2006年4号

インド経済成長の明暗とこれからの課題

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   2003年10月にゴールドマン・サックス社が“BRICs”という名称を紹介してから、インドへの注目がにわかに高まった。ジェトロへの来訪客数も以前とは比較にならないほど増えた。ゴールドマン・サックスの「2050年にはインドが世界第3位の経済大国になる」という予測が当たるものか否かは分からないが、インドが可能性の宝庫であることに疑いの余地は無い。巨大なマーケットと、消費性向を有する若年層の存在。それが何よりインドの魅力と言える。なにしろ11億の人口のおよそ54%が25歳以下という構成だ。さらにこれら若年層は、そのまま豊富な労働力と換言することもできる。こうした魅力をもった国は、世界広しといえどもインド一国だけだろう。これは、日本からの出張者が目の当たりにする現実、即ち、インフラの未整備や貧困などのマイナス要因を補って余りあるものだ。

 インド商工省によれば、いわゆる消費力を有する中間層は年間、1,500~2,000万人の勢いで増加しているという。現状の数で言えば2億人を超えており、既に日本の人口を凌駕している。2004/05年の耐久消費財の伸びは平均8%を記録、白物家電、エレクトロニクスで顕著な伸びが認められるほか、自動車市場は既に年間販売台数で100万台の大台にのった。携帯電話の契約者数は1億3,000万件と、多い時には月間500万件増加した時も見られた。都市・農村ではインフラ事業への大型投資が計画されており、セメント、鉄、機械類等への需要を増大させることも見込まれている。

 ジェトロを訪問される企業の方の中には「中国のリスクヘッジ」としてインドと中国を仔細に比較するような質問をされるケースがある。これまでの日本企業の中国への浸透度を思えば、さもありなんと思える質問である。が、しかしこれは全く見当違いな発想と言わざるを得ない。中国と同様の戦略はインドでは通用しない。インドの魅力は国内にある。インド市場を研究し、社会・文化をよく理解してこそ、このマーケットでの成功がある。

 もちろん、インドの未来が全てにおいてバラ色に染まっているわけではない。91年の経済自由化以降、急激に発達したITサービス産業は、これまでのインドには見られなかった「高学歴、高収入」を看板とする産業部門を出現させた。IT産業が、現下のインド経済の成長をけん引していることは周知のことであるが、一方で所得格差の拡大という負の結果を招いたことも事実だ。1日1ドルの生活を強いられる人口が約35%いると言う国で、IT産業の新卒初任給は5万ルピー(約12万円)にも達するという現実がある。高度成長を維持する経済運営の中、順風満帆に見えたインド人民党(BJP)前政権が、あえなく選挙で破れたこともこうした所得格差の拡大と無関係ではない。経済成長から取り残された人々の反発はことのほか大きい。この意味から、あらゆる格差の是正はインドの為政者にとって何時如何なる時でも最重要課題であると言える。他方、インドは好調な国内消費によって経済成長が支えられているが、経常収支は常に赤字という国である。原油高の煽りを受け、拡大する一方の貿易赤字を如何に縮小するかも重要な課題だ。そのためには、立ち遅れた製造業をリハビリし、輸出指向型の企業も育成してゆかねばならない。現在ITサービスと国外からの資金送金に偏重している外貨収入をより磐石たるものにし、更なる成長へと結びつけて行くためにも輸出産業の育成は不可欠だ。

 これらの課題は一見途方も無く遠大な作業に聞こえるかもしれないが、実は、ここにこそインドにおけるもう一つのビジネスチャンスがある。インド政府は、パンチャヤット・ラジ(農村自治開発的なもの)省のイニシアチブの下、インド産業連盟と連携し、「RBH(Rural Business Hub)Project」と言う、いわゆる一村一品活動に着手している。インドのRBHのユニークなところは、地方産品で商業化が有望なものを複数の民間企業が役割を分担しながら開発してゆく点である。民間企業がビジネスとして取り組む上で、決して利益の見込めないものには乗り出さない。綿密なビジネスプランを作成し、民間部門のノウハウで商業化してゆくものだ。パッケージングや製品化に取り組む企業があれば、その周辺の物流の構築に乗り出す企業も出てくる。自動車産業に投資の6割が集中する日本企業にはなかなか気がつかない盲点かもしれない。

 消費力を持った2億超の中間層の存在にばかり注目していると、インドそのものを見誤る可能性すらある。光が当たっていない約8億人こそインドの実像であり、これを如何に活性化してゆくかが、2050年に世界第3位の経済大国たるインドを創出する鍵となる。



 

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