不可能である。そこで、初年度では「人口」「食糧」「資源」「エネルギー」「経済」がどのような制約と解決の可能性を有しているか、またこれらの相互依存性をどこまで定量 的に評価できるのか、という基本的な問題に対し、まず個別分野毎に専門家により体系的な展望をまとめることを第一の目的とした。これらの各分野間のインターフェースを積み上げてモデル開発を行い、"sustainability"に具体的な提言を導く作業は、次年度以降の課題となった。

2.持続可能性の概念
     (石田靖彦/GISPRI地球環境対策部部長)

 「Sustainable Development」は、環境と発展の両立を示唆する合言葉として、現在の世界で最も重要な言葉になっているが、その内容は曖昧のままにされている。これがリオサミット後3年を経た現在でも、依然として環境問題に解決の兆しが見えない理由の一つであり、「持続的成長」と混同するような過ちを生む原因でもある。「Development」は、環境との両立という見地から、「好ましい方向への変革」であると解釈する考え方が主流になっており、この意味では「開発」より「発展」の方が日本語訳として適切である。地球環境問題は現代の人類が必ず解決すべき重大問題であると考える以上、その目標である「持続可能性」の概念と、目標が達成されたかどうか、目標に向かって進んでいるかどうか、が誰にでも判断できるような基準を明確にしておく必要がある。本研究の意図は、まずこの点について科学的に検討することである。

 最初の問題は、「何が」「どのように」「いつまで」持続すべきか、の明確化である。第一に、「持続可能な発展」は、「発展が持続可能」であることよりも、「社会が持続可能であるような発展」であることに本来の意義があり、持続すべきものは、「社会」である。このように解すれば、発展とは何か、なぜ永続的な発展が必要かという問題がなくなる。第二に、持続は、「その社会の成員が満足し得る健全な状態が安定的に続くことが確信できる」ものでなければならない。したがってまた、特定の国や地域だけでなく、世界の全ての国や民族が満足できない限り、真の持続可能な状態ではない。第三に、将来の人類や生態系に対し、現代の人間が負の影響を及ぼさないことが重要な視点であることを念頭におき、「人間活動の影響が及ぶ限りの未来までを常に視野にいれた持続可能性」を考えなければならない。長い将来のことを考えなかったことが環境問題を生んだ原因であるから、現在最も必要なことは、長期的な視野を持つことである。

 社会が持続可能であるためには、社会を維持するために必要な全ての物理的な基本要素が持続可能でなければならず、さらには、それら物理的要素の持続可能性を維持させるための社会的条件が必要である。個々の物理的要素には、持続可能であるための一定の条件がある筈であり、それを具体的に明らかにすることが本研究の最初の目的である。種々な物理的条件は互いに関係し合っており、相互の持続可能性が成り立たなければならない。

 社会が持続可能であるための条件が明確になれば、その条件を満たした社会像を描くことができ、そのような社会に向けて何をすべきかが、自ずからわかるだろう。持続可能な社会は、実際に可能な方法で、実際に達成しなければならない目標であるから、工学的にも社会学的にも実現確実性の高い堅実な技術に基づく、到達可能性が確信できる社会像を描く必要がある。持続可能な社会像の実現のために、現在の物的に豊かな生活、価値観、社会制度などを変えなければならないとなると、今更そのような後退は不可能であるとの反論が予想される。しかし、本当に後退であるかどうかは価値観の問題であり、精神的な障害ではあり得るが、物理的な障害ではなく、克服可能である。

3.人口問題とサスティナビリティ
     (縄田和満委員/東大教養部助教授)

 今後の人類のサスティナビリティを考える上で、人口問題は最大の問題の一つであることは論ずるまでもない。人口問題は、出生率を低下させるまでに必要な時間や例え一人の女性が生む子供の数が減少しても人口増加が実際に止まるまでは長い時間を要するなど理由から、その解決には長期的な視点から取り組む必要がある。現在においても毎年9,000万人以上の人口増加が続いており、人口問題は年々深刻になっていると言え、これを放置することは、将来の人類サスティナビリティを脅かすものといえる。

 発展途上地域においては、人口の急増が続いており、国連の推計(中位 推計)によれば、1990年に53億人であった人口が、2025年に85億人、2050年に100億人、2100年に112億人、2150年には115億人と2倍以上に増加する。このような人口の増加、特に発展途上地域における人口の急増は、今後、政治・経済・環境・資源・食料生産等の分野に深刻な問題を引き起こすことが予測される。さらに、これらの諸分野の問題は複雑に関連しており、その解決は非常に困難なものとなっている。

 本章では、国連の超長期の人口推計に基づき2150年までの人口増加の影響についての定量 的な分析を行った。まず、世界人口の現状と将来について国連による推計に基づいて述べ、次いで人口の急増が引き起こすと考えられる問題から、化石燃料消費量 、食料消費量、都市問題について国連の中位推計程度の人口増加があった場合の影響についていくつかのケースを想定して分析した。さらに、人口転換の理論と現状について述べ、最後に世界各国の人口政策への取り組みと国際的な取り組みとして世界人口会議についてまとめた。

 発展途上地域を中心とした人口増は経済発展による生活水準の向上による一人当たりの消費量 の増加と相伴い、化石燃料、食料等への要請は来世紀中に現在の数倍のレベルにまで増加することが予測される。このような大幅な消費量 の増加があった場合、地球環境、資源量の制限の両面から人類は来世紀中に大きな問題に直面 することが予想される。また、今後は発展途上地域でも都市への人口集中が加速すると予想されており、発展途上地域の都市人口は現在の数倍のレベルにまで達すると考えられる。先進地域においても都市集中は環境、住宅、交通 、犯罪の増加等の多くの問題を起こしているが、特に発展途上地域での都市集中は現在でも衛生・住宅の悪化やスラム化等の深刻な問題を引き起こしている。今後の都市人口の増加は既に述べたようにさらに加速され、都市の収容能力を遥かに越えてしまうレベルに達してしまい、社会・経済・政治等の諸分野に現在とは比較にならない大きな混乱をもたらす恐れが強く、人類のサスティナビリティに重大な影響を与えると考えられる。

 以下本報告書では、本章の結果 をふまえ、エネルギー資源、食料の供給問題やそれに伴う地球環境、産業構造問題について述べる。

4.資源問題の構造とsustainability
     (松橋隆治/東大工学部助教授)

 本章では、資源・エネルギー問題の構造とsustainabilityの概念との関連性に焦点を当て分析をおこなった。まず資源と環境の持続可能限界の概念を定量 的に定義した。この前提条件として、sustainabilityの意味を「現在の需要動向が継続した場合に、将来にわたって資源と環境の維持が可能か否か」に限定した。これによれば、持続可能な資源利用の必要条件は、現在の資源量 や環境に対する放出物の許容値に応じて、資源、エネルギーのライフサイクル「統合収支」を一定率に向上させることに帰着する。

 しかしこの定義では、ある地域の生活がたとえ生存限界上にあっても、地域全体の容量 からその生活レベルが維持できれば、sustainableでありうることになってしまい、適当ではない。したがって、sustainabilityは欲求レベルの関数であり、持続可能限界の値は、人類の基本的欲求レベルにより変化すると考えなければならない。

 そこで、3章で提示された人口およびエネルギー需要の指針(ケース1~ケース3)に応じた持続可能限界の差異を示した。これらのケースにおける一人当りエネルギー需要の増加率は、人類の欲求レベルを(Maslowの五段階のように)具体的に表したものではないが、発展途上国と先進国を分けて評価しており、少なくとも一つの目安には成り得ると考えられる。ここでの結果 から、以下の示唆が得られた。すなわち、いずれのケースにおいても持続可能な資源利用をおこなうための、ライフサイクル「統合収支」の向上率は高いものとなり、その達成は容易ではない。また、現在の資源利用の状況が(本章の定義によれば)資源、環境の両面 から持続不可能であり、持続可能限界からどの程度乖離しているかを示した。ただし、地域格差など分配の問題が、持続可能性におよぼす影響の取り扱いはきわめて不十分であり、この点については今後の課題とする。

 こうした持続可能限界の分析に続き、超長期、世界全体のエネルギー供給のシミュレーションをおこなった。ここでは、主として化石燃料に基づく現行のエネルギーシステムが、資源、環境の持続可能限界からの乖離度に応じた経済的インセンティブを課すことにより、持続可能なシステムに移行することを示した。

 今後、本研究会で提起された分配の問題や都市問題などを取り扱う手法も含めて検討していく予定である。

5.エネルギー問題におけるSustainability
     (長野浩司委員/(財)電中研経済社会研・主査研究員)

 エネルギーは、経済社会活動とその発展に必須の投入要素の一つであるが、資源の埋蔵量 制約に支配される。事実、人類が過去に依存してきた主たるエネルギー源は化石燃料(石油、ガス、石炭)であり、このうちのいくつかは近い将来の枯渇が懸念されている。このような枯渇性の要素に依存し続ける限り、Sustainableなエネルギーシステムの実現、ひいては持続可能な社会の構築は到底望めない。換言すれば、エネルギーはSustainable Developmentの実現のために克服すべき最も困難な阻害条件となっている。

 人類のエネルギー利用の歴史的変遷を顧みると、エネルギー消費の主力は木材・薪炭等から石炭、石油、天然ガスへと移り変わってきたが、その際、主力となるエネルギー源の「持続時間」、すなわち最大のシェアを保ち続ける時間が短くなっていること、来世紀中ばにも必要となるであろう「次期主力」エネルギー源が、現時点でなお不明確であることが注目される。これらの点は、「持続可能なエネルギーシステム」の実現が如何に難しいものであるかを端的に物語っている。また、エネルギー利用の現状に見られる「南北問題」、すなわち先進国と途上国の間の分配の格差は、その困難を一層助長する。

 次に、現存するエネルギー資源の埋蔵量 、エネルギー利用に伴う廃棄物発生等について現在までに得られている情報を整理した。従来より予測されている程度の長期的エネルギー消費の下では、石油資源は来世紀中に枯渇し、天然ガスは石油よりもなお早く枯渇する。石炭の埋蔵量 は豊富であるが、その消費に伴う環境負荷等により、資源の埋蔵量が問題となる以前にその利用にブレーキをかけざるを得ない。原子力は、現行の軽水炉技術のみを想定すると、ウラン資源の埋蔵量 から見て21世紀中の需要はカバーできる。しかし、軽水炉によるワンススルー燃料サイクル技術に依存する限りにおいて、原子力もまた枯渇性のエネルギー源であることは銘記せねばならない。原子力の資源制約をほぼ回避してしまう技術開発、たとえば増殖炉技術、海水ウランの回収利用技術等の開発も進められているが、いずれも経済性の問題はなお解決されていない。自然エネルギー源(バイオマス、太陽、風力等)の物理的ポテンシャルは極めて大きいが、経済的ポテンシャルとの間のギャップはなお大きく、今後の技術開発努力が待たれる。

 このように、「持続可能なエネルギーシステムの具体像」を描くことは、多数の阻害あるいは不確定要因の存在により極めて困難な状況にある。それら制約条件を乗り越えるためには、革新的な技術開発に活路が求められる。具体的には、現状利用可能な原子力、石炭利用技術等を短期・中期的な「つなぎ技術」と見なし、主として自然エネルギー等に立脚した革新的なエネルギーシステム技術の研究開発への時間を稼ぎつつ最大限の努力を傾注する、エネルギー技術研究開発の最適ポートフォリオの策定が求められている。

6.世界経済の持続可能な発展の課題
     (大平純彦委員/静岡県立大経営情報学部助教授)

 世界経済の持続可能な発展の定義についてはいろいろな見解があるが、この問題を論じるときの一つのキーワードは「世代間の公平性」である。地球環境問題を考えると個々の国の発展の持続可能性のみを論じるだけでは必ずしも問題の本質をとらえたことにならない。そして21世紀には、世界人口に占める開発途上国の比重が高まることを考慮に入れるならば、「同一世代内の公平性の問題」に対して十分な配慮を加えることなしに、持続的な発展の問題に取り組むのは困難であろう。

 世界経済は大きな歴史的転換期にあり、冷戦後の新たな体制・秩序を模索する一連の動きのなかにある。この動きの成否が今後の世界経済の先行きに大きな影響を与えるであろう。かつては開発途上国の開発戦略について大きな意見の対立がみられたが、今日では開発の戦略の基本に関する見方は収束する方向にあり、人的資源への投資、競争的な市場経済環境、インフラストラクチュア整備、世界経済との連関などか重視されている。

 今後の世界経済の発展を考えていく際に、経済発展をどのような指標でとらえるかが大きな意味を持つ。これまで各国の経済発展を展望する上で一人当たりGDPが集計量 として広く用いられているが、環境問題との関連で持続可能な経済発展を論ずるためには、一定の限界をもつ指標である。また、より広い社会経済要因を考慮に入れた指標として、国連開発計画の人間開発指標などの社会指標による経済発展の多面 的な評価が提案されているが、これには環境関連の指標は採り入れていない。もう一つ別 な方向としてGDP自体を拡張して限界を乗り越えようとするものがある。特に環境問題との関連でGDPを拡張しようという研究は盛んに行われている。国連は1993年にSNAに関する新しい基準である1993年版SNAを公表した。その中では環境関連の経済活動の取り扱いは、従来のGDPと別 に「サテライト勘定」として作成することを提案している。日本では経済企画庁がすでに試算結果 を公表している。以上のように、環境面の影響を直接に評価しうる経済指標の開発は現在精力的に進められており、今後こうした指標を用いることによって持続可能な発展に関して数量 的により適切なアプローチが可能になろう。

 現在、各国間に存在する大きな経済格差を縮小させていくためには、開発途上国は、工業化を一定の程度まで進めていかなくてはならないが、地球環境の問題を考慮すると、現在の先進工業国経済は工業化のよい「モデル」を提供しているとは必ずしもいえないのではないか。世界経済が全体として調和するように、各国の産業構造をどのように変化させ、国際分業関係を築き上げていくかが今後の世界経済の最大の課題である。

7.食糧需給のサステイナビリティ
     (中川光弘委員/農水省国際研究情報官)

 世界の食糧問題は、全体として見た場合には明らかに改善の兆しが見られ、途上国の1人当たりのカロリー供給量 は、1960年代初頭の1,940kcal から90年代初頭の2,500Kkcalへと一貫して増加しており、途上国の飢餓人口の割合も、70年代初頭の36%から90年代初頭の20%へと一貫して低下している。しかし、地域的な偏りも見られ、アフリカのサブサハラ地域や南アジア、中南米の一部では、食糧問題の改善が遅れており、また、多くの途上国の低所得層では依然として多くの栄養不良人口が存在している。

 世界の人口増加については、その増加率は一貫して低下しているものの、毎年、9,000 万人近くの人口増加が続いており、特に途上国では2%を上回る人口増加が続いている国が多く、食糧需要の増加の主因となっている。さらに、アジアを中心とした多くの途上国では、今後、急速な経済成長が見込まれており、国民1人当たりの所得上昇に伴う畜産物、飼料穀物、油脂類、果 物等の需要増加が見込まれている。

 一方では、地球温暖化、酸性雨、熱帯林消失、砂漠化等の地球環境問題が深刻化しており、長期の食糧需給への影響が懸念されている。地球温暖化については、二酸化炭素等の温室効果 ガスの排出量の増加に伴って、今後、10年間に約0.3 Cのテンポでの気温上昇と10年間に約6cmのテンポでの海水位 の上昇が予測されており、生産立地の移動や耕地面積の減少、作物生産の変動性の拡大等が懸念されている。酸性雨については、世界各地で酸性雨が観測されており、土壌や湖沼の酸性化、森林破壊が進行している。熱帯林消失については、毎年我が国の国土面 積のほぼ半分に相当する約1,700 万haのテンポで熱帯林が消失しており、土地の侵食や下流域での洪水の発生、生物種の消滅、バイオマス資源の減少等の問題を引き起こしている。砂漠化については、過耕作や過放牧、薪炭材の過剰採取等のため毎年約2,000 万haの農地が砂漠化しており、乾燥・半乾燥地域の食糧生産の増大を阻んでいる。

 これらの地球環境問題の影響もあって、最近では耕地面 積や灌漑面積の拡大が鈍化しており、また、作物単収についてもその上昇率が低下している。今後、土地資源や水源の制約がますます強まる中で、人口増加や所得上昇に伴う食糧需要の増加に対応していくためには、技術進歩を背景とした作物単収の上昇を継続させていくことが、重要で、そのための研究開発投資やインフラ整備を必要としている。また、食糧問題は、分配問題とも深くかかわっているので、所得問題や市場問題にも配慮した開発政策の中で解決していくことを必要としている。

8.超長期地球温暖化シミュレーションによる
     sustainability への接近(森 俊介)

 経済と環境の問題は、世界規模かつ長期的な問題となる。そして、資源・エネルギー、経済活動だけでなく、広く農業、人口問題、気候変動という地球全般 に複雑に絡む関係を解きほぐさなければならない。特に気候変動(温暖化)が重視されるに従い、気象モデルや海洋一大気循環モデルという物理モデルによる長期予測にとどまらず、様々な技術や政策オプションをモデル上で定量 評価しようとする試みが様々なされるようになった。これが、統合モデル(integrated assessment model) アプローチであり、現在世界の各国の研究機関が開発を行っている。ことに、スタンフォード大学ではEMF-14という国際学会を主催し、モデル研究者の意見交換を盛んに行っている。本プロジェクトでは、これらのモデルの開発動向と概要について調査を行った。さらに、ここではそのようなモデル開発のプロトタイプとしての、世界を3地球に分けエネルギー・経済・地球温暖化の超長期シミュレーションを可能とするモデル(Model Approach for Resource and Industry Allocation) を論じた。現段階では、このモデルは生物・農林業・土地利用ブロックを持たず、気候変動も単純化した簡素な構成のものであるが、次のような政策が長期的な地球温暖化と経済活動に与える影響を、日本、その他OECD地域、その他地域の世界3地域ごとに計算することができる。ここでは、次のような設定を行い、シミュレーションを試みた。

    CASE-A:現状延長ケース。原子力は技術的な最大限度まで入るものとする。
    CASE-B:原子力導入可能量を50%に制約する。
    CASE-C:世界全体の二酸化炭素排出量を1990年レベルに安定化する。
        この際、炭素排出権貿易を行うものとする。

 この結果、現状を延長すると21世紀末には大気温度が現状より約3度上昇してしまうこと、二酸化炭素排出量 を1990年レベルに安定化させても、なお大気温度上昇が続くものの、そのレベルは約1.6 度程度に抑えられることが示された。

 さらに、今後の拡張の一つのステップとして、このモデルに食料供給、木材需要、バイオマスエネルギー生産と森林による二酸化炭素吸収オプション評価のための土地利用ブロックを付加した拡張の試みとそのシミュレーション結果 を述べた。これはなお資源、食料、技術、経済のいずれの面からも多くの課題を残すものではあるが、今後の研究の方向を示唆する上で意義の大きなものと考えられる。

9.おわりに(森 俊介)

 本研究では、地球環境問題を、人類が恒久的に生き残り、かつ「豊かな生」を享受する社会の必要条件として、「持続可能性」というキーワードを取り上げ、一見自明に見えるこの概念の中にどのような問題が潜んでいるか、また具体的に資源、人口、エネルギー、食糧という個別 の分野においてどのような展望が得られているのか、またそれらの長期的な相互関係を考えた際、将来像をどのように描きうるのか、という問題に対し検討を加えた。

 本研究のとりわけ重要な目的として、そのような社会がもし実現したとする、あるいはそこに近づきつつある社会があり得たとするなら、それはどのようなものなのか、できるだけ具体的なイメージを描くことがあった。2050年は、そのような方向に社会を向けた場合、現在の意思決定によってある程度実現可能と考えられる時間断面 として設定された。

 第2章では、まず「持続可能性」に関する概念整理を行った。第3章では、特に影響の大きい人口問題を都市問題との関連で検討した。第4章では資源問題が人類の今後にどのように制約となるか、長期的な視点に立つ評価方法を考慮した。第5章では、エネルギー問題の持続可能性を検討した。第6章では、持続可能な社会を支える経済・産業構造の問題点を論じた。第7章では、人類社会の基盤となる食糧問題について、その現状と展望を述べた。第8章では以上の各分野論点の相互関連への定量 的な評価の試みとしての統合モデルアプローチの動向と、そのプロトタイプモデルのシミュレーション結果 を示した。

 問題がきわめて大きなものだけに、第1年目としての本年度では、問題点の総合的な解明には至らなかったが、研究と討議を通 して今後の世界の経済的な発展のための制約となりうる各分野において、現在知られている範囲でどのような障害と展望があるのか、またそれらを具体的に総合化する際、どのような方法論があり得るのかについて方向付けを行うことができた。

 今後、「持続可能な社会」へ至る道の中で、各分野における技術と社会システムがどのように機能していくかについて、具体的な可能性を検討していく予定である。

しかしながら、本報告書冒頭にも述べたように、地球は単一の主体により意思決定が下される世界ではない。「個」から「種」まで、また「生存」から「自己実現まで、この多重構造の中で最小のコンフリクトを実現する道を探るためには、解決すべき問題があまりに多いと言わねばならないであろう。

 

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