1996年3号

GISPRIシンポジウム'95開催報告 「メガコンペティションと新国際秩序」

 恒例のGISPRIシンポジウムが、昨年12月15、16日の両日、神奈川県葉山町の湘南国際村センターの国際会議場で、内外から講師20名の出席、80名の会場参加と、通 商産業省の後援を得て、開催された。

 第6回となる本年のテーマは「メガコンペティションと新国際秩序」。国際経済のグローバル化進展の中、先進国に共通 する経済的社会的課題を抱える日米欧と、経済的台頭への期待と警戒の寄せられる、アジア新興成長経済諸国とが、プラスサムで、より調和的なインテグレーションを果 たす為の、様々な課題を考えるという趣旨である。

 会議は全3セッションで構成され、夫々、伊丹、小島、福川の各氏による司会の下、全出席者が随時発言するラウンドテーブル形式で進められ、1日半に亘り、活発な議論が繰り広げられた。以下、会議の概要を紹介する。

1.プログラム

    「メガコンペティションと新国際秩序」
    第1セッション……生産性、為替と競争力
    “競争の主役は誰か?”
    第2セッション……政治化する産業
    “政府のこれからの役割”
    第3セッション……新しい国際競争秩序
    “メガコンペティションの行方”

2.出席者(敬称略・アルファベット順)

    愛甲次郎(ソニー専務取締役)
    趙東成(韓国・ソウル国立大学教授)
    藤本隆宏(東京大学経済学部助教授)
    福川伸次((財)地球産業文化研究所顧問)
    G.フクシマ(在日米国商工会議所副会頭)
    E.グラハム(米国・国際経済研究所上級研究員)
    W.ハイ(中国・北京大学中国経済研究センター副所長)
    久武昌人(通商産業省通商産業研究所主任研究官)
    伊丹敬之(一橋大学商学部長)
    H.クロット(ドイツ・キール国際経済研究所研究部長)
    小島明(日本経済新聞論説副主幹)
    三品和広(北陸先端科学技術大学院大学助教授)
    長岡貞男(成蹊大学経済学部教授)
    J.ノルト(米国・国際政治研究所プログラム部長)
    大内俊昭(日本興業銀行産業調査部長)
    D.ローゼン(米国・国際経済研究所研究員)
    J.シガードソン(スウェーデン・ストックホルム欧州日本研究所教授)
    E.スリドハラン(インド・政策研究センター研究員)
    J.ストップフォード(英国・ロンドンビジネススクール教授)
    高橋琢磨(野村総合研究所首席研究員)
    佃近雄((財)国際貿易投資研究所理事長)
    浦島将年(通商産業省大臣官房企画室参事官)

3.講演・討議

:各国の競争力と夫々の課題

伊丹(司会) 先ず各国の競争力の実態と課題を伺いたい。

長岡 日本を含む先進国では、途上国との競争の激化で実質賃金低下の懸念がある。が、実質賃金は国毎の生産性水準のみで決まり、この低下がなければ、懸念は無用だ。但し、産業調整圧力は強まり、先進国は積極的に対応することが必要だ。基礎研究投資の減少傾向は懸念材料の一つである。国際的協力等が進められるべきだろう。

高橋 先進国で実質賃金低下も失業増加も起こらないとの見通 しは正しいのか?

長岡 統計データでは生産性を上げた国の賃金は上昇している。問題は、労働集約型産業への、途上国からの圧力で流出する労働力だ。労働市場調整により、これを競争力ある他部門へ移動し、構造的失業を起こさぬ 事が肝要だ。

久武 経済の遷移過程での競争促進は政府の役割の一つだ。日本の雇用流動化の促進が望まれる。

 韓国のGDPは1万ドル/人で、国の発展過程からいえば、先進国前段階だろう。発展途上段階では政府・官僚に負う所が多いが、現在は企業が国内需要を創出できる段階に来ている。今後は、卓越した経営者と技術者が必要とされ、獲得できれば先進国グループ入りできるだろう。

クロット ドイツでは先ず、ハイテク分野の強化による競争力確保が課題である。但し企業は容易に越境できるから国内企業対象の産業政策は意味を失いつつある。例えば、ハイテク政策でナショナルチャンピオン(N/C)育成を目指しても、国外に魅力があれば、企業は多国籍化し国際的チャンピオンを目指す。もはやN/Cは幻想である。
 国の競争力は、企業とは異なり、国際的に移動可能な生産要素を誘致出来るかが指標となる。生産性の向上が雇用創出をもたらす。ドイツへの直接投資は非常に低く、投資は国外を指向し、構造的原因と労働需給のミスマッチとで国内失業率も高い。今後はインフラ整備より労働者の教育・訓練が主課題になる。

スリドハラン インドの経済改革は1991年に開始され、財政赤字削減を進めつつ、経済自由化を軸とする新産業政策が展開された。貿易、投資、金融等での自由化により外貨準備高の増加、GDPの上昇等で著しい成長の兆しが見られる。今後の課題には国営企業民営化の推進、外国投資誘致、関税引下げプログラムの実施、知的所有権法改正がある。良質で豊富な人材により、カエル跳びキャッチアップも可能だろう。

ハイ 中国は労働集約型生産と輸出重視で発展しつつあり、類似戦略をとるアジアNIES、ASEAN諸国との競合が将来問題となるかも知れない。華僑他によるFDI増加で技術水準・労働生産性も上がる。ソフトウェアでは既に比較優位 を獲得し、先進国の脅威となろう。
 WTO加盟の暁には、中国産自動車部品搭載の外国製品が中国市場で競争するケースも出てこよう。

ローゼン 米国は、関税引下げを20年程続けているがなお、保護部分が相当ある。貿易はGDPの12%に止まり、国内市場に熾烈な競争がある。構造的失業も深刻化するから社会的調整が必要になろうし、貿易を拡大する努力も引き続き、重要である。科学技術政策、教育政策で競争力は確保出来るだろうが、問題は貿易パートナーとの共通 ルール、コーディネーションが実現出来るかという点だ。

:地域競争力

 競争力の主体が、国から地域、地域からグローバルにと、その単位 規模を拡張させるという概念を提案したい。
 企業と国の競争力強化要素が異なるように、地域の競争力を強める要素は、国のそれと同一ではない。東アジア地域での競争力強化の主導を日本の首相でも韓国の大統領でも担う事ができる。そして究極的にグローバルな競争力の確保を目指す。相対的には、過去よりさらに競争力のある国際社会実現へ努力する。国の経済発展のある段階迄、政府は重要な役割を担ったように、これからの地域経済の時代には、その地域に対する指導性が求められるだろう。

ストップフォード 欧州は対アジア競争力強化の為に、統合した域内の競争を活発化させることが有効と考えた。が、現在のところ成果 が出せるかはっきりしない。地域としての競争力はどうしたら生み出せると考えるのか?

 ノルウェー、フィンランド、スウェーデン等の小国は規模の経済に呑み込まれる懸念を抱き、加盟を慎重に検討した。規模の効果 は更に統合が進展してからかも知れない。

ストップフォード 政治的統合とは切り離したことで参加となったようだ。但し、長期的に続くか疑問の残る所だ。

高橋 アジアと欧州の地域競争力について、支援産業の役割の違いはあるのだろうか?

 夫々の国の多様な競争力の集積としての地域の形成が望ましい競争力のベースになると思う。

クロット グローバル化とリージョナリズムという一見背反する動きがあるが、リージョナリズムは政治的動機でメガコンペティションの防波堤を作る企てではないのか?

 国家経済からグローバル経済への移行の中間段階として地域経済圏をとらえるべきだろう。

伊丹 地域経済圏は穏やかな集合体で貿易圏とは異なる。

ノルト 例えば、EUには通 貨統合、金融統合、マクロ経済政策といった地域の競争力に関する重要な影響力要素が含まれている。リージョナリズムを規模の効果 のみで考えず、より総合的な影響・効果を考えるべきではないか。

ストップフォード マクロ政策は確かに国家にとって重要な力になると同時に抑止力としても働く。規模の効果 は、ある一定の資源から発生し、その資源は高い移動性により、グローバライズする。一方、移動性の低い、インフラとか極端にローカライズされた資源・競争力要素もある。これらの組み合わせが、将来の競争力の源となると思う。

久武 地域のスケールエコノミーを追求する過程では、メンバー毎の初期条件の差が大きな所得分配格差を引き起こす。地域全体での再分配システムが必要だろう。

ストップフォード FDIの拡大でより深い経済の統合が進み、国境によるコントロールは更に困難になっている。企業提携が新しく、グループ同士の競争をもたらしている。それらを政府はどうコントロールしようとするのか? グラハム 2、3年前、ブラッセルで、欧州市場における日本車規制が議論された。米国の通 商代表部も出席し、「米国製を除き、日本車を域外品として市場から排除せよ」とのGMとフォードの主張に反対を唱えている。

ストップフォード 日本車規制が目的ではなく、二国間バランスが目的と思う。これをきっかけに欧州自動車産業の再編が始まり、再統合の流れが出てきたのだ。

高橋 欧州ではEU統合で国境が低くなり、農業政策他による所得分配の平等が、都市を浮かび上がらせた。
 一方、アジアでは中国の高関税故の香港、MFA故のシンガポール、とう小平の「出来る所から…」という所得格差容認政策等、ネガティブ側面 が都市を発達させている。地域統合の流れの一方で都市の役割はどう変わるのか?

ストップフォード 国境が低くなり、逆にミクロな地域の違いを浮き彫りにしている。この傾向は世界各地に拡がるだろう。新しい勢力としてメガ都市が出てくる。シュツットガルトやミラノは全国平均を40%も上回る所得レベルにある。こうした都市から創造的資源が生まれており、他の地域との格差は益々拡大するだろう。

三品 誰の競争力か?という議論を通 じ、誰の利益を助長しようとしているのか?が議論されるべきだが、多少の混乱が見られる。アジア出席者の概念には国家、産業、企業の競争力があり、欧米からの出席者は国民の生活水準を高める為の競争力が重要とされた。今後のアジアでの議論はこの国民の生活水準を高めるという視点が重要だろう。

:政府のこれからの役割

小島(司会) 日本の政治状況だが、経済は3年間ゼロ成長が続いたが、政治の生産性は極めて高く、2年半で、4つの政府を生産した。しかし政策の生産性はゼロで政治家の価値は暴落しており、いわば現在は、政治家の不良在庫の調整期にある。紀元前5世紀の歴史家司馬逼は著書「史記」の中で政府の良し悪しを4つのカテゴリーで示した。民と自由に任せる最良の政府、案内はするが管理しないというセカンドベスト、次いで、すべてを管理する政府、最悪はプライベートセクターと利益を争う政府。これからはどういう政府が良いのか、議論して頂きたい。

ストップフォード 今後の競争力指標は、従来の如き、経常収支の黒字幅とか他の経済状態指数では無く、テクノロジー、マネジメント、インフラ、競争環境といった付加価値能力がその指標となる。競争を構成する単位 も国民国家から地域国家、単一企業から関係会社を含む企業グループ等に変わる。マネジメントや組織の力に加え、供給者との関係と政策支援が企業の競争力を左右する。
 キャッチアップ過程の国の政府の役割は市場に友好的な施策、投資の助長等だ。一方、リーダー国、米国、日本等の政府はもはやインフラの整備、教育の充実、科学技術の振興等に止まること無く、資源に独自の競争力を与え、市場の付加価値能力を促進させることだ。

 競争力はキャッチアップの成否と言い換えられる。キャッチアップは企業による導入技術消化と生産活用によるからその役割の重要性を認識した上で、具体的事例の解析が必要であろう。

ストップフォード 技術革新軸でいえば、キャッチアップの可否は技術へのアクセスだけでなく、補完的要素として科学技術政策・国内投資の有無が重要だ。

長岡 企業が技術ベースを開発することは重要であるが、そうした企業を目標にした政策が良いか否かとは分けて議論すべきだろう。

 「競争力」の政策目標としての意味、グローバル経済での概念としての有意性は疑わしい。

 競争力は目的ではなく、手段である。政府、民間での共通 概念を与える事で、統合・調整を可能にするという面がある。

浦嶋 これからの日本で政府の役割をキーワードで示せば、「透明性」と「効率性」だ。外国企業の日本での事業活動を容易にする規制緩和と国内流通 コストを下げる効果的なインフラ投資である。政治的には、票に繋がらぬ R&Dや社会資本整備に積極的なリーダーが登場し、好ましい状況が出現した。一方、小選挙区制移行に伴い地域ニーズ/エゴが高まり、公共的投資配分の効率低下が懸念される。

伊丹 政府が自国の、或いは他国の産業競争力を殺ぐ事を「産業の政治化」と呼び、今後起こるこの種の干渉・介入について問題提起したい。
 日米間には、鉄鋼におけるトリガープライスメカニズム、1983年の日米半導体協定、対米自動車輸出自主規制(VER)と、この問題で三つの実例がある。政府主導で、いわばカルテルのような状況が生まれ、保護された市場から望外の利潤が上がった。と同時に、これら分野では戦略上の制約を受け、長期的にはマイナス効果 がもたらされた。介入は米国固有の振舞いという訳ではなく、むしろ今後、雇用維持他の動機から、日本が他の新興成長国に対して、取り得る可能性がある点を懸念材料として指摘したい。

ストップフォード 国境を越える政策は、昔からあり、議論には歴史的視点が必要となるだろう。

高橋 日米半導体協定の価格協定で東芝等はIMDRAMで大きな収益を挙げたが、その高価格が韓国の幼稚産業に参入機会を与えたといえるのではないか。

伊丹 確かに韓国半導体産業に正のインパクトを与えた。が、それが日本に負のインパクトを与えたとはいえない。日本メーカーは戦略的対応が出来たかも知れない。

グラハム 政府間協定でカルテルが出来、高価格の維持で新規参入を許した例には、多国間繊維協定(MFA)がある。繊維生産のできなかったASEAN等が参入を果 たした。意図せざる成果は、既にMFAでも得られている。

 産業への政治介入のプラス面 はあるのか?

伊丹 実例は米国マイクロチップメーカーが開発のリードタイムを稼ぎ、自動車VERで国産メーカーは米国内に生産拠点を移設、米国競争力復活に貢献した。

藤本 派生的或いは予期せぬ プラス効果がある。価格統制のマイナス効果に対し、工場移転とか戦略的提携といった経営資源移動が行われ、移転先企業の競争力強化努力・蓄積が進む。競争力のバランスが取れ、戦略提携のネットワークが出来る。クライスラーが潰れずに、消費者はチェロキーを買えた。生き残り、競争を続けていける事は、消費者の利益となる。

グラハム クライスラー再生は米国の競争力とは関係ない。日本のVERで米国のリードタイムは伸びたが、成功せず、競争力は衰退している。生産拠点の移転でも国内競争を激化させた。これがプロセス改善の必要性を認識させ提携が出てきたといえる。競争が何をもたらすかの議論が大切だ。

 日本にとって自動車のVERはレクサス、インフィニティといった高級車開発を誘導、競争力を上昇させたが、半導体産業には、はっきりした効果 が認められない。

藤本 自動車には競争と協調が成立したのに、TVセットや鉄鋼に起こらなかった理由は、企業の対応の違いだろう。自動車では正しく企業が反応し、競争力回復に努力を集中させた。競争、協力、紛争からプラスの効果 が出てくる点を強調したい。

三品 競争の必要性は同意出来るが、ビッグスリー再生に、日本メーカー部品の使用ほか、具体的なプロセス、アプローチをアイデアとして提供した点は評価されるべきである。

グラハム 米国の自動車メーカーが競争力を獲得した理由として全く同感だ。

長岡 米国が日本にVERを要求した背景には、自国の自動車産業の保護という目的があり、結果 は意図通りだった。これはWTOの合意では禁止されていることだ。一国の政府が保護的目的で産業を政治化させぬ ためにWTOの果す役割は大きい。VERやVIEの規制法とかAD行為について課題は残っているものの、今後、特に重要になる。

:R&Dへの政府支援

シガードソン 政府は、これまで自国企業を選別 的に助成してきたが、日本の通産省のフロンティア技術開発プロジェクトの例では、IBM、AT&T、TI等が国内企業と共に参加している。国家が何を支援するか曖昧になってきた。政府はもはや新技術開発等に直接関わるべきではないのかも知れない。

長岡 例えば、コンピューター業界ではグローバルな競争の激化で、既に、基礎的な研究への興味を失いつつある。R&Dへの政府支援は必要だろう。

 通 産省内部では、運営法も含めいくつか考え方がある。産業界に夢を与える未来製品開発をやる、基礎研究分野に限る、或いは完全に撤退すべしといった少数意見まで様々だ。未来製品開発にせよ、基礎研究にせよ、参加から成果 の分配までグローバルな視点で企画・運営すべきであることはいうまでもない。

ノルト 大学には、知的データベースを先端技術開発に、提供するといった役割があると思う。

久武 アイデアを公募し、大学を活用するという案もある。

クロット 基礎研究を進める際には資金調達も含め、国際的な協力体制を政府がオーガナイズしてはどうだろうか。

グラハム 米国政府は第2次大戦以降、医薬品、コンピューター、原子炉、ICロジックメモリー等多くの商業的成果 を支援している。これらは政府支援抜きで成功はなかった。商業研究に政府が関与しても良いのではないか?

三品 しかし、それらと全く遜色のない数多くの商品が民間で開発されている。それらと決定的に異なる、助成を要する条件があったのだろうか?

グラハム 政府の基礎的R&Dへの支援は大方の賛成が得られるが、技術革新、商用技術開発には確かに議論が残る。但し、米国では政府支援の妥当性とは別 に、商業技術開発に多大な貢献があったことは確かだ。例えば、マイクロコンピューターは政府のアイデア・コンセプトをTIとインテルとで商品化した。市場をつくったのは米国政府だ。資金と手段を政府が提供し、参加者はノーリスクであった。
 インターネットについては政府の役人主導で推進され、この場合はプレイヤーではなく、インキュベーターだった。

 大別 すれば、政府が参加者として、アイデアを出す、技術コンセプトを作る等直接関与する場合と、基礎的環境を整備し、企業が投資できる、積極的に推進出来る雰囲気を作る場合がある。後者が望ましい。

グラハム 物理インフラと人的インフラの充実は政府の責任だが、最近の米国は教育投資を削減しようとしている。将来への影響が危ぶまれる。
 公平な競争の促進と技術の育成と、その目標は衝突する。開発技術の独占は消費者に不利益を及ぼすが、自らのリスクで企業の開発した成果 には特許権が与えられる。適度な独占……寡占が望ましいということになるのか?政府の技術開発推進は特定国内企業の助成になりかねず、まさに「公平な競争」とのジレンマなのである。APEC、或いはWTO等で引き続き議論されるべき深遠な問題だ。

 

:市場と競争政策

フクシマ 日米間には競争に関わる概念にいくつかの違いがある。例えば、「市場の開放性」と「競争力」というタームだ。市場の障壁を日本政府は関税のような正式のバリアで考え、米国ほかは、更に構造的、心理的障壁も問題視する。競争力については、逆に米国が、製品の品質・価格のみに注目する一方で、日本では資本関係ほか他の要素まで考慮される。
 市場参入には二国間交渉が最も有効であった。代表的成果は、タバコ、牛肉、半導体等である。
 ボーダーレス経済の中、日本政府が企業行動に影響を与えようとしているかに見えるが、これは国境がなくなることと相反している。
 アジア市場での日米経済競争には軍事的安全保障への影響も出てくるだろう。

福川(司会) 日本市場の質についての問題提起だが、恐らく、アジア市場においても議論になる点を含んでいる。企業文化の側面 からコメントされたい。

 日本市場には、特に産業中間財では、製品競争力以外の要素で採否が決まることがあるとの指摘があった。その場合、採用した企業の製品は競争力を減退させる。長期的にそういう状況が続くことは理解しにくい。

フクシマ 日本企業は製品特性を軽視してはいないが、劣位 製品でも日本製品、自社系列製品故に採用されることは多く、効率、価格、質は最重要購買要因ではない様に思う。

長岡 市場アクセスの難易を論じる際には、比較優位 の要素が考慮されるべきだ。日本市場で、米国の消費財は受け入れられ、機械製品のような工業財では売り込みに苦労しているという。障壁の存在を否定はしないが、日本の工業財・生産財の持つ比較優位 は考慮されるべきだ。

小島 日本市場ではキャッチアップ過程の完了とメガコンペティションとの遭遇が同期した。国と企業と国民の経済バランスシートの連動が崩れ始めた。市場構造・機構と制度とを調整する必要に迫られている。調整法も従来とは異なろう。企業行動、政策、市場、全てのシステムが変わらないといけない。

グラハム 世界は相互浸透で深い統合が進んでいる。主役はTNC(多国籍企業)であり、直接投資が行われる。この中で政府の役割といえば、競争の醸成だ。自身は競争に関わってはならない。将来は競争政策が主軸となる。各国が競争政策を持つが、相互に全く異なる。

長岡 将来の無用の貿易摩擦回避に競争政策の標準化は重要と思う。

グラハム 日米自動車協議に関して、競争政策の観点から触れて見たい。米国の主張は「日本に垂直統合がある為、米国部品メーカーの参入が阻まれている」というものだった。シカゴ学派の基準に従えば、効率、コスト、消費者利益が違法性有無のカギになる。「ケイレツ」で効率が上がり、反トラスト(AT)法違反ではないとする日本の反論にはそれなりの妥当性があった。しかし、効率向上は閉鎖性・排除を認める理由にはならないし、欧州ではむしろ、閉鎖性の有無のみが合違法の基準だ。

クロット 国際競争政策には2つのアプローチがある。WTO機関設立、OECDの枠組みでの対応と、“エフェクトドクトリン;ED”(域外適用)の拡張である。しかし、米国が相対的に国際社会でのリーダーシップを弱めている現在、このドクトリンが機能する状況ではない筈だ。

グラハム 米国的アプローチの是非ではなく、欧米日間に異なる解釈が存在することを指摘した。個人的にも米国的アプローチに賛成はしていない。米国AT部局もOECD議論の中での解決を強調している。例えば、米国とEU間の企業合併の問題なら、EUのDG4と米国側AT部局のいずれかが、第三者の立ち会いの下で、他方の基準を検討し、第三者も受入れられるよう調整するというものだ。パクスアメリカーナでもなければ、国際機関にもよらぬ 、第三のアプローチなのだ。

長岡 競争政策による国際紛争の解決は、WTOの枠組みで行われるべき事だ。国家間の競争法の基準には違いがあるが、国内企業と外国企業を差別 せぬ適用には各国とも賛成するし、その場合にはEDも摩擦なく適用し得るだろう。

久武 良い系列と悪しき系列とが在る。近年は、独占市場は必ずしも消費者の不利益にはならず、新規参入の危険があれば、市場独占側も価格を下げるという理論研究が進んでいる。米国独禁法の体系下で存在し得るとする、実証研究が待たれ、その成果 は競争政策の調和に大きく貢献する。

伊丹 市場経済移行途上国は、摩擦を減らし紛争を解決するメカニズムといった、経済インフラの作り方を知らない。先進国との共通 問題の理解と解決を困難にしているのではないだろうか。

 

:戦略的提携

グラハム 戦略的提携はカルテルそのものだ。問題は効率が上がるかだ。イエスなら技術革新を経て、将来、消費者の利益となろう。しかし単に流通 効率改善だけなら、競争の減少によるディメリットと天秤にかけることになる。

ストップフォード この10年間の国際協力関係の約3分の1は、企業間の提携と推定される。目的はリスク回避、キャッチアップの加速等だ。新しい国際秩序を考える際には、摩擦を減らす何等かの調和が必要になる。その為には、政府同士、産業界と政府等、種々の提携契約関係が更に重要になってくる。そして国際的な寡占状態も、最悪ではない市場構造としてあり得るかも知れないし、我々の想像を越える競争があるかも知れない。それらは、流動化している世界の競争ダイナミクスの一部として理解されるべきだ。

伊丹 同感だ。エコノミストは完全な競争と完全な独占を対峙させたがるが、グレーゾーンの存在を認めるべきだ。

クロット 欧州でも合弁は減少しているが、提携は増えているという統計がある。ドイツでは独占企業ジャーマンテレコムが解体され、米英企業との提携を形成し効率向上を目指しているところだ。

藤本 戦略的提携の効率性を議論するには、統計が必要であり、定型フォーマットによる質問でデータ蓄積を図った経験もあるが、これらによって得られるデータは紛争の回避や誤解の解消に有効であり、重要と考える。議論になっている系列についても、調査によれば、米国企業自身でもブラックボックスパーツ、デザインインシステムの採用等を進めている。データ収集は研究者同士だけでなく、政府も参加し、合同で行うということも可能だろう。

 

:中国の行方

ハイ 先進工業国の中でさえ農業が保護の対象とされる理由を考察すると、農業が労働集約型産業の典型であり、もはや国内のいずれの産業セクターとも比較優位 性が無い。特に生産要素の農地に全く移動性がなく、選択肢ゼロである。政府の目標である政治的安定・権力維持が保護の動機である。しかし、GATT協定、APEC協定で保護は、漸減されねばならず、農業部門の資本集約化が求められる。台湾では農業R&Dを政府が助成している。

長岡 大変説得力あるお話だ。中国には、食糧安保のために自由化しないという政治的背景があると思う。

ノルト 中国にはTVE、EPZ、国営企業等の経済活動組織体があり、一方、政治的には地方分権化が進められている。市場統一、独裁体制の帰趨、民営化等々、政策によっては、これら企業単位 が被る影響は大きく異なる。国際派企業体の孤立は国際的には、望ましい事ではないが、同時に中国国内の分極化の進展は避けねばならない。対中外交政策と外国投資が中国の安定に影響を与え得ることに我々は留意すべきである。

スリドハラン 外国投資の盛んな省と後進の省との税収差が政治的不安定要因の一つになることが、懸念される。中国政府が均衡的な税配分を実行出来るよう、中央集中化が必要ではないだろうか?

ノルト 広東省では逆に中央政府からの税配分不満で不信感があり、再中央集権化は危険だ。

浦嶋 中国は今後アジアの主要メンバーとして注目されているが、WTO加盟がどういったプロセスで進むか、後続のロシア、ベトナム等の加盟モデルパターンになるだけに関心が深い。国営企業の合理化進展も必要だ。

ノルト 中国のWTO加盟は国内改革を更に加速させる。

ハイ WTO加盟に際し、国営企業の民営化の遅延と輸出指向の強化への米国の懸念は根拠が弱い。加盟は民営化を加速する上で有効である。輸出は、既にビジネス主導で秩序を以て行われている。市場開放が進むから工業国からの対中国輸出が増えるだろう。

小島 冷戦の時代は東と西に分けられた巨大なブロック経済だったと解釈出来る。WTOはその冷戦構造削減後に初めて出来た本格的国際機関である。中国の加盟は冷戦後の宿命として当然だが、その加盟プロセスは、新世界秩序を規定する極めて重要なテーマである。先送りせず、真剣な議論をすることが大切だ。

 

:アジアの課題

福川(司会) アジアの経済には、光と陰の部分がある。その市場機能が世界の注目を集めるかも知れない。アジアの発展経路如何によっては、安全保障、環境、エネルギー等への影響も出てくる。世界経済へのインテグレーションは大きな問題だが、どう考えるのか伺いたい。

愛甲 アジアが世界の成長センターとして存在の重要性を高めている。先行事例の日本は、その急激な成長過程で様々な調整とそれに伴う痛みを経験している。アジアの成長は、市場問題を始め、潜在的政治・軍事問題、エネルギー問題、環境問題等、より大規模な試練に世界が直面 する可能性がある。その顕在化の際の衝撃を可能な限り軽減すべく、軟着陸シナリオの検討に直ちに取り掛かるべきだ。対話の場の設定が第一でAPECは一つの候補となる。特にAPECメンバーのASEANには、中国、ベトナムのWTO加盟ほか国際的枠組み参加への貢献に期待が寄せられ、一方、日本にはその為の主体的取り組みが求められる。

ストップフォード 指導者間で何等かの対応と産業調整を行い、新参入の機会を用意するなら、それは管理体制で、開放経済ではない。自由競争と平等、調整とは矛盾する。

愛甲 効率と公正のバランスをとるのが、政治の役割だ。経済理論を純粋に追求すると効率の追求と同義になる。経済の変化は社会・文化へ影響するが対応には速度差がある。その速度差で生じる緊張の処理は政治の役目だという基本認識だ。その均衡の取り方はケースバイケースである。

 外部世界との関連抜きで「アジアの成長」と断じることができるだろうか?

愛甲 「アジアの成長」は可能性が高い。その成長維持も様々な問題を含むだろう。しかし、それらが全てうまく対応出来ても、なお考えねばならぬ 「陰」の部分がある。今からそれを考えて行くべきではないだろうか。

スリドハラン インドはWTOをガットウルグァイラウンドと同様、最終調印し、MFAのフェーズアウト、農業補助の撤廃など基本的政策はその方向にある。知的所有権法(IPR)の改正と、米国通 商法301の対象とされる米国多国籍企業による投資問題が当面の課題だ。但し、IPRの件は来年改正されるだろう。

ハイ 中国は1984年以来国営企業改革が進められている。その手法は、非国営企業を助成し、相対的に国営企業の弱体化を狙った。現在GDPの50%以上は非国営企業によるが、未だ、国営企業による主要産業の独占もある。この状況打破が単に経済的のみならず、政治的にも重要課題となっている。北京の中央政府が国営企業の債務問題と雇用問題を睨み、改革に消極的であるだけに制約は多い。金融分野の自由化も国営企業への融資が絡み、改革は二律背反の課題に直面 している。
 このほか、沿海部と内陸部の間の格差、ポストとう小平の政治的不安要素等が、問題である。
 加盟基準を明確にもせず、米国が、中国のWTOへの加盟に反対を続けており加盟を促す世界の努力が必要になる。

 日本の政府、産業界を模範に韓国は発展してきた。ソフトランディングについては情報時代を想定した産業の高度化で対応を考えている。東南アジアに対し、日本と共に、模範を示して行きたい。

小島 アジアでの経済相互依存は市場を通 じて自然に形成された。政府間交渉とか硬直的協定等に基づかず、域外に対し、本質的にオープンである。これは、新たな地域概念を提示しており、ポスト冷戦のグローバル経済での貿易制度を考える際に、極めて重要である。
 メガコンペティションは、グローバル規模でのメガ分業でもあり、これはプラスサムと理解すべきだろう。

 世界の重要課題の一つは貧困であるが、アジア経済発展モデルは、この貧困克服メカニズムをも含むと思われる。この相互依存で発展しつつあるマーケットの発展が持続的であるためには、アジアの大量 の製品がアブソーブされることで、日本がその輸出市場を提供することが条件になる。その為には速やかに、市場に価格調整機構を取り入れ、より機能的なものとすべきである。米国の重要課題が累積債務の軽減であり、輸出拡大を目指し、対アジアの強い姿勢が予想される。日本市場はアジアのみならず、世界経済のバランスにとっても重責を負うことになる。
 アジア経済には、発展の速さに応じ、社会的・政治的調整の必要時期も早期に訪れるだろう。既に中国では、国内に著るしい所得格差が生まれつつある。ここで出てくる社会的弱者の救済システム(所得再配分)、社会政策の導入が急がれる。アジア型モデルの今後の大きな課題だろう。

 

:まとめ

伊丹 2日間の討議を通 して、感じたことを述べてみたい。先ず、10ケ国からの出席者による様々な議論が戦わされ、その中で、いくつか共通 する基本的認識が見られた事に、大きな驚きを覚えた。
 一つは、グローバルコンペティションの主体は、国家、政府でなく、企業なのだという点。二つは、それでもなお、政府は、影響力を行使することが出来るのだ、という点。そして、国民、土地、国内のインフラに責任を持つと言う事。
 地球規模の競争の時代になっても国民国家の概念は重要であり、国境の消滅と言う事は、幻想に過ぎないようだ。そして、その中での政府の役割とその優先順位 は明かにされた。インフラ整備・生産性向上への支援である。政府の間の知的所有権に関する紛争は、将来とも注目し、議論を進めていく必要があろう。
 先進国はアジアに呑み込まれるのか?という問題については、答えを引き出すに至っていないし、これからも、簡単には結論づけられるものではない大きなテーマだ。先進国は失業、産業構造調整、その他システムの硬直性等の困難に直面 し、成長を加速させる途上国からの圧力の下、新しい、調和の道を探すことになる。
 メガコンペティションは国際的な産業構造調整と考えれば、次なる時代のメガ分業を如何なる姿とするのかが問われているともいえる。しかもそれは決して、硬直的でも、永続的でもなく、大変柔軟なものになるだろう。

 ・本稿は、会議速記及び、音声記録に基づき、事務局が取り纏め、再編集したものであり、発言内容・趣旨が発言者自身の意図に外れる部分があれば、その責めが全面的に事務局に帰せられるべきものであることを予め、お断りする。

▲先頭へ