2003年3号

第13回GISPRIシンポジウム 「少子・高齢化社会における日本の切り札 -人材の育成とより高度な活用-」 開催報告 平成14年度日本自転車振興会補助事業

 2003年3月25日(火)、富国生命ビル28階会議室(東京都千代田区内幸町)にて、経済産業省とフィンランドセンターの後援を得て、標記シンポジウムを開催した。
 海外からの講師3名の他、国内の研究者や経営者による講演と、2セッションに分けての全体討議を行った後、フロア参加者との活発な質疑応答・意見交換を行った。また、サロヴァーラ・フィンランド大使にもご参加いただいた。
 以下に、シンポジウムの概要を報告する。



○セッションI:少子化をもたらす社会システムの見直し

 日本に限らず多くの先進諸国で少子・高齢化が進む中、日本で顕著な女性の年齢階級別労働力率が30歳代で低下するいわゆる「M字カーブ」は、欧米諸国では見られない。日本の「M 字カーブ」は、国民性の違いもあろうが、子育て世代が労働市場から一時退場せざるを得ない、仕事と家庭(とりわけ子育て)を両立させることが困難な日本の社会システムが背景にあると考えられる。セッションIでは、少子化そのものを促進すると共に女性の社会参画と労働力化を阻害する要因となっている現在の社会システムとその対策を取り上げた。

【アネリ・ミエッティネン講師 (フィンランド人口問題研究所 研究員)】
「仕事と家庭の両立支援策とその成果-フィンランドと欧州の経験-」
フィンランドを始めとする欧州諸国における女性の労働・雇用状況について概観した上で、女性が仕事と家庭を両立するための方策としてフィンランドが採っている多方面にわたる施策(補助金交付、税制優遇、ケアサービス、所得保障付きの産休・育児休業制度など)を紹介した。
【岩男 壽美子 講師 (武蔵工業大学教授)】
「日本の仕事と家庭の両立支援策」
わが国の社会・経済活動における女性の活用が不十分な現状をさまざまな視点から示した上で、仕事と家庭の両立支援の必要性を強調した。そして、仕事と家庭の両立のために必要な支援策や男性を含めた働き方の見直しについて論じた。
【池本 美香 講師 ((株)日本総合研究所 主任研究員)】
「幼保一元化の提言~教育改革の一環として保育制度を見直す」
幼稚園と保育所の二元体制になっている日本の就学前教育・保育制度の現状やニュージーランドなど海外の状況を説明し、保育所を福祉施設ではなく教育機関としてとらえ、幼保一元化を実現して就学前教育制度を確立する必要性を説いた。
【西村 和雄 講師 (京都大学 教授)】
「提言案 『地域主体で脱年齢社会を実現せよ』 PARTI」
GISPRIの「少子・高齢化社会における日本の選択~教育、福祉と経済の戦略」研究委員会で検討中の提言案「地域主体で脱年齢社会を実現せよ」のうち、(2)年齢差別・時間給差別の撤廃-先ず公務員から、(3)子育て支援社会の実現を、について、提言の背景及び意図について説明した。
【全体討論】
モデレーター:筒井 孝子 (国立保健医療科学院 福祉マネジメント室長)
ミエッティネン:フィンランドでも労働力の高齢化に伴って年齢差別が目立ってきており、高齢の労働者はそれを感じている。仕事と家庭の両立については、欧州でも模索され続けている。政策・現実・研究に線を引くのは難しいが、総合的な政策を考えていかなければならない。
岩男:年齢差別の問題では、若者が活躍する社会の活力をそがないよう気をつけながら、働ける高齢者、働くことを希望する高齢者は働けることが望ましい。日本の社会保障費の67%が高齢者に充てられて、3.3%しか子どもに向けられていない現状は問題だ。
日本の社会の仕組みは非常にクローズド・ソサエティであり、その中の家庭もクローズドになっている。このことが親の子育て力が低下する中で、支援を自ら阻むことになっておるのではないか。
池本:諸外国では「教育目的」とすることで税金がつかいやすくなるが、日本では逆に保育という福祉目的ならば良いが、教育いうとお金を出しにくくなるということを聞いている。日本では、教育が将来に対する投資であるという考え方・議論が不足しているのではないか。
西村:公務員試験の結果を履歴書に書けるようにする云々という提言は、公務員試験でも珠算の試験でも、せっかく勉強して得た点数を無駄にすることはないのではないか、合格・不合格だけで捨てられるのは、年齢差別と相まって差別を生むという思いからだ。試験がすべてを決めるのではなく、入り口での判断である試験は、仕事に対する適切な評価と一緒に考えられなければならない。
フロアからは、学童保育や縦割り保育などの総合サービスを行うNPOが公的助成金を受けられないことや、保育施設などが運営主体によって補助金の支給率が大きく異なっているなど、現行の硬直・不公平な公的助成システムに対する不満が示された。


○セッションII:教育・雇用システムのあり方

セッションIIでは、少子・高齢化社会において不可避である労働人口減少への対応策として、現場から退出してしまった優れた高齢労働者や失業状態の中高年・熟練労働者の活用と共に、時代を担う子どもたちの資質を高めるための教育をテーマとして取り上げた。

【ユッカ・サルヤラ講師(フィンランド国家教育委員会 前委員長)】
「フィンランドの教育モデル」
深刻な不況を克服してIT先進国へと変貌を遂げ、世界の2大競争力ランキングで2位に躍進したフィンランドの教育制度について説明した。
【デイヴィッド・シェーファー 講師 (英国Whitgift School)】
「英国の教育改革と最近の危機」
全国的なカリキュラムや全学校の定期検査システム、全国統一試験の導入などを盛り込んだ英国の教育改革法(1988年施行)の概要と現状を説明すると共に、大学進学希望者のための入学試験(A levels)を巡る英国の混乱について説明した。
【金子 元昭 講師 (シナノケンシ(株) 代表取締役社長)】
「人材育成 -信州ものづくり産業戦略会議の提言-」
2001年10月に田中長野県知事の提唱により県内の経営者と知事・副知事をメンバーとして発足した「信州ものづくり産業戦略会議」の提言(2002年12月発表)について説明し、産業界、教育・研究機関、県民、行政それぞれの活動を通じた21世紀型長野県産業の創出への取り組みを紹介した。
【清家 篤 講師 (慶應義塾大学 教授)】
「生涯現役社会の条件」
高齢者の雇用促進の阻害要因である公的年金制度の改革と年齢を基準とする雇用制度・慣行、その背景にある年功賃金・年功昇進制度の抜本的見直しの必要性を説いた。併せて、「生涯現役社会」においては、個人責任による自己投資が必要であることを強調した。
【伊藤 隆敏 講師 (東京大学 教授)】
「日本の大学改革の課題:横並びから業績評価と競争へ」
「横並び」と「管理された競争」が日本の高等教育全体の質の低下を招いてきたとして、大学間や教員間への競争の導入とその研究や教育の成果に対する業績評価・インセンティブ・メカニズムの導入、また学生に対しても優秀な学生に対するインセンティブの導入が必要であると説いた。
【西村 和雄 講師 (京都大学 教授)】
「提言案 『地域主体で脱年齢社会を実現せよ』 PART II 」
提言案「地域主体で脱年齢社会を実現せよ」のうち、(1)社会資源の有効活用と評価システムの確立、(4)義務教育は地方主権、教育では客観的な学生評価を、について、提言の背景及び意図について説明した。
【全体討論】
モデレーター:倉元 直樹 (東北大学 助教授)
伊藤:保育園と幼稚園の二元体制は理解できない仕組みであり、即刻統合すべきだ。そして、保育園と幼稚園が合流したり、幼稚園と小学校が合流したり、柔軟に創意工夫ができる形に規制緩和していくことが重要だ。幼児教育の重要性は、強調しすぎることはないと思う。
清家:投資としての教育という観点からは、これからの日本にとって人材が大切であるならば、教育に投資した人がいい仕事や高い報酬といった収益を得られるような仕組み、特に雇用の場における能力以外の属性等による差別を禁止していくことが大切だ。
また、雇用の流動性の高まりに伴って、仕事を通じた職業教育・能力開発職業教育のコストを避けるため、中途採用に頼る企業が増えているが、こうしたコストを社会全体あるいは個人で負担するようなルールをつくっていかないと、日本全体で能力開発のための投資が少なくなってしまうおそれがある。
金子:明治から高度成長期までの「追いつけ、追い越せ」という日本の戦略が一定の成功を見たあと、次のビジョンを見つけていないことが、今の日本の一番大きな問題だと思う。構造改革や規制緩和がどこまでできるかということが、日本が生き残るための一番大きなポイントではないか。
シェーファー:英国には優れた教師をスーパーティーチャーに任命して、俸給も上げる制度がある。これは、英国では教師の社会的地位がさほど高くなかったこと、教師の評価の対象が実際の教育の現場ではなく、事務的・管理的な仕事の比重が高くなってきたこと、この二つの問題を解決するために導入された。
サルヤラ:教育政策は外国へ輸出したり輸入したりすべきものではない。どの国も文化や歴史的な背景に合ったそれ自信の教育政策を持つことが重要だ。学校不要論もあるが、私は、一人で学ぶこともできるけれど、実際の学習のためには社会としての学校が必要だと思う。提言案にある、教育を地方主権にすることには心から賛成する。
西村:何かを変える時に、何かを捨てる必要はない。日本の教育システムにしても、良いところ悪いところがあったのに、悪いところを直すためには良いところまで捨てなければならないとする考え方があった。何か望ましくないことがあったら、その問題を解決するべきであり、今ある良いところを捨てるべきではないと思う。
フロアからは、14万人の不登校児や100万人の引きこもりの青少年を社会に活用するための方策について何ら触れられなかったのは残念、「保育=教育」との指摘で自分たちのNPO活動に自信を持てた、高校・大学でスキルを身につけられない現状は学校教育制度の欠陥を示していると思う、といった意見が出された。

以上

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