1995年8号

高度情報化研究委員会補稿(1) -高度情報化が意味するもの-

1.「第三の波」をどう捉えるか

 現在進行している高度情報化の流れを歴史的に捉えた時、二つの見方がある。第一は、アメリカのアルビン・トフラーに代表される考え方である。人類の歴史にまず農業革命が起こり、それを基盤とする社会制度が形成された。そして、18世紀の後半に産業革命が起こり近代が始まった。産業社会の特徴は、大量 生産、大量消費、中央集権国家に求められる。現在は産業社会から次の社会への移行期に当り、その波が今広がりつつあると論じている。産業社会イコール近代であり、「第三の波」の先にある高度情報化社会は、脱近代と位 置づけられる。

 もう一つの考えは、この「第三の波」を近代の中での第三の波と捉える見方である。こちらは、産業社会の中での技術の交代という観点に重きを置く。第一の段階が綿織機、蒸気機関などで軽工業や鉄道が大衆化する事によりピークを迎える。第二期は内燃機関、電力技術の発達などが起こり、それが大衆化する。第三が現在出現しつつある情報化の流れである。すなわち、第一次産業は物の生産、第二次がエネルギー消費、第三次産業革命が情報化ということになる。技術の交代という意味では、コンドラチェフの50周期が有名であるが、ここでは100年を一つのサイクルと見る。前半が技術の普及期、後半が大衆化される期間と捉えている。

 現在の先進諸国は、冷戦構造の崩壊による旧東側陣営の市場経済への参入、通 貨調整に伴う途上国への生産設備の移転など、地球規模でのメガ・コンペティションにさらされている。日本でも円高を背景にして、国内の産業の空洞化が現実のものとなっている。したがって後者の捉え方は、現状の局面 を打開する待望論としての見方とも合致する。最近出版された高度情報化に関する書籍の多くも、技術主導の待望論的見方が強いようだ。

 さて、両者の違いは「第三の波」を人類史の第三の波、言い換えれば、「社会変容の第三の波」なのか、「産業の第三の波」なのかという所にある。もし未来の人々が過去を振り返った時、今我々が直面 している状況を、人類にとってのビッグ・ウェイブだったと捉えるのか、それとも近代の中での波であったと捉えるのであろうか。ここでは、やはり人類史の「第三の波」という捉え方をしたい。人類が経験した2つの革命、農業革命、産業革命の結果 が何をもたらしたのか、またその革命の背景にあったものは何であったかという視点から考えてみたい。

 人類が農業社会を形成し集団生活を始めたのは、現在から一万年程前に言われている。集団を形成することで、そこから色々な社会システムが形成されていった。そして18世紀の後半に始まった産業革命により、人類は新たな発展段階に突入したのであるが、その両者に共通 して言える事は、その後の急激な人口の増加である。いわゆる「人口爆発」といわれる状況を引き起こしたのであり、その状況は現在も続いている。しかし、高度情報化の流れを人類の「第三の波」と捉えたとき、それは過去の2つの波とは異なり人口の増加を許容する波ではないように思われる。むしろ、それを制御する性格を持つのではないかと考えられる。地球の人口が今後100年間で現在の倍になったと仮定したとき、地球自身がその重さに耐えられるとは到底思えない。それが第一の視点である。

 それでは、如何なる原因に触発されて第一、第二の革命が起こったのか。人類が農耕生活を営み始めた頃の気象条件が、思わぬ 所から分かる事となった。それは地球温暖化問題の研究からである。ソ連の科学者達が地球温暖化の研究の過程で、地球上で最も寒いとされる南極東部のヴォストーク観測基地の近くで、最も古い年代の氷柱を採取した。この氷柱は長さ1,600メートル以上あり、現在から16万年前の氷河期まで遡れる試料であった。氷は空気の化石であり、その中に含まれる炭酸ガスの割合を分析するとことによって、その時代の気象条件が判明することとなった。この試料の分析結果 が1980年代後半に、フランスの研究者グループにより発表された。ヴォストークから採取した氷柱は、氷河時代になると大気中のCO2量 が減り、氷河時代が終わると上昇していることを実証している。一般的に地球が温暖な時期のCO2濃度は260ppm~280ppmであり、一方寒冷期の濃度は190ppm~200ppmとされている。(注1) 

    (注1) 人類の登場以前、何がCO2濃度を増減させていたのかは分からない。ただ、データの結果 からすると、炭酸ガスの増減が先の事も地球の温度変化が先の事もあったようだ。また、気温とのより確かな関係は試料に僅かに含まれる水素の同位 元素D(重水素)の分析から求められる。ともかくこの氷柱は、CO2の温室効果 を歴史上初めて指摘したスイスの化学者アレニウスの仮説を証明する事になつた。CO2濃度の変動が地球の急激な気象変化(氷河期)と関係があるのは明かで、プリンストンの真鍋淑郎が作ったコンピューターモデルもこの情況を証明している。氷柱試料のデータをこの地球モデルに入力してCO2の濃度を変数とすると、200ppmで地球の気温は氷河時代まで下がり、300ppmで気温は上昇して氷河期を脱出した。このモデルの地球による解析は、過何度繰り返しても気温とCO2の相関関係は同じで、氷柱から取った実際のデータとも符号した。

 ここから、人類が農耕社会を形成し始めたすぐ後に、かなりの寒冷期を迎えたことが分かってきた。また、この時期の人類の活動状況を知る上で手掛かりとなる遺跡が西アジアの高原地帯で発見されている。その遺跡からは多量 な植物の種子が発見され、その種類は約300種にも及んだ。この事から、人類は寒冷な気候に直面 し自らの生存を確保するために、ありとあらゆる植物の種を探査し尽くしたことが推察される。そして、そこから人類は、比較的低温に強い麦の原種を探し当てることになる。農業革命が起こった地域は、現在一般 的には、(1)東南アジアの根栽農耕文化、(2)西アフリカのサバンナ農耕文化、(3)中近東の地中海農耕文化、(4)中米あたりの新大陸農耕文化等が挙げられているが、その中でも西アジアの高原地帯は穀類の野生種が豊富に繁茂していた地域であった。そして、比較的低温に強い麦を手にした事が、人類の活動領域をそれまで農耕に不適とされた寒冷な地まで広げることになり、人口の増加はその当然の結果 ともいえる。米については、現在のところそのルーツが分かっていない。

 次に産業革命の背景を考えてみると、この点について川勝教授(早稲田大学経済史)は、ヨーロッパの辺境のイギリスとアジアの辺境の日本で、何故産業革命が起こったのかという問いに対して、その前段で生産革命があったからだと論じている。ヨーロッパでは労働を節約して資本を集中的に使うという形での生産革命、日本では資本をできるだけ節約して労働力を集中して投入するという形での生産革命、形態は異なるがこれらの生産革命を前提として産業革命が起こったのだと論じている。そして、生産革命は自立的に起こったわけではなく、外圧があってそれに対するレスポンスとして起こった。その外圧とは、ヨーロッパの場合はイスラム的アジアであり、日本の場合はマリンチャイナであった。アジアの海はイスラム商人と華僑が情報も通 商も握っていた。その地からもたらされる豊かな産品は、それを買い始めれば嗜好を作るので、金が続く限り買い続けることになる。買うには対価が必要だが、それは永遠には続かない。そういう状況にヨーロッパも日本も直面 し、自力でつくるしかないという方向へ動いていった。産業革命は資本を動力に変換して、人類の活動領域を更に広げたのである。その背景にあったものは、危機を乗り切るために起こった生産革命である。したがって、産業革命は危機へのレスポンスとして起こったと述べている。前に説明した農業革命も直面 する危機へのレスポンスであった。そうすると、人類史の第一、第二の波は共に危機があり、それに対するレスポンスがあったと捉えられる。これが二つ目の視点である。

 翻って、今我々の世界には何が起こっているであろうか。世界を見渡せば、地球規模での環境の問題、資源の問題、貧困の問題、人口の問題等、もろもろの問題が起きており、これからの100年はその対応の如何によっては、人類の命運を左右する一世紀であるとも言われている。現在の諸条件を考えれば、我々もまた危機の時代に置かれている。そして危機に直面 して、我々もまたレスポンスを求められている。そうすると、危機に直面 する中で今我々の前に出現しつつある高度情報化の流れは、人類に対してあるミッションを秘めていると考える事はできないだろうか。そのミッションとは、我々が直面 する問題を高度情報化を手段として、また、そこに内在する種々の技術を駆使して、乗越えるための物ではないだろうか。高度情報化はその手段である。これが天賦のものなのか、技術の発展過程と時代がたまたまマッチングしたものなのかは分からない。ここで述べている事は、それが現象面 で現れているという事ではなく、人類の歴史を踏まえてどう認識すべきかということである。それをどう捉えどう使って行くかは、人類の選択にかかっている。

 また、過去に起こった波を越える時、人間は意識の改革を必要とした。第一の波は組織を是とし、組織に依らなければ自然に対持していくことはできないという考えである。そして、組織の力を駆使して自然に手を加えていった。(注2)第二の波は、西欧では節約を神への奉仕とするプロテスタンティズムの考えである。それが近代産業社会の特徴である資本の形成に結びついていった。一方日本では、勤労を美徳とする考えである。その意識革命が生産革命を可能にした。当然第三の波も我々の意識の新たな変革を求めるだろう。これが三番目の視点である。

    (注2) エジプト、メソポタミア、インダス等の古代治水灌概文明に、その姿を見ることができる。また、拡大した農地は人類史上初めて生産物の余剰をもたらし、それが社会の分業体制を促し、古代国家の形成へとつながっていった。

 おそらくこれからの世界は、色々な問題が世界同時多発的に起こるであろう。その問題は諸々の要素が複雑に絡み合い、従来の様な単純な図式で解決することは困難である。また、状況変化のスピードも過去に較べると格段に速くなり、従来の手法では変化のスピードについていけない。したがって、その変化に対応するためには、十分な情報量 と、それを元にした判断力が必要とされる。これからの危機を乗り越えていくためには、高度情報化の流れを自分のものとする事が必要となる。この流れをそのように捉えると、我々の進む道も自ずと決ってくるようにも思う。人類は危機に直面 しそれを乗り越えることで更なる発展を手にしてきた。「第三の波」は、第三の危機に直面 した人類が、如何なるレスポンスを発するかということを求めているのではないだろうか。

2.社会主義は本当に崩壊したのか

 高度情報化の流れはネットワークという電子の海を通 して、地域あるいは国を越えた、あるいは従来の枠組みとは異なる、自由な交流を可能にすると言われている。ネットワークの海を自由に動き回る事は、実際の距離を電子の空間に圧縮することによって、あるいは膨大な情報を得ることが可能となって、人間の創造性を更に高めるといわれている。ここには、従来の国家や組織の枠組みとは異なる、個人が主体として機能する世界を見ることができる。そして、ここでは高度情報化ヘの道が自由の象徴のように受け止められる。確かに、その様な世界を描くことは間違っていないだろうと思う。今までの議論はそこにスポットライトを当ててきたのだが、その一方で、もう一つの可能性も考える必要がある。それは我々が生きている世界に、個人がその可能性を極限まで追求できる程の自由がまだ残されているかという点である。物質的な限界を迎えたから、電子の空間に新たな可能性を見つけるのだと言う意見もある。しかし、人間は生物であるが故に体は物質的空間を離れることはできない。また、我々が直面 している状況を、先に述べたような第三の危機と捉えた時、自由な活動の延長線上に予定調和論が展開できるとはとても思えない。そうするとネットワークにはもう一つの可能性がでてくる。それは、制御の手段としての役割である。ネットワークが基本的に双方向である事を考えると、一方に個人の自由および創造の可能性があり、もう一方に超国家主体による公平な分配のための制御という可能性があるのではないかと思う。その時の大義名分は、「人類の持続可能な発展のために」というタイトルになる可能性を否定することはできない。

 この点を社会主義国家ソ連の崩壊と関連づけて説明したみたい。第二次大戦後の冷戦構造は、ソ連邦の瓦解とその連鎖反応による東側陣営の総崩れによって終わりを告げた。なぜソ連は崩壊したのか。一つの見方として、情報を管理できなかった事が挙げられる。マルクス主義者達が考えた計画経済体制は、全ての情報が中央に集まることを前提としていた。また、レーニンが革命政府を樹立した時も、必ずしも中央官僚体制がいいと考えてはいなかった。理想とする共産主義を目指す過程として他に代わるものが無いため、当面 官僚組織でコントロールする方法を選択したのである。皮肉な事にソ連が倒れるまで、マルクス主義者達の理想を実現する技術的手段は彼らの手には渡らなかった。情報を中央で一括管理する手段がないため、各部門が迷走状態となりその上に膨大な無駄 が蓄積されていったのである。計画経済とは名ばかりで、実際は無計画経済だった。それでは、現在の情報化の流れを悲観論にくれるマルクス主義者達に説明したならば、彼らは如何なる反応を示すだろうか。きっと目を輝かすに違いない。情報のネットワークは彼らが理想とした計画経済を可能とする道具となり得るからである。確かに体制としての社会主義は崩壊した。しかし、ネットワークの持つ可能性を追求していけば、分配の経済の実現可能性は逆に高まっているのではないだろうか。

 一方、人間は自分自身の可能性を否定する様な世界は望むであろうか。私も望まないし、これを読む多くの人も望まないであろう。それならば、現在我々の周りに起こりつつある問題について、我々自身が主体的に行動し解決していくことが必要である。議論のための議論を繰り返し、問題の解決を先送りにし、将来に負債を蓄積していくことは、結局、自分達では当事者として問題の解決ができないので、超国家機関に問題の解決を委ねますという事である。そして、当事者としては白旗を掲げて、管理された分配の社会を受け入れますという事でもある。超国家機関の主体は、人間の手から離れて万能のコンピューターであるかもしれない。彼は、分配の論理を冷徹に遂行していくだろう。しかし、それは人間の可能性の否定である。人間が、自ら主体性を持って未来を切り開いていく意味において、高度情報化におけるネットワークが持つもう一つの意味を理解しておく必要があるように思う。

 これからの世界ではネットワークを巡って、前に述べた両方の考え方の相克が起こるであろう。そこでの論点は、人間自ら調和を実現できるかという事である。未来が調和の方向に進めば、この流れをボジティブに受け止める力が勢力を得るであろう。一方、逆の方向であれば、これを人間の活動を制御する手段として考える勢力が勢いを増すであろう。今後起こり得る問題への人類の対応如何によって、高度情報化の流れは、未来を開く鍵ともなり得るし、灰色の未来の象徴ともなり得るのである。その分岐点は、人間が如何にこの流れを認識して、どの様にこれを使うかという点にある。

 近代産業社会は、自由主義と資本主義を両輪として発展してきた。しかし、その成長も限界を迎えつつある。資源が有限である事がより確実になる中で、競争の論理を推し進めるならば、より強い者が資源を支配し生き残る事になる。それを適者生存とし是と考えるならば、その論理が行き着く果 ては、人間さえも適者ではなくなる世界である。また、人間の活動領域を無制限に広げれば、他の生物の生存を狭め地球が持つ循環のシステムを人間が断ち切ることになる。その結果 人間は自然から復讐される。このように考えると、我々は高度情報化の流れを更なる「競争」の手段としてではなく、むしろ「協調」の手段として捉えるべきではないだろうか。人間と人間の協調、人間と他の生命の協調、更には人間と自然の協調がこれからは必要である。自然の復讐が起こるまで、事態の悪化を放置することは、人間が人間としての資格を放棄するのと同じことである。そのような状況にしないためにも、高度情報化という手段を新たな競争の手段として「コンペティティブ」に使うのではなく「コーポラティブ」に使う所に、我々の未来が広がっているように思う。

3.企業と高度情報化(経済モデルの再検討)

 現在、我々が信じている経済モデルは、二つの要素を落した状態で成り立っているようだ。第一は環境という要素である。第二は家計という要素である。

 経済モデルを単純に考えると、登場するアクターは、企業と家計と政府である。企業は物を作る人であり、家計は消費する人であり、政府はその両者を調整する人となる。

 環境という要素は、長い間コストから除外されてきた。これは市場の失敗と呼ばれるものであるが、我々が意識してこの問題を落としてきたというよりは、そこにコストが存在するという事自体、我々は長い間意識してこなかったという面 もある。その典型的なものが、現在、地球温暖化問題で議論になっている炭酸ガスである。温室効果 の影響を考えて炭酸ガスの排出を一定のレベルで抑えようとしたとき、そこに膨大なコストがかかることが分かったのは最近の事である。大気という公共財にもコストがあり、そのコストを負担するとなると我々のコスト・モデルは音を立てて崩れてしまう。当然の事ながら現在の製品にそのコストは入っていない。生物の多様性の維持までこの考えを広げた時、環境のコストが幾ら掛かるのかは見当もつかない。どのように対応していくかはこれからの問題である。ともかく、地球を健全な状態で維持するという観点で考えると、我々の経済モデルは不完全なのである。また経済効率という議論も、この様な要素を落とした所での効率であったと言える。

 もう一方家計という要素を経済モデルでは、生産したものをひたすら消費する主体と捉えている。企業も生産物を如何に消費者に買ってもらうかという視点で物事を考える。家計という主体は本当に消費するだけの主体なのだろうか。

 ここで一つの例として、我々がよく利用するファミリーレストランを考えてみる。日本の高度成長に合わせこの業界も年々拡大してきたが、昨今の状況はかなり厳しいようである。その一つの理由として、外食から家庭での食事に戻ったことが挙げられる。一日における人の食事回数が変わらないとすれば、外食産業の成長の源泉は家計の中にあった内部経済を貨幣換算できる外部経済に取り出した事であった。個人所得の増加がそれを可能にしたとも言える。ところが昨今の不況により所得も伸び悩み、その一部が家計という内部経済に戻ってしまった。ここでの着眼点は、食事を作るという行為は、外部経済にも内部経済にも存在するということである。しかし、我々の経済モデルは、外部経済だけに焦点を当てサービスの生産と定義する。近代産業社会の特徴は、資本を極度に集中させることによって、大規模な生産設備を形成し大量 生産を可能にし、その圧倒的拡大により家計を生産という面では無視しうる存在とした。その結果 、我々は家計を消費する主体としか考えなくなってしまった。私が企業の企画で計画を作っていた時もこの考えしかなく、かっていかに売るかということだけを一生懸命考えるのである。しかし、時にある疑念が頭に浮かぶ。それは、フォアグラを作るためのガチョウではあるまいし、いくらなんでも、そうは飲み込めないはずだという事である。だが、企業は家計を自分達の作った製品を消費する主体と見方に支配されている。物の流れは企業から家計への一方通 行であり、企業は如何に家計から貨幣を収奪するかという面だけを見て、誰もがそれを当然の事と考えている。この一方通 行の流れこそ、あるいはそれを是とする考えが産業社会の特徴でもある。

 何故この点に言及したかというと、情報化というのはこの流れとは異なると言いたかったからである。現在、高度情報化を企業サイドでは新規ビジネスの機会として捉え、そのネットワークの利用方法について、マルチメディアであるとか、CATVによるビデオ・デマンドであるとか、あるいはホーム・ショッピングなどの将来性をあれこれ議論している。しかし、その可能性を考えて行くとすぐ限界に突き当たる。家計はそれ程お金を使ってくれないという悲観論が台頭するのである。その理由は上で述べたように、企業は家計を収奪の対象としてしか見ていないからである。そこでは企業から家計への物、サービスの流れしか想定していない、あくまで一方通 行の考えに支配されている。換言すれば、従来の産業社会の経済モデルに支配されているのである。しかし、高度情報化、ネットワークの特徴は、根本的に産業社会の流れとは異なる。それは一方通 行の流れでなく、基本的に双方向でありそこに一番の特徴がある。これがいったい何を意味するのであろうか。私は、産業社会で忘れ去られていた家計が、生産の主体として再度復活する、あるいはその機会が再び到来したのだと思う。またそこに、新たな経済モデルのフロンティアがあるように思う。生産に関して、家計と企業の補完関係が新しい経済を生む。企業も価値を生産する一方で、家計も価値を生産する主体となる。家計は一つ一つは小さいが、総計で考えると大きな存在となり、その相互作用でパイを膨らましていく事が、これからの成長を確保する一つの方策であるように思う。そしてこの事は、産業社会のように、企業が一方的に富を集積することにはならず、それぞれが富をわけ合うところに、新しい支出領域がつくられるように思う。

 また情報の特性を考えると、これは家計の生産に非常に近いところにある。例えば、我々が毎日目にする新聞、雑誌等の出版物は、個々の記事という単位 で考えると、その書き手は限りなく個人に近い。大規模生産の印刷の工程だけである。あるいは、家計の方が投資の回収費、人件費等の考えが希薄だけに、今日的の状況では大企業よりコスト構造は強いかもしれない。ともかく情報化の流れは、従来の産業社会の特徴である大規模大量 生産とは異なる流れを引き起こす。またそれを可能とするのである。

 この様な動きは、情報のネットワーク以外の所でもその萌芽が見られる。例えば、デンマークでの風力発電事業である。この事業には政府の補助政策もあって、数多くの個人が参加している。風力発電機を動かすには比較的広い土地が必要であるが、この要件を満たす個人が発電事業に参加し、今日では、個人の敷地の一角で軽やかに羽根を回転させている風力発電機の姿は、デンマークの田園のごく見慣れた風景になってきた。(注3)

 日本においても、まだまだ数は少ないが、個人住宅の太陽光発電システムが同じような意味を持つ。これらのシステムは、系統連絡を通 して余剰電力を電力会社に販売する。これらの例が示すものは、企業と個人の生産における補完関係である。別 の言い方をすれば、分散と集中の組み合わせである。今、このような新しい流れが生まれつつある。

    (注3) 91年末設置台数3,200基、総発電容量 42万KW、80年には皆無であった。

 これからの経済は、いかに循環のネットワークシステムの中に、その機能をビルドインするかということが必要になる。一方通 行の論理は環境が許容しない。そして、この循環の流れは家計という要素を必要とする。例えば、リサイクルで考えれば、家計は消費する主体であると共に、ゴミを分別 し次工程に渡すというサービスを生産する主体なのである。更に、情報化という流れがこの循環のシステムをつなぎ合わせる役割を持つ。そして、その可能性をより加速し新しい家計と企業のネットワークを築くであろう。いま我々が信じてきた産業社会の経済モデルについて、新たな観点から再検討することが必要である。

 企業としても、いかにこの流れを捉えるか、あるいは自らが持つ技術・知識等を、いかにこの中に組み込むことができるかという事が、今後重要な要素となっていく。そして、ネットワークの特徴をうまく利用できる企業が、21世紀への切符を手にする一方で、従来の様に、一方通 行でしか物事を考えられない企業は衰退していくと思う。

 アメリカの未来学者P.F.ドラッカーが、第二次大戦直後に今日の企業社会の隆盛を予見した時、多くの人はそれを信じることが出来なかった。しかし、それは現実のものとなった。そして再び、新たな着地点を求めて状況は動き始めた。その中で企業もまた、新たな波へのレスポンスを迫られている。


    -おことわり-
     ここに記載した内容は研究委員会としての意見ではない。それに触発されて私なりに考えたものである。ただ一つの捉え方として、多少とも企業の方々のお役に立てばと思う。また、紙面 の関係で4章以降は再度機会を改めて掲載したいと思う。

 

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