1998年8号

「アジア金型産業の現況、タイ、 マレーシア、シンガポール」


 「アジアの中に日本を考える」研究委員会(委員長白石隆京都大学教授)では、黒田精工(株)会長、黒田彰一氏から「金型から見た日本、アジア製造業の将来」という報告をいただいた。この報告をさらに発展させる目的で6月12日から18日まで後藤俊夫委員(国民経済研究協会常務理事)と事務局中西英樹がタイ、マレーシア、シンガポールを訪問したので報告する。


1.金型とは

 部品を作るには3つの方法がある。

 まず第一番目が除去加工といって材料から要らないところを削り取る方法、工作機械や切削工具、砥石といったものが使われる。

 次が接合加工、溶接したりのり付けしたりして所要の形にする。接合加工には各種溶接機が使われる。

 第三番目が形状転写加工、これはあらかじめ金属で型(金型)を作っておいて、その中に鯛焼きの要領で溶融原材料を流し込んでいっぺんに成形する。あるいは金属板を型と型の間に挟んで所要の成形品を作る。

 除去加工や接合加工に比べ、形状転写加工は次のような特徴を持っている。それはまず品質の均一化した製品が得られること、次に加工時間が短いこと、第三に加工屑がほとんど発生しないことである。

 金型は、現代社会を取り巻く膨大な量産型製品の製造に欠くことのできない手段として存在し、製品の品質向上に貢献した。金型によって成形される製品は、自動車、家電、各種機械部品、ガラス製品、建材、玩具、雑貨など広い範囲にわたり、金型の良し悪しが最終製品の品質、精度、コストを規定するといっても過言ではない。

 日本の製造業が世界的な競争力を保持しているのは、高品質、安価な部品の大量 生を可能とする高度な金型技術を保持しているからに他ならない。

 たとえば、溶融した熱可塑性樹脂を金型の雄型と雌型の間の彫られた空間(キャビティという)射出充填して冷却後、取り出すプラスチック成形についても、その金型はプラスチックの収縮度、流体特性、キャビティ内に押し込められた空気はスムーズに排出しながらも、プラスチックがその排出口に入り込まないような設計など、ミクロン単位 の技術を必要とする。またプレス金型においても、たとえば微妙な曲線形状を持つ自動車のボディを成形する場合、その曲面 形状を狙い通りに成形するには、素材である鋼板の反発戻り(スプリングバック)を計算して金型を設計しなければならない。自動車ボディーの金型製造に関しては世界的に寡占化の状況にあり、難しい型の発注は日本の会社に集中している。

 金型は、成形材料の種類や成形方法などによって8種類に分類されている。8種類のうち出荷額で見るとプラスチック金型とプレス金型で全体の約8割を占める。

 金型は、コンピュータ技術、精密機械工学、材料工学、流体力学のあらゆる先端技術の固まりであると同時に、熟練工が、防音、定温条件下で、旋盤から発せられる切削音を聞きながらミクロン単位 の精度を出すといった、日本古来の「匠の世界」が生きている芸術品でもある。

2.日本の金型産業の現状、国際比較

 日本の金型の出荷額は97年で1兆8千億円と推計されている(黒田会長報告)。この額は通 産省「平成4年工業統計(産業編)」92年度総出荷額、1兆6310億円(従業員4人以上の金型製造事業所)から見ても妥当な数字といえる。この出荷額は、日本の工作機械の総出荷額にほぼ匹敵し、決して少ない額ではない。しかし金型製造業従事者の事業所規模別 構成比を見てみると、全体の35%が10人未満の、63%が20人未満の事業所で働いており、一般 機械製造業や製造業全体の平均と比較して中小企業の占める割合は2倍近い。

 金型は、多品種一品生産であるためスケールメリットが働かず、また生産規模が小さい中小企業でも手がけることができる。製品の高精度化の要請から生産額に対して機械投資額が大きいため、一社で金型の製造工程に必要な設備をすべて持つことは非効率である。したがって金型製造者は、通 常、特定の製造工程に特化した加工請け負い業者を抱えている。東京の大田区、大阪の東大阪市にはこのような零細企業が千を越える数で存在しているといわれる。これらの技術集約集団が金型技術を支えている。

 日本の金型産業の生産高を国際的な比較の中で見てみる。アメリカ、ドイツ、日本が世界の3台金型生産国といわれている。黒田会長の推計によると1992年の金型の世界市場規模は650億ドルである(旧社会主義国を除く)。日本は150億ドル、アメリカは200億ドルである。大阪経済大学斎藤教授の聞き取り調査によると<設計技術>においてはなおドイツに、また<生産管理技術>においてはアメリカに一日の長がある。しかし日本はその資質と努力によって<製造技術>では先輩格の独、米を追い抜き、今や総合力で世界第一といえるのではないかという指摘があった。このように日本が世界第一の金型生産国であることを示唆している(大阪経済大学中小企業%経営研究所報、経営経済1994. 10, p. 13)。

 金型にはQ(Quality、品質)、C(Cost、価格)、D(Delivery、納期)の3つが重要といわれている。ミシガン大学の1988年の自動車用プレス金型についての調査によれば、ボディパネル設計図の最初の引き渡しから量 産可能時期までのリードタイムは、アメリカの23,1ヶ月に対し、日本は12,1ヶ月で、急がせると、6ヶ月でもできるという。また金型の調達コストについてもアメリカ100に対して日本が37と約3分の1とのことで、1988年の時点で技術的、価格的にアメリカは日本に太刀打ちできないことを認めている。今では歩留まり率や作動時間も入れたトータルの金型生産性の差は3-4倍、日本が勝っている(型技術1997、1月号、p. 25)というほどこの分野では差がついてしまった。半導体のリードフレームの精密プレス金型を作れる工場は日本にしかない。電器部品のプラスチック金型も40%は最新技術を必要としている。また日本の金型メーカーの国際的な価格競争力は1ドル115円前後を境としている。したがって、現況の140円%ドルのベースでは台湾、香港、東南アジアに比べて格段の競争力を持っている。この意味では金型の空洞化の心配はないだろう。

 財物経済の恩典に浴しているのは世界の人口の15%にしか過ぎないと言われている。先進国においても財物に対する需要は多様化しており、世界的に金型需要は堅調に推移している。雑貨から輸送用機器、コンピュータまでモノ作りの原点は、金型であり、日本はその技術集積センターとなっている。ある意味では世界が日本の型技術を当てにしているといっても過言ではない。

3.タイの状況

 タイの金型の市場規模は95年に550億円程度で国内生産は100億円と見られている。内訳は電器向け50%、自動車向け40%、その他10%。事業所数は200から300である。今回訪問したLardkrabang Tool & Die Co.,はプレス部門も合わせて100名のローカル10位内に入る大手企業で、年商6億円程度。社長のタナポール氏はタイ部品金型工業会の会長でもある。製品はすべて日本企業向けの自動車、電器部品である。経済危機下にあるタイだが、金型の仕事は順調で98年は前年度より売り上げの上昇が見込めるとのこと。

 ここの特徴は、社長個人の設立になる金型トレーニングセンターを有しており3年制で金型教育を行っている。工場見学の際、15,6歳の少年少女が作業の手を休めて合掌してくれるのにはおそれいった。一学年約10名、授業料は会社持ち、卒業後の定着率は、以前は40%くらいだったが不景気のお陰で今は70%とのことだった。センターの設立理念、「テクニカル プロモーション フォー タイランド」に校長を務める社長の意気込みが感じられた。教育システムはドイツを参考に、また教科書もドイツ語の教科書を翻訳して使用している。

4.マレーシアの状況

 金型の市場規模は95年に約550億円、推定国内生産額は130億円程度で輸入依存度は75%といわれる。政府主導で金型製造を推進しているが、供給能力、技術レベルは満足できるレベルには達していない。自動車、電器向けに需要は多い。他のアジア諸国と同じく金型技術の指導者、熟練工不足が指摘されている。今回はサランゴール金型協会会長のポーPME社長を訪問し、マレーシアの金型状況を聞くと共に、81WY]L_0Y郊外のGMI(German Malaysia Institute)という金型学校の見学を行った。この学校は、ドイツの援助によって設立され、10億円ものドイツ製工作機械が並んでいる。高卒3年のカリキュラムで金型の基本が学べるという。教師はすべてマレーシア人だが、4名のドイツ人顧問が常駐している。

5.シンガポールの状況

 シンガポールでは新加坡精工及模具協会専務理事 潘正光氏に面談した。 金型の市場規模は600億円と推定される。コンピュータ周辺機器などの小型プラスチック金型が中心(65~70%)、自給率は60%といわれれる。

 タイ、マレーシアに比べ技術的レベルは高い。CAD,CAMの情報機器導入率は70%を越え、複雑な形状の精密金型をこなすことができる。

 人口が少ないため、技術者不足に悩んでいるが、シンガポールでは政府主導でアジアの金型技術の教育発信を行なおうとしている。その一つがITE (Institute of Technical Education) である。この学校では入学資格は高卒で、企業での研修と学校での授業を組み合わせ、3年で中堅技術者を教育する。教授陣75名、学生数1700名(金型コースは約600名)の立派なカレッジである。学生の30%~40%はマレーシア、インド、中国からの留学生で占められており、彼らは卒業後、最低3年、シンガポールでで働くことが義務づけられている。

 この学校では技能オリンピックのメダリストを輩出している。訪問時はちょうど、技能オリンピックの予選大会が開かれる時期に当たっており、その熱気は高度成長期の日本を見るようであった。

6.まとめ

 金型の市場規模は各国とも日本の3%程度である。自給率は20-60%と低く、海外からの輸入金型に依存している。現地工場では、金型製造に必要な最新鋭工作機械の導入には多額の資本が要るため、先進国から輸入された中古機械を使用しているのが現状である。日本の金型関係者の話を総合すると、東南アジアの金型の技術レベルは日本に遅れること20年ということである。

 これはコンピュータ、NC工作機械に代表されるいわゆるハードの導入に遅れを取っているだけではなく、金型の生産技術は「人」の関与する割合が高い複合技術であることによる。金型の技術移転が難しいのも金型製造が単なる技術ではなく、文化、社会的な課題を含んでいるからだという見方もある。

 技術的に容易な金型でも、日本品の納期はアジア各国の3分の1の短さといわれている。商品の新陳代謝の早い現代においてはコストもさることながら、納期が重要である。品質、納期、コストにおいて日本と各国では越え難い差がある。それでも金型のうち、50%程度はアジアで製造することが技術的に可能と見られている。また、金型に対する高関税政策もあって、各国の自給率、生産高は高まっていくであろう。昨今の経済危機にもかかわらず、訪問した現地金型企業の景気は決して悪くなく、先行きについても至極楽観的であった。

 今回限られた時間と訪問先であったが、東南アジア3カ国の金型事情について多少の知見を得ることができた。それをまとめると以下の3点になる。  金型から見るとアセアン各国はその技術レベルに応じて、自国の得意分野を決めて、アセアン内での国際分業を図ろうとしている。この面 からアセアンの新たな国際的産業政策のあり方が議論されるかもしれない。

 技術者、熟練工の不足が激しく、各国とも技術者教育に力を入れている。教育システムについては3カ国ともドイツの影響が強い。日本では金型教育はインハウスで行なわれている。金型の学校、専門学部がないことにもよるのかもしれない。

 日本のこれまでの援助はハード中心で金型のソフト、特に技術者派遣、マニュアル、テキスト整備では後れを取っている。援助、企業誘致など金型超大国、日本に対する各国の期待は強い。新たな援助方策が考えられるべきであろう。

 なお、今回の出張に当たって、訪問先アポイントにつき黒田精工(株)の横田部長に大変お世話になった。紙面 を借りてお礼を申し述べたい。

(中西 英樹)


参考文献

  • 第7回「アジアの中の日本を考える」研究委員会資料:黒田彰一 1998.5

  • 総研調査81「日本の金型産業の今後」:長銀総合研究所 1997.7<

  • 経済科学43‐1名古屋大学「金型産業における企業競争力の源泉」:浅井敬一郎 1995.6

  • 経済論纂(中央大学)33-3「日本における自動車開発支援型産業(3)アメリカ人研究者がみた日本のプレス金型:中川洋一郎 1992.7

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